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銀と魔法使い  作者: あっちいけ
第2章 その腐った果実の見た目は赤
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2-5.害す者と守る者(1)

 

「これより検分を始める」


 サラは辺りを見回し、鋭い声音と眼光でもって場を支配する。


 既に陽は沈み、空の色は紺青こんじょう。明らかに異端と無関係であると判断できた市民には指示を出し、帰ってもよいことを告げている。また騒ぎを聞き、隊長であるツォンギンをはじめ仲間も駆けつけている。


 この場にいるのはサラたち異端審問官、意識を失ったまま後ろ手に縛られた異端の子、その異端の周りにいた2名の男女、及び検分と裁きが公正に行われたかの証人となる一般市民たちである。ところどころ手に松明を持ち、場を明るく照らす者がいる。







「―――さて」


 場を見渡し、ツォンギンは軽く息を吐く。検分については捕獲当時の状況を一番分かっているサラに任せる。それ以外の部下には市民の保護と現場の保存を指示している。


 それ以外に残された仕事はあと1つ―――それを遂行するために彼はひとの波を割ってそこに至る。


「分かっているとは思うが邪魔だてするなよ?」

「わざわざ釘をさしに来るなんて、隊長様はお暇なようね」


 ひと波の中に紛れ込んでいたミチを探し出し、ツォンギンは彼女の隣に立つ。彼女に好き勝手させないことこそ彼が遂行すべき使命であった。


「『あんた達が捕まえている異端は諦める』―――あたしがあいつと交わした契約のこと、知らないわけではないんでしょ?」

「勿論知らされている。だが、それでもだ」

「念のためってことね。本当にお暇なことで」


 ミチは面倒くさそうに半目を閉じながら、指先で胸から下げるペンダントをもてあそぶ。応えながらもついぞ、ツォンギンのほうへ視線を寄越すことはなかった。


 それも別に構わない。ツォンギンも、自分達異端審問官の意義・理念で対立する立場にある彼女と言葉を交えるなど、本来であれば願い下げであった。


 であればそれ以降、2人の間で言葉が交わされることなどないはずだった。しかし予想外に沈黙は破られた。


「それにしてもあの子、まだ若いわよね? 異端審問官やって何年目なの?」

「あの子? …ああ、サラのことか」


 ツォンギンは咄嗟に差された人物が誰であるか判断できなかったが、ミチの視線の先にあるサラの姿を認め、理解した。


 どう転んでもミチから『あの子』と指されるような風体でも歳でもないのだが……必要以上に会話を交わす必要もないだろうとツォンギンは判断した。ただ聞かれたことだけに答える。


「サラは歳こそまだ若いが異端審問官になって4年になる。検分の経験も十分にある上、信仰も信念もある。残念ながらお前の望む展開にはならないだろう」

「別に。そんなことまで聞いちゃいないわよ。ただ―――」


 と、そこまで言いかけて口をつぐんだ。


「ま、いいか」

「………」


 そうして勝手に話を終わらせる。必要以上に会話をしたいとは思わないが、それでも不満は沸く。


 ツォンギンは不愉快を露わにミチを見下ろす。それに対しての返答は、1つ肩をすくめられただけであった。













「信じて下さい、異端審問官様!! 私ら決して異端なんかに手を貸しちゃいませんよ!」

「………」


 サラは目の前で身の潔白を訴える男の様子を伺い、言葉の真偽を見定める。


 サラが異端を捕らえた時、彼は異端の側にいた―――否、状況から鑑みるに、異端が彼の側にいたというのが正しいだろう。


 彼は露店で野菜や果実を売っている店主であった。立地は大通りより脇道に入ってすぐのところ、この町に住む者であり、長くここら一帯で店を構えている者であると証言が取れた。


 気絶している異端の子は手に果実を持っていた。彼の店で売られている果実である。ただ別に珍しいものでもない、どこの露店でも売られているような林檎だ。


 これだけの状況証拠であれば不十分。彼らを異端の協力者として捕らえるのは横暴である。ただ今回に限って言えば、サラの記憶の中にも証拠があった。


「そこの娘。お前は異端へこれを渡していたな?」

「ひっ…!」


 そう言ってサラは林檎を突き出し、店主の後ろへ隠れる少女に詰問する。少女はサラの厳しい声音と視線に怖気づき、身を震わす。


 彼女は店主たる彼の娘であった。年は13歳、父娘2人でいつも店を構えているという情報も既に裏が取れている。


 今回でいうとこの娘―――サラの視界の中で異端へ林檎を手渡していたのだ。もし相手が異端と知っていて食料品を譲渡、あるいは売買していたとしたら、それは紛れもなく罪。彼女も異端として捕らえる必要が出てくる。


