第25話 大いなる患難あらん (にのい・しち)
S市山中の崩れ落ちた洞窟にて五人は、巨獣が口を大きく開けた入り口に立っていた。
その入り口は仏教で説かれた、地獄の門を思わせる畏怖を感じさせる。
ここが現実と異界の境目。
そんな気がして足を踏み入れるのが憚られる。
皆の心が足並みを揃えて腹をくくった時だった。
ピーポー、ピーポー、ピーポー、ブイ~ン、パーポー、パーポー……。
ドップラー効果で救急車のサイレンが林一帯に響き、五人の意識がしちらへ向く。
サイレンの音が止まると、前橋警部は舌打ちして小言を漏らす。
「誰が救急車を呼んだ? 用意がいいのは感心だが、今来るのはマヌケだぞ」
皆が動揺見せると林の影から二人の女性のシルエットが現れ、暗闇に涼やかな声を響かせた。
「救急車って何種類かサイレンの音があるわよね。一通り鳴らしてみたかったのよ」
迷彩服の女性が腰に片手を添えて言うと不適な笑みを見せ、その一歩後ろに細い黒のリボンで長い髪をひとつに束ねした女性が、生首を抱えてうつ向き加減で五人を見る。
部下の小田切は言葉を投げる。
「あんた達はカフェ『ストレンジテイル』のアルバイト八辻栄子とカップルの客の北野環希……いや、迷彩服は各務家長女の珠菜。後ろにいるのは次女の珠菜か?」
「関係図をわざとらしく説明してくれて、ありがとう。モブキャラさん」
小田切が詰め寄ろうとしたので前橋警部が部下を制止しする。
「今は面倒だから止めろ」
長女、珠菜は前橋に確認した。
「アナタが前貼り警部ね?」
「前橋だ!」
「あら? そう」
珠菜はそれぞれへ挨拶するように聞いた。
「その部下のモブ」
「小田切だ!」
「そちらの眼鏡の良い顔は特別公安課の倉敷さん」
「こちらの情報は筒抜けか……」倉敷は眼鏡を指で押し上げる。
「お久しぶり志乃河の叔父様。陰陽師のバイトはお休みかしら?」
「手厳しいね珠菜君」創一郎は悲しげに見返す。
一通り確認すると珠菜と瑛菜は霧音の顔を見て懐かしさと憎悪が入り交じる表情で見つめる。
珠菜は語気を強めて言った。
「まだ生きてたんだ兄さん」
今は女性人格、霧音だが各務家長男である霧人は冷たい視線に戸惑い、うつ向く。
長女、珠菜は尚も彼をなじった。
「妹、音菜の人格を宿して生きてる何てキモチ悪い……この手で切り刻みたいけど今はお預け。すべてが終わってからケジメを着けるわ」
部下の小田切が次女、瑛菜の抱える生首を戦慄しながら見た。
「その首は警察署の有事に盗まれた被害者、鷹野橋の首だろ?」
「各務家、当主にして私たちの父、藤吉朗です」次女、瑛菜は平らな声で返した。
次女は話を補足した。
「これが今回の事件を最悪にも最善にも導きます」
前橋警部は話が停滞していることに立腹しながら言う。
「そろそろ茶番はお開きでいいか? 俺はこの地獄旅行でとっとと用事済ませて、正月の仕切り直しをしてぇんだよ。家で子供が俺のお年玉を待ってるからな」
その声がけに烏合の六人はそれぞれ返事を返した。
前橋警部は仕切り直す。
「ほんじゃま、真実を拝みに行くとしますか? 母、秋菜も待ってるだろうしな」
洞窟に踏み入れた前橋警部の後を皆付いていくが、霧音はしばし足を止めて今一度、洞窟の入り口を見て物思いにふけた。
たった数日。
この数日で今まで私が感じていた自分自身への違和感や、社会との乖離がなんだったのか急速に紐解けて行った。
ただ、どれも私や周りにいる人たちには好ましくない結果ばかりだった。
このまま本当に今いる境を越えていいの?
