お家騒動はどこにでもある
イライラすることがあると、夜遊びである。俺は侯爵邸を抜け出して、王都の街を練り歩く。だけど、金がないから、いつもの通り、次兄の友人である平民商人ダクトに金をせびりにいく。ほら、俺の金は現在進行形で全額、投資である。破産しないかなー?
「いらっしゃいませ!!!」
「お待ちしていました!!!」
認識阻害の道具を使っていても、店員たちは俺のことがわかるときている。人によっては、ひれ伏した。やめてー。
いつもの通りの部屋に行って、勝手に茶菓子を漁る。
「泥棒みたいなだ」
「ついてくるなよ」
俺が抜け出すと、同じ離れで就寝しているリスキス公爵の血族サンセがもれなくついてくる。俺も一人でいたい時があるというのに、誰も一人にしてくれないなんて。
しばらくして、平民商人ダクトがやってきた。頼んでもいないのに金持ってくるって、怖いんだけど。
「これで足りるか?」
「いや、なんか、恐喝したみたいで、イヤなんだけど」
「聞いたぞ。貴族の学校の武道大会に投票で選ばれたと」
「今日、発表されたばっかりだよ!!」
誰からの情報だ? 貴族の学校では、公開処刑みたいに、生徒たちの面前で、俺の名前を書かれた票の入った箱の重量を量られる、という辱めを俺は受けた。半分、嫌がらせだろう!!
ダクト、むちゃくちゃ興奮している。とりあえず、怖いから、椅子に座らせ、勝手に水を出して、飲ませた。
「ほら、落ち着けって」
「もう、注文がきた。武道大会での衣装は自由ときている。逆に、衣装を作りたい、という売り込みもきたぞ」
「全部断れ。どうせ、ルキエル兄の作ったのを使う」
いくつか、あるのだ、実際に。
「あの、奥のほうに片づけられてるやつか。あれ、全部、貴様の兄が作ったのか。凝ってるな」
「そうなんですか!?」
「あ、ああ」
相手は王国の国賓といえども、何かに魂を売ってしまったダクトは容赦がない。あまりの勢いに、リスキス公爵の血族サンセも押された。
「ルキエルが作ったのだから、かなり凝ってるだろうな。舞踏会の衣装も、なかなかすごかったからな。本職も驚嘆していて、しばらくは、あんな感じのデザインが貴族の間で流行ったな。見せてくれ」
「その手には乗らないからな!!」
前回、ダクトに兄ルキエルのことをべた褒めされ、俺は調子にのって、色々と見せてしまったのだ。後日、筆頭魔法使いハガルからきつく叱られた。もう二度と、同じことはしない。
しかし、ダクト、この好機(?)を逃したくないらしい。俺の前にまた金を積む。
「これで足りるか?」
「そういう問題じゃないんだよ!? 確かに、金をせびりにきたけど、俺の金、ダクトに預けてるからだ!! そこから、抜いてくれればいいんだよ!!!」
「ちぃっ!!」
ダクト、舌打ちしやがった。こいつ、どさくさで、俺に借金を背負わせて、それをネタに、何かやらせようとしているな。油断も隙もあったもんじゃない!!
「ロイド、俺が出してやる」
呆れて、リスキス公爵の血族サンセが口添えしてくれる。
「いや、あんたが持ってるのは王国金貨だろう。それはちょっと、使いたくない」
だけど、サンセが持っているのは王国金貨である。使えるけど、知らない人は偽造と騒ぐのだ。同じなんだけどなー。
「前回は騒がれたからな。だったら、ここで交換してもらえばいい。手数料引いて、これを帝国の通貨に交換してくれ」
「ちょっと、今は、持ち合わせが」
「目の前のそれはなんだよ!?」
「これは、ロイドの金だ。いいか、金の管理は面倒くさいんだよ」
ダクト、どうやってでも、王国金貨の交換をしないつもりだ。
が、ただでは起きないダクトくん。俺では無理だから、とリスキス公爵の血族サンセに交渉を始めた。
「情報料を払います。ロイドの学校での情報、全て教えてください。武道大会の組み合わせも教えてください。もっと言えば、ロイドの私物を」
「それは絶対にダメだ!!」
ダクトの要求がどんどんと酷くなるから、俺はダクトの首根っこをつかんで、サンセから離した。魂の売り先はどこだ? 今すぐ、売り先からこいつの魂を取り戻してこないといけないな。
「ロイド、心配ない。当日は、絵師を十人は連れて行くこととなっている。完璧な構図の絵をいくつも作成する計画だ」
「ダメに決まってるだろう!?」
「そう、普通ならダメだ。個人の持ち物といえども、絵師を連れ込んでの写生は、一般公開される貴族の学校では許されない。学校内の情報が外部に漏れると、生徒の安全が脅かされるからな。しかし、俺はお前との契約があって、条件つきで許されている」
