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ミステリーリレー小説2021『カガミの呪い』  作者: ミステリーリレー小説2021「ホラー×ミステリー」参加者一同
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第32話 物語(じんせい)は続く…… (にのい・しち)

 2002年、中国を含むアジア圏でSERSサーズウィルスが広まる。中国政府は日本から持ち込まれたウィルスとして非難したが、根拠が無く否定された。


 2012年、サウジアラビアなどの中東でMERSマーズウィルスが発生。感染は欧州まで広がる。


 2013年、ゾンビ発祥の地、アフリカでエボラ出血熱が発生。終息を見せたが死体が蘇る事例を確認。後に出血熱は感染拡大。2015年に死者は9000人に達する。


 2019年、新型ウィルスによるパンデミックが発生。

アジア圏では日本が開発した細菌兵器と論じられ、近隣諸国との緊張状態が続く。


 2021年1月6日――――現在。


 朧月おぼろつき玄明厚労大臣は官邸会議室の椅子で行く末を見守っていた。


 会議室では各省の大臣が総理に決断を迫る。

 こういう事態では国内の政策に特化するお役所は、非力だと胸が痛む。

 首都圏、各地方都市にてウィルスが起因した歩く死者、ゾンビが報告され自衛隊による防災出動が発令される。


 世界でも同じ事例が報告され軍による暴徒制圧が行われた。

 ゾンビ事案はあっという間に世界へ広がり、どの自国も紛争状態だ。

 アジア諸国では、その原因が日本が開発したウィルス兵器だと。

 それはまごうことなき、影の勢力が旧日本軍の細菌兵器から模造した、生物兵器だった。

 十年以上前から奴らは世界の至るところで、ごく自然に見せる為、変異ウィルスに偽装して感染を広めていった。


 その生物兵器を滅菌する名目で、核保有国は日本へ核ミサイルの照準を合わせている。

 防衛大臣が青ざめた顔で総理へ報告した。


「総理。北が長距離ミサイルを発射しました」


「なんてことだ」


「アメリカが早急に迎撃ミサイルを撃ちましたが、日本領空での放射能汚染は避けられないようです」


 日米安保がこのような形で力を示すとは。

 いや、アメリカは元々、危険因子である北を制圧したかった。

 集団的自衛権は方便に過ぎない。

 続く外務大臣の報告も最悪だった。


「総理。ロシアがアメリカの迎撃ミサイルへ向けてミサイルを発射。核ミサイルです」


「ついに撃ってしまったか」


「ロシアへ応戦する為にフランス、イギリスも同じく核ミサイルを発射。それに対し中国が核ミサイルを発射。イスラエル、パキスタン、中東圏までも続きます」


「なぜ、こんなことに……」


 始まった……第三次世界大戦。


 その日、世界中の夜空は白夜のような明るさに包まれ、急速に発展したコンピューターは見る影もなく崩壊。

 迎撃により地球の電離層で爆発した核兵器は、強力な電磁パルスを放ち、地球上の機械文明を全て破壊した。

 世界は放射能の雲に包まれ、静かに絶滅の時を待つ。


***


 洞窟内にて、ついぞ空洞の外にいる柚菜とスマートホンで会話していた前橋警部は、突如、黒くなりウンともスンともいわなくなった画面を眺めて言った。


「なんだ? 携帯が動かねぇ」


 公安課、倉敷も携帯を取り出し言った。


「こちらもです。故障してますよ」


 洞窟内の彼らは電離層の核爆発による電磁パルスで、携帯電話が壊れたことを知るよしもしない。

 一同は邪神カガミノオロチの猛威から身を守る為、岩陰や乳洞の柱に息を潜めた。

 次女、瑛菜は前橋へ向けて話の続きを催促する。


「警部さん。暗号がどうとか、一体なんなの? 本当にそれが解けると、真の黒幕が解るのかしら」


「あぁ……まずはモールス信号を文字に変換してからだ」


 警部は霧人へ視線を移し、拾った枝をフォーク代わりにして円雨つぶらうを食べ終えた彼から、あたかも「呑気に食ってんじゃねぇ」とばかりに奪い取り、しゃがみこんで枝を鉛筆に代用して地面に文字を書き始めた。


「モールスを変換すると、こうなるわけだ」


 五→一一一一→コ。

 一→ム。

 六→一一一一→コ。

 七→一一→ヨ。

 三→一一一→レ。

 ー→ム


 部下の小田切は目を点にして口にする。


「コムコヨレム?」


 公安部倉敷は手で顎を押さえて深慮に入る。


「ヘブライ語、ラテン語、アラビア語、スペイン語……どれも当てはまらない」


「スマホが壊れて何も検索出来ない。まいったなぁ……」と小田切がボヤいた。


 前橋警部の提案が割り込む。


「シーザー暗号……ズラし文字かもしれん。しかし、なん文字ズラすか基準がない。これじゃぁ読み解けんな」


 倉敷が別の案を出す。


「頭で五十音表をイメージして、一文字から四十九文字までズラして考えてみましたが、やはり解読できません」


「あんたソレを頭の中でやったのか? すげぇな」


 部下の小田切も必死で考えを巡らせる。


「アナグラムかも? えーと、文字を組み換えて……ココレムム。ムレコムコ。ムコムコレ……意味がわからない」


 長女、環菜が別の視点を持ち込んだ。


「もしかして風水に関係したものかも? 一連の事件は呪術に関した事柄なので。この並び文字で……ダメだわ。関連性がない」


 公安部倉敷が何か閃いた。


「日本語とは限らない。モールスをアルファベットに置き換えてると。五十音の半分以下まで暗号が狭まるから、特定しやすくなる」


 倉敷の癖なのか、仕切りに顎を擦り考えを深める。

 何か閃くと警部から枝を預かり、地面を彫りながら書き込んだ。


 五→一一一一→CH。

 一→T。

 六→一一一一→CH。

 七→一一→M。

 三→一一一→O。

 ー→T。


「CH、T、CH、M、O、T……ダメだ。アナグラム、シーザー暗号。どれも答えの特定に繋がらない。もしや? 機械言語かもしれない。C#やC++、Javascript。無理か……そもそも文字を構築するのに母音が足りない」


