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ミステリーリレー小説2021『カガミの呪い』  作者: ミステリーリレー小説2021「ホラー×ミステリー」参加者一同
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第26話 レトロウイルス幻想と蛇神 (Kan)

 主催者と名乗るその男は不気味な笑い声を上げながら、一同の混乱には目もくれずに、その隕石の表面を優しく撫でまわしていた。


「ついにこの世がわたしのものになる。いいかね。世界征服には強大な力が必要なのだよ。その力こそ、この隕石カガミに秘められた力、レトロウイルスなのだ。わかるかね、君たちにも」


「一体、お前は何者なのだ。一般人にも分かるように説明しろ!」


 と前橋は興奮気味に叫んだ。


「よかろう。しかし、説明は後でもいいだろう。というのも、もうそろそろ封印を解くべき時刻だ。ここには上手い具合に七人の生命があり、儀式を行うのには十分すぎる環境が整っている。今こそレトロウイルスの霊的反応を最大限に高めることができるというわけだ。

 遙か昔、邪馬台国の女王卑弥呼が封印し、千四百年あまり後に高僧南光坊天海が再度封印をしたカタコンベの恐ろしき秘密、金色の社のご神体、隕石カガミに眠っている恐ろしきものをこの場に解き放つのだ!」


 主催者がそう叫ぶと、震えている両の手のひらをびたりと隕石カガミにくっつけた。そして呪わしげな声で般若心経の経文を唱え始めたのだ。


「いかん! あの馬鹿を辞めさせろ!」

 前橋はそう叫んだが、周囲がひるんでまごついているに気づいて、

「ええい、くそ!」

 と怒鳴り、主催者にめがけて一人で突進していった。


「前橋さーん!」

 自分を呼ぶ声にも振り返らず、前橋はまっしぐらに駆けて、主催者の肩を後ろから掴もうとしたがその刹那、全身に電撃が走って、うめき声を上げ、外側に突き飛ばされた。土埃を立てながら、地面に転がる。小田切が駆け寄り、前橋を助けると二人は主催者から逃げるようにして離れた。


「なんだ、一体あれは……」

「結界です! すでに儀式は始まっているのです。もはや誰にもあいつを止めることはできません!」

「ええい。畜生!」

 前橋は苦々しく吐き捨てるように言った。


 その時、凄まじい音を立てながら、隕石カガミから虹色の光が飛び出して、それはつむじ風のように宙を舞った。それはカタコンベの彩色された天井を縦横無尽に駆け巡り、見るものを驚嘆させた。それは次第に変化し、だんだんと動物の姿になっていた。

(蛇……?)

 それは蜷局(とぐろ)を巻いている大蛇とも龍ともつかない巨大な爬虫類の化け物となって、次の瞬間、一同の斜め前方に浮遊していたのだった。


「こ、こここここれは、一体!」


 前橋は震え上がって叫んだ。

 弾かれたように、主催者が狂ったような笑い声を上げる。


「ふははははは! これこそ、古風な言い方をすれば、各務一族が信仰してきた蛇神だ。その名はカガミノヲロチ。現代風にとらえるとレトロウイルスの催眠作用が生み出した幻覚といったところだろう。しかし、これは集団が見る幻覚であり、肉体にも影響を及ぼし、五感を刺激するほどの鮮明さとなって迫ってくる代物だ。実際にこいつが動き出せば、我々の精神を破壊するほどの強大なエネルギーを四方に放って、大地を揺らし、海を干上がらせることもできる。驚異的な存在であるのだよ」


「なんてことだ」

 前橋は、恐ろしげにその蛇神を見つめる。青白く半透明の姿ではあるが、刺青のような鱗がその胴体の上で生々しく輝いている。龍のような、獅子のような、作りものめいた大袈裟な顔が、今は目を瞑り、眠っているかのようである。


 それはいくら幻覚作用の仕業であるといっても、集合で見る幻覚であり、精神だけでなく、肉体にも作用し、大地を揺らすこともできるとなれば、物質として実在しているものとほとんど変わりないだろう。すべてはレトロウイルスが生み出した幻想の怪物だとしてもだ。


