3-3.白髪の青年の物語 起(3)
夢を見ている。ああ、またこの夢だ。
夕暮れ、茜色の空。大地が唸りを上げ、あちこちから悲鳴と苦悶の声が聞こえてくる―――夢の中の僕はその声を耳にしながら、息を切らしてひた走る。
動悸が鳴る。見覚えがある。
忘れられるはずがない。この光景を夢に見る度に、癒えない傷がそこにあるのを思い出す。
今、僕は過去の自分を眺めさせられている。
「コレット!! ワンクス!!!」
夢の中で僕は叫んでいる―――そう。その時の僕は、仲間の名を呼ばずにはいられなかった。
「ニーナ!! イオ!! アレス!! どこにいる!? お願いだから返事してくれ!」
崩れる瓦礫の山を登り、くぐり、あるいはどかして、蹴り崩して。僕は家族を探す。
「……助け、…くれ…」
「子供がここにいますっ…! 誰か、助けてください!」
掠れ切った、あるいは切羽詰まった声が聞こえる。でもそれは僕の家族のものではない。
僕は家族を助けなくてはいけない。
ついさっきまで一緒にいた。
少しだけ別行動を取っていただけ。
それが永遠の別れになるだなんて、信じたくなくて。考えたくなくて。
僕は探す。家族を探す。
どこにいる? どこで助けを待っている?
探して。
探して。
死体でつまづいて。
瓦礫をおしのけ。
助けを求める手を振り払って。あるいは蹴り飛ばして。おしのけて。
探して。
探して。
家族の姿だけを探して。
「っ!」
やがて僕は見つける。イオと、アレスの姿を。
「イオ! アレス! よかった、無事だったんだね!」
「ジャック!? …あぁっ、ジャック!」
イオが振り返る。よかった、生きていた!
イオに抱きかかえられていたアレスも僕を見て。
僕も彼を見て―――見て……
「ぁ…」
「……っ、ジャック、か…」
夢の中の僕は見てしまう。彼の身体の―――下半分が、瓦礫に潰れされていて。
どう見ても、地面と瓦礫の間に、まともな隙間なんてなかった。
「あ、…あっ、アレ、ス……どう、して…どうして、こんな…っ」
「……ジャ、ック……」
アレスは掠れた声で呻きながら手を伸ばしてくる―――震えていた。握り返すとその手は嫌に冷たかった記憶がある。
イオが唇を噛む。なんで、どうして、そんな顔をするんだ―――! と、その時の僕は思っていたと思う。
「っ…いやだっ、アレス! お願いだよ、生きてっ! 生きてよ、リーダーっ! こんな―――おかしいよ…っ!」
首を振る。必死に手を握る。何かを繋ぎとめたくて。でもきっと無理なんだと、その時の僕も悟っていた。
「た、助け…、そうだ、今助けるよ! この瓦礫を———」
「ジャック…!」
アレスは僕の手を、痛いほどに握り締めた。振り絞って、多分それを僕に告げたくて、彼は虚ろな目で僕のことを真っ直ぐに見た。
「私のことは、いいっ…! 妹と、ニーナを―――っ…! ワンクスが―――助け、にっ…!」
「っ―――コレットとニーナが?! ワンクスはどっちに!?」
イオが瓦礫の向こうを指さす。
「あっち! ワンクスが先に行ってる! お願い!」
「っ…」
イオに指さされた先の瓦礫、元が何の建物だったかもわからないほどに倒壊している。
でも、その向こうにコレットとニーナがいる…!