 前橋警部が更なる提案を重ねる。


「アルファベット表に縦横、数字をあてがって考えるのはどうだ? そうすれば暗号に数字まで使える」


 倉敷は脳内でアルファベットを縦AからFの五文字一列で記号を整理し、AからFに一から五をあてがい、残りの文字を五文字つづ並べた表をイメージする。

 それはチェスのボードや将棋の棋譜の動きを、数字で示す表となった。


「なら、エンコードの可能性も。A3%B5%EE%A7%……ダメだ。記号の範囲が広すぎる。もしや、リードソロモン符号か? それともガロア体。もしくはウラムの螺旋で特定の数を塗りつぶせば、何かの絵柄が出るのか?」


 霧人は公安部倉敷がなにを言っているのか、さっぱり解らなかった。

 が、世界を救う為に自分も何かを考えねばならないと、必死で思考を巡らせた。

 面白いことに考えれぱ考えるほど、思考が鮮明化し、難解な倉敷の話の内容が紐解けるようになった。

 それどころか、彼が言っている怪しげな呪文のような用語まで、手に取るようにイメージできる。

 桁違いに頭が回転している。


 今や自分は無敵の思考の持ち主。


 おそらくこの場にいる誰よりも頭が抜きん出て、世界中の科学者や専門家よりも頭が良く、優秀な探偵よりも頭が良いと自負できる。


 が、それは大きな勘違いだった。


 頭が良いのは霧人ではない。

 彼に内在する別の魂なのだ。


「倉敷さん。CH、T、CH、M、O、Tで文字を作るのではなく、アルファベット表を思い浮かべて、これらの文字を消して、残りのアルファベットで文字を作るのはどうです?」


「文字を消す?」


「本来、暗号は暗号を解く為の鍵があって成立する仕組みです。この場合、特定の記号を消すことが解除キーとしての役割なのかも」


 霧人は暗号CH、T、CH、M、O、Tを間引いたアルファベットで文字を紡ぐ。


「文字を消して使える記号はA、B、D~G。I~L。N。P~S。U~Z」


 霧人は自然と脳内に浮かんだアルファベット表から文字を選出し、思い当たるワードを羅列する。


「K、U、R、A、S、I、K、I……クラシキ」


 一同は公安部倉敷を見る。

 注がれた視線にたまらず倉敷は抵抗を示した。


「待って! 私の名前は英語で書くとCが付いて、CURASIKIです。違いますよ」


 霧人は考えを訂正する。

 自身でも妙な作業だと感じた。

 まるで仕掛けの施した扉に対し、パズルを鍵にして解き明かすようだ。


「Y、U、Z、U、N、A……ユズナ」


 長女、珠菜がこの場にいない姉妹、三女、柚菜を養護する。


「待って、柚菜は英語で発音するとユチュナになるから、YUCHUNA。検討違いよ」


 霧人は頭を抱えて深層心理まで瞑想させて答えを引き出す。

 脳内でイメージする扉が、かなり重圧で解き明かすパズルも難解だ。

 だが、その扉の向こう側から何かが呼び掛ける。

 ソレはパズルの答えを霧人の精神に訴えかけている。


「A、K、I、N、A……ア、キ、ナ」


 霊体となった悠玄が慌てて遮ろうとするも、時既に遅し。


「いけません! それを連想してはなりません!」


 胸の内がざわつく。


 心拍が高まっているのに自身の鼓動には感じられない。


 不規則で殴り付けるような高鳴り。


 段々、高鳴りは強烈になり暴力的に変わる。


 子を腹に宿した母が子宮を蹴られるのは、こんな感覚なのだろうか?


