戦争に勝つためには、犠牲も必要
もう、戦争をするために、リスキス公爵が集めた戦力がそのまま、国境沿いまで進むこととなった。王国側でも一応、いるにはいるが、城の守りを減らすわけにはいかず、最低限となった。
「戦争なんてしない。こんなもの、連れていって何になる!?」
「これを見たら、敵国だって、融和なんて言わなくなる!!」
「時間がないんだ。さっさと進め!! あの男、次会った時は、殴ってやる」
実際に筆頭魔法使いハガルに会ったことがあるリスキス公爵の血縁サンセは怒りに震える。見た目はひ弱なんだけど、ハガル、帝国最強の妖精憑きだから、殴るのは不可能だ。まず、サンセが吹っ飛ぶな。
敵国に投げつける石の期限まで、ほんの数日だという。一か月くらいの猶予をこれまでは持たせていたというが、今回はそうしなかったのだ。
「ハガルめ、なんてことを!?」
魔法使いハサンでさえ、怒っている。これまでにない事なんだ。
男だけで行進だよ。母サツキは、後から来る。
「わたくし、馬に乗れません」
そう、馬に乗れないのだ。サツキ、歩いて行くにしても、義体なので、色々と疑惑を持たれてしまう。結果、サツキは後から来ることとなった。その代わり、サツキの側にはリリーベルがくっついている。別の移動手段が手に入ったら、後から来るという。
「思ったよりも遠いなー」
馬は借り物だし、知らない道だから、俺はちょっともたついた。だけど、それは俺だけじゃない。リスキス公爵の血縁サンセが集めたい騎士たち兵士たちだって、踏み込んだことがない未開の地のようなものである。日常的に使われない道だから、整備もされていない。馬だって大変だが、徒歩で遅れてくる歩兵たちはもっと大変だ。国境に到着してすぐ戦争、なんてことにはならないだろうが、何が起こるかわからない。
だいたい、馬を走らせて一日ちょっとだという。不眠不休で進めるから、馬も疲弊してくる。率先するのは、皇族セキラである。今回、石を投げる役はセキラが担った。
もちろん、王族たち、王国の重鎮たちは大反対である。しかし、国王の一喝で、全て吹っ飛んだ。そりゃそうだ。国王、毒を盛られたのだ。もう、黙っていない。
まだ、国王に毒を盛った黒幕は見つかっていない。見つかったかもしれないが、無事じゃないだろう。ほら、皇族セキラが毒を口にして、無理矢理、妖精の復讐を発動させたのだ。今、その妖精の復讐を王国に派遣している魔法使いが後追いしているという。その黒幕を捕らえる時間がないほど、大変なことになっていた。それもこれも、筆頭魔法使いハガルのせいだよ!!
馬を宥め、どうにか進めた先には、とんでもない軍勢が広がっていた。あー、やっぱり、敵国側も、戦争やる気なんだー。
「そ、そんな」
「報告は!?」
もちろん、見張りだっていただろう。しかし、その見張りがすでに買収されていたのだ。あえて、城への報告をされないようにしていたのだ。そして、見張りは慌てて、敵国側へと逃げていった。
「捕虜が増えたな」
「あいつら、大丈夫なのか?」
「心配ない。契約済みだ」
こういう場所に配置される者たちだ。きちんと妖精の契約がなされている。あの見張りたちはもう二度と、王国に足を踏み入れられない。ほら、死人扱いだから。
国境線辺りには、机が配置されている。そこに行けば、敵国側の代表たちがやってきた。
「叔父上、どういうことですか!?」
「戦争はしないと」
「王国側も戦争準備をしている、と聞いたんだ。仕方がない」
あれが王弟かー。国王と歳の頃は同じ感じの男が、申し訳ない、と頭を下げる。
第一王子アリオットと王太子イオスは、リスキス公爵の血縁サンセにつかみかかる。
「お前が勝手に兵を募るから!!」
「卵か先か、鶏が先か、そういう話だ。言い訳なんて、いくらだってつく。俺は、当然のことをしたまでだ。だいたい、国王は開戦を宣言したぞ」
サンセに分がある。国王は俺によって解毒されてすぐ、戦争の開戦を宣言したのだ。準備しようが、してなかろうが、戦争はするのだ。
「さて、そちらの準備は出来たのかな? 我々は随分と待たされたんだが」
「帝国のほうが、なかなか、儀式をしてくれなかったんだ。王国では、神へのお伺いは出来ない」
「………そうですか」
暗い笑みを浮かべる敵国の代表者。王国側の戦力を見て、うすら笑っているよ。さっさと、神の許可の石を放り投げてほしいんだろうな。
皇族セキラは、机の上に石を置いた。
「ボクは、皇族セキラです。今回は、帝国が開戦の儀式を行うこととなった」
「それは、王族の役割だ」
王弟が帝国の横やりに文句をいう。
「国王がまだ、万全ではない。しかし、この石の期限が短いときている。本来であれば、国王の役割だが、国王不在となっているため、ボクがすることとなった」
「私の甥が二人いる。どちらかにやらせればいいだろう!?」
「国王ではない」
「貴様も、皇帝ではない!!」
「ボクは、帝国の代表として、ここにいるんだ。いわば、皇帝の代理だ。それよりも、そちらの兵が、国境線に近すぎる。下がってほしい」
「だったら、王国側も下がってくれ」
「別に、いいけど」
何故か、皇族セキラが代表である。立派に口上述べているけど、俺の服をつかんでいるんだよな。しかも、足がガクブル震えている。頑張れ、暗殺者殺しちゃったセキラなら、こんなの、簡単だよ!!