「ちょっ、なんで、許可しちゃうんだよ!?」
そして、ダクトは俺の顔をがっしりとつかんだ。目が狂ってるよ、こいつ。
「いいか、わざと大怪我して棄権なんかするなよ」
「しないよ。俺は皇族の護衛だぞ」
それに、万が一、そんなことしたら、ハガルに地下牢へ連行される。最近、地下牢の環境を変えました、とか言って、誰も使っていない豪勢な地下牢を見せてもらった。あいつ、まだ諦めてないんだな。
俺はどうにかダクトの手を払った。おっかしいなー、俺はかなり鍛えてるし、ダクトって、そこまで腕っぷしが強くないはずなのに、妙に強いんだよ。むちゃくちゃ痛かった。
「諦めて、金を貰えばいいだろう。ロイド、妙なところで面倒臭いな」
「仕方ないだろう!! 油断すると、大変なことになっちゃうんだから!!!」
現在進行形で、俺、帝国で顔だけ一人歩きしているのだ。これ、一年後に、静かになってるのかな? 自信がない。
まだ迫ってくるダクトをリスキス公爵の血族サンセが後ろから止めてくれる。何か耳打ちすると、ダクトが大人しくなった。そして、ダクトとサンセ、悪い顔で笑いあっているよ。俺抜きの密談やめてー!!
「わかりました、金貨を交換しましょう。お待ちください」
やっと、ダクトは客相手の顔になって、奥へと下がった。
「お前、ダクトに何言ったんだ?」
「大したことではない。俺はこんなんでも、王位継承権持ちだからな。色々と融通を利かせてやれる」
「サンセ、サリーお嬢さんに何か用か?」
二人っきりになったので、せっかくなので、これまで黙っていたことを口にする。
驚くサンセ。
「いや、さすがに友人の婚約者を口説くのは」
「茶化すのはよせ。お前がサリーお嬢さんを見る目は、違う」
そんな微笑ましい目でサリーを見ていない。何か見定めようとしているのだ。
「どうして、侯爵のトコに転がり込んだ? あんたが転がり込むべきは、同じ帝国の公爵家だろう。帝国では三つもあるんだ。そのどれかが、サンセを受け入れる話もあったはずだ」
「気心の知れた友人の元が楽だからだ。お前とは、本性もさらけ出して付き合ってるしな」
「それでも、最初は城の客室だった。他のついてきた使者全てを王国に帰して、お前だけが残った。普通なら、護衛一人くらいは残すものだ」
「盗賊殺しの貴族だぞ。悪いが、俺つきの護衛は俺よりも弱い。俺に付き合っても、盾にしかならん奴らだ。実際、そうだった」
過去に、本当に盾扱いしたんだな。だから、リスキス公爵の血族サンセは、悪評が広がったのだろう。護衛までも道具扱いする、と。
俺は迷った。調べなかったわけではない。帝国にいたって、王国の内情、それなりに調べられるのだ。
「あんたは、リスキス公爵の血族と名乗ってるけど、本来は、公爵の弟だよな」
「なんだ、調べたのか。ロイドは秘密の情報屋を持っているのだな。そうだ。ただし、俺は養子だ。実際は、従兄弟なんだよ」
公的な場では取り作ったように”私”といい、気心の知れた者たちの前では”俺”というサンセは、王国ではとても複雑な立場であった。
前リスキス公爵には、デキの悪い弟がいた。同じ教育をしても、デキが悪く、さらに、悪い友人と付き合い、リスキス公爵の名を悪用して、散々なことをしたという。
前リスキス公爵は弟を廃嫡までしたのだ。しかし、弟はリスキス公爵の名を悪用し続けた。追い出されても、その先で、兄を苦しめたのだ。
そして、ある日、前リスキス公爵の弟の子だ訴える女がやってきた。放蕩の限りをつくした弟の名を使って、こういう訴えをする女はたくさんいた。だいたいは、金を渡しては厄介払いをしたのだ。二度目に来た時は、魔道具を使って真偽を確かめたという。全て、女の嘘であった。
ところが、この時の女は金をうけとらず、赤ん坊を助けてほしい、と差し出した。事情をきけば、前リスキス公爵の弟は賭博の不正を失敗して、相手を怒らせたという。結局、前リスキス公爵の弟は惨殺された。残された恋人は、赤ん坊を連れて、嘘か本当かわからない前リスキス公爵に助けを求めたというのだ。
結局、前リスキス公爵は、弟の子かもしれない赤ん坊を引き取った。女は、感謝して去って行ったという。
その翌日、女は惨殺死体で発見された。前リスキス公爵が渡した持ち物を身に着けていたことから、前リスキス公爵の元に知らせが行ったのだ。
そして、魔道具を使って、赤ん坊の血筋を調べてみれば、本当に、弟の子であった。
何も求めなかった母親を無駄死にさせてしまったことを悔いた前リスキス公爵は、弟の子を養子に迎えたのだ。
