3-4.白髪の青年の物語 起(4)
「ジャック、夜ご飯が終わった後、お話があります」
「ん…?」
いつも通り、朝一でイオの家に寄って出発の声掛けをしに行くと、珍しくイオから呼び止められる。
「別にいいけど。見回りがあるから、少しだけなら」
「あ、見回りはワンクスに早番を頼んでおいたから。今晩だけ遅番でお願いします」
「ん? そうなんだ」
言われて、ワンクスの方を向き直る。一緒に来ていたはずの彼は既に門の方に向かっていた。その背中は、若干不機嫌そうな雰囲気を漂わせている。
……見回り前に呼び出される理由も、ワンクスが不機嫌な理由も見当がつかない。
「何かあったの?」
「ん~、それも、後できちんと話します」
イオはそう言って気まずく額を掻く。そこに昨晩までなかった痣が見えて、そういえばワンクスの顔にも記憶にない痣と傷が出来ていたなと思い出す。
「喧嘩?」
「まあ、あはは、そんな感じ―――かな?」
笑って誤魔化される。まあ、後で話してくれるつもりらしいし、今は追及しないでおこう。
「とりあえず分かったよ。じゃあ、また後でね」
「うん、気を付けて行ってきて! 怪我だけはしないように! ワンクスにもきちんと言っておいてね!」
いつものように小言を貰う。背中越しに手を振り返してワンクスを追いかける。
「お待たせ」
「ん、行くか」
そうして合流したワンクスは、いつものように返して歩き始める。
―――だけど思うことがあるらしく、狩りの間もため息を何度かついていた。
そうして迎えた、夜。
「単刀直入に聞きます」
「う、うん…」
イオの家に招かれて、今は彼女の部屋の中。
目の前に座らされてしばらく。なかなか話を切り出さなかったイオは、意を決したように口を開いた。
「―――ルイナを見ていると、コレットのことを思い出してつらい?」
「っ…」
故人の名前を急に出されて、胸が苦しくなる。
“暮れの災厄”を乗り越えれなかった、僕たちの仲間の1人。
イオが妹みたいに可愛がってた存在で―――僕にとって人一倍特別な意味を持っていた女の子。
……ルイナと、笑った時の顔がちょっと似ていた。面影が重なるたびに、胸が締め付けられるように痛んだ。
「バレてたんだ?」
「当たり前です。何年あなたたちのお姉さんやってると思ってるの?」
わざとらしく肩をすくめられる。思わず、胸の痛みを忘れて苦笑してしまう。
「いつも言ってるけど、僕たち同い年だよね?」
「それはそれ。ようは役割の問題です」
『あなたは弟、わたしが姉』とイオは互いの顔を指さす。それからこほんと喉を鳴らして、居住まいを正す。
「さて、今夜あなたを呼び出したのはあなたの傷を癒したいからでも何でもなく、ただ言いたいことがあったからです」
「あ、はい…」
イオが説教モードに入ってしまう。こうなると何となく逆らえない。ワンクスともども、長年の経験から弟気質が板についてしまったようだ。
「説教とでも愚痴とでもなんとでも捉えて結構です。あなたは弟として、ただ姉のぼやきに付き合ってください」
「…分かったよ、イオ」
何を話そうとしているのか分からないけれど、その口調から伝わってくる思いやりがある。
あまり気負わずに聞けよと言っているんだ。それが証拠に僕が肩の力を抜いたのを見てからイオは口を開いた。
「まずルイナの話からです。彼女からジャックに避けられているのではないかと相談がありました」
「ルイナから?」
意外な風に聞き返してしまったが、身に覚えがありすぎる。そしてそれは事実、相手に悟られていたことを知り申し訳なさでいっぱいになる。
「そう。前までは普通に接していたのに、最近素っ気ないと―――ああ、そこまでは言ってなかったかも。ただ、悩んでいるのは間違いないみたい」
「……そうなんだ」
言われて、思い出す。ルイナと出会ったのはこの村に来てすぐ。魔物に囚われていたところをワンクスと一緒に助けたのが最初の出会い。
初めの頃、彼女は笑わなかった。“暮れの災厄”の影響か、それとも別の要因か、彼女は記憶と言葉を失っていた。何にも興味を持たず、何もしゃべることはなかった。
そんな彼女を親身に介抱していたのが僕とイオ。少しずつ意思疎通が図れるようになって、記憶は戻らないけれど段々と彼女の表情が蘇ってきて。
「―――ルイナの笑った顔、コレットに似てるんだよね…」
多分、僕が彼女を避けるようになったのはつい最近。彼女が笑顔を取り戻してから。
よく知った顔と面影が重なって、見る度に胸が痛んだ。
「分からないでもないわ。かと言って、ルイナに責があるわけじゃない」
「…そうだね」
正論。抗いようもなく、僕は頷く。
「わたしも、あなたからルイナを託された以上、保護者として彼女の味方をします。とはいえジャックの気持ちも分かる。あなたへ無理にでも感情を飲み込めとは言えません」