王国側はかなり下がった。ほら、そういう支持を前もってしていたから。しかし、敵国側はイマイチなんだよな。
「もっと下がったほうがいいと思うけど」
「そうそう、下がったほうがいい。ハガル様は、何やるかわからないから」
皇族セキラも、俺も、筆頭魔法使いハガルという男がどういう奴か、よく知っている。この開戦許可の石、ただの石っころじゃないだろう。
「さあ、その石を投げるんだ」
「いや、まだ、歩兵が到着していない」
「心配ない、戦争なんてしない。こちらには、王弟がいるんだ」
「そう、私がいるのに、戦争なんか起こさせるわけがないだろう」
どういう根拠だ? 俺とセキラには、王弟なんて、他人だよ。保障にもならない。
何より、長いこと敵国にいた王弟を信じる根拠はない。洗脳するには、十分すぎる時間だ。
「はやく、叔父上をこちらに戻れるようにしよう!!」
「生きているんだ。叔父上と父上を会わせてあげたい」
「死人扱いされてるけどな」
「不可侵条約がなくなれば、叔父上は、生きて戻ってこれる!!」
何を言っても、王族二人はもう、考えを変えない。あんなに、母サツキが優しく語りかけたんだが、優しすぎたんだな。
「だったら、私が」
「ダメだよ」
だが、俺が止めるし、セキラはどっからか暗器を出して、王族の首元に突きつける。
「何をするんだ!?」
さすがにそれには、王弟が怒った。しかし、国境線を越えられない。ほら、不可侵条約は破棄されてないから、何が起こるかわからないのだ。
「な、何を」
「ボクのこと、甘く見ないように。父上は我が子だからと容赦しないんだ。死ぬかも、という訓練も受けている。ぬるま湯に浸かってる奴らとは違うんだよ」
皇族セキラ、怒りで目をギラギラと輝かせていた。王族二人の話を聞いて、セキラ、腹が立って仕方がないのだ。
だって、皇族セキラは、その血筋から、物心つく前から、父である皇族サイから、容赦のない教育を受けたのだろう。特殊な血筋であるため、皇族の心得も叩き込まれている。それなのに、王族二人は、なんと甘っちょろい話をしてるんだ!? とセキラは思ったのだ。
そして、皇族セキラは、このどうしようもない王族をどうにかしたいばかりだ。こういう、大人しい奴を怒らせると、大変なことになるなー。
セキラは、甘っちょろい王族を蹴り飛ばして、石を握る。
「ハガルからは、あの岩肌に向けて投げろ、と言われたんだけど」
「全員、退避だ!!」
俺は叫んだ。絶対に何かやってるよ。あれ、ただの石じゃない!!
「何が退避だ。たかが石だ」
せせら笑う敵国側。これまで、そうなんだろう。
「お前ら、ハガルという男がわかっていない。あいつは、これまでの筆頭魔法使いとは違うんだよ!!」
「どうせ、帝国第一の男だろう」
「知らないからな。セキラ、さっさと投げて、逃げろ!!」
俺がそう言えば、皇族セキラは本当に、岩肌に向かって投げた。
人の力では、あの岩肌には届かない。やっぱり、あの石自体に、何かしたんだ。ひょろひょろと敵国側の陣地に石は飛んでいく。それは、何かに誘導されているようだ。
俺は、セキラの腕を掴んで走った。もう、後は知らん!!
