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ミステリーリレー小説2021『カガミの呪い』  作者: ミステリーリレー小説2021「ホラー×ミステリー」参加者一同
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第27話 この世の作者 (水沢ながる)

 同じ頃。

 須藤ユズルこと各務柚菜は、ある人物と対峙していた。二人の周囲には数枚の呪符が散らばっている。あるものは破れ、またあるものは焼け焦げたそれらの呪符は、二人の戦いの証であった。

「何となく、だけどさ。どこかに内通者がいるんじゃないかとは思ってたんだよね」

 柚菜は言った。

「でも、それがあんただとは思ってもなかったよ」

「流石ね、ゆずちゃん。マトリをやってるだけのことはあるわ」

 全身黒い服を纏った女はにこやかに答えた。若いようにも、歳を取っているようにも見える、年齢不詳の女だ。その髪はウェーブのかかった銀髪で、それが年齢不詳に拍車をかけている。

「ムカつくなあ、その余裕綽々な態度。あんたがいなくなったせいで、あたしが代理の巫女をやらなきゃならなくなったんだよ。……そこんとこどう思ってるのさ、水沢家の正式な巫女・ながるさん」

 流と呼ばれた女は、艶やかに笑った。

「あなたなら、巫女としての霊力は充分あるもの。立派に務められると思うわ」

「そんなことじゃなくて!」

 柚菜が手にした何枚かの呪符が、青く燃え上がった。

「どうして各務家に寝返ったのさ!? あんたも力や富に目がくらんだのか?」

 炎の呪符を流に向かって投げつける。呪符は流の周囲に散らばり、更に激しく燃え始めた。その中で、流は涼しい顔をしている。

「別にわたし、各務家についたわけじゃないわ。わたしがついたのは、主催者さんよ」

 言いながら流はするりと印を結んだ。

「我が名は流、其の性は水。罔象女神ミヅハノメノカミに畏み畏み申す」

 流の周囲の空気が、波打った。水が渦を巻くように、流れる。

「水の気を以て火を制す」

 渦潮のような水の「気」が、ざわざわと周囲に広がった。水気に触れ、燃え上がる炎は弱まり消えて行く。

 これが、正式にカタコンベ封印の巫女に任命された者の力だ。彼女が突然消息を断った為、代理として巫女の座についたのが柚菜だった。

「主催者?」

「そう。わたしは参加者の一人。七曜の水、水沢(ながる)

「あんた程の人が……どうしてこんなことを」

 雨音家が天海一派を離れ、いくつかある分家から巫女を任命するとなった時、真っ先に名前が上がったのが流だった。それだけ、彼女は期待されていたのだ。

「面白そうだったから」

 柚菜の問いに、流はにっこりと笑って答えた。

「面白そう……って」

「だってさ、巫女やっててもつまんなかったんだもの。天海和尚がカタコンベを封印してから、天海一派と各務家の間はほぼ膠着状態でしょ。おかげで徳川幕府が三百年も続いちゃったわ」

 流は口を尖らせた。

 彼女の言う通り、カタコンベが封印されてから天海一派と各務一派の間には大きな争いは起こっていなかった。無論、天災や幕末の動乱、その後の戦争などに乗じて事を起こそうとした形跡はあったが、全て失敗に終わっている。

「その間に、どっちの勢力も霊力的にはすっかり弱体化しちゃってるし。各務の家にいたあなたがわたしの代理で巫女になっていられるのも、他に高い霊力を持った人がいないからでしょ? 各務家は各務家で、当主があのボンクラの藤吉郎だって辺り、推して知るべしね」

「ボンクラって……まあ否定はしないけど、一応あたしのおとーさんだからね?」

 どこかこの世の外の方から「そこは否定してよ、柚菜……」という声が聞こえたような気がするが、まあ気のせいだろう。

「そんな状況で、わたしが巫女やってる意義なんてあるのかな〜って思っちゃってね。もともと雨音家に端を発するわたし達の家系は、荒ぶる神を鎮める力を受け継ぐ家系だけど、それ自体封印しちゃってるものね。そんな時に、主催者さんに声をかけられたの」

 前々から流は、自分が巫女として遭遇した怪異にまつわる話を、小説の形にアレンジして細々とネットに投稿していた。そこへ声をかけて来たのが主催者のKanだった。彼は様々な状況から、流が書いているのが「本物」であることに気づいて仲間に引き入れたのだった。

「あんたら、何をしようとしてるんだ」

「わたし達はね、神に……いえ、この世界の『作者』になろうとしているの」

「作者?」

「そう。わたし達は、この世界の登場人物ではなく、世界という物語自体を書き換える作者になる。それには、一度この世界をリセットしないといけないでしょ? その為には、各務家の奉るカガミノオロチの絶大な力が必要だったのよ」

「そんな……ことで」

 各務家という特殊な家庭で暮らすことは正直柚菜の本意ではなかったが、それでも家族や姉妹の仲は悪くなかったし、特に妹の音菜は実の妹のように可愛がっていた。妹や家族達の運命がそんなことで狂わされてしまったことに、柚菜は激しい怒りを覚えた。

