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あのウサギ、ぶっ殺したる

「はーはー・・・ここ、どこ?」

 無我夢中で適当な部屋に飛び込んだキョウコは、息を切らしながら暗い室内を見回した。

 ほとんど物がない殺風景な室内に、壁に取り付けられた換気扇とエアコンのような物。そして、頭上を通る複数のワイヤー。どうやらここは乾燥室のようだ。

「う・・・」

 キョウコは突然の動悸に胸を押さえる。

「こ・・・これは、先輩欠乏症!?」

 恐らく極度の緊張状態から来る一般的な心拍数の上昇であろうが、キョウコは苦しそうに悶えている。

「こういうときは・・・」

 そして、キョウコは丸めていた背中を伸ばし、一度だけ大きく深呼吸をすると流行りの歌を口ずさみながら、暗闇の中一人ダンスを始めた。


「ふー・・・落ち着いた。」

 そう言ってキョウコは息を吐きながら、手の甲で額の汗を拭う。

 一曲をフルで熱唱しつつ踊りきったキョウコの表情は輝かしいものとなっていた。

「さて、何か使えるものは・・・」

 そして、ポケットからスマホを取り出すと、明かりが漏れないようスマホライトの照射範囲を手で狭め、室内の検索を開始する。

 照射範囲を狭くしたライトを片手に、室内をぐるりと歩き回って見つかったのは、物干し台の土台部分と脚立、そして天井の点検口だった。

「これで天井裏に行けそう。」

 点検口の真下に置いた脚立に登りそっと四角い蓋を外すと、それを脇に抱えてライトを片手に中を覗き込む。

 真っ暗な中、ライトに浮かび上がった茶色の毛むくじゃらな、小さな顔と至近距離で目が合った。

「うわっ!いっ・・・!」

 驚いて仰け反った拍子に点検口の縁に後頭部をぶつけ、その衝撃に脚立が大きく傾く。

「ちょ・・・っとっとっとっと・・・っ!」

 ガシャーン。

 キョウコを乗せた脚立は派手な音を立てて倒れてしまった。

「いったぁぁぁぁ!」

 そして、コンクリートの床に投げ出されたキョウコは、痛みにごろごろとのたうち回る。

 一瞬ではあったが、キョウコの見た毛むくじゃらな顔は長い耳を持っていた。場の雰囲気からかなり不気味ではあったが、あれはウサギだ。

「クッソ・・・あのウサギ、ぶっ殺したる。」

 痛みからどうにか復帰したキョウコは、汚い言葉を吐きながら恨めしそうに点検口を睨む。

 そして、再び脚立を立て直すとマチェットを片手に登り、恐る恐る点検口に頭を入れて天井裏を覗く。既にウサギは居なくなっていた。

「さすがに逃げたか・・・」

 そう呟いてマチェットを鞘に収めると、改めて様子を確認するためライトで内部を照らす。

 光に照らされたのは、高さ五十センチ程の空間に等間隔で並んだ柱に、それを縫うように張り巡らされた配線とごく普通の天井裏だった。

「よし、行ける。」

 キョウコは天井裏での行動が可能と確信し、点検口に入り込むとライトで更に奥を照らす。突き当りの内壁まで明かりが届き、キョウコの視界はかなり広がった。

「を・・・!?」

 前方の照射範囲の外にぼんやりとした二つの小さな反射光を見つけ、キョウコは声を上げる。あれは生き物の目だ。

「・・・。」

 息を殺し恐る恐る近づいてライトを当てると、それは先程のウサギだった。

「脅かさないでよ・・・」

 張り詰めていた緊張がほぐれ、キョウコは安堵の息を漏らす。

「マジでウサギのパイにしてやろうかな・・・」

 安堵が殺意に変わりかけた次の瞬間、壁際にいたウサギがフッと姿を消した。

「え・・・!?」

 キョウコはギョッとして目を凝らすと、ウサギがいた辺りの壁の様子が他と違い微かに明るい。そこは壁ではなく四角い穴が空いていた。どうやらウサギはそこに飛び込んだようだ。

「なんだ、穴が空いてたのか・・・」

 再びキョウコは大きく息を吐いた。

 警戒状態が長く続くと、大したことのないことでも敏感になる。

「いや、待てよ・・・もしかして、あれって外に繋がってる?」

 キョウコはパタパタと穴に近づく。

「あ、外だ。」

 その穴はやはり外に通じていた。

 地面とキョウコのいる天井裏を繋ぐレンガの壁には、丁度ウサギが登り降り出来そうなほどの凹凸があり、当のウサギは庭の真ん中でこちらを見上げていた。

「ああ、ここか。」

 キョウコは思い出した。この穴は屋敷に入る前にケンジが調べていたものだ。

「へー、どれどれ・・・」

 そのままキョウコは、ケンジと同じように凹凸を伝って地面に降り立つ。

「よし、十分降りられる。」

 そして、自らが通った壁から地面のルートを目で追って確認して、満足したように何度も頷いた。

「さて・・・ん?」

 屋敷に戻ろうとするキョウコの足元に、ウサギが寄ってくる。

「ごめんごめん、さすがに君のことは食べないよ。・・・あ、クッキー食べる?」

 キョウコはウサギに詫びると、ジャケットのポケットからタカオに貰ったクッキーを取り出し、封を開けて一つを差し出した。

 ウサギはスンスンと鼻を動かしクッキーの匂いを嗅ぐ。

 ガブ。

 クッキーを持つキョウコの手に噛みつくウサギ。

「あ゛あ゛・・・っ!」

 声を上げクッキーを落とすキョウコ。

 キョウコが手を押さえ痛みに悶える隙に、ウサギは落ちたクッキーを奪って逃げ出した。

「ざけやがってぇ・・・」

 殺意のこもった声とともに、キョウコはウサギの逃げ込んだ茂みを鬼の形相で睨みつける。

「出てこーい!クソッタレー!」

 怒号を上げながら茂みに飛び込み、マチェットを振り回してキョウコは手当り次第に斬りつけた。

「はぁ、はぁ・・・」

 ひとしきり暴れたキョウコは、肩で息をしながら立ち尽くす。

「はー・・・戻ろ。」

 そして、得も言えぬ虚脱感に襲われたキョウコは、大きく息を吐くと茂みを出て再び壁を登り、天井裏に入り込んだ。 

「さて、皆を探すか。」

 そう自分に言い聞かせると、奥に向かって前進を開始する。

「・・・ん?」

 しかし、少し進んだところでキョウコの手足が止まる。

 そして、周囲にゆっくりと首を振りながら鼻を鳴らした。

「これは先輩の匂い・・・!」

 タカオの匂いをどういうわけか感じ取ったキョウコは、二割増しの速度で前進を再開した。

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