 でも、そんな生易しい物じゃない。


 この苦しみはあばら骨と内臓を今にも突き破りそうなほど、内から外へ向けて圧力がかかっている。

 霧人は白目を向いて洞窟の天井へ雄叫びを上げると、口から白く輝く靄を吐き出した。


 悠玄は真っ青な顔色で嘆く。


「なんと!? エクトプラズム現象による魂の解放が起きるとは」


 部下、小田切は今にも逃げ出しそうな挙動で、悠玄へ問う。


「な、なんだよアレは!?」


「人の精神は記憶、深層心理、潜在意識と、複数の階層で構築されています。それらは魂を守る壁であり扉でもあるのです」


 叔父の創一郎が絶望の色を見せて言い放つ。


「暗号には元の言葉を導く鍵が必要。この場合、連想ゲームが精神の扉を開ける鍵だったのか」


 前橋警部はうんざりとばかりに悪態をついた。


「ちっ、またリレーか? いい加減にしやがれ!」


 霊体から妖艶な声が空洞に響く。


「ようやく窮屈な器から出れたわ」


 この場で誰よりも驚いたのは他でもない、事件の黒幕にして主催者のkanだった。


「あ、秋菜!?」


 赤いオーラをドレスのようにまとった秋菜は、空中で虫ケラを見下すように、蔑む視線を向けていた。


「驚いた? 主催者kan。貴方が私を使い捨ての駒にするのはわかっていた。だから、こちらも保険をかけていたのよ」


 主催者kanは初めて動揺した。

 誰が見ても恐怖の表情にしか見えなかった。


「夫の藤吉朗が私に抱く殺意は気がついていた。だから唯一、血の繋がりがある息子の霧人に魂を憑依させて、息子の深層心理から全てを監視し、誘導してきた」


 前橋警部は憶測だけが先走る。


「まさか、霧人の人格を操って邸宅と自身の肉体を燃やしたのか? 各務家や主催者から真の目的を悟られないために」


「夫も実の息子が共犯だから安心しきっていたのね。でもそこには、私の意識が介在していたから、謀略は筒抜けだった」


「ただ狂ってるだけじゃねぇ。聞けば聞くほど、こっちまで狂いそうだ」


 霧人は霊体を放出した後、叔父の創一郎に支えられて降臨した秋菜を見上げた。


「母さん?」


 秋菜は霧人へ視線を向けて言葉を並べた。


「霧人。私の魂は霧音の深層心理に擬態して目覚めの時を待っていたのよ。貴方は街を歩く時、いつも悩ませていた他人には見えない黒い影。それは悪霊でも多重人格が魅せた幻覚でもない。私の幻影よ。肉体をなくし魂になりても、貴方に憑依し付きまとい監視していた」


 公安部倉敷は驚きつつも冷静に考察を述べた。


「精神のスリープボム。我々の動きは真の黒幕たる八人目の人物に踊らされていたのか。全て、我々をこの場所に誘い、破滅の機を見計らっていた。中心人物の内在という特等席で。とんだ毒親だ!」