行けば何かを失うかもしれない。
目を伏せていたかった真実に直面するかもしれない。
また誰かが死ぬかもしれない……。
「霧音、大丈夫か?」
創一郎に声をかけられ前を扇動する六人へ意識を移す。
皆、足取り早く、まるでプレゼントが待てない子供のようにせかせか暗闇に進む姿を見て、霧音はもはや自分が拒否しても事件の全貌が解き明かされるのは、時間の問題と悟り覚悟を決めて踏み込んだ。
「大丈夫よ。叔父さん」
ここで終わらせる。
これまでの犠牲、災厄を全て、この場所で終わらせるんだ。
洞窟の闇が深くなり月明かりが届かなくなると、前橋警部はライターで火を灯し、公安課倉敷と部下の小田切はペンライトを、長女珠菜はカーゴパンツから手に余る大きさのライトを取りだし空洞を照らした。
七人の歩みはチグハグだが進む方向や歩くペースは大差なかった。
闇が緊張と沈黙を作るが緊迫する空気に耐えられなくなった部下の小田切が一声を放つ。
「前張り主任」
「おい!?」と警部は部下を叱責する。
「し、失礼。釣られてしまいました。しかし、自分には今回の事件は理解できません。我々の見えないところで得体のしれない力が動いていて、常に暗躍している。しかも自分達がそれを自然と追うように動かされてるような、不気味さがあります」
答えを濁す前橋警部に代わり公安課、倉敷が眼鏡を持ち上げてから語りだした。
「本事件の始まりは十五年前に起きた、M街惨殺事件が発端とは一概に言えないのですよ。この闇は果てなく深い」
部下、小田切は鼻で笑い返す。
「公安さん。まさか幼稚な陰謀論でもつかまされたんですか?」
「陰謀論は大衆から真実を反らすのに便利な方便ですよ」
口が重くなる公安課倉敷の言葉を聞き、前橋警部や叔父の創一郎の顔つきが強ばる。
二人に構わず倉敷は話を続けた。
「二十一世紀に差し掛かりネットが普及した頃、盛んに様々な掲示板が作られていました。ネットの掲示板に犯罪予告をして現実に事件を起こす輩まで現れ、警察は仮想世界にまで目を光らせなければならないほどです。その時期でした。ネットの未決とも言える鮫島事件や如月駅という、匿名の書き込みがなされたのは……掴みどころのない事案からネットユーザーは、公安警察が暗躍していたという噂がありました」
小田切が得意気に言葉を添える。
「自分もそれ学生時代に見ました。実際はユーザーがヒマ潰しに適当な話を書き込み、それを信じた別のユーザーをからかうネタにしてたんですよ。根も葉もないでっち上げた嘘」
「いえ、事実です。我々、特別公安課が捜査していたのです」
部下、小田切は公安課倉敷の返答に黙らされてしまった。
「その時期に確認された事案があります。不特定のユーザーが集まり、リレー形式で小説を投稿していくというものでした。ユーザーは主催者を含めて七人。彼らが書いた内容は名家の一族が豪邸で惨殺されるところから始まり、その地下に人骨で作られた墓地カタコンベが隠されていたというところから始まります」
霧音が解説に加わる。
「え? それって」
「えぇ、一連の事件と酷似する内容です」
「まさか、今までの事件は小説に沿って起きていたんですか? そのリレー小説は何かしらの犯罪を実行する計画案の役割だったと? それでいて各務家は実行に利用された駒だった」