「答えろ。1つ断っておくが私は現場を見ていた。虚偽の申告は己の不利に繋がると思え」

「っ、い、異端審問官様! ターニャは……娘は確かに異端へと商品を渡しておりました!」


 痺れを切らしたように問い詰めるサラに対し、娘を背に庇ったまま父が代わりに応える―――彼はなぜ娘が異端へ商品を渡していたのか知っていた。


 優しく育った娘だ。目の前にやせ細る異端が現れて、思わず憐れみの情で林檎を差し出してしまったのだろう。

 父として、その行為を事前に止められなかったことが悔やまれる。娘の行為と手渡した相手の正体に気づいた時には、既に異端審問官が風の如く現れ、場を支配してしまっていた。証拠隠滅も口裏合わせもする時間はなかった。


 だからこそ今、彼は娘を守る為に前へ立つ。娘を異端なぞにさせぬ為、背に汗をかきながら異端審問官の前に立ちはだかる。


 ―――その異端審問官は、涼し気な顔をして彼の言へと頷いた。


「うむ、そうだな。お前の言う通り、そこの娘は異端へ商品を渡していた―――さあ、何故異端へこれを渡そうとした? 理由を述べろ」

「そ、それは商品として―――」


 サラは再び少女に向けて問う。それに対してもやはり、父が代わりに答えようとする。

 しかし、その声をサラは手をかざして制止する。


「父親殿。その答えで良いのか?」

「―――は、はぁ…?」


 その声音は諭すように優し気なものであった。父はサラの真意を見抜けず、間の抜けた声を上げる。

 その様子を認めながら、サラは何にも気づかぬふりをして異端の子を見下ろし、独り言を言う。


「ああ、それにしてもこの異端。見るもみすぼらしい恰好をしている。とても金など持っておらぬだろう―――まさかこのような浮浪者へ物を売ろうなどという阿保はおるまい」

「っ…! そ、それはその通りでございます、異端審問官様…」


 そうして店主たる彼は、己が誤魔化すのに必死で危うく漏らそうとしていた失言に気づき、冷や汗交じりに頷く。

 サラの言葉は、更に続く。


「見ればこの異端。頬も痩せこけ満足に食事も摂れていないように見える―――可哀そうに。異端でなければ施しを与え、救いの手を指し伸ばしてやりたいほどだ」

「そ、そうでございますね…」


 店主の彼はサラの言葉に頷く。この異端審問官がどこへ話の着地点を持って行こうとしているのか、彼には未だ分からない。

 ただ、先ほどの自分の失言あやまちを思えば、今しばらくは話を合わせて置いた方がいい。その上で決定的な失言をせず、あくまで異端の子だけを悪者にするよう誘導する。


 ―――それが出来るのかどうか、分からない。ただ、やるしかないと父は思った。


「そこの娘は、この異端を憐れんで商品を手渡したのではないか?」

「…そうで、ございます」


 サラの問いに、父が真意と言葉を吟味して答える。その言葉尻を聞き、サラは分かりやすく眉根を寄せる。


「父親殿。何をもって娘の行動をそこまで断言できる?」

「―――娘は、優しい子です。目の前に困っているひとがいれば手を差し伸べるよう、常に私も言っております。ですから、娘はそこの異端の痩せている姿だけを見て、異端と気づかないまま思わず助けたいと思ってしまったのでしょう……」

「ふむ、なるほど」


 先ほどより、娘が異端にならないように助け船を出されている感覚が父にはあった。であれば、娘は『異端に手を貸した』のではなく、あくまで『手を貸した結果、その相手が意図せず異端だった』と弁解すれば、その話に乗ってくれるのではないかと期待した。


「確かに、父親殿のおっしゃる通りかもしれないな」


 そして、返答は期待通りのものだった。


「ただし」


 ただし―――


「証拠がないな」

「……え?」


 最後の最後で、梯子は外された。


「いや、父親殿。そこの娘が『異端であったと気づけなかった』という証拠がないのですよ。それがなければ今までの証言も全て妄言。

 この私が遠目から見ても異端と気づけたこの者を、近くで接してなお異端と気づかなかった? 随分と都合の良い話だ。

 お分かりか? そこの娘が異端へ林檎を手渡していたという現場を私が見ている以上、そこの娘を異端として捕らえなくてはならないのです」

「えっ、は……いや、ですから―――!」

「これ以上は結構です。あなたからは十分な証言が取れました。あなたは、ここを離れて頂いても構いません」


 そうしてサラは慌てる父の肩をすれ違い様に叩く。


「ご協力感謝致します」


 最後に一瞥で礼をして、父を横へ優しくのける。

 そして、対峙するのは疑惑の少女。


「さあ、娘。虚偽は許さん。お前が異端にくみする者かどうか、今から確かめてやる」


 少女を見下ろすサラ。父の顔より高いところから蔑むように見下ろされ、少女はますます委縮し、言葉なく震えるのであった。

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