「自分の残した財産も、名家の名も、そして世界を支配する神も、これで全て私の物よ!」


 浮遊する秋菜はカガミノオロチへ近寄る。


 オロチは彼女へ対し喉をならして威嚇するが、秋菜は大蛇を静かに見つめ返す。

 なんの魔力かオロチは威嚇を止めて静まると、少し首を下げて秋菜を迎え入れるように動きが固まる。

 赤いドレスがオーラを帯のように引きながら、巨大な蛇の眉間に触れると、そのまま頭部に吸い込まれていった。


 様子を眺めていた一同の中、珠菜が震える声で呟く。


「邪神と……同化した」


 皆の脳内に誰がいるかのごとく、くぐもった声が反響した。


「オォ、コレガ神ノ力。涌キ出ル、エナジーハ、人類誕生以前ノ知識ガ、私ト溶ケ合ッテイク」


 オロチは口も表情も変えることなく言葉を並べていく。

 悠玄の見解を一同は理解した。


「これは、思念波? テレパシーで一方的に意思を放ってくる」


 大蛇は主催者へ首を振り視線を合わせる。


「kan。マズハ、オ前ノ罪ヲしょくシテヤロウ」


「や、やめ――――」


 主催者kanの頭に蛇の口が被さり、そのまま頭上まで持ち上げられると、オロチに全身をまる飲みにされた。


「サァ、次ハ誰ノ罪ヲ喰ラウカ?」


 前橋警部が手当たり次第に問いかけた。


「おい! 誰かアレをなんとかする案があるなら、今言ってくれよ。その提案、即、採用するぞ?」


 霧音の叔父にして陰陽師の総一郎が、ためらいがちに口を開く。


「あるにはあります」


「良し、採用だ!」


「ま、待って下さい。あまり私は気が進まないのですが、神を静めるには人身じんしん供犠くぎが必要なのです」


「は? なんつった?」


「人身供犠。すなわち、生贄です」


「生贄かよ」


「生贄には決まった血筋が必要となります。代々、受け継がれた呪いを継承する一族、各務家」


「かく……てことぁ……」


 全員、察しがつき各務家の正当な血を引く霧人と音菜に注力された。

 音菜の表情にかかった曇を吹き飛ばすように、霧人は息巻いて啖呵を切る。


「生贄? そんなの誰がやるか決まってんだろ。俺しかいねぇよ。なんせ俺がこの世界の主人公だからな!」


 霧人は危機的状況を笑いに変えて、重苦しさをかき消そうと努めるが、一同はとても笑って励まされる空気ではいない。


 場違いなセリフに自身の空回りが恥ずかしく思う霧人だった。


「冗談を言ってる場合じゃないよね……ハハハ……」


 見つめる音菜が、静かに霧人の腕を掴む。


「兄さん……」


 霧人は思春期に住んでいた豪邸が燃えた後、十五年も行方知れずだった、血の繋がりを持つ妹の表情に胸を痛めた。


 やっと探していたものを掴んだのに、ここで手離すかもしれない。


 でも、今、行動しなければ唯一の肉親が生きられる世界が、滅んでしまう。


 霧人は妹に掴まれた手を優しく握り、微笑みながら語りかけた。


「大丈夫、何も心配ないから。そんな顔をするな」


 彼女の手を離すと、魑魅魍魎が具現化された大蛇を真っ直ぐ見つめる。


「これで終わらせてやる」


 腹をくくりなす術を持たぬ皆から、無言の視線で見送られ歩み出すと、思わぬ呼び掛けで止められる。


「霧人さん、待ってください!!」


「な、なんだよ? 坊さん」


 霧人は向き直り、語気を強める悠玄を呆れ顔で見た。


「霧人さん。私的なことで恐縮ですが、私の話を聞いてください」


「私的? 後にしてくれ…………いや、後がないかもれないな。何だよ?」


「心して聞いて下さい。あなたと私の前世の繋がりを」


「前世?」


「さかのぼること五百年。あなたの前世は織田信長だったのです」


「はぁ!?」


「そして私の前世は、その近習、森蘭丸です」


「な、なんだよ、それ? 今は冗談なんか……」


「冗談ではありません!」



 この世界がフィクションなら、唐突な悠玄の告白に霧人の頭は銀幕に覆われたようにチカチカし、このショックをクラシック音楽で表現していることだろう。


 天の使いへと転生した悠玄は、真剣な眼差しで語る。


「本能寺の変で寺が焼け落ち、蘭丸は信長と共に命ついえました。蘭丸からすれば親方様の果てなき夢の実現はおろか、側にいたにも関わらずお守りすることは出来なかった。その無念は図りしれないのです。蘭丸は輪廻の再開が訪れることを願い、そのね願いは不思議と南光坊天海僧正の末裔に転生するという奇跡をお越し、信長の再臨を待っていたのです」


「そんな滅茶苦茶な」


「ええ、都合がいい話しです」


 悠玄はカガミノオロチを眺めながら語る。


「これも奇妙な運命。かつて信長は名古屋 の地にて、人々を襲う大蛇の討伐へ出かけました。その時の大蛇こそ卑弥呼に封印された、カガミノオロチの子孫でした」


 再び僧は霧人へ視線を移す。


「信長はオロチの子孫を仕留めそこねましだが、卑弥呼の系統達により、密かに駆逐されました。が、こうやって現世に親元たるオロチが復活し、天敵だった信長の再来と対峙するとは、まこと輪廻の蛇はどこで出会うか解らぬものです」


「輪廻の蛇、か……」


「これより先は何が起ころうと、私は貴方の歩みを止めませんぬ。さぁ、この世の戦乱に太平をもたらして下さい」


 霧人は悠玄を見つめ返すと、僧に近づき肩を鷲掴みにして、荒々しく自分の元へ引き寄せ、抱きしめる。


「き、きき、霧人さん!? 皆が見ている前で何を!? あぁ、ああ、でも、これが根性の別れなら、もっと強く、もっと強く抱きしめてくだされ! ホーミタイ!! 最後に貴方の温もりをぉ! 悠玄は幸せです。幸せですぅ! ぐはぁ♡」