まだ、状況がわかっていない王族二人はのんびりと敵国と笑顔を交わしている。お前ら、そのまま死んだって、俺のせいじゃないからな。
リスキス公爵の血縁サンセは、俺のことを信じて、走った。
そして、石は遠い、むき出しとなっている岩肌に落ちた。途端、とんでもない爆発を起こしたのだ。それは、地面を揺らすほどである。
岩肌が崩れ、岩石が、王国側、敵国側を襲った。
王国側は、先に退避していたから、問題ない。残るは、儀式という石投げをしていた俺と皇族セキラ、リスキス公爵の血縁サンセ、そして王族二人である。王族二人は、もちろん、大したことがない、と敵国側を信じていたから、遅れて逃げていた。
敵国側は悲惨だ。中途半端な退避をしたから、人の並が進まない。皆、我先に、と逃げているのだ。だが、一人が転べば、それに足を取られ、と大変なこととなっていた。そんな転んだ人たちを助けるような余裕なんてない。むしろ、踏み越えて逃げていく。
一番、悲惨なのは、敵国側の代表者と捕虜となっていた王弟だろう。皆、身分なんてどうだっていい。逃げたくても、人の並によって、逃げられないのだ。最後尾で、生きた心地がしない逃走をしていた。
俺がどうにか、逗留地に逃げ込んだ時には、岩の雪崩が蹂躙している場面を見ることとなった。砂煙がたっていて、敵国側の状況が見えない。
「な、なんで」
「こ、こんなこと、に」
命からがら、どうにか無事、逃げてきた王族二人は、地面に膝をついて、何か文句を言っているが、それどころではないだろう。
「だから言ったのに、ハガルを甘く見ちゃダメだってー」
「これまでの筆頭魔法使いとは違うのにー」
「あの男、絶対に殴ってやる」
リスキス公爵の血縁サンセは拳を固める。俺も皇族セキラも止めない。一度、痛い目にあったほうがいいんだよ。ハガルはね、歩く天災、て影で呼ばれてるんだよ。
敵国側はどうなったかなー、と俺は妖精の目を発動させて、野良の妖精さんの視野を借りた。
「王弟は無事だな」
「へー、逃げれたんだー」
「王国側に逃げなかったということは、もう、あっち側の人間なんだな」
人間の反射って、本能だからね。もう、王弟は王国側を故郷とは思っていないな。
こんなことになったのだ。敵国だって、戦争だろう。まだ、後方に戦力を待機させていたな。遠くから攻撃する武器が音をたてて飛んできた。
「退避しろ!!」
ともかく退避である。だって、あの爆音で、また、岩の雪崩が誘発されている。何やってんだよ、敵国側は!!
敵国側も、人を使えない。結果、一方的な攻撃となる。遠くから攻撃する武器は、連続でされるので、こっち側も後退して、退避するしかない。あんなのにぶつかったら、死ぬよ。
「ハサン、障壁」
皇族セキラの命令に、魔法使いハサンは、あの攻撃を防ぐ、見えない壁を作った。そのお陰で、攻撃は跳ね返るのだが、地面に落ちると、また、岩雪崩を起こしてくれる。あの岩雪崩、止まらないな。本当に、ハガル、何やってくれてんだよ。
「このままだと、決着つかないな」
「あんな武器、持ってきて、何が融和だよ」
「帝国だって、あんな爆発させて、岩雪崩を起こしただろう!!」
「俺は悪くない」
「ボクも悪くない」
王族に責められても、俺も皇族セキラも反省しない。だって、やったのは筆頭魔法使いハガルだ。あいつに反省なんて無駄だよ。だって、悪いとは思ってないからね。
王国側は完全に巻き込まれただけである。これ、敵国と王国の戦争、というよりも、敵国と帝国の戦争だよね。しかけたのは筆頭魔法使いハガルの悪戯だし。悪戯だけど、可愛くないな。
「これで、和睦なんておしまいだ」
「心配ない。和睦なんて、勝てば、出来る」
「そうそう、勝者になれば、全て許されるよ」
「簡単にいうな!? この状況を見てみろ!!」
戦争するためには、お互い、ぶつかりあわないといけないけど、近づくことすら出来ないのだ。ほら、戦地、岩の雪崩がここぞとばかりに起こり続けている。絶対、ハガル、あの石に何かやったよね!!
リスキス公爵の血縁サンセの怒り、理解出来るよ。俺もさっさと戦争終わらせて、帝国に戻りたい!!
