表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀と魔法使い  作者: あっちいけ
第2章 その腐った果実の見た目は赤
24/54

2-2.異端が現れた町(2)

 


「本当にっ、すみませんでした!」


 往来の活気が戻ったロールキンの北の門前。そこでサラは赤毛の少女に対して頭を垂れていた。

 その隣では彼女の上司たる隊長、騒ぎを聞き駆けつけてきたツォンギンも頭を下げている。


「私からも謝罪致します。一歩間違えていれば無辜むこなる民を異端として捕縛してしまうところでした。平にご容赦を。申し訳ございません」

「別に、そこまで謝らなくてもいいわよ。あたしの方だってこんな風貌だし、間違われても仕方がないわ」


 頭を垂れる2人に対して、赤毛の少女は右目の眼帯を再び指でつまみ上げながら飄々と返す。その言葉を受けてツォンギンが顔を上げる。それに合わせて、サラも下げた頭を元に戻した。


 ―――年のころは近くで見直しても10歳かそこらの風体である。柔らかそうな赤毛を頭の後ろで結び、目はつまらなさそうに半分閉じられている。


 受け答えもしっかりしている。責められても謝られても感情より理を優先する言動―――見た目よりも年は上なのかもしれないと、サラは思った。


「申し遅れましたが、私はツォンギン=ニベグル。この町を含めトーラ地区の異端審問官の支部隊長をしております。これは部下のサラ=マインレソンといいます」


 ツォンギンは紹介に合わせて異端審問官の証たる記章を少女へ見せた。サラも彼に倣い、己の記章を見せる。


 手のひら大の白金素地、赤十字と一振りの剣が刻まれたそれは、この世で最も信徒が多い【ラサ教】の異端管理部に所属する異端審問官の証であった。背には名が刻まれており、それも含めて少女へ見せて身の証とする。