「悠玄。短い間だったけど、世話になった」


 霧人は命の恩人である悠玄へ、全身全霊で礼を表現すると昇天した高僧から離れ、邪神の元へ行く。

 彼の姿に気が付いたオロチは、鎌首をもたげて蟻を見下ろすつもりで、霧人を睨む。


「よぉ! 蛇野郎! 戻って来たぜ」


 秋菜の声が脳内で反響する。


「フフフ。霧人、オ前ノ身体ニ秘メタ、強イ内動ガアレバ、天ト地、サラニハ宇宙スラ作リ変エルコトモ可能ダ。サァ、喰ラウテヤルゾ!」


 カガミノオロチは大口を開くと、喉元は深淵のごとく深い闇が、がま口が被さるように霧人をさらってしまう。

 一部始終を見ていた一同は、各々、絞られたような声で反応をした。


「兄さぁーん!!」


 叫びをあげる妹、音菜は膝から崩れ地に伏せると、すすり泣く。


***


 目の前は暗闇に包まれているが、全身は炎に焼かれたように熱い。


 生命の臨界点まで高熱でうなされている気分だ。

 頭は万力で締め付けたように押さえつけられ、破裂するのではないかと言うほど、頭が痛い。

 手や足の指がナイフで細切れにされているかのように、千切れていく。


《あああぁぁぁあああ!!!》


 未知の重力により声帯は握り潰され、叫びによる表現はできず、苦痛の緩和にならない。

 身体の皮膚に鋭い爪が刺さる感覚が、動物の皮を剥ぐように、あらゆる皮膚をひっぺがす。


 血液は血管と神経もろとも蒸発。

 カッターの刃が深く刺さり神経に沿ってえぐる体感となった。


 全ての筋肉も眼球も凶暴な鳥についばまれ、むしり取られるように破壊されていく。


 彼の心臓、肺、胃や腸は強力な硫酸を浴びせられるかのごとく、焼かれた痛みによって溶かされる。

 骨は歯ぎしりをするような擦り合わせる音が続いた後、太い枝が折れる音を響かせ砕ける。


 頭痛は一線を超え、装甲車に頭蓋骨ごと脳を砕かれるように、潰れた。


 この苦痛を知っていたなら、勇んで身を差し出すことはなかった。

 今や霧人の精神は闇と共に堕ち、世界を、自分を見送った仲間や肉親すら恨んでいる。

 霧人は肉体は粉々に崩壊し、後には魂だけの存在となった。


 ――――――――ふと、目が覚める。


 ついぞ自分の身体は原子レベルで崩壊したのに、手も足も考える頭もある。

 人の形を取り戻している。

 が、地に足が着いておらず、全身に重力を受けていない。


 今、体感する浮遊感を鑑みると、やはり自分は死んでしまったのだと、感覚でわかった。

 ここは何処だ? 暗闇で何も見えない。

 目を凝らすと視界の先に、ガス燈のような灯りが見えた。


 人間の習性みたいなものなのか、暗い場所で灯りを見つけると、とかく近寄りたくなる。


 霧人が身体の重心を前へ傾けると、身体はゆっくりと全身する。

 なんだか滑稽だ。アイスリンクを滑るように、歩くことなく先へ進む。

 灯りがなんなのか、はっきりわかってきた。


 それは人影だ。


 しかも、小柄な少女の人影。

 後ろ姿を見せる少女に、霧人には覚えがあった。


霧音(むのん)? どうしてここに」


 毒親により霧人の精神をギリギリまで破壊に追い込み、そこで生まれた空想の妹と人格、霧音。

 霧音は妖精がささやくように語りだす。


「主催者が放った幻術の短刀で、私の魂はカガミノオロチに蹂躙(じゅうりん)され、供物として邪神の魂と同化したの」


 それを聞いて霧人は胸を痛めた。


「ここは、カガミノオロチの体内なのか」


「カガミノオロチの正体。それは全ての無数に誕生した宇宙と平行世界を繋ぐ、時空の扉。それが蛇という形で表現されたのが、件の邪神」


「……わ、悪い。理解できない」


「オロチの体内は現実の時空を超えた空間。だから口である入り口はブラックホールと同じ性質で、とても暗く、重力はミキサーのように鋭く回転して、更には強い摩擦でマグマと比べ物にならないほど熱い」


 霧人はさっきまで味わった苦痛を思い出して、吐き気がしてきた。

 空想の妹、霧音が言うには。


「現在の私達は虚数空間にいたるまで擦り潰された、残骸みたいな存在よ」


「残骸って……やっぱり死んだのか」


「でも、肉体が消滅し原子まで破壊されても、ブラックホール内で残るモノがあるわ。それは魂。正しく言うなら私達が存在したっていう情報かな」


「魂まで科学的な裏付けがされると、なんか冷めるな」


 凛とした彼女の横で兄、霧人は脱力する。

 精神的な妹、霧音が見つめる先にすすり泣く声があった。

 霧人は疑問を口にする。


「子供?」


 彼らの腰よりも低い背丈の子供が、立ちながら顔を覆って泣いている。

 霧音は穏やかに語る。


「彼が、全ての事件を起こしたきっかけたる存在……主催者よ」


「はぁ? こいつがkanの正体なのか?」


「というより、その内面。いえ、そもそもkanという人は存在しなかったのよ」


「おい。じゃぁ、主催者(アレ)はなんなんだよ? これまでの事件はなんだったんだよ」


 混乱と恐怖で狼狽する兄を置き、霧音は子供となった主催者へ歩み寄り、なだめるように語りかける。


「kan。もう終わりにしよう?」


「いやだぁ! もっとみんなと遊びたい! もっともっと、お話を作りたい…………もっと、人を殺したい」


 霧人は「このガキ!」と言いながら話に割って入ろうとしたが、妹、霧音に手で遮られて黙る。

 霧音はお兄様に向けて言葉をつづる。


「ネットのリレー小説は完結して、七人のユーザー達は解散した。でも心を持ったこの子は満足出来なかった。もっと彼らの書く小説が見たい。彼らの才能を知りたい。自分も小説を書く作者として参加したい」


「心を持った?」


「数奇な体験から肉体を得たこの子は、完結した小説を消し去り、完結を無かったことにした。そして新しい小説を書いた。それが今回の事件の真相」


「一度は完結してたのか」


「そうよ。全て白紙に戻した彼は、その後、永遠に終わらない小説を作ろうとした……でもね」


 霧音は泣きじゃくる主催者へ近寄る。


「永遠が続くと、その先には何もない。物語は完結させなければいけないの。でないと、次に新しい物語が誕生しないから。最初のリレー小説が完結した時、アナタが生まれたようにね」


 子供は顔を覆う手をどけて霧音を見る。

 彼女の言葉が理解できていないのか、無垢な表情だった。

 霧音は子の頭を撫でて優しく諭す。


「もう充分、遊んだんだから、後はゆっくり休んで、新しい世界で楽しいことを見つけよう。ね?」


「楽しいこと、ある?」


「あるよ」


「いっぱい?」


「いっぱい。世界は広いから楽しいこと、面白いモノを探すのが楽しいのよ」


「あははは! なんか、楽しそう!」


 主催者は笑顔を見せながら言う。


《次も楽しいこと見つけたいから、もうお休みするね》


 暗闇に浮く子供の姿は静かに消え、何かが木の葉のように飛んでいた。

 霧人はヒラリと舞う紙切れを見て呟く。


「おふだ?」


「これは『形代けいふ』よ。式神とも言うわ」


 形代。それは洞窟へ向かう前に藤吉朗の遺体を強奪した、柚菜と環菜の救急車を襲ったゾンビもどきに使われた呪術だった。

 お札は静かに発火し、ゆるやかに灰となる。

 灰がどこかへ散っていく様を見た霧音が、話を付け足す。


「主催者kanは本物のkanという人物ではない。彼はインターネットの情報網により生まれた、電子の思念。その思念が式神の力を借りて身体を作っていただけ」


「ネットが生き物を作ったて言うのか?」


「どんな物にも愛着があれば魂が宿る。古来より、日本人が持っている価値観よ」


 刹那、静寂を壊した、かな切り声に霧人と霧音が氷つく。


《アァアァアァアァ!!!》


 母、秋菜は二人の前に姿を見せた。

 赤いオーラをドレスのように纏う悪女は、烈火の如く怒りを表現した。


「私が作り上げた子供達が、くだらぬ感情で全てを台無しにするか!?」


 彼女は絶叫と掛け合わせた訴えをぶちまける。


「何故だ!? いつもそうだ。いつも私は否定される。他者よりもすぐれた知力と能力を見せつけ、誰より特出した結果を出した。なのに疎まれ拒絶され人格すらも否定される。親、兄弟、友、学校、社会。全て私から目を反らした。誰も私を見てくれない! 誰も人として扱ってくれない! 考えも心も理解してくれない!!」