「絶対に、コレットとニーナを連れて帰ってくる! すぐに助けに戻るから! イオ、それまでアレスを頼んだよ!」
「っ、……分かった!」
後から思えば、それはなんて無責任な押し付けだったんだろう。でも、僕はそう言ってからしかその場を離れられなかった。
「……っ、ワンクス! ワンクス、どこにいる!? コレット! ニーナ!」
崩れてなおうずたかく積もる瓦礫を昇りながら、ワンクス達を探す。
「っ……、………」
瓦礫を越えた。そして、越えた先に見えた光景に、夢の中の僕は絶句した。
遠くの山脈の向こうに沈みゆく陽光……その手前。見渡す限り、大地がない。
地割れだった。そこへ来る間にも僕は散々同じ光景を見ていた。
大地が落ちて、瓦礫も人も落ちていく。記憶の中にあるその光景の、落ちていく1人1人の顔が、勝手に見知った顔へ塗り替えられていく。
「…ワンクス! コレット! ニーナ!!」
「……ジャック」
「っ、ワンクス!」
夢の中の僕がたまらず叫ぶと、ワンクスの声が聞こえてくる。聞こえてきた方を見ると、地割れの手前に座る、見慣れた茶髪頭がいた。
「良かった、ワンクス! 無事だったんだね!」
瓦礫と地割れの間の僅かな大地。足を滑らせて地割れに飲み込まれないように気を付けながら僕は降りていく。
そうして降り立った後、ワンクスに近づこうとして―――手で制された。
「俺のことはいい。最期に話してやってくれ」
「最後? 最後ってなに―――」
問いながら、ワンクスに指さされた先の地面を見た。
……世界が震えた。
世界が光をなくした。
世界から音が消えた。
「……コレ、ット…?」
あぁ、僕はまた、これを見ている。
見慣れた黒色の髪。細くて、綺麗で、奥ゆかしく笑うそのひと。
―――コレット。君は、君が、どうしてこんなことに―――
「……瓦礫から助け出した時にはもうこんなだった……多分、もう―――」
「っ―――!」
ワンクスが何を言おうとしているのか分かって、僕は震えた。
彼の言葉を止めようとしたのか、耳を塞ごうと思ったのか。今ではそんなことも思い出せない。
けれど僕はそれらを結局できず、駆け寄り、コレットの手を握りしめた。
「……ジャ…ック…?」
「っ、コレット…コレット! 僕だよ! 分かる? ジャックだよ!」
か細い声が聞こえる。薄く、彼女の目が開かれた。
「…えぇ、……もちろん、……ジャック…」
「っ、良かった! 待ってて、今すぐ教会に行って助けを呼んで―――」
肩が掴まれる。振り返るとワンクスが首を振っている。
―――それだけで、僕は悟ってしまう。胸が詰まって、もう立ち上がることが出来ない。
かちかち、かちかちと歯が震える。寒くて、寒くてたまらない。
「―――あぁ、あぁっ、コレットっ…! どうして、こんな―――っ!」
「…ごめ、なさい、ジャック…あなたに、っ、プレゼ…っ、ト―――っ…」
「っ、そんなの、いいよっ!! 君が、君がっ! 君さえ生きていてくれればっ、それで―――!」
「ごめ、…なさ―――はじめて、記念……私、こんな……っ…!」
「っ、コレット!? コレット!」
コレットがせき込む。出てくるのは赤い血。
―――もう無理だ。もう見たくない。もう思い出したくない。
けれど、夢の中の僕は、最後までコレットを見ていた。
コレットは、僕の腕の中で困ったような笑顔を浮かべていた。
笑っている。笑っているんだ! だから、助かるんだと―――僕は、馬鹿げた希望を抱き続けた。
「―――プレ、ゼント……なくしちゃった……けど、兄さんと、ニーナさん、知って、っ……から……代わり、っ……」
「っ…! 分かった! 分かったからっ! ……お願いだから、生きてよ、コレット…!」
「ふっ、ふふっ…ありが、と……ジャッ、ク………わた、し……」
その瞬間、握った手の重みがふっと増した。夢の中の僕が握るはずの感触が、僕の手にものしかかる。
「コレット…? コレット!!」
今まで生きていたひとは、そこで死んだ。
「―――うっ、ああああああっ!!!!」
夢の中の僕は、大事なひとが冷たくなっていく感触を握り締め続けて、泣き続けた。
「………」
起きて、ベッドの上で半身を起こして手を見つめる。
半年経った今でも残っている。あの時の手の感触、冷たさ、喪失感―――でも、それらをかなぐり捨てる。
「……起きよう。仕事だ…」
髪が汗だくに濡れていた。甕の水で簡単に汗を流して、いつもの服に袖を通す。
「………」
あの時起こった災厄は、今も国と心を蝕み続けている。
だけど、僕は生かされている。現実に。この世界に生かされ続けている。
甘い夢を見ることもできず。
大切なひとの顔を思い出す度に死にたくなって。
ずっと怯えている。
だけど生きている。
「………」
家を出る前に確認をする―――腰の剣と、形見である首飾り。その2つだけは忘れない。僕はそれを確認してから外へ出た。
生かされている世界で、陽の光を見上げる。
それはいつもと同じように眩しくて、何の気も知らないで僕たちの生を祝福している。
踏みしめる大地。それは硬く盤石なようで、いつ僕たちの生活を脅かすか分からない。
僕たちが生きているのはそんな世界で。歪で、確かなものなんて1つもない世界で。
失う為に僕たちは生きている。そんな【世界】―――なんだと思う。
【Tips】世界
陸繋ぎの大陸が1つあり、小さな島が周りにある。それがこの世界。
大陸の名をアルガス大陸。北東をユーテル神聖国、北西をガザ帝国、南東をキルヒ王国、南西をクォーツ公国がそれぞれ治めている。
ただし“暮れの災厄”以降、その様相は大きく異なる。
陸地は狭まり、あちこちに奈落の底まで続く亀裂や大穴が空いている。
人々は行く道を失い、交易の多くは途絶えた。




