3-5.白髪の青年の物語 起(5)
夜。イオから見回りを引き継いで村周りを歩く。
村の方を見ると、作りかけの塀がまばらに建っている。その更に奥には建設中の物見やぐらが数棟。村のひとが僕たちへ負担をかけ続けるわけにはいかないと建ててくれているものだ。
これが完成すれば、魔物が襲ってきても時間が稼げる。ひとまずは夜通し村の周りを警戒して歩かなくても済むようになる。
「………」
その作りかけの塀に沿って外周部を歩く。利き手を不意打ちでやられないよう右回りで。といっても、村の明かりと月明かりで視界は広い。よっぽど油断しなければ不意は打たれないはず。
「っ…」
その油断のもとが、隙をついて脳裏をちらつく。さっきのイオとの話、やっぱりルイナに聞かれていただろうか? 気になってしまう。
今考えても仕方がないことだと分かっている。朝、それとなく様子を探ってみればそれで構わないじゃないか。
そもそも、僕は気にしすぎではないか? ここまでモヤモヤと考える必要があることなのか?
彼女と気まずくなることの何がいけない? そうなっても、逆に僕たちの手から離れていくきっかけになるじゃないか。彼女が保護対象からただの村の一員になるだけだ。
こんな頭を悩ませなくても―――
「っと…」
こつんと頭をやる。気を付けようと考えていた傍から気を逸らしてしまっていた。
気を配り直し、気配を探る――――大丈夫。異常はない。
安心して、再び歩き出そうとして―――
「………」
足が止まってしまう。
塀の内側、門の柱の影の向こうに誰かいた。ただ隠れる気はないらしく、作りかけの塀の間から姿が見える。
驚きと動揺で一瞬鼻が鳴る。だけど次の瞬間には吐き出して、努めて平静に歩み寄る。
「―――ルイナ。こんばんは」
「こんばんは、ジャックさん」
白銀の女の子は門の柱に背を預けたまま、身じろぎもしないで声に応じる。顔を見せる気配はない。
意思を悟り、僕も柱を隔てた村の外側で立ち止まる。
「ごめんなさい。さっき、イオさんと話しているのを聞いてしまいました」
「やっぱり」
こんな夜中にここにいる時点で察していた。その動揺は、さっき済ませていた。
だから、思った通りに、まずは謝ろう。
「それなら謝るのは僕の方だよ―――変な話を聞かせてごめん」
「いえ、謝らないでください……色々腑に落ちて、納得できましたから」
声音に混じる感情は自嘲。
そんな風に考える必要はない、なんて。思った通りに言えるほどに僕は厚顔ではなかった。
「―――ごめん。最近の僕変だったから気を遣わせて……ううん、君を傷つけちゃったかもしれない」
「……そうですね。でも、仕方ないですよ。そんな―――なんですから」
「……うん」
言葉を濁し、この期に及んでも気を遣ってくれるルイナの配慮が胸に染みる。
ルイナには記憶がない。安心できる味方が少ない。僕みたいな存在でも、彼女を支える1本の柱だったはずなんだ。
それなのに、僕はこの人を拒絶して傷つけてしまった。弁解の余地はない。
「ごめん。本当に、ルイナが悪いところなんて1つもなくて、全部僕側の問題なんだ」
「………」
「だけど、ごめん。こんなことを言っておきながら、すぐに解決できることでも多分ないんだ。だから―――どうしたらいいか今も悩んでる」
これ以上、僕なんかのせいで彼女の平穏を邪魔したくない。
「だから、今は時間が欲しい。凄く身勝手な言い分だけど、今の僕にはこれしか言えない…」
「―――ありがとうございます」
返答は礼。その言葉を語った彼女が今、どんな表情をしているのか分からない。
「でも、大丈夫です。私のことは心配しないでください。これからもジャックさんは、自分のことを一番に考えてください」
「………」
「あ、ふふっ。これだとジャックさんが凄く自分勝手なひとだって言ってるみたいになってますね。違いますよ? 私のことは気にしないで、まずはご自身のことだけを考えて―――って、私おなじこと言ってますね」
「……ぷっ」
ルイナの焦りを背中で感じて、思わず笑ってしまう。柱の向こう側からも、つられて笑い声が聞こえてくる。
―――顔を見なければ、こんな風に自然に話せるんだ。それなのに一方的に突き放して、本当にルイナには申し訳ないと思う。
「あはは―――うん、ありがとう、ルイナ。言葉尻はともかく言いたいことは分かったよ。本当に、言葉を飾らないで言うとこれは僕の心の問題でしかないと思う。だから、ルイナにはしばらく気まずい思いをさせちゃうかもしれない。だけど、本心からルイナを拒絶してるわけじゃない―――そんな風に受け取ってもらえると、僕としては助かるな」
「………」
「―――ルイナ?」
応じる声がない。柱の向こうに問いかけてみると、焦ったように声が返ってくる。
「あ、はい、そうですね、ジャックさん。ありがとうございます。本当に、真正面から私に向き合って頂いて」
「ううん、ルイナがいい子だから僕も素直になれたんだと思う」
「ふふっ、その言い方、イオさんみたいですね」
「あー、確かに言いそう」
くすくすと、小さな笑い声が2つ漏れる。
―――今まで拒絶してしまっていた。だけど、彼女とはこんなにも穏やかに話が出来るんだ。
……こうして話していれば、いつかコレットの面影が重なっても、ルイナときちんと向き合える時が来そうな気がしてくる。ああ、本当に、イオはすごいな。
気づけば、東の空が白み始めていた。
「おっと、いけない。見回りすっぽかしてた」
「あ、ごめんなさい。長く引き留めてしまいましね」
足を止めていたのは少しの間だったけど、残りの時間まるまるすっぽかすわけにはいかない。
「ルイナも、こんな夜遅くまで―――というか朝になっちゃったけど、起きてて大丈夫? もしかして寝れなかったとか?」
「ん~……はい。実はイオさんとの話を聞いてしまってから寝付けなくて」
「あ~、本当にごめん。僕から言うのもなんだけど、少しだけでも寝ておいた方がいいよ?」
「ふふっ、はい、そうした方がいいですね」
ルイナが柱から離れる気配を察する。僕も柱から離れ、振り返ってルイナを見送る。
「じゃあ、また後でね」
「はい、ありがとうございました」
そう言って、ルイナは笑って手を振って、家の方へと帰っていく。
―――今晩は本当に、色んな人に救われるな。そんなことを考えながら、見回りを再開しようと歩き始めたところで。
「……ん?」
あれ、今、ルイナ笑ってたよな…? あれ、気のせい?
目を閉じる。数秒前まで瞳に映っていた光景を思い出し、やっぱりそこに笑ったルイナがいた。
「……はぁ~」
呆れと驚きのあまり甲高い息が漏れる。
「……いやいや、単純過ぎんだろ、僕…」
頭をこつんとやる。コレットの面影を感じなかった。それがたまたまなのかどうかは分からない。
だけど、何かが変わったのかもしれない。そんな予感がした。
「―――よし!」
気合いが入った。見回りも残りあと2時間くらい!
土を踏みしめる。いつもと違う砂の感触がした。こんなに清々しい気分は久しぶりだ。
村の周りをぐるりと巡る。それを何回か繰り返し、ある程度陽が昇ったところで村に戻る。
これからはきちんと、ルイナと向き合ってみよう。そこからきっと、もっと何かを変えられるはず。
そうして見回りを終えて村に戻った僕はそこで、ルイナが村を出て行ったことを知らされたのだった。




