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銀と魔法使い  作者: あっちいけ
第2章 その腐った果実の見た目は赤
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2-4.異端が現れた町(4)

 

「ねーねー、おねーさん! 『リーズリッテの名杖めいじょう』っていう杖を持っているひとが近くにいないか、調べて欲しいの!」


 ロールキンのギルドの中。背の高い受付机の前で、必死に背伸びをしている赤毛の少女の姿があった。


 ギルドには冒険者が依頼を受注する受付とは別に、一般市民から依頼を受ける為の受付が用意されている。

 冒険者用の受付には冒険者に負けず劣らず屈強な男が置かれることが多いが、市民を相手にする受付は物腰柔らかな女性が置かれるのが一般的である。


 このロールキンのギルドでもそれは違わず、少女に対応しているのは若くて細い受付嬢であった。ただ、彼女はギルドを訪ねてきた幼い客に対して、申し訳なさそうに顔を曇らせるのだった。


「ああ、ごめんなさいね、お嬢ちゃん。調べるのにもお金がかかっちゃうから、お母さんかお父さんと一緒に来てくれるかな?」

「ううん、あたし、お金なら持ってきてるよ! だから、お願い!」

「あら、そうなの? う~ん……ちょっと確認させてもらっていいかな?」

「うん! はい、これ!」


 そうして少女は小さな袋を受付嬢の彼女へ渡す。中には銀貨が9枚入っていた。


「……確かに、これなら資料確認くらいなら出来そう。でもお嬢ちゃん、お父さんとお母さんはどこにいるの?」

「お母さんはね、村から出れないの! お父さんはずっとお出かけ中なの! だから、あたしが来たの! おつかい! えらいでしょ?!」

「……そうなの。偉いね」


 そう言って受付嬢の彼女は袋の中から銀貨を5枚だけ抜き取って残りを少女へ返した。そして手元の羊皮紙に依頼内容を書きまとめていく。


「お嬢ちゃん、お名前は? あと、この町にはいつまでいられるの? もしかして、もう村に帰っちゃう?」

「ううん、あそこのおねーさんのところに泊めてもらうから、明朝まではいるよ! あと、名前はミチっていうの!」


 少女はギルドの入り口付近に立つ、栗色の髪の女性を指さした。指さされた女性は似合わない三角帽子と長杖を手持ち無沙汰に抱きながら、視線が向けられたことを悟り軽く会釈をしてくる。


「そう。分かったわ。じゃあ明朝また来てくれる?今晩のうちに資料確認して準備おくから」

「うん、分かった! ありがとう、おねーさん!」


 そうして手を振って少女は入口に向かって駆けていく。栗色の女性の手を引き、扉を開けて去って行った。


 それを見送る―――そしてその日の受付業務を終えた後、受付嬢の彼女は喝を入れて、様々な情報が物理的に山となっている資料部屋へ行く。


 ここには住人の名前や公表されている所得財貨等の情報がまとめられている。ある程度整理されているとはいえ、正直目当ての情報を探し当てるのはそれなりの労力がいる。


 それでも、あの子の笑顔の為に頑張ろうと思った。多少の残業にも目をつぶろう。帰っても特に用事があるわけでもなし、迎えてくれる誰かがいるわけでもなし。


「……それにしても、なんで『リーズリッテの名杖』なんて調べてるのかしら?」


 調べている最中、不意に気になる気持ちが芽生えた時もあった。しかし、窓の外が暗くなり始めたのを見て彼女は頭を振り、資料の山との格闘を再開したのであった。














「あの―――さっきのは、いったい…?」

「さっきのって、ギルドでのこと?」


 ギルドで用事を済ませたミチに手を引かれ、外へ出たサラは困惑を顔に映したまま問う。


 なにか、この世ならざるものを見た気であった。しかし、対するミチは預けていた三角帽子を受け取って被りつつ、何でもないことのように飄々と答える。


「処世術よ、処世術。他人にものを頼む時、どんな頼み方すれば一番効率良さそうか相手に合わせて変えてんのよ。円滑に動いてもらうために使えるものがあるんだったら使わないと損でしょ?」

「そういうものですか…」

「そういうものよ」


 ミチは無理やり口角をあげていた頬をぐりぐりと揉みほぐす。不気味さを演出しない為か、外していた眼帯も付け直す。そうして素を現した彼女の瞳は、やはりつまらなさそうに半分閉じられていた。


「……ミチさん。あなた、本当に成人―――」

「してないわよ」


 サラの問いへと被せるように、否定の言葉が飛ぶ。


「してるわけないじゃない、こんなチビ。ただ身体と頭の成長が合ってないだけよ」

「そう、ですか…」


 サラはそれ以上詮索の言葉をかけることをやめた。


 どう考えても不自然なこのミチという少女の存在。身長は低く、顔は幼い。それでも言動は歳に不相応。


 これ以上気にしてもしょうがないと思う心もある。自分は異端審問官。民のために異端を捕らえる役目にある者だ。そこからすると異端でもなんでもないこの少女にこれ以上気を取られることに何ら利はない。


 それでも、どうしても気になってしまう。何故か? サラはミチへ問わずに己の内へ問うた。


「―――あ、林檎」

「え?」


 ふと、陽が傾いて町が暗くなり始めた頃。通りに並ぶ露店の中から果実売りを見つけたミチが呟く。


「あたし、林檎好きなのよね。ちょっと待ってなさい、林檎買ってくるから」

「あ、でしたら私が―――」

「いいから。案内してくれたお礼に林檎くらい奢らせなさいよ」

「え? あ―――」


 そう言って、ミチは足早に露店へ駆けていく。果実売りの店主は店じまい間際だったらしく、初めは鬱陶しそうにミチを見ていたが、やがて目尻を緩めて林檎を選んで袋に詰め始めた。遠目に見えるミチの目に今、眼帯はない。