「……?」


 ふと、サラは記章を見せながらも、それを眺めてくる少女の瞳の焦点が合っていないことに気づいた。特に、眼帯で隠していた方の右目の視線が大きく記章よりずれている。


 ……なるほど、とサラは合点した。何故彼女が眼帯をつけていたのかを理解したのだった。その上でそれ以上彼女の瞳を見ることをやめ、記章を懐へとしまい直した。


 隣でツォンギンも記章をしまった。彼はそのまま少女へ問いかける。


「もし宜しければ、お名前を伺っても宜しいでしょうか? せめてものお詫びとして、この町での滞在費をもたせてください」

「別にいいわよ。お金には困ってないわ」

「そうも参りません。此度の件はこちらの不手際です。お手間はおかけしません。お名前さえ頂戴できれば宿を手配致しますので、何卒」


 聞きながら、サラはいたたまれない気分になった。


 自分の不手際で隊長を謝らせ、ここまでへりくだらせてしまって。

 それに少女の方も本当に面倒くさそうに顔を渋らせていく。


 その全ての原因が自分にあることに、彼女は身を縮こまらせてしまうのであった。


「……はぁ。もういいわよ」


 眼帯を付け直した少女が、やがて折れたように息を漏らした。


「仕方ないから名前は教えるわ。名前を聞いた後でもあんた達が宿代払いたいっていうんなら、有難くお世話になるわよ」

「……もしかして、お尋ね者だったりします?」

「失礼ね。ま、あんた達にとっては似たようなものかもしれないけど」


 少女のおっかない言動に、サラは思わず突っ込んでしまった。

 それに対しても、少女はただ首をすくめるだけで相変わらず飄々と答えるのであった。


 そうして、少女はその名を名乗った。


「ミチ。あたしの名前はミチよ」

「ミチさん、ですか」


 姓を名乗らない。ただミチとだけ名乗られ、サラはその名に聞き覚えがないか記憶を巡らせた。甲斐なく、何も思い出せはしなかった。


「……。そうか、その眼帯。お前が、あのミチか…」


 ただ、隣に立つツォンギンは違った。少女の名を聞いてすぐに顔をしかめた。その口調は、既に親愛なる民に向けたものではなくなっている。


「……隊長?」

「ふーん、あたしの名前も隊長クラスにしか知らされていないってことか。ま、別にどうでもいいことだけど」


 ミチと名乗った少女はツォンギンとサラの顔を見比べ、肩をすくめてそのまま歩き出した。


「それじゃ、あたし行くから……ああ、そうだ。宿の方はどうでもいいけど、もし先にあたしが見つけた時は好きにさせてもらうから、そのつもりでね」

「―――待て。なんのことだ?」


 何事か意味深に語る少女の背へ、ツォンギンが詰問する。


 2人が何を話しているのか、そして振り返る少女の顔に宿る感情も、何もサラが悟れないまま会話は続く。


「とぼけないでよ。あんた達がそこまで警戒してるってことは、いるんでしょ? 異端が、この町に」

「………」


 ツォンギンは答えない。しかし、答えにそもそも期待していなかったようで、少女は前へ向き直って再び歩き始めた。


 そしてそのまま通りの向こうへと消えていく。


「―――サラ。私はここで門を見張りながら他の隊員に指示を出す。お前は奴を追え」

「え? あ、はい!」

「奴は……」


 そうして何か言いかけたツォンギンだったが、頭を振った。『警戒する対象は絞った方が良いか…』などという呟きが小さく漏らされる。


「……いや、よそう。ただし、サラ。これだけは言っておく。もし異端を見つけた時には奴が行動するよりも先に異端を捕らえるんだ。いいな?」

「っ、承知しました!」


 機微なるところは何も理解できていない自覚はあったが、命令は単純であったが故すぐに応じられた。サラはツォンギンより離れ、少女を追いかけた。


 少女が最後に見せた、あの表情。例えるならば、獣のような微笑み。


 何を思って笑ったのか。どうしてそこに獰猛さを感じたのか。分からないまま、サラは通りの向こうに見える大きな三角帽子に向かって駆け寄っていったのであった。












 ロールキンの町の中。大通りを凸凹激しい2人組が歩く。


「…ねぇ。あんた、本当についてくる気なの?」


 1人は赤毛の少女。10歳くらいの背丈の彼女は背負い袋を背に負いながら、身長と同じくらいの背丈の長杖スタッフを地について歩く。


 灰色のシャツと黒のスカート、頭に乗せている大きな三角帽子も黒と、黒を基調としたそのなりは魔術師然としたものである。


 彼女の名前をミチという。彼女は首から下げたペンダントを胸元で揺らしながら、隣を歩く者へ鬱陶しそうに視線を投げる。


「申し訳ございません。その、ご迷惑かもしれませんが命令ですので…」


 その隣の者というのが2人組のうちのもう1人。既に成人を越えた19歳、ただ年頃の娘にしては出過ぎた背丈で、往来の人波の中でもひとつ頭が抜けている。

 栗色の髪を緩やかに肩下まで伸ばし、全身を紺色の外套で覆っている。


 彼女の名前をサラという。彼女は外套の中、腰元につるした剣を歩くごとに鳴らしながら道を行く。


 通りのあちこち見回しながら歩くミチと、サラはよく目があった。その度に笑ってみせるのだが、うまく笑えているだろうか?