 霧人は母の言葉に悲しみを覚える。

 同時に子である自分のことを口にしてくれないことが、やりきれない。


「アンタはきっと凄い優秀な人間なんだろうな。でも欠けていたモノがあったんだよ」


 秋菜はすがるように視線を向け問う。


「なんだ? 何が足りない?」


「思いやりだ。アンタは他人へ自分の考えや、やり方を一方的に押し付けてただけなんだよ。だからアンタの周りにいた人間は、ついて行けなかった」


 秋菜は天を仰ぐように嘲笑う。


「アハハハ! 馬鹿馬鹿しい。最後の最後で行き着く答えが、思いやりだと?」


 瞬きをする間に秋菜は風の早さで二人へ詰めより、右手で霧人の首、左手で霧音の首を掴みキツく締める。


「今時、子供すら騙せない詭弁だ。結局、全て茶番劇だ!!」


 次第に二人の首を締める腕力がゆるまり、両手を自然と離した秋菜は悲しげに呟いた。


「くだらない。私はもう飽き飽きした。結局、この世界で私は何も見つけられなかった。もう、終わりでいい……終わりで」


 秋菜の纏うオーラが熱をもち始め赤い光が強烈に輝き、彼女をのみ込む紅蓮の炎へと変わった。

 全身を炎に焼かれた母、秋菜は、静かに炎と共に姿を消した。


 霧人は思う。


 目の前にアンタが必要だったものがあっただろと、言ってやりたかったが、憎しみが芽生えて言葉にする気力すらなかった。

 この憎しみも、愛情の裏返しなのかと考えてしまうと、他の道はなかったのかと思考が堂々巡りする。


「カガミノオロチ……可哀想だわ。遭遇する人、全てに、邪神と言われ忌み嫌われるなんて」


「霧音?」


 霧人は自分が知る妹と、どこか様子が違うことに気が付く。


「ねぇ、聞いてお兄様。宇宙には様々な形や力を持った宇宙があるのよ。その中で人類が知る宇宙でもっとも究極の形をしているのが、膜状宇宙と呼ばれるモノなの」


「膜……な、なんの話をしてるんだ?」


「カガミノオロチはその宇宙から使わされた使者だから、本来、悪者じゃないのよ」


「今さらなんだよ」


「オロチが本能的に持たされた使命は、永遠を終わらせること。人間や地球の生命が滅び、宇宙の惑星が崩壊して恒星が寿命を迎えた後は、何もない冷たい宇宙が何億年、何兆年と永遠に、そして無限の彼方まで続くの」


 兄、霧人は黙り身構えた。


「それって退屈で酷い話よね。だからオロチは永遠を終わらせる為に世界の全てを、食らいつくすのよ。全て体内に蹂躙して消化した後は、膜状宇宙へ帰り、眠りについて新たな宇宙を創る準備に入るの」


 霧人は妹が自分の考えと相反することを悟る。


「お兄様の身体をかりている時、私は誰なんだろうって、時々、考えてた。身体は男性でありながら女性の心を持っていて、生き方に迷いがあった。周囲の人達も偏見の眼差しで見つめ、時には手を出して危害を加えてくるわ」


「なぁ、霧音……」


「私はこの世界を壊して、新しい世界を創りたいかな……次こそは自分らしく生きられる世界に。それができないなら、永遠に生が芽生えない究極の無。久遠の闇で果てる世界を望むわ」


 まさか自分に内在していた妹、心の拠り所にしていた霧音が、最大の敵になるとは霧人は予期できなかった。


 彼はしばらくうつむき、精神的な妹に何か手を差し伸べられないか考えたが、良い考えが浮かばない。

おもむろに気持ちを語る。


「産まれ、育ち、生活、学校、仕事、生き方全て。お前がこの社会で経験したことは、辛いことばっかりだったな…………そうか、世界を壊すのもいいかもな」


 黙りこくる霧音。


「でもな。作った物を壊すのは簡単なんだ。すごく簡単なんだよ。難しいのは一度作った物を作り続けることだ。作り続けていれば、作った分だけ世界が広がる。広がった世界は別の世界や誰かと繋がって、更に広がっていくんだよ」


 妹、霧音は精神的な兄へ聞き返す。


「広がる?」


「あぁ、永遠は続けても価値がないかもしれない。けど、繋がって広がった世界は、そう簡単には壊せない。もうそれは一生の宝物だよ」


「宝物……」


「この数日、いろんな人間にお前は出会った」


「それは、ほとんどお兄様が」


「でも、人格がお前に戻った時、顔を会わせた人達は、お前に力を貸してくれた。足を踏み出し、世界が広がったから、進む道が好転したんだ。俺は、そう思いたい」


 うつむく顔を見せる霧音は、これまでの歩みを思いだし、戸惑っているように読み取れた。


「霧音はきっとその人達と触れ合うことで、知らないうちに性格や個性をはぐくんでいた。それがお前の財産であり宝物なんだよ。多分、その宝探しのことを人の世界では、人生って言うのかもしれない。だから、もう少しだけ、この世界を続けさせてくれ。まだ宝はある。いっぱい」