「そんなことであたし達の家族をバラバラにしたのか!?」

 呪符を投げつける。

 意思があるように流に一直線に飛んで行く呪符は、空中で燃えながら流に迫った。

「ダメよぉ、ゆずちゃん」

 次々と投げつけられる呪符の炎を、流はいともあっさりと消して行った。

「わたしは流、水の気を操る者。水気に火気をぶつけてもかなうわけないでしょ。そんな基本的なことも忘れちゃったの? 頭に血が上りすぎじゃない?」

 流の足元には、水の気を受けてぐっしょりと濡れたようになっている呪符がいくつも落ちている。それを見て、柚菜はにや、と笑った。

「別に忘れちゃいないよ」

「え?」

 柚菜の言葉に、流は怪訝な顔をした。その一瞬の間を逃さぬように、柚菜は高らかに柏手を打った。パァン、という音が空間を震わせた。

ここのたり

 柚菜の霊気がゆらりとゆらめいた。柏手と呪言で空間を震わせ、同時に彼女自身の魂を震わせ、それらを共鳴させることで絶大な力を下ろす。柚菜の渾身の大技だった。

「我が名は柚菜、あるいは楪、その性はもく! 木の気によりここに勧請する」

 バチ、と火花が散った。

建御雷神(タケミカヅチ)が加護、いかづちよ来たれ!」

 次の瞬間、強烈な雷が流に向かって真っ直ぐに落ちて来た。雷はまるで剣のように、流の体を貫いた。

「前もって水の気をばらまいてもらってたからね。あんたの水気を伝って、雷は一直線にあんたを目指す。その為の炎さ」

 続いて、二発目、三発目が直撃する。銀髪の女は黒焦げとなって崩れ落ちた。それを見届け、柚菜は大きく息を吐いてその場に膝をついた。体力も霊力も大きく消耗している。

 と。

 黒焦げの死体から、ゆらりと何かの気配が立ち昇った。それは見る間に空中で凝り、人の姿となった。銀髪黒衣の女。女は言った。

『あ~あ、やられちゃったなあ』

 これは……霊体だ。柚菜は思わず身構えた。それに気づき、流はひらひらと手を振った。

『あー、そんな気張らなくていいから。わたしはすぐにあの世へ行くわ』

 死んだと言うのに、流は平然と柚菜と話をしている。それは彼女自身の性質なのか、それとも霊体となっているからなのか、柚菜には判断がつかなかった。

『でも、ゆずちゃんがここまでやるとは正直思わなかったなあ。うん、えらいえらい』

 しゃべっている流を無視して、柚菜はその場を立ち去ろうとする。

『ちょっとちょっと、どこ行くのよゆずちゃん』

「流さんはあの世へ行くんだろ。あたしはあたしでやることがあるから」

『カタコンベへ行くんなら、もう遅いかもよ。主催者さんの計画は走り出してて、わたし一人倒してももう止まらない。そろそろカガミノオロチが復活してる頃じゃないかしら。……そもそも今回のわたしの役割は、儀式に必要な頭数を揃えることと、あなたのように頭数に数えない人を足止めすることだもの。わたし、ちゃんと仕事は達成してるわけ。計画は順調に進んでるわ』

 柚菜はちらりと流を見た。

「それでも、さ。出来る限りのことはしたいんだよ」

『そっか。ゆずちゃんらしいね』

 うんうんとうなずいた流は、ふと真面目な表情になった。

『なら、わたしに勝ったご褒美に、ちょっとした情報ネタを教えてあげる。これ、わたししか知らないことなんだけどね』

情報ネタ?」

『そう。あなたの妹、音菜ちゃんのこと』

「音菜の!?」

 思わず振り返った柚菜に、流は強い視線を向けた。

『各務家が焼けた夜、各務音菜は死んだ。否、死んだと思わされた。実際は母・秋菜の手駒として生きている……けどね、あの時、音菜は本当にん《・》だ《・》のよ』

「半分死んだ? それって一体……」

『わたしはあの時、あの場でこっそり様子をうかがってたんだけどね。自分が死んだと感じた瞬間、音菜は──己が魂を砕いて四方に飛び散らせた』

「えっ!?」

『わたしは咄嗟に魂呼ばいをして、音菜の魂を呼び寄せて元の体に収めた。でも、全ての魂を集めることは出来なかった。ただ、あの世へは行っていないと思うわ。どこかに宿っている筈。……実はそのうちの一つは、在処がわかってるんだけどね』

「どこにあるのさ、それは」

『兄である各務霧人の中よ』

 流はきっぱりと言い切った。

『音菜と霧人の兄妹には、前から魂に奇妙な傷があったの。誰かが魂の一部を切り取って、バックアップにしようとしたのかも知れない。音菜の魂のかけらは兄の魂の欠けた場所にはまり込んでしまって、わたしでも取ることは出来なかった』

「じゃ、志乃河霧音という人格は……」

『誰かの手が入ったり、自ら作り出したという以上に、音菜の魂が入ったことが大きいでしょうね』

 柚菜はしばし考え込んだ。音菜と霧人の魂は一部が失われていた。その魂が本来の体に戻れば、それはどういう作用を促すのだろうか?

『これはわたし達にとっても不確定要素なの。二人の魂が己の体に戻った時、何が起こるかわたしにもわからない。もしかしたら逆転の一手になるかも知れないし、滅亡の一手になる可能性だってある。どう転ぶかわからなすぎて、わたしの胸に納めるしかなかったの』

 話しながら、流の体はふわりと浮かんだ。地を離れ、天へと。

『ああ、もう行かなきゃいけないみたい。……じゃあね、ゆずちゃん。頑張ってね』

「あんたに言われたくないよ」

 言い捨てて、柚菜は流にくるりと背を向けて歩き始めた。急がなくては。この事態を収拾するために、自分にやれることはまだある筈だ。

 振り返ることは、しなかった。


『ありがとうね、ゆずちゃん。わたしを倒してくれて』

 天へ上りながら、流は呟いた。

 その姿は、もはや先程までの銀髪の女のものではない。

『この世の人としての肉体を滅ぼしたことで、やっとわたしはこの世界の作者に──』

 ──()()

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