この話はリスキス公爵家では隠されている。前リスキス公爵の弟は、ともかく評判が悪すぎた。だから、養子に迎えた子は、前リスキス公爵の実子として扱ったのだ。
だけど、古い情報って、掘り起こせば、出てくるものである。それは、帝国でもだ。降り積もった古い情報の中で、有力だから、紙に落とされていた。その情報も、お嬢さんサリーの頭の中に入っているのだ。才能ってすごいね。
サリーはすでに、リスキス公爵の血族サンセがどこの誰か、名前を聞いただけで気づいていた。俺が教えて、と頼めば、サリーは教えてくれたのだ。
ただ、サリーは少し、躊躇っていたような感じだ。長く付き合っているからわかる機微だ。
どうも、サリーとサンセの間には、何か厄介な繋がりがあるようだ。だけど、それが何か、俺はわからないし、サリーが隠している。きっと、サリーからは情報を引き出せないだろう。
だから、俺はサンセから情報を引き出そうと考えたわけである。
サンセ自身に隠された情報を簡単に言ってやると、サンセは驚いた。
「帝国の情報網はすごいな。そんな、俺が赤ん坊の頃の情報を出すとはな。王国でも、俺はリスキス公爵の弟、で通ってるぞ」
「それがイヤだから、わざわざ血族と言ってるんだろう」
「イヤなわけじゃない。父親は最低な男だ。そんな男の子だぞ。兄上にとって、目の上のたんこぶなんだ」
「兄はまあまあ、弟は天才、というのが、一般の評価だからだろう」
「そうだ。だから、俺は弟とは名乗らない。血族だ。悪評もどんどんとたててやる」
「健気だな」
サンセは兄のことが好きなんだ。好きだからこそ、嫌われるようなことをするのだ。
俺は逆だ。どうにか兄に好かれようとした。誉められると嬉しかったから、ともかく、なりふり構わなかった。だけど、兄は俺を道具として見ていた。復讐の道具が育ってきている、そう見ていただけだ。愛情なんて、これっぽっちもなかった。それでも良かったんだ。
サンセも同じことをしたのだろう。だけど、兄の自尊心を傷つける結果となった。そこは、貧民と貴族の違いが出たのだ。俺は貧民だから、兄は自尊心なんか捨てていた。目的のために、兄は俺を利用したのだ。しかし、サンセの兄は貴族の中の王族と呼ばれるリスキス公爵になることを約束された男である。弟を利用しよう、なんて考えられないほど、実直なんだろう。
それに、俺は実の弟だ。だけど、サンセは実際は従兄弟だ。血の繋がりのある弟であれば、リスキス公爵だって、兄弟だから、と納得しただろう。しかし、サンセは本当の兄弟ではない。デキの悪い叔父から、こんなデキのいい子が誕生したのだ。リスキス公爵にとっては、屈辱的だっただろう。
サンセの気持ちは理解出来るので、俺はそこは責めない。個人の自由だ。好きに悪評背負えばいい。
「それで、どうして、サリーお嬢さんを気にしてるんだ? 友人なんだ、ぜひぜひ、教えてほしい」
言葉遊びだ。戯言だ。わかっていても、俺は使った。ここまで、俺が情報を出せば、サンセの口も軽くなるだろう、そう思った。
しかし、思ったよりも、サンセの隠し事は厄介そうだ。サンセは迷っていた。
「俺から言えることはただ一つだ。サリー嬢は、王国から隠せ」
「何故?」
「知らないほうがいい。今は、誰も知らないから、サリー嬢は帝国でも狙われない。真実が表に出れば、サリー嬢は、王国からも、帝国からも狙われる」
「サリーお嬢さんには兄姉がいっぱいいる。中には、王国と接する人だっているだろう」
「一通り見たが、サリー嬢ほどではないな。サリー嬢はリスキス公爵家が探している女に一番似ている」
「おいおい、まさか、サリーお嬢さんは、リスキス公爵の血族の誰かの隠し子か? まさか、お前の腹違いの妹とか言わないだろうな? それは絶対にないぞ。サリーお嬢さんの両親は、浮気なんかしないし、させない」
俺はサリーの両親をよく見て知っている。父親は娘バカだが、妻を大事にしている。母親は貞淑な妻ではあるが、夫の不倫を絶対に許さない悋気が強い感じだ。
「そうじゃないとわかっている。だいたい、似てないだろう」
「まず、王国と帝国は離れてるよな」
「あの最低最悪な父親は、帝国にも渡ったんだ。そこで、散々、騙されて、借金をして、大変なことになって、リスキス公爵家の名前を出して、助かったんだ」
「………」
前リスキス公爵の弟のどうしようもなさが、どっかで聞いたことがあるな。こういう最低最悪なの、過去にいたじゃん。筆頭魔法使いの父親だよ!!