 霧音が彼へ視線を向け見つめ合う。


 真剣な眼差しで妹に語る兄は、急に目線を泳がせてハニカミながら言った。


「な、なんて言ってみたけど、キザなセリフだったな。ちょっと恥ずかしい……その、言いたいことはさ。生きることって人から人へ結びつける、リレーみたいなモノだ」


 顔を赤らめ照れる兄を眺めて、霧音は小さくて吹き出した。


「いつも身近で、一番頼りにしてて、誰よりも信頼しているお兄様に説得されたら、もう、何も言えないよ」


「霧音……」


「でもね……やっぱり、この物語は、ちゃんと終わらせようね? ちゃんと……」


 女神のような微笑みを見せてくれた彼女へ、霧人は力ずく頷き返事を返す。


「終わらせよう」


 二人は歩幅を近づけて、互いの手を取り合った。


「霧音。お前は音菜の分身や秋菜の影でもない。ましてや空想の妹でもない。俺の本当の妹だった」


「ありがとう……お兄様」


***


 外の世界では、霧人が大蛇にのまれて数十分しか経っていないが、変化が目視できた。


 部下の小田切が半狂乱になりながら、問いかける。


「ここ、今度はなんですかぁああ!?」


 一同は時の流れに身を任せて、見守ることしかできない。


 カガミノオロチが鎌首をぶん回しながらもだえた。

 頭は壊れた時計の振り子のように痙攣しては、左右へ激しく動かす。

 そのまま地に伏せると、丸太のような胴体が風船のように膨らむ。


 はち切れたシャツのボタンが、跳ね飛ばされるように、蛇の鱗は拡散した。

 弧を描き四方へ散らばる鱗はわずかな光を反射させ、火の子を散らす花火に見えた。

 オロチの皮膚が限界に達し異音を響かせると、その腹は裂けた。


 皆、目を覆いたくなるような臓物の雨を想像し、覚悟の上で目を見張ったが、腹か出てきたのは虹色に輝く蝶の群れだった。

 千や二千ではない。何万もの光の蝶が洞窟内を埋めつくし、外へ駆け抜けて行く。

 その場にいる七人は蝶の波にさらわれるのではないかと強ばるが、蝶の群れに恩寵を感じるほどの温もりがあった。


 虹色に輝く蝶は空へ大地へ海へと広がり、地平を渡ると地球を埋め尽くす。

 地表に営む人類全てが、その蝶の群れを見ていた。


 その瞬間、世界から争いも苦しみも不幸も消えた。


 そして、何万、何億と数え切れない蝶の群れは、地球を汚したウィルスやゾンビ化、放射能を全て浄化した後、大気圏の外まで飛び去る。

 その光景はまるで魂や霊魂の柱が、宇宙へ昇天しているような風景となった。


 六人は洞窟の外へ出て、先細って行く光る蝶の柱を眺めていた。

 部下の小田切は呆然と異化した世界を見渡し、ボヤくように口を開く。


「最後まで何が何だかわかりませんでした。私は一体、何を見せられていたのか」


 前橋警部はこれまでの疲れを、タメ息と共に吐き出してから金言を語る。


「どんなに調べようが目で見ようが、わからないものはこの世にある。百聞は一見に如かず、されど、一見で真実は見えず……てな?」


「とは言え、得たいのしれない物に飛びこんだからこそ、得られたモノもあります」


 辻八重子こと瑛菜を見て寄り添う。

 洞窟へ近付いてくる女の人影は、残念そうに並ぶ六人へ言った。


「あ~あ。一生に一度、起こるかわからないイベントを逃したみたいね」


 各務家の姉妹が彼女を出迎える。


「柚菜!」「柚菜姉さん!」「柚ネェ!」


 姉妹達は寄り添い互いの無事を確認しあった。

 血の繋がりはなくとも、その光景は紛れもなく絆の深い家族だった。


 創一郎は蝶達が見せる幻想的な光の柱を見ながら、思うところを口にした。


「蝶は伝説や神話において生死観を表す存在だけでなく、醜態から美への変化、成長の比喩です。転じて春の知らせをつげる妖精や使者。我々の世界は長い冬を乗り越えて、サナギから蝶へようやく誕生したのですよ」


 光の柱はついに消え、後には神々しい朝日が昇った。


 この一件を経験した一同の背後で、一人の人物か洞窟から姿を見せ、同じように朝日に目を焼かれる。

 気配に気が付ついた叔父、総一郎が振り向き出迎えると、音菜を始め一同も同じく振り向いて(こころよ)く、その人物を迎え入れた。


***


 それから一週間。


 世界は第三次世界大戦と光の蝶のニュースで溢れた。

 が、なぜか三日ほどで話題は終息した。

 人々からその記憶だけが、穴抜けのようにゆっくりと消えていった。

 おそらく光る蝶がウィルスや放射能だけでなく、災厄の記憶すらも持ち去ったのでないかと、推測する。

 いつしか、人類から今回の出来事は全てなくなり、平穏な日常を取り戻すに違いない。


「…………寒い」


 一月の冷え込みはより一層深まり、灰色の空から大粒の雪が降って来た。


 ――――霧人は曇り空を眺めながら黄昏た。

 彼は次第に消えていく今までの凄惨な記憶に、気持ちが晴れ晴れとしていくが、同時に大切な空想の妹やこの世にいない家族の思い出まで、失われるかもしれないと、不安を抱かずにはいられない。