『待ってなさい、サラ! お姉ちゃんが林檎買ってきてあげるから!』


 ―――ふと、遠い昔にかけられた声が蘇る。偶然、同じような言葉をかけられたから思い出しただけの、何でもない過去の1ページ。


「……ああ、そっか―――」


 それでも、聞こえてきたその声は、サラが己へ課した疑問に答えたのだった。


「やっぱり、似てるんだなぁ…」


 良いことは良い、悪いことは悪い。自分の思ったことはずけずけと言い、誰にも負けないくらいに気が強かった姉。


 その背に隠れて、泣いて、いつも守られていた自分。


 いつも怒られていた。

 いつも叱られていた。

 それでも、優しくて大好きだったお姉ちゃん。


 ……懐かしいひとの記憶だった。


「―――ふふ」


 思い出して笑みが零れる。姉のことを思い出して笑うなど、いつぶりのことだろうか。


 彼女の中で、疑問は解消された。今回の出会いを感謝すべく、彼女は天を仰いだ。


 遠くの空で陽光が赤く滲む。彼女はその光を瞼の裏に焼き付け、感謝の祈りを捧げたのだった。











「お待たせー。いやぁ、思ったよりも安くしてもらえたわ」

「ミチさ―――うわぁ、すごいいっぱい買いましたね」


 神へ祈りを捧げていると、戻ってきたミチの声が聞こえてきた。サラが眼を開けると、そこには林檎が入った袋を2つ、両手に抱えたミチの姿があった。その片方をサラへ差しだしてくる。


「はい、これ。あんたの分」

「えっ!? こんなに……いいんですか?」

「いいのよ。何ならあの隊長さんだったりお仲間連中と分け合っても構わないから」


 確かに、サラに渡された袋の方が大きく、中に入っている林檎の量も合わせて多かった。1人では、食べきる前に腐るものも出てきてしまうだろう。


「―――ありがとうございます、ミチさん」


 サラは受け取った袋を、落とさないようにしっかりと抱えた。


「ただ、おっしゃる通り私1人でこれを食べきるのは難しいので、部隊の仲間で分けさせてもらいますね」

「ええ、それはもう上げたものなんだから、あんたの好きにしなさい」

「そうします―――あ、そうだ。ミチさん、もし明朝もこの町にいられるのでしたら、紹介したいお店があるんです。ご一緒にいかがですか?」

「……ま、確かにこのまま何事もなければ暇だし、いいわよ。ちなみにどんなお店?」

「ええ、林檎が好きとおっしゃっていたので、林檎を使ったケーキが食べられるお店なんていかがかと!」

「へぇ、いいじゃない。ちなみにあたし、甘い方の林檎が好きなんだけど、それは大丈夫?」

「はい! 私も甘いのが好きなんですが、そのお店のも―――」


 暮れなずむ町の大通りを、凹凸の少女2人組が並び歩く。


 彼女達は互いの顔を見て歩く。片方は通りの右を、片方は通りの左を向いて。


 視線は交差する。


「―――――」


 やがて、片方の者が通りの端を見て息を呑む。不意に会話が途切れる。それを不思議に思い、もう片方の者が沈黙した者の顔を、見上げた。


「どうし―――」

「っ、ごめんなさいっ!」


 そうして彼女は隣を歩く者を押しのけ、駆け出した。抱えていた袋は地に落ち、リンゴが道を転がる。


 地を蹴る。風を切る。スキルの習得はなくとも、彼女の恵まれた体は矢のように疾く走る。


「―――っ!!」


 腰に手をやる。剣を抜く。赤に燃える太陽をその刀身に映しながら、彼女はそれを一息に振るう。


「ぐっ、が―――!」

「っ―――きゃあああぁっ!!」


 彼女が振るった剣は、通りの影に立っていた少年の腹を捉える。刃ではない、剣の腹が彼の身体へ強く打ち付けられた。


 少年は苦悶の声を上げ、倒されて動かなくなる。近くにいた少女が悲鳴を上げる。


「全員、その場から動くなっ!!」


 少女の上げた悲鳴が消えるよりも前、剣を振るった彼女―――サラは通りに響き渡るよう鋭く叫んだ。


「私は【異端審問官】だっ! ―――これより検分を行なう。この声が聞こえる者は、指示なくその場から動かぬよう。動いた者は権限により、異端として捕らえる!」


 そうして周囲を見回し、視界内の誰もが言葉に従っていることを確認してから意識を失っている少年の顔へと手をやり、閉ざされた両の瞼を指で開けた。


 今度こそ間違いない。そこには青と黄色、左右で違う色の瞳があった。








【異端審問官】

 この世で最も信仰されている宗教『ラサ教』では、ヒト族と他種族の間に出来た子を異端と定めている。

 彼ら異端は異なる血が流れている影響により、血と心と魂の関係性が不安定で身の変質を起こしやすい。実際に昔、多くの異端が魔の力に魅入られ鬼へと堕ち、その中から派生して吸血鬼が生まれた。ラサ教は吸血鬼が発生した成り立ちを世に明かし、異端の徹底管理の為に異端管理部を設立した。

 異端管理部に与えられている使命は異端を圧倒的社会的弱者にすることである。故に彼ら異端へ多くの禁を架し、多くの権利を剥奪している。その禁を破り手を差し出す者も罰する為、彼らをも異端とする権利が異端管理部には与えられている。

 その権利・主張・信仰を否定することは一国の王すら出来ない。彼らの後ろには今なお天に輝く陽の神がおり、臣下や民の多くもラサ教を信仰している。異端管理部に所属している異端審問官に楯突くことなど、神以上の存在でもない限り、ほぼ、誰にも出来ない。

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