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銀と魔法使い  作者: あっちいけ
第2章 その腐った果実の見た目は赤
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2-1.異端が現れた町(1)

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 Side:???


 林檎には、大きく分けて2種類のものがある。

 おいしいものと、そうじゃないものだ。


 あたしは1つ、林檎を齧る。しゃくりと音がなる、甘くて瑞々しいそれは間違いなくおいしい林檎だった。


 おいしい林檎はどうしておいしくなれたのか? きっと、良い木にって手間もたくさんかけられたのだろう。林檎がおいしく育つには、おいしく育つだけの理由がある。


 じゃあ逆に、おいしくない林檎はどうしておいしくなれなかったのか? あたしは芯だけになった林檎を捨てて、もう1つを取り出しながら考える。


 悪い木に生った。

 土や雨に恵まれなかった。

 手間をかけてもらえなかった。

 林檎がおいしくならなかった理由は、考えればいくらでも挙げられる。


 でも、たとえ悪い木に生ろうとも、それ以外が恵まれていればおいしい林檎になれたはずだ。他の理由でもそう。

 何かが欠如していたって、何かが普通と違ったって、その他で恵まれればきっとおいしくなれる。


 それどころか、別においしくなくたって食べてくれるひとはいる。酸っぱい方がいい、パサついている林檎が好き、ちょっと変わった林檎でもいいじゃない。そう言ってくれるひとだっているはずだ。


 おいしい林檎とそうじゃない林檎。結局彼らはおんなじ林檎であって、本来誰からも求められていい存在なんだ。


 ―――でも、この世にはいるんだ、こういう奴が。あたしは取り出した林檎へ齧りつかず、そこを見る。


 黒く変色し、甘酸っぱい臭いを発している。もう食べられない、腐った林檎だ。


 彼に価値はない。それどころか、寄り添ってきた隣人を腐らせる悪い存在だ。


 彼に手を伸ばすひとなんて、この世にいない―――いや、いてはならない。


 じゃあ、彼をどうしたらいいのか? あたしは何の未練もなく放り投げた。


 この世を腐らす彼へ、手を伸ばすひとはいてはならない。それがこの狂った世界での、あたしの在り方。


 今はミチと名を騙る、あたしの生き方だ。


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 場所は大陸北東のユーテル神聖国。常は長閑のどかな雰囲気漂うロールキンの町ではその日、俄かに張り詰めた空気が漂っていた。


 一昨日、目の色が左右で違う【異端】が町の近郊に現れたのだ。その情報は近くの都市まで届けられ、早々に今朝、異端審問官がやってきた。


 異端を捕らえる為に用意された彼らの数は8人。町を出入りできる南北の門に1人ずつ張り込み、残る6人で町の内外の捜索にあたる。


 道行く彼らの視線は鋭い。もたらされた異端の情報は『痩せこけた子供。眼の色は左が青、右が黄色』のみであった。異端と出会った者が急な遭遇に動転し、その仔細を曖昧にしか覚えておらず、間違いない情報がそれだけしかないと判断された為である。