だけど、力の強い妖精憑きって、こういうダメな奴が大好物なんだよね。ハガルは大好きな父親をでろんでろんに甘やかせて、堕落させたのだ。リスキス公爵家はまともなはずなんだけど、ハガルのように、ここぞという所で、見捨てられないんだな。悪く言いたくはないが、ハガルみたいなものを前リスキス公爵には感じる。
俺は、ハガルの父親のことは一生懸命、口にしない。この場にハガルがいたら、大変なことになった。良かった、ハガルいなくて。
隠し子かもしれないけど、年齢的に違うのは明らかである。だって、サンセが赤ん坊の頃に前リスキス公爵の弟は殺されたのだ。万が一、帝国にいたって、孫だな。万が一、男爵夫人アッシャーが隠し子だとすると、辻褄が合わない。アッシャーの父親は、とんでもない愛妻家だという。そのために、貧民をやめたのだ。まず、浮気を許さない。
アッシャーの父親は、たった一人で情報を操作していたという。帝国中に情報源を置き、アッシャーの父親単独で操作していた。こんなこと、広い帝国で出来るのは、力の強い妖精憑きだけだ。
俺は、男爵マイツナイトからも、男爵夫人アッシャーからも、その事実を聞いていない。だが、情報の伝達方法を聞けば、そう考える。
妖精憑きであれば、転移の道具を使って、帝国中を飛び回れる。中央都市の貧民街の地下には、とんでもない魔道具のガラクタが落ちていた。きっと、壊れていない移動の魔道具も地下にあっただろう。それを使えば、たった一人で情報操作が可能だ。
力の強い妖精憑きは気に入ったものを囲う。先代男爵が力の強い野良の妖精憑きであれば、溺愛する女を閉じ込めて囲うだろう。そんな女を浮気させるはずがない。まず、浮気が出来ない。閉じ込められるからだ。
この事から、別の可能性が浮かぶ。母方ではなく、父方に何かあるのだ。
今でこそ、マイツナイトは男爵であるが、過去は歴史の長い侯爵だったという。俺の母サツキのせいで、一度は落ちぶれたという話だ。
侯爵家の遠い過去に、王国と何か繋がりがあるのかもしれない。それが、侯爵家に脈々と受け継がれているのだろう。
その事を知っているのは、マイツナイトと、跡継ぎとして側に置かれているサリーだ。口伝で、何か伝えられているのだ。
王国側から情報を洩らしてもらおう、と俺は揺さぶってみたが、無理だった。リスキス公爵の血族サンセは頭がいい。俺がまだ、肝心なところで気づいていない、と呼んだのだ。
「王国の奴らを王国に帰したのは、サリーお嬢さんのためか?」
「………」
「それぐらいは、言ってもいいだろう」
「神の導き、というのは、本当にあるのかもしれない。そう、思った」
「?」
「ロイドは、王国史を真面目に聞いているな」
「まあ、面白いからな」
別の話にすり替えられた。しかし、面白いという事実は変わらない。
初めて知ることだから、面白い、ということもある。さらに、王国と帝国の違いは驚くばかりだ。
「帝国は魔法使いとして、妖精憑きが身近にいすぎて、神の存在を感じれないのかもしれないな」
「そこのところは、否定できないな。帝国は、弱肉強食だ。王国みたいなことしていたら、帝国では敗者だよ」
「俺は、今回の王国行きで、神の導きを感じた。サリー嬢は隠せ。俺は誤魔化したが、王国の使者に気づかれたかもしれない」
「俺はサリーお嬢さんの護衛だ。相手が王国だろうと、負けてやるつもりはない。外交問題だというのなら、俺を切り捨てればいい。それが、貧民だ」
命なんか惜しくない。ハガルは、俺を切り捨てればいいんだ。それが、俺とハガルの本来の関係なんだ。