「冥土の土産に色々教えてやろう。よく聞きたまえ。わたしの名前はKan。しがないネット小説家だ。趣味は休日に図書館と博物館にゆくことだ。わたしは小さい頃から小説を書いていて、自分の空想の世界に閉じこもるのが好きだった。その世界の中では、すべてが自分の思いのままになるからな。ところが成長するにつれて、わたしは空想の世界ではもの足らなくなってきた。現実の世界を思いのままにしたいと考えるようになってきた。その頃だ。各務一族が信仰している蛇神のことを知ったのだ。わたしははじめそんなものは信じていなかった。しかし歴史をひもといてゆくと確かになにかがS市の山中に封印されていて、その力を利用しようとするもの、封印を守ろうとするものが絶えず争っていたことが分かってきたのだ。いいかね、わたしはこの世を我が物にしようと考えていたのだ。そのためには蛇神の力が必要だった。それが隕石に付着したレトロウイルスの幻覚作用によるものだということはまだ分かっていなかったがね……」


「それで、犯行に協力させようとネット小説の投稿サイトで六人の仲間を集めたのだな」


 と、前橋は主催者Kanにさらなる説明をさせるために質問をする。


「その通り、我々は七人でネット小説上にある幻想を築き上げた。それはある犯罪小説だった。そしてあの日、我々七人は計画通りにネット小説の幻想を現在のものにしてしまおうとしたのだ。我ながらまったく恐ろしい犯罪計画だよ。

 あの日、我々は儀式を成功させるため、各務一族の純血である霧人と音菜を誘拐しようとして各務邸に乱入した。理由は、封印を解き放つ儀式には、霧人と音菜が必要不可欠だからだ。

 ところが霧人、君は我々の計画を頓挫させるために邸宅に火をつけたのだ。そして母、秋菜は音菜を隠すために、三人の養子の娘に紛れさせていた。(一説によると、柚菜と音菜は双子だという話もあり、そのあたりのことは後の歴史学者の研究にまかせることとする)。我々にはどれが音菜だか判断できなかった。君たちの予想外の抵抗にあって、我々の計画はもの見事に失敗した。

 君たち各務一族は我々に成り代わって死んだふりをして、実際には社会に四散し、正体を偽って今まで生きてきたのだね。しかし君たち自身があの恐ろしい出来事をよく覚えていなかったのだ。それはあの日のショックから自分の心を守るため、心が壊れないようにと自然に忘却作用が働いたのだろう。君たちの多くはあの日の出来事を忘れていた。それだけでなく、偽の記憶を作って、それを信じ込んでいたのだ。

 しかし状況は変わり始めた。霧人、君が記憶を取り戻し始めていたのだ。君は周囲に操られてこのカタコンベに導かれたと思っているようだが、確実に君自身の意思によってカタコンベに向かっていたのだよ」


 霧人は、正月に見た夢のことを思い出した(第一話)。あれはカタコンベの階段を下っている自分の夢だった。

 なにをきっかけにして、記憶が蘇りはじめたのかは分からないが、あの瞬間から確かに霧人はカタコンベへと向かい始めたのだ。


「わたしはこれを好機と捉えた。四散していた各務一族は不思議な意思によって、カタコンベに集まってきていた。今こそカタコンベの封印を解き放つべき時だと思った。そしてレトロウイルスの幻覚作用と蛇神の破壊的な力を我がものにすべきだと思った。

 今回、わたしが狙っていたのは対立している金剛石寺の天海グループと各務一族の争いを激化させ、両者共に致命的な状態に追い込むこと。天海グループと各務一族はどちらも、わたしにとって邪魔な存在だったからね。その上で、各務一族の純血音菜の力を利用して、カタコンベさらにはご神体の隕石カガミの封印を解き放つという計画だった。君たちは将棋の駒のようなもの、知らず知らずのうちにわたしの思い通りに動かされていたのだ」