 ……いまいち自信がない。それが証拠に、3回目に目があった拍子にこれ見よがしにため息をつかれてしまった。


「はぁ……まあ、どうでもいいか」


 隣を歩いているにも関わらず興味を持ってもらえないというのは、存外苦しいものであった。サラの中ではいたたまれなさと申し訳なさが混じり合う。


 そして、どうやら言葉通りにサラへの関心がないらしい。隣を歩いていたミチは唐突に何も告げずに方向転換し、今来た道を戻り始めた。

 急な方向転換に、サラはつんのめってしまう。


「う、わっ。ま、待ってください!」

「待たない。あんたがどんな命令されたか知らないけど、あたしには関係ない」

「ご、ごもっともですけど……」


 それでもくつもりまではないらしく、サラが数歩早足で駆けるとすぐにミチに追いついた。

 そのまま隣をついて歩き、やがて一軒の宿屋へ入っていく彼女の後を追い、サラも宿屋の扉をくぐった。


「いらっしゃ〜い。2人?」


 入ると、受付の向こうに腰掛けていた青年が声をかけてくる。それに対して、ミチが首を振って答える。


「いや、1人よ。とりあえず一泊、個室は空いてるかしら?」

「個室―――今なら、ちょっと広いかもしれないけど角部屋か通りに面した窓付きの部屋なら貸し切れるけど?」

「なら、角で」

「了解、ちょっと待っててね〜」


 そうして彼女が部屋の手配をしている後ろから、サラは声をかけた。


「あの。支払いはこちらで致しま―――」

「結構よ」


 かけた声は、つっけんどんに返される。サラはその声音でもって、ようやく自分が拒絶されていることを悟った。


 鬱陶しいとか、面倒くさいとか、その程度かと思っていた。ただ、それよりももっと明確に線が引かれていることに気付いたのであった。


 沈黙。ミチとサラの間に会話は生まれない。


「…あ〜、支払いは前払いで銀貨8枚になるけど?」

「これで」


 何やら不穏な雰囲気が漂っているのを感じてか、宿屋の彼は様子を伺うようにして声をかけてくる。それに応じてミチはさっさと支払いを終え、部屋に続く階段を昇っていく。


「あんた、どこまでついてくる気なのよ?」

「あ……」


 追って階段に迫っていたサラへ、声が降ってくる。階段の中腹で足を止め、振り返り彼女を睨み下ろすミチがそこにいた。


 拒絶の意思は明確。どうして異端審問官たる自分がここまで拒絶されなくてはならないのか。その理由が分からない。


 分からないが―――ただ道理ではなく、今向けられている感情を優先させるのであれば、自分がしようとしていることの非が浮かび上がる。


「…ごめんなさい」


 そうして彼女の口をついて出たのは、素の謝罪の言葉であった。ただ、謝罪を言葉にしても命令が彼女を縛り付ける。ミチより離れることは許されない。


 前にも後ろにもいけなくなった彼女は、頭を垂れたまま、拒絶の視線より逃げ続けた。


「…………はぁ…」


 そして、今日何度目かの嘆息。


「え~と、サラ、だっけ? 荷物置いてくるだけだから。外で待ってなさい。すぐ向かうわ」

「……!」


 驚いて、顔を上げる。その時にはもう顔は向こうに向けられていたから表情は分からない。

 ただ、今かけられた声には確かに、拒絶の意思は混じっていなかったように感じた。


「っ、わ、分かりました、ミチさん! 外でお待ちしております!」


 そうして、聞く気があるのかどうかも分からない背に向かって声をかけた後、サラは宿屋の外へと出て行った。


 その様子を見て、宿屋の亭主たる彼は2人の見た目と関係性のちぐはぐさに疑問を抱きつつ、瑣末なことと意識を己の業務へと戻すのであった。






【Tips】ラサ教

 この世で最も信仰されている宗教であり、古い言葉で『陽光教』を意味する。

 昔、吸血鬼の手により絶滅へと追い込まれた人間種たちはその力を結集し、1柱の神をこの世に降ろした。その名を陽神ラーという。そのラーこそ人間種に最も身近であり友好的な神としているのがラサ教である。

 人間種がラーの手によって救われてより数千年の時が経つ。既にその奇跡と救いは人々の記憶から忘れられて久しいが、未だ人間種を温かく見守る陽光、その偉大さと有り難み故に陽光を信仰するラサ教は人々に受け入れられやすく、生活に根付いている。

 光がなくとも杖さえあれば疑似陽光を生み出せる神秘の魔術『輝ける陽光(マディラータ)』の存在も、ラーが未だ人々を見守ってくれている証だとして他の宗教の台頭を許さない。

 各国はラサ教との付き合い方に常に気を遣い、彼らの信仰・思想と共に生きる政治を余儀なくされている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