「さぁ、なんとも言えないです。その人物達のハンドルネームは特別公安課で掴んでいました。主催を名乗るKan、水沢ながる、真波馨、乾レナ、みのりナッシング、奥田光治、にのい・しち。これらは七人は『参加者一同』と名乗っていました」
「その参加者一同の現在は? 今はどうしているんですか?」
「それが、リレー小説が完結した時期に皆、失踪しています」
「失踪?」
「それぞれの住所を突き止め捜査で訪問しましたが、突如消えた者やアカウントを乗っ取られた者など、足取りがつかめませんでした」
「物語を完成させると消える……その小説はまだ存在していますか? 結末は?」
「小説はいつのまにか消され、結末を知る者もいません」
長女、珠菜は異性の目をはばかることなく本音を話した。
「胸くそ悪い話ね。それで私達家族の人生が全て変わったのに……全て……」
腐りかけた父親の生首を抱えた次女、瑛菜が話を継ぎ足す。
「ただの雑学ですが、古代ギリシャの哲学者プラトンは『囚人の寓話』という空論を思いつきました。世界やそこに生きる人々は、暗い洞窟に灯されたロウソクの火によって壁に写された影だと。自我を持った人間はその影を洞窟で見るだけの囚人。それだけ脳内の思考と現実の出来事には乖離があるという例えです」
次女、瑛菜の話は不気味だが妙に引き付けるものがあり、聞き入る。
「嫌な事や不運が重なると人によっては、これは悪い夢、目が覚めれば本来の世界で起きれるはずだと現実逃避します。『ソフィーの世界』や『果てしない物語』という本を知っていますか?」
刑事達がかぶりを振る中、ブックカフェの店主、創一郎が答えた。
「どちらも物語自体をテーマにした本だね。作品の人物達は自分を生きている人間だと信じて疑わないが、実は本を読み進めている読者がページをめくることで、人生も運命も決められているというお話だ」
部下の小田切は瑛菜へ正直に感想をのべた。
「悪いが君が何を言いたいのか、さっぱりわからない」
「光によって生み出された影に、もしも自我があったとして、自分が人によって作られた影だと理解する術がなかったらどうなりますか?」
小田切はよく考えた後に答えた。
「どうにもならないだろ? それは影として生きるしかない」
「その通りです」
部下、小田切に代わり霧音は自身の考えを交える。
「私達はそのユーザー達に作られた影で、物語という世界で生かされた人間ということ?」
瑛菜は答えを濁したのか、それ以上答えようとしなかった。
前橋警部は不意打ちのように話題を書き足すと、部下の小田切が答えた。
「七人? 七人、七人……確かM街の各務家惨殺事件も七人だったな?」
「えぇ……まさか、すり替えられた華族の遺体はその七人のユーザーだったということですか?」
「だとしたら点と点が線になるかもな?」
「ですが、ユーザー達が各務家や本事件の糸を引いているかもしれないのですよ?」
「難儀な話になってきたな?」
前橋警部は構内を歩む一同へ目を配りながら思案する。
集められたユーザーは七人。
各務家の人間達も七人。
俺を含めたここにいる人間も七人。
これは偶然なのか?