「なんてことだ。各務家惨殺事件の犯人は、雨音家の人間ではなかったのか」

 リレー小説のようにその事実はいつかまた覆されそうな気もしたが、現時点において、前橋はその話が説得力をもって響いていた。

「おい、それはそうとお前、霧音さんになんてことを……」

 床で悶えている霧音を指差して、前橋は言った。するとすぐさま主催者Kanは右手の人差し指を立てて、ちっちっちっと左右に振った。


「よく見てみろ。霧音が刺されたと思ったのはお前たちの抱いた幻覚だ。確かにわたしは霧音を貫いたが、肉体ではなく、精神を貫いたのだ。結果的に霧音から妹の人格が除去されて、今、再び霧人の人格に戻ったはずだ」


 確かに女装しているがそこに倒れているのは霧人だった。右目からの出血はもうそこになかった。


 周囲の人々に助けられながら、霧人はふらふら起き上がる。まるで豆腐みたいに白い顔をしている。だんだん顔に赤みに戻ってくると、頭を抱えて、

「俺は一体今まで何を。思い出せない。そうだ。確かお坊さんが刺されて……」

 霧人の記憶はじわじわと戻ってきているようである。


「音菜……?」


 霧人は、目の前の音菜をみると驚いて、ふらふらと駆け寄る。

「お、お兄様!」

 音菜も声を上げて、霧人のそばに駆け寄った。そしてふたりが抱き合うと、仲良しこよしの兄妹であったのが昨日のことのように思えた。

「よかった。生きてたんだな」

「お兄様こそ」

「だけど、ずっとそばにいた気がするよ」

「わたしだって……」

 音菜は涙を拭くと、嬉しそうに笑って、甘えるように霧人の頭をポカンと叩いた。霧人は突然の頭の痛みを堪えながら、あははっ、と笑い声を上げた。が、その直後にふらついて、珠菜に後ろから支えられた。瑛菜もそれを見て、微笑んでいる。


 楽しかった日々が、そしてずっと続くはずだったのにある日、突然失われてしまった日常が、この瞬間、戻ってきたみたいだった。


(そうだ……)

 その瞬間、霧人は思い出した。霧人は正月に見た夢の中で暗いカタコンベの階段を下っていた。その先に人影を見たのだ。霧人はそれを見た時、心の底から驚いたのだったが、その人影こそ音菜だったのだ。


(そうだ。すべてがつながってゆく)

 霧人は頷いた。


「さあ、説明はここまでだ。最後の出血大サービスで人格を戻してやったし、兄妹の再会は涙なしには見ておれん感動的なものだったが、いずれにしてもお前たちの命はそう長く続かない。世界征服の手始めに、用なしになったお前たち七人の魂をこの蛇神カガミノヲロチに吸わせてやる!」


 主催者Kanはそう叫ぶと、宙で眠っているみたいだった大蛇が突如、叫び声を上げて、白い光となり、カタコンベの内側を飛び回った。壁にぶつかると岩が砕け落ちて、ものすごい地響きが反響した。青い鱗が鮮やかに浮かび上がった生々しい胴体が、べたりと洞窟の壁にぶつかって跳ねる。その度に大地震が巻き起こるようである。


「これはまずい! こんな化け物、どう戦ったらいいんだ!」

 前橋は焦って、落ちてきた岩の影に隠れる。


 蛇神カガミノヲロチは裂けそうなほど口を大きく開いて、赤い火の玉を吐き出した。それは壁にぶつかって、四方に分かれたが、石の壁は粉々になって舞い上がり、一同を包み込んだ。


