ヤバい、先を急ごう
「という具合に先輩の声が聞こえたので、その方向に行ったらうっかり板を踏み抜いちゃって・・・」
「話はわかったけど、相変わらずツッコミどころ満載だな。最後声じゃなくて匂いとか言ってなかったか?」
ホールではぐれてから、天井から落ちてくるまでの経緯を聞いた俺はなんとも言えない顔をした。
「あ、それよりあそこからも出れそうですね。」
そして、キョウコはツッコミをスルーし、先程俺が出入りした窓に注目する。
「普通に出れるけど、まずケンジと八坂を見つけねーと」
「確かにそうですね。・・・もしかして、二人共既に脱出してたりして?」
俺の考えに同調した後、キョウコは悪そうな顔でニヤリと笑った。
「そんなことしようもんなら、バイクで引きずり回してやる。」
屋敷探索に消極的だった俺でさえ踏みとどまったのだ。この状況下での裏切り行為は万死に値する。
「まあ、冗談はさておき、二人を探しましょう。」
「天井裏から行こう。さすがに廊下には出たくない。」
俺達は部屋にあったテーブルと椅子を組み合わせ、踏み台を急ごしらえし天井裏に上がった。
「上がったばいいけど、どう探す?」
天井裏は予想以上に暗く、全体像がかなり読みづらい空間だった。
「そこからそこの柱と、ここまではチェック済みです。」
キョウコがいくつかの柱をライトで示しす。
「なるほど、じゃあこっちだな。」
そう言って俺は真横に伸びる梁をそろそろと進み出した。
注意深く辺りを警戒しながらゆっくりと移動していると、生き物の呼吸音のようなものが微かに聞こえた。その場で停止し耳を澄ますと、どうやら動物のようで下の方から聞こえる。
「犬か?」
呼吸音はハッハッハッという小刻みなものだった。しかし、俺の呟きで息使いが唸り声に変わる。やはり犬のようだ。
ヤバいと思いつつも怖いもの見たさで、付近にあった網目状の通気口を覗く。
暗く全体像が見えない部屋の中に薄っすらとした黒い影がもぞもぞと動いている。
ただ、サイズが異様にデカい。
そして、息使いは咆哮となり、影がドタドタと暴れまわる。咆哮の矛先は明らかにこちらだ。
「ヤバい。先を急ごう。」
ここまで跳び上がってくることはないだろうが、心理的に長居したくない俺はキョウコに前進を促した。
咆哮が収まるまで互いに無言で手足を動かす。
「もう大丈夫そうですよ。」
キョウコの言葉に動きを止め振り返る。背後には暗闇と不気味な静寂が広がり、その中心にキョウコがいた。
「ああ、そうだな・・・」
息を漏らしながら気のない返事をし、知らない内に跳ね上がっていた心音を鎮めつつ、手元にあった板の隙間を覗こうと顔を近づける。
しかし次の瞬間、隙間から何かが顔を目掛けて突き出てきた。
「うわっ!」
咄嗟に顔を下げ出てきた物を確認すると、それは包丁の刃先だった。
「・・・って、あぶねぇ!」
「先輩、どいて!」
キョウコが戦慄する俺を押し退け前に出る。
「あれ?タカオ・・・うおぁ!」
板の向こうから聞き慣れた声が聞こえたが、すぐに悲鳴に変わる。
キョウコが刃先が出ている付近をマチェットでぶっ刺したのだ。
「え?ケンジ?おい、キョウコやめろ!」
慌ててキョウコを止めるが、マチェットは既に根本まで刺し込まれている。
「大丈夫です。手応えはありませんでした。」
キョウコは静かにそう言うと、マチェットを板から引き抜き鞘に収めた。
「・・・ケンジ、大丈夫か?」
「あ、ああ・・・物音がしたから咄嗟に包丁を投げちまった。」
恐る恐る聞くとケンジの放心した声が返ってきた。
「そうか、こっちも当たってな・・・い!?」
安堵しながら板越しに話し掛けていると、突然乗っていた板が外れ落下してしまった。
「びっくりした・・・ああ、八坂も一緒か。」
四つん這いのまま板ごと落下したためか、衝撃はあったものの痛みはさほど感じなかった。
すぐ横でヒカリが驚いた様子で見下ろしている。
「先輩、大丈夫ですか?」
心配するキョウコが軽やかに着地する。
「ああ、大丈夫だ。・・・あれ?ケンジは?」
立ち上がりながら辺りを見回すも暗がりにケンジの姿が見えず、ぼんやりと見える冷蔵庫、ガスコンロ、流し台、そしてテーブルセットからここがキッチンであることが覗える。
「うう、下だ・・・」
足下からケンジの苦しそうな声が聞こえ、ヒカリも無言で下を指さしている。視線を下に向けると、一緒に落ちた天井板があった。しかし、不自然に床から浮いておりバランスも悪い。
まさかと思いそこから降りて板をひっくり返すと、ケンジがうつ伏せで横たわっていた。
「うわ・・・ああ、悪い悪い。大丈夫か?」
板の下の惨状に一瞬、驚きの声を上げた俺だったが、すぐに詫びながらケンジに手を貸し立ち上がらせる。
「あ、ああ・・・なんとかな・・・」
疲労と痛みで満身創痍のケンジは力なく笑う。
「それよりお二人共、脱出ルートを見つけました。」
「ホント?」
ヒカリが歓喜のこもった声を上げる。
「はい、すぐ行きましょう。」
キョウコは口元に笑みを浮かべると、天井を指さした。
「よし・・・」
脱出と聞いて幾分か気力を回復したケンジはスマホライトを点灯させる。
「じゃあ、このテーブルと椅子を使おう。」
そして、キッチンの中心に配置されたテーブルに取りついて、手を貸せと言わんばかりに片方を持ち上げた。
カチャ・・・。
ケンジの行動に促されテーブルの反対側につこうとすると、突然廊下側のドアが開かれ反射的に視線とライトをそちらに向ける。
そこにはニタニタと笑う包丁女が立っていた。