「…重ね重ね、苦労をかけます」
「なので、どうしても我慢できなくなったらわたしに言いなさい。その時、一緒にどうしたらいいかまた考えましょう」
「―――うん、分かったよ、イオ」
頷きつつ、どうやら今もう我慢できないという泣き言は許されないらしいことを悟る。そういうところ、イオは男のええかっこしいツボをついてくる。
「さて、ルイナの話はここまでにしておいて、本題のコレットの話です」
「はい」
自然、居住まいを正してしまう。だけど、こらこらとイオから手を振られ、僕は再び肩の力を抜いた。
「―――コレットはとってもいい子でした。そしてジャック、あなたもとてもいい子です。あなたたちが付き合った時は心から祝福したし、コレットを亡くしたつらさが癒えないのは分かっています。きっとあなたはコレットのことを忘れないでしょうし、もしかすると生涯操を立てようとか思っているのかもしれません」
「操を立てるって…」
そんな大げさな、と言おうとして。否定できる材料がなくて困る。
この気持ちや痛みを、“少なくとも今は”なんて言葉で片付けることを、僕は許したくないと思っていた。
「そんなあなたに至極健全なことを言うのであれば、コレットを忘れて自分の為の人生を歩めと言うのが正しいのかもしれません。でもワンクスは『ジャックにそんな器用なことが出来るわけがない』と言っていました。わたしもそれには同意見です」
「………」
コレットを忘れて生きる―――簡単に言われてしまったそれは衝撃そのものだった。
けど、イオとワンクスの言う通り、そんなことは出来そうにない……というかそもそも、ひとのいないところで勝手に結論を出さないで欲しい。
「だから、ワンクスはこんな話をジャックに聞かせるだけ無駄だと言いました。それでもわたしは話したいと反論しました。それで昨晩喧嘩しました。この痣はその時出来たものです」
そうして額の痣を指す。ワンクスは痣が複数と傷がいくつか、イオは痣が1つだけ。どちらが優勢であったかは推して知るべし。
「最終的には泣き落として話すことに決まりました。ちなみにワンクスの尊厳の為に言っておきますがこの痣は自分でつけたものです」
「え、自傷なの?」
「はい。お姉さん、ワンクスの石頭を忘れていました」
「ぷっ…」
思わず笑ってしまう。じゃあ、ワンクスは一方的に暴力を振るわれた挙句に泣き落とされたというわけだ。
……それは不機嫌にもなるなぁ。ごめん、ワンクス。間接的に僕のせいだ。
「そんなわけで、こんな機会を設けました。そうして、わたしからジャックに言いたいことはただ1つです」
「―――はい」
がしりと、両肩を掴まれる。あずき色の瞳が、目の前に迫る。
「ジャック。操を立て続けようが新しく前を向こうがわたしたちはいつでもあなたの側にいる。だから鬱屈になるな! あとわたしたちを頼れ! 以上!」
「―――うん」
―――ああ、そういうことかと納得した。
「……ありがとう、イオ」
だから一言、感謝だけ述べる。
返ってきたのは、そばかすの似合う姉らしい、優しい笑みだった。
「じゃあ、イオ。おやすみなさい」
「おやすみ~。また後で」
話もひとしきりに。すっきりした面持ちのイオへ別れを告げて部屋を出る。
―――なるほど、と何とはなしに思ってしまう。どうやら、すっきりしたのは姉だけではないらしい。
「敵わないなぁ…」
後ろ髪を掻く。同時に、殴られ損のワンクスには後で謝っておこうと思った。
「……ん?」
ただ、ふと廊下に立つと、微かな違和感を覚えた。
空気の流れ、僅かな空気中の寒暖差―――間違いない、誰かが扉の前にしばらく立っていた気配が残っている。
―――まさか聞かれていた? 誰に? この家に暮らしているのはイオとルイナだけだ。であれば、答えは1つしかない。
「ル――っ」
見えない影を呼び止めようとして、声を飲み込んだ。気配は残っているが既に視界に姿はない。部屋に戻ったのか、外に出て行ったのかも分からない。
そもそも、思い出せ。さっきまで話していた内容はルイナに聞かれていたらまずい内容だったか? いや、そうでもないような―――
「っ…」
いやいや、莫迦か僕は。笑った顔が亡くなった恋人に似てて、あまつさえそれを見るのがつらいだなんて言われて気まずくないわけがない。
「………」
……でも、だめだ。今顔を合わせても、動揺する頭では良い言い訳もフォローも出来そうにない。
油断していた。扉一枚隔てての気配すら気づけないなんて。
「……」
家の外に出て、辺りを見回す。この間空を眺めていた庭に彼女の姿はなかった。
……大人しく今は帰ろう。少し夜風で頭を冷やして、遅番の見回りの時間が来るまで寝た方がいい。
動揺や後悔とは関係なく、果たさなければならない役割があるのだから。