             卍


 瑛菜は飛んでくる石に気づいて、自分に命中するものと思って身構えた。ところが小田切が駆け込んできて、瑛菜を守った。

「ぐわっ!」

 小田切が床に転がる。瑛菜は小田切に駆け寄った。

「大丈夫?」

 小田切は瑛菜の美しい顔を見上げた。

「瑛菜さん、ここはわたしに任せて、逃げてください」

「駄目よ。あなたをおいて逃げられないわ」

 と言って、倒れている小田切の前に立ち塞がった。ふたりの目の前には一面、火の粉に包まれた恐ろしい光景が広がっていた。


             卍


「こうなってしまってはもう一時停戦だな」

 と前橋が言うと、珠菜は、美しい困り顔をしながらにやりと笑い、

「そうね。より強大な敵が現れてしまったのだもの。うちらがここで争っていたんじゃ、あいつの思う壺じゃない」

「主催者Kanのな……」


             卍


 その間も主催者Kanはけたたましい笑い声を上げ続けていた。

「すごい! すごすぎる! これがレトロウイルス幻想か! 蛇神カガミノヲロチ、つ、強いぞ! 今に東京は火の海だ! すべてわたしのものだぁ!」


             卍


 音菜と霧人は二人で、全速力でカタコンベから逃げ出そうとした。

 蛇神カガミノヲロチは、その二人に向かって、火球を放った。かすかに赤い光が見えたと思ったら、二人は一気に業火に包まれていた。ふたりは死んだと思った。ところがその炎は左右に分かれて、二人に当たっていなかった。

(まさか……)

 霧人は驚いて、火が分かれているところを見つめた。そこには白い頭巾をかぶった僧兵姿の人影が立っていた。彼は大きな薙刀を火にかざして、火の流れを左右に分断していたのだ。それでも凄まじい圧力に押されて、踏ん張る後ろ足はメキメキと土を盛り上げ、背中の盛り上がった筋肉はいかにも音を立てそうなほど歪んで、霧人と音菜の近くへと押し迫ってきていた。


「坊さん!」

 それは悠玄だった。

 悠玄は、白い頭巾をかぶった僧兵の姿になって、ふたりを守るために再びこの世に現れたのだ。

「お久しぶりですね」

「あんた、死んだんじゃなかったのか!」

 霧人は興奮して叫んだ。


「言ったでしょう、奪衣婆に事情を説明して戻ってくるって。それは冗談ですが……」

 悠玄は、薙刀を振り上げて、降りかかる火を思いきり弾き返すと、ふたりを抱き抱えて、岩の後ろに飛び込んだ。


 霧人は、幽霊を見つめるように悠玄の方を睨んでいた。しかし幽霊にしてはなんという、つやつやとした血色のよい素肌だろう。悠玄はふふっと微笑んだ。


「結論から申しますと、拙僧は死んではおりませんでした。あの時、確かにわたしは瀕死でありましたが、若干、まだ現世にとどまる余裕というものがありました。あの時、あなたに偽りの言葉をかけたこと、到底許されるべきものではありませんが、この世には「嘘も方便」という言葉があります。わたしの嘘は方便だったのであります。

 というのも、わたしは死んだことになっている方が、敵の目を欺くことができ、あなたを確実に守ることができると信じていたのです。あの時、わたしは意識が薄れかけながらも、法力を駆使して、自分の身を金剛石寺に瞬間移動させたのです。あなたもわたしの遺体が半透明になり、ついには消えてしまったのを見ていたのではありませんか? わたしは天海和尚の祈祷によって奇跡的な復活を遂げ、再びあなたをお守りするために参上したのです」


 そういう悠玄の瞳は、最愛の人を見つめるように美しく輝いていた……。


「こうして再会できたことが何よりも嬉しい……。あなたを愛するわたしは破戒僧かもしれない。しかし、わたしはあなたをお守りするためならどんなことでもするでしょう。あなたと出会ったあの時からわたしは、この世のすべてが色鮮やかに輝いているように見えたのでした。あなたと共にいるひとときは幸せで、あなたと離れている間はとても寂しくてつらかった。金剛石寺の本堂に横たわり、あの世とこの世の狭間で、天海和尚の祈祷を受けるわたしの瞼に浮かんでいたのは他ならぬあなたのお顔でした。わたしは大切なあなたをもう離したくありません……」


 そう言うと悠玄は立ち上がり、巨大な蛇神、カガミノヲロチを見つめて、

「霧音さん、拙僧と共に、あの蛇神と主催者を倒しましょう!」

 と言ったのだった……。

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