暗い洞窟で不安にかられた霧音は僧侶、悠玄を思い出して形見に渡された短刀を取り出し、強く握りしめた。
霧音を守るという使命中半で無念にも散った悠玄。
その無念を無駄にしたくない。
それを見た前橋警部は注意を促す。
「あまり刑事達の前でそれをチラつかせるなよ。銃刀法違反だからな?」
「す、すみません」
霧音はベルトに短刀を差し込みしまう。
長いトンネルを抜けるよう洞窟を歩き進むと、開けた空間へ出された。
明かりを持っていた人間達は正面を照らすと、広大な空洞のほぼ真ん中に写る輝きに、目がくらんだ。
一同はライターやハンドライトなどの微々たる光を、強く反射する建造物を目の当たりにする。
それは黄金でできた社だった。
その金色の輝きに目を奪われ、感動から吐息すら出てしまうほどの美しい造形美だ。
息を呑みよくよく見ると驚くことに、遠目でも解るほど社の外壁は、人骨やドクロが櫓を組むように建設されている。
誰に聞くでもなく霧音が口走る。
「これが、S市のカタコンベ……」
呆気に取られていると叔父、創一郎が考察をのべた。
「この様式は……高僧、天海が徳川家に進言した建築構造に酷似している。その役割は悪鬼を外壁で封じ込め外へ出さないようにすることだ」
「悪鬼?」
一同は畏怖感じつつも、まじまじと眺めた。
叔父は話を付け足す。
「あれは金箔だね。ところどころ剥がれ落ちている。金属などはサビこそあれど、ウィルスなどに侵食されることがない。その中でも金はサビにも強いから、昔の人は疫病を封じられると思ったのかもしれないね」
前橋警部が首をかしげながら言った。
「織田信成が髑髏を盃にして客をもてなしたって逸話があるが、ドクロに金箔をぬって社を組むとは、成金もここまでくると悪趣味だな」
その時、M街カタコンベで僧侶悠玄を死に追いやった、あの妖艶な声がヒールを鳴らしながら社の前に現れ立ちはだかる。
「これは紛れもなく寛永寺の初代住職、天海が考案した物。風水的にも一番、陰陽道の効果を発揮できる使用で作られている。なにより人の魂が宿っていた人骨で封じることに、神秘の力があるのよ」
一同が身構え母秋菜に対して好戦的な眼を向ける中「「かーさん!!」」と長女、珠菜と次女、瑛菜が呼び掛ける。
そんな娘達へ秋菜は冷たくあしらった。
「親不孝な娘達、こんな愚民達と行動を共にするなんて。所詮は各務家の本流たる音菜の血を隠す為の傀儡人形。どんなに各務家の家訓を学ぼうと、その血は純血にはならないわ」
母の物言いに押し黙る二人の姉妹を見かねて、霧音は声を上げた。
「あなたはそれでも母親なの? いえ、血だのなんだの、あなたは自身には人の血が通ってないわ!」
「アハハハハ! 人? いいえ、私はこの黄金に輝く社を解き放ち、神に近い存在へと転生するのよ!」
七人は魔性の女が宣言した言葉に唖然とした。
母、秋菜は金色の社の側でオペラを歌うように話を続けた。
「この社の中に封じられているのは各務家が崇拝してきた本来の神、ご神体、カガミ。その正体は地球の外から落下した隕石の破片よ」
「隕石?」
霧音を含め一同は揃って怪訝な顔になる。
黒いドレスの女、秋菜は補足した。
「その隕石には何が秘められているのか……強力なレトロウィルスが眠っているわ」
話の意図が次第に見え始め、緊張がさらに高まる。
「M街で作ったウィルスなんて、でき損ないの欠陥品。この社には、これまでとは比べものにならないレトロウィルスが封じられている。ウィルスは宇宙を漂う隕石によって運ばれたという説があるわ。でも地球の大気圏では引力や重力による摩擦で隕石は高温になる。ウイルスは高熱で消滅してしまう」
一同は息を呑み気付けば秋菜の話に集中していた。