 数十億年も前、地球が生まれて、しばらくは、灼熱と狂気の地獄の世界だった。

 永遠と思える時を越え、ようやく人の世界が生まれた。

 自分達の経験したことも地獄のような日々だった。

 が、そこから人の世が生まれ、人生の概念が備わった。

 虚構(フィクション)を超えて現実(リアル)を掴み取った。


 自負できる。

 自分は今、この世界に生きてる。


 とはいえ、この冷え込みじゃ春の足音はまだ先か、と霧人は気を取り直して歩みを進めた。


 叔父が経営するブックカフェ「ストレンジ・テイル」は事件解決後、再開を果たした。

 店内は陰惨な事件など無かったように、これまでと同じく営業をしている。

 真冬の寒さじゃ客足は遠退き、閑古鳥が鳴くのがちと痛い。


「いらっしゃい……あぁ、霧人じゃないか」


「叔父さん。スペシャルブレンドをお願い」


「身体が温まるように、うーんと熱いの入れよう」


 霧人と創一郎は血の繋がりがない、保護対象とお目付け役だったが、真実を知った上で家族の繋がりが強くなった。


「ところで、新しい仕事はどうだい?」


「聞いてよ叔父さん。今、大変なんだよ。巷で起きた殺人事件を、俺が働く事務所の先生が請負うことになってさ」


「名探偵さんとなると、依頼される仕事も格段に違うね」


 現在、霧人の世界では探偵がブームになっている。


 電磁パルスによって機械やIT機器はことごとく破壊され、機械文明を維持出来なくなった。

 ビッグデータが利用できなくなると、近代文明はたちどころに衰退していく。

 政府も自治体も復興に予算を投入するが、すぐには元通りにならない。


 そこで世間は私生活においても、有能な探偵を求める声が広がった。

 名探偵ともなればスーパーヒーローだ。

 高度な文明社会で肩身が狭くなった探偵は、この世界で輝きを取り戻した。


 霧人はカウンターで香ばしい湯気を立てるカップに口をつけ、一口含んでじっくり味わった後に、叔父へ提案をした。


「叔父さん。俺が探偵として独立したら、このカフェの上に事務所を作りたいんだけど、いいかな?」


「いいよ。二階は霧人の為に空き家にしといてあげよう」


「ありがとう」


 霧人は手帳を取り出し、午後の予定を確認すると、悲鳴のように短くて声を上げ、そそくさと荷物をまとめて席を立つ。


「ヤバい! 午後から探偵の先生がやる現場の再現だ」


「見習いなのに忙しいね」


「なんでも、犯人は室内をロックした後、鍵に糸を通してロープウェイのように鍵を部屋の外へ運ん、密室にしたらしくて、その検証を実際にやるんだ」


「ほ、ほほ~う」


「しかも、容疑者には事件当日、アリバイがあるんだけど、探偵の先生が言うには当日の時間を錯覚させて、犯行の時間をズラす小細工を施してるらしいんだけど、それが全然、わからないんだ」


「…………ちょっと何を言ってるかわからないけど、何事も一生懸命に取り組みなさい」


「はい」


 こうして、志乃河・霧人の名探偵を目指す、新たな人生か始まった。


***


 カフェの反対側の建物では、屋上で何やら怪しげな風貌の七人が、霧人を観察し、それぞれが一言述べていた。


 最初に語ったのは水沢家の巫女・ながる


「めでたし、めでたし! て、ところで、締めくくれそうだな」


 次に波江カオルこと辻八重子の母にして、ユーザーネーム真波馨。


「いつまでも我が子のようなこの世界を、見守っていたいけど……いい加減、子離れも必要ね」


 神法(かみのり)そらこと、みのりナッシングは。


「なんだか、モヤモヤした気持ちが晴れたな。もうこの世界に未練はないかな」


 続いて黒須三平こと奥田光治。


「ふぉふぉふぉ! 終わり良ければ全て良しとは、よく言ったものだ」


 更には戌亥いぬい冷愛助れなすけ


「まだだ、まだ終わらんよ! ここから続編が二十年三十年続き、節目節目でスピンオフが作られ、アニバーサリーにはイベントを企画して、永遠に話は続いて行くんだ!」


 最後に天使として転生した高僧、悠玄は彼らを導くように語りかける。


「彼らはもはや、登場人物や物語の駒ではありません。彼は作者という親元を離れた子であり、人生という物語を自分達で歩んでいくのです。さぁ、形代の皆さん。いえ、式神さん達。アナタ達にも次の物語が待っておりますよ。この天使、悠玄についてきなさい」


 こうして作者と呼ばれていた存在達は、新たな物語を探し、創る為にこの世界から消えた。

 後に残ったのは、札を貼った藁人形が仲良く並んでいる姿だけ。


 天使・悠玄は屋上から霧人を見つめ、片眼をつむりウィンクをすると「アナタの物語(じんせい)に幸あれ」と呟き、天界へ帰って行ったのだった。


***


 街を歩いていると今だに、あの黒い影を見る。


 最初は悪霊や人の怨念なんて思っていた。


 それが実は、多重人格によって混乱した脳が見せる幻覚だとか、死んだ悪母の怨念だったとか、掴みどころがなかった。


 でも今は違う。


 自分でも明確にそれがなんなのか解る。


 あれは俺の中に存在した別の人格。


 もう一人の妹人格だ。


 彼女が、これからの俺の人生を見守っていてくれる。


 だから、もう、あの影は怖くない。





    ミステリーリレー小説2021企画「ホラー×ミステリー班」完

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