アカバネの筋肉
俺達はリビングに通されると、テーブルセットに案内された。
「私はこの家の家主のアカバネだ。」
全員分のお茶を持ってきた男が名乗る。
「アカバネって・・・」
日記で見た名前の登場にどよめきが起き、それに対しアカバネは怪訝な顔をする。
「私のことを知ってるのかね?」
「アカバネって・・・パソコンの日記を書かれた方ですか?」
ヒカリが口を開き、質問を投げ掛けた。
「あれを読んだのかね?」
「ええ、更新が途切れていたのでてっきり死んだものかと・・・」
目を丸くするアカバネに、ヒカリは歯切れが悪そうに答える。
「いやはや・・・なんとも恥ずかしい。」
アカバネは恥ずかしそうに苦笑いをして頭をかく。
「いかにも、私はエタニティ社遺伝子工学部門研究員のアカバネだ。そして、ここは私の自宅兼仕事場だ。」
今度は詳細に名乗ると、ここがどういう場所であるかの説明もつけ加えた。
「なるほど、随分良い身体つきをしてますが、あの日記の後に一体何があったんです?」
納得した仕草を見せケンジは、そのまま質問をする。
死を臭わせて途切れた日記の筆者が生きて目の前にいる。どういう事か全員が最も聞きたいことだ。
ただ、ケンジが始めに言及した良い身体つきというのも気になる。アカバネの筋肉のつき方はいささか不自然だ。寝室に置いてある写真のアカバネは、もっと華奢だった筈だ。
「ふむ、そうだな・・・あのレポートの最後の方の段階で私は酷く自己嫌悪した。そして、研究フロアのプライベートルームにこもり彼女達が部屋に侵入してくるのを待った。・・・ここまではみんな読んだな?」
アカバネが日記の終盤を簡易的にまとめ、教師が授業内容を前回から今回に繋ぐように確認をすると、各々が頷いて返す。
「では・・・あの後、プライベートルームが思いの外頑丈だったお陰で、彼女達が侵入して来てくることはなかった。」
ここで一呼吸置くと、アカバネは目を伏せた。
「しかし、私の気分は沈んだままだ。その間、何度も自ら命を絶とうと考えたが、実行に移すほどの勇気は私にはなかった・・・」
話し手の悲しげな眼差しと内容も相まって空気が重苦しくなる。
「そして、無気力状態のまま何をするわけでもなく床に転がる日々が続いた。」
話は淡々と続く。
「このまま衰弱し果てようとも思ったが、ある時ふと脳裏によぎった。そんな結末誰が望んだ?それで誰が喜ぶ?そこで私はようやく立ち上がった。」
声のトーンに力強さが宿る。
「まず凝り固まった身体をほぐすためにラジオ体操を始めた。するとどうだろう。血行が良くなったことによって気分が大分楽になった。」
そして、顔と声に生命力がこれでもかと言う勢いで湧き上がっていく。
「そのままの勢いで筋トレにシフトし、乗りに乗った私は最終的に遺伝子工学を取り入れこの究極の肉体を手に入れたのだ!」
上半身の衣服を肉圧ではち切れさせながらポージングをし、アカバネは言った。
「おい、最後ナチュラルにドーピングしてんじゃねーか。」
「さて、ここからなんだが・・・」
俺のツッコミをスルーし、アカバネはメガネをクイッとする。
「君達にはここで見たことを黙っていて欲しい。まあ、人に話したところで到底信じられるようなものでもないが・・・」
「これって口止め料貰えます?」
お約束とも言える頼み事に、ケンジはちゃっかり得をしようとする。
「お前、口封じに消されるぞ。」
俺は呆れつつケンジに釘を刺した。
「確かに、消すという手段もないことはないが、不法侵入、器物破損で訴える方が現実的だね。」
俺とケンジのやり取りに、アカバネは静かな笑いをこぼしながらリアルな話をする。
「すんませんでした。」
ケンジは速攻で平謝りをした。
「ああ、そうだ・・・!」
何かを思いついたように、アカバネが顔を上げる。
「どうもこの家は空き家か何かだと勘違いされてるようだから、君らの友達にここには人が住んでいるという情報を広めて欲しい。そうすれば君達のような肝試し目的の輩が来ることはなくなるだろう。」
ガシャーン。
アカバネが話を締めようとしたタイミングで、どこからか破壊音が響く。
「マズい・・・」
各々が音の発生源を探そうと首を動かす中、呟きとともにアカバネだけは一点を見つめていた。
アカバネの視線を追うと、庭を見渡せる大きな窓の向こうで、軽自動車ほどもある大型の黒い獣のような生き物が門の外へ走り去っていくのが見えた。
「なんだありゃ?」
「先輩、今のって・・・」
「ああ、多分天井裏から見たやつだ。」
ソファーから立ち上がり目を丸くするケンジの背後で、俺とキョウコは言葉を交わす。
キッチンでの化け物全員集合とアカバネの登場、からの大乱闘によって完全に忘れていた存在だ。アカバネはなにか知っているようだが、あれは一体何なんだろう。
「あのバイクは君達のかね?」
切迫した様子でアカバネが庭のバイクを目で示す。
「はい、そうですが・・・」
ただならぬ雰囲気に圧倒されつつも俺は答えた。
「説明は後だ。君達のバイクであれを追ってくれ!」