一方的な攻撃を受けるだけの王国側。これは、岩の雪崩がおさまっても、変わらない戦いだろう。そう見ていた。
「お袋を敵に回しちゃいけない」
「何が?」
俺だけが見えるんだよなー。妖精の目を発動させたままだから、俺は敵国側の状況が見えているのだ。野良の妖精さんは親切だから、視野をいっぱい貸してくれる。
突然、敵国側の遠距離攻撃がおさまった。だけど、王国側は動けない。ほら、いつ、岩の雪崩が起こるかわからないから。本当に、ハガル、とんでもないことしてくれたな!?
そうこうしていると、敵国側が白旗をあげてきた。
「お袋は敵に回しちゃいけないなー」
「何が?」
俺だけがわかる事だよ。あの人、本当に容赦ないから。
岩の雪崩問題はすぐ解決した。ほら、魔法使いハサンがいるから、すーぐ、そこを収めてくれたのだ。
「もっと早くやってくれ!!」
「戦争なのに?」
魔法使いハサンの言い分が正しい。戦争中、敵に塩を送るような真似、するはずがない。白旗あげたから、岩の雪崩を止めたのだ。
敵国側の領土は酷いものである。逃げ遅れただろう被害者の血があっちこっちに見られた。ついでに、臭いも酷かった。
どこが国の境界線なのかわからないが、そこは、魔法使いハサンがきちんと定めてくれた。机は、ボロボロになっていたけど、そこも、ハサンがどうにか綺麗に戻して、地面を平にして、置いてくれた。魔法って、便利だな。
簡易的な会談場所を作ると、敵国側から、代表者数名縛り上げた者たちを引き連れて、母サツキと俺の手下リリーベルがやってきた。
「何故、サツキがそっち側に!?」
「女の秘密を聞いてはいけません」
悪戯っ子みたいに笑って誤魔化す母サツキ。なーにーがー、秘密だよ!! とんでもないことやったな、この女。
しかも、引き連れてきた手勢が俺の顔見知りばっかりだ。
「ロイド様、お久しぶりです!!」
「お元気で何よりです!!」
「若ー、また若返りましたね!!」
「言わないでええええーーーーー!!」
本当に、なんでお前らがいるの!!
敵国側からやってきた手勢は皆さん、貧民である。しかも、俺の手下だけではない。なんと、王都の貧民街からも派遣されてきたのだ。死んだ親父に鍛えられた奴らだから、接近戦では、誰も勝てないだろうな。
母サツキは笑顔で魔法使いハサンの元にやっていく。
「ハサン、聞いてください!! わたくし、聖域間を飛べましたよ!!!」
「なにぃいいいーーーーーー!!」
いつもは物静かな魔法使いハサンも、この話に、大声で叫んで驚愕する。珍しく、母サツキに掴みかかった。
「そんなバカな!? 貴様にそんなことが」
「あら、わたくし、道具作りの才能持ちですよ。義体をちょっといじったに決まっているではないですか」
嫣然と微笑む母サツキ。この女、よりによって、義体を改造して、妖精憑きの力を使えるようにしたのだ。
「なんて、罰当たりなことを!?」
「罰当たりでしたら、聖域間の転移は出来ません。ですが、わたくしは出来ました。ハサン、ざまあみろです!! あはははははは」
愉快愉快と大笑いである。ハサンがどうしても出来なかった聖域間の転移を母サツキはやったのだ。これほどハサンにとって屈辱的なことはない。
何が起こっているのか、王国側はわかっていない。母サツキが敵国側からやってきた事実に、別の何かをしたのだろう、と考えたのだ。きっと、別の道を通って、敵国側の背後から攻撃したのだ、と。
そうじゃない。母サツキは、きちんと情報を精査したのだ。敵国側に、聖域があることに気づいた。力のある妖精憑きであれば、聖域間を移動できる。しかし、魔法使いハサンは出来ないときている。
わざわざ、魔法使いハサンに恥じをかかせるようなことを言ったのは、母サツキが出来ることを隠すためだ。ハサンが出来ない、という事実を王国側だけでなく、敵国側にも知らしめた。
聖域間の移動を使うなんて、誰も思ってもいないだろう。敵国側は、神と妖精、聖域の信仰を捨てたのだ。まず、そんな戦略は思いつかない。王国側は、そこまで妖精憑きに詳しくない。何より、聖域間の移動なんて、知らないだろう。それでも、出来ない、という印象を与えたのは、半分は、ハサンへの嫌がらせだろう。
「サツキを怒らせてはいけないね」
「そうなんだよ、本当に、敵に回しちゃいけないんだよ」
魔法使いハサンを絶望させて、高笑いする母サツキを見て、皇族セキラと俺は、心底、気を付けよう、と思った。女は、怒らせると怖いね。