「宇宙からウィルスが入り込むのは至難の技。なら別の仮説はどうかしら? 地球外の知性体がこの星に飛来した時に持ち込んだという説よ。もしかしたら地球は外宇宙から来た知性体が、ウィルスの効果を試すが為の試験場だったのかもね」
公安課、倉敷は呆れたように反論。
「ウィルスは異邦人によって作られたといいたいのか? とんだバカ話だな」
「残念な人ね。物事を多角的に捉えることが出来ないのね」
秋菜は溜め池をつくと話題を変える。
「新約聖書の福音書、第二十四章二十一節に『大いなる患難あらん』と記されているわ。これは信仰を持つ者達が崇拝する対象を失い、災害や権力者の弾圧を受けて苦しめられることを指すのよ。総じて患難時代と呼ばれるわ」
一同は黒いドレスをまとう女の妄言に理解を示せないでいたが、当の秋菜は構うことなく弁をふるう。
「蛇を崇拝してきたカガ一族は卑弥呼の血族に信仰を奪われ長い大患難時代を経験したけど、それもようやく終わる。ウィルスが人々を混沌へ誘い政治は意思決定が薄弱になる。地獄絵図よ。その時、民衆を煽動するのは蛇一族の教義。モーセ、キリスト、仏陀。彼ら古の聖人達と同じく世界に流布していく。私が人類の救世主になるのよ!」
公安課、倉敷は悪態を付くように小言を挟む。
「邪の道は蛇か……」
母の話に次女、瑛菜は愕然とした。
「かーさん、本気なの? それを解き放てば日本どころか世界が地獄に落ちるわ」
母、秋菜に気を取られていたが為に闇に潜み、静に迫ってくる存在に誰も気がつかなかった。
黒づくめの影は霧音の背後へさざ波のように近付き、手刀で首を斬首するように叩く。
霧音は壊れた人形のように倒れたので影の襲撃者、は霧音が持つ短刀を奪うと鷹野橋の生首を抱える次女瑛菜へ、襲いかかる。
一同は突然の奇襲で襲撃者を取り押さえることが出来ない。
長女珠菜が盾になるように立ちはだかるが、襲撃者は回し蹴りを繰り出し珠菜をけり飛ばした。
弾き飛ばされた珠菜に隠れていた次女瑛菜から、襲撃者は生首である鷹野橋の髪を鷲掴み。
瑛菜が離そうとせず抵抗するので、襲撃者は彼女の腹部に蹴りを入れ込む。
部下、小田切が確保しようと襲撃者へ飛びかかるも、襲撃者は暗闇の中へ溶けるように消えた。
黒い襲撃者は姿を探すと、手品でも見せるように、秋菜の横に現れた。
襲撃者は主君へ貢ぎ物を献上する姿勢を見せて、秋菜に強奪した短刀と鷹野橋の生首を渡す。
受けとる母、秋菜は講釈を続ける。
「天海は災いを遠ざける為に江戸城をとある土地に建設するよう、徳川家に進言した。それは上野、本郷、小石川、牛込、麹町、麻布、白金の七つの台地が延長線で交わる中心地。陰陽道に精通した天海はそうやって邪気を払ったの……そう七つのね。私はそれを知恵の七柱と位置付けているわ」
倒れた霧音を立ち上がらせ、叔父の創一郎は聞き返した。
「知恵の七柱?」
「七つの台地の守護を打ち壊すには七つの力が必要。M街同様、古来の儀式に疑似する状況が必要なのよ」
「い、いかん! 彼女の思惑通りになってしまった。我々七人は儀式を最大現高める触媒だ!」
身構えた一同を見下すと、母、秋菜は鷹野橋の生首を掲げ、サヤを口でくわえて抜き短刀を鷹野橋の額に差し込む。
短刀を額に差し込まれた鷹野橋の頭部は、あぶくのように膨らみ最後は水風船のように弾け飛ぶ。
短刀の刃は黒い血で染まっていた。
くわえたサヤを吐き捨て母、秋菜は興奮しながら早口で語る。
「鷹野橋こと各務家当主、藤吉郎の脳には黄金のカタコンベを瓦解させる術式が暗記されている。この短刀はその暗記された術式を吸いとる為の物だったのよ」
母、秋菜は黄金の社へ向けて、舞いを踊るように短刀をふるい黒い血を金箔のドクロや骨へ浴びせ、汚していく。