 よって、彼らは通りや門を行き交う者たちの顔を覗き込み、瞳の色を確認する。その対象は子供だけに留まらず、万が一に備えて大人までをも含まれた。


 市民の中に、彼らへ抗う者はいない。むしろ市民は彼らを支援する立場にあった。異端が近くにいるかもしれないという恐怖は、彼らに緊張を強要する。


 ただ職務熱心なあまり厳しくなってしまった異端審問官たちの眼光に、力無き市民は畏怖を抱く。その上で、ただ両の瞳の色でもって己が潔白を明かすのであった。


「―――ん?」


 さて、そんな彼ら異端審問官のうちの1人。北の門を担当している彼女の名前をサラという。


 彼女が門の出入りを見張っていたところ、ひとの波の中で不自然に大きな三角帽子を被り、顔の様相を隠している者が目に入った。

 身の丈は120センチほど、子供の身長である。その者は門をくぐり、今まさに町へと入ろうとしていた。


「そこの、止まりなさい!」


 サラは声を上げる。合わせて、一緒に出入りを見張っていた常駐の門番たちが彼女の視線を追って子供のもとへと歩み寄っていく。


 突然上げられた制止の声に、往来の足が止まる。誰もが誰が止められたのか首を振って探す。くだんの子供も、大きな帽子を振って辺りを見回している。


「そこの。そこの大きな三角帽子を被った、あなたです!」

「……あたし?」


 そうして帽子の鍔を指先で持ち上げ、声を返してきたのは赤毛の少女であった。


 『止まれ』と言われて足を止めるのは、やましさの無さの表われである。それからすると、その少女は異端であるはずがなかった。


 しかし、サラは鍔の向こうにある顔を見て緊張感を高めた。少女の左の瞳は深い海を思わせる青色。そうして反対、右の瞳は―――黒の眼帯で隠されていた。


「っ! 異端だっ!」


 色の違う瞳を隠すための眼帯に違いない。サラは瞬時に少女が異端であることを見抜き、彼女を指さして叫んだ。


 途端、それまで足を止めていた往来が慌しく動き出す。異端と指された少女を中心にして、波が引くように。


 異端と関係があると異端審問官に判断されてしまえば、その者も異端とみなされてしまう。それだけは絶対に避けなければならない。人々は駆け、我先にと少女より離れていく。


 やがて少女を中心として人だかりの輪が出来る。彼女の側に立っているのは、捕らえる為に残った門番とサラのみである。


「……なんなのよ、これは」


 少女は自分に降りかかってくる怯えと敵意の視線に嘆息を漏らす。首から下げるペンダントを手先でもてあそんでいるその仕草に焦りは見えない。サラは、目の前の異端が抵抗のすべを持つ異端であることを悟る。


 力を持つ異端は脅威である。このまま間を詰めるよりも、出方を伺うためににじり寄りを選択した。


「私は異端審問官だ、大人しく縛につけば手荒な真似はしない。ただ、もし抵抗するのであれば五体満足の保証はないと思え」


 そうして腰の剣を抜き放って少女へ通告をする。一般的に、異端はろくな装備も知識もない浮浪者のような存在が多い。このように武器を見せるだけで委縮し縛につく者も多い。


 しかし、目の前の異端は違う。身なりは整い、魔術師用の長杖スタッフを持っている。魔術の心得があると仮定すると、彼女は異端にして魔術師だということになる。


 本来魔術師が相手であれば様子を見ることなど、詠唱の時間を与えるだけの愚行である。だが、その身に半分流れている血がエルフ族のもので、エルフ族相当に魔術を扱える素体であれば話は変わる。一人で迂闊に飛び込めばこちらがやられる。


 サラは考える。ここは自分が足止めを引き受け、門番たちに他の異端審問官なかまを呼びに行ってもらう方がよいか? いや、その間にもし自分がやられてしまった場合、異端を逃してしまうことになる。


 この騒ぎに仲間が気づき、駆け付けてくれるまで時間を稼ぐ方が良い。彼女はそう判断して必要以上に近づかず、ただ逃がすまいと町の外へと通じる道を回り込んで塞いだ。


 少女はそれを悟ってか、逃げ道を塞いだ彼女と前の道を防ぐ門番たち、そして遠巻きに自分を見てくる人々を見回して……


 やがて諦めたように肩を降ろした。


「……はぁ、こんな扱いを受けるのはさすがに初めてよ」


 そうして無造作に、黒の眼帯を指先で押し上げた。


「それで? あたしのどこが異端だっていうのよ?」

「……え?」


 その間の抜けた声は、決してサラの口だけから上がったものではなかった。


 人々の視線は釘付けになる。てっきり異色の瞳があると思い込んでいたそこには、左目と同じく青い色の瞳があった。








【Tips】異端

 人間種において異端と呼ばれる者たちがいる。それはヒト族が他種族の者と交わった時に生まれる混血児を指す。

 彼らはその外見において、必ず混血児である証を1つだけ表す。その証はひとにより様々であるが、両目で色が違う、耳の長さが左右で違う、手足の先が異常に膨れている、額に開きっぱなしの瞳がある等がよくある例である。

 異端は放っておくと魔族化してしまう可能性がある為、発見され次第異端審問官に捕らえられる運命にある。


 また人々の間では異端に対しての以下の行為が禁じられている。

 ・教育

 ・売買

 ・仕事の斡旋

 ・食の提供

 ・積極的な会話

 ・その他、関係性を築くあらゆる社会的行為

 これを破った者も異端として扱われ、異端審問官に捕らえられる。

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