「じそわか、はんにゃしんぎょう。まかぁ はんにゃあ――」
一心不乱に経を唱える彼女は、短刀を両手で掴み金色のカタコンベへ刃先を突き立てた。
太陽が生まれたのかと見舞う光が放たれると、カタコンベの社は土砂崩れを起こすように、バラバラに崩れ金の土台を露呈させる。
その上に真に黒い岩の塊が置かれていた。
「あぁ……カガミ……常世の真の神、カガミ……やっと、やっと会えた」
隕石とおぼしき岩の塊を愛おしく眺める秋菜。
ゆっくりと隕石カガミに近づき距離を噛みしめる秋菜を、言葉だけで邪魔する者がいた。
「待ちな。そんな石っコロがアンタが欲しかった物なのかい?」
「石ころ? 今、何て言ったの?」
夢にまでに見た神物との対面を小バカにされた秋菜は、前橋警部へ振り返り憎悪をぶつける。
前橋警部は真打ち登場とばかりに声を張り上げ言う。
「化粧で若く見せたがる女は多いが、老けて見せたい女は珍しいな? あんたがM街から消えた各務家の四女にしてカガ一族の純血”音菜”だろ?」
この場にいる誰もが警部の突飛な話にうろたえる。
「しばらく考えてたんだ。四姉妹の末は今、どこで何をしてるのか……俺達が気が付かないだけで実はどこかで接触していたのかも、とな。十五年以上前にネットの闇に七人のユーザーが集められた。そいつらは、ある目的の為に集められた七人。各務家七人家族とすり替える為のダミーだ」
「すり替え?」と公安課、倉敷。
「ここから面倒な話になるから、頭ん中でよ~く整理しろよ」
前橋警部が語る推論を聞き一同は脳内で構図を描いた。
夫、藤吉郎ユーザー1→歩く屍に変わる→ジャーナリスト鷹野橋と思い込む。
妻、秋菜→焼死体として発見される
長男、霧人→四女、音菜と思い込む→ユーザー2が焼死体→志乃河霧音として存在。
長女、珠菜→北野環希として存在→ユーザー3が焼死体。
次女、瑛菜→八辻栄子として存在→ユーザー4が焼死体。
三女、柚菜→マトリ、須藤ユズル兼巫女、楪として存在→ユーザー5が焼死体。
四女、音菜→母、音雨秋菜と思い込む→ユーザー6が焼死体。
次女、瑛菜が反論する。
「ユーザーの一人が父さんと同一人物? なぜ言いきれるの?」
「あくまで推理だ。鷹野橋が黒幕に操られて手足となり動いていたことを考えれば、奴がネットで黒幕と知り合い連絡のやり取りをしている間に術中にハマったと見立てただけだ」
公安課、倉敷が慌てて訂正を交えた。
「待って下さい! それだと矛盾します。長男、霧人は一家の豪邸が火事で焼け落ちた後に、メンタルのバランスを保つ為、四女、音菜の人格を母親に植え付けられたんですよ? つまり母、秋菜が死亡した後になる。四女の母としての人格は、いつ誰が植え付けたのですか?」
「順序が違うのさ。四女に催眠術とマインドコントロールで母親の人格を植え付けたのは母、雨音秋菜だ」
倉敷はしきりにメガネのフレームに触れて、しばらく考えた後に答えを導いた。
「まさか母から娘へ人格をコピーし、母の人格を宿した娘が兄へ自分の人格をコピーした。人格の入れ換えすらリレーだった……いくらなんでも、ありえません! そもそも当時、四女音菜は十代の子供です。精神医学を用いて他人の人格を変える技術などできるわけがない」
「あぁ、子供には無理だ。だがユーザーが七人、各務家も七人。なのに遺体に割り当てられた変わり身は母、秋菜をまびいて六人。長男や四姉妹同様、今世に存在しているユーザーがいる。そいつが霧人に人格を植え付けたと俺は見ている。そいつはアマチュアの考古学者を名乗り鷹野橋を操り志乃河霧音へ送り込んだ。そしてS市へ向かい山中で行方不明となり世間から雲隠れした」
秋菜の顔から不敵な笑みと自信に満ちた出で立ちが消え、目に見えて動揺していた。
「私が音菜? ありえない、ありえない、ありえない! 私は私の意思で考えて動いて目的を成してきた。それが全部、偽りだった……ありえない!」
長女珠菜と次女瑛菜が激しく抗議した。
「そ、そうよ嘘だわ!」「あれは私達が昔から知っている、かーさんよ!」
前橋警部は容赦なく一喝する。
「目ん玉ひんむいて、よく見やがれ!!」
二人が黙ると前橋は激を飛ばす。
「お前達は悲劇から目を背け現実から逃げたいという思いから、自分自身に呪いをかけちまったんだよ。目を曇らせ真実を見ないふりする呪いにな」
黒々とした血で汚れた短刀が手からすり抜けて落ちると、終いに秋菜は頭を抱えて錯乱し自身と会話まで始めてしまった。
「わ、私は屋敷が火事になって気付いたら地下のカタコンベで目覚めて……それで、それで……お、音は、音はかーさまが頭の中で、ずっと何かを言って……」
各務家の姉達は忘却したはずの思いに掻き立てられ呼び掛ける。
「音菜!?」「本当に音菜なの?」
もはやそこに母、秋菜の様相はなかった。
四姉妹の末の娘にして各務家の純血、音菜がいた。
意識を取り戻した彼女は姉達を懐かしみ愛おしく見つめる。
「ねーさま? ねーさま!」
「「音菜!?」」
「ねーさ、ま…………がぁっ!?」
四女、音菜の背後で鈍い音と共に影が彼女の歩みを止めた。
音菜は影を突き飛ばすと、よろめいきながら地面へ崩れ落ちた。
姉達は妹を「音菜! 音菜!」と、わめくように呼び掛ける。
その後方で影の襲撃者は呟いていた。
「喋リスギダヨ。音菜チャン」
その手には音菜が落としたはずの短刀が握られており、彼女を背後から刺したことが理解できた。
一部始終を見ていた一同は影の襲撃者に注目。
部下小田切と公安課倉敷がスーツの懐に手を突っ込み、素早く拳銃を抜いて構えた。
「動くな!」と小田切。
襲撃者は首を片手でなで、喉の調子を整えるようにして発声。
「ア、アァー……あ、あぁ……ようやくまともに声を出せたよ」
前橋警部は問いただす。
「秋菜の忠実なしもべを演じ影で各務家を操ってたのか。霧人に音菜の人格を植え付けたのも、お前さんだな? 一体、何者なんだ?」
「そうだな……一連の悲劇を仕組み物語を終わりへ導く者『主催者』とでも名乗っておこうか」
銃を構えて落ち着きを払っていた公安課、倉敷が感情的に叫ぶ。
「主催者!? お前があのネット小説を作ったとでも言うのか!?」
前橋警部はあくまで冷静に考察を述べる。
「そうか……確かにネット小説なら顔をさらすことなく人を集めることができるな。そうして変わり身を用意したのか。しかもリレー小説をユーザーに書かせることで、犯罪のアイディアまで練ることが出来る。リレー小説自体が犯罪計画の試作も兼ねていたんだな」
主催者と名乗る人物の表情は見えずらく、はっきりと感情が読み取れないが、音菜を眺めながら話す声から、へきへきとしか様子がわかった。
「まったく、ワガママな子供の相手はいい加減、飽き飽きしたよ。それにしても人が多い。ここは密だな? そろそろ誰かに退場してもらおうか……」
一同の顔をルーレットのように一通り見回した主催者は、目標を定め音菜を刺した短刀を矢のごとく投げると、鳥のように短刀は空を切り志乃河霧音の右目に深く突き刺さった。
「あああああぁぁぁぁぁーっ!!?」
絶叫する霧音はのけ反り地に伏せる。
一同は何が起きたのか、すぐには理解できず、事が起きた時には霧音を凍りついた視線で見つめるしかなかった。
叔父、創一郎の顔がみるみると青ざめ、この世の終わりを知ったような表情で名を叫ぶ。
「霧音っ!?」
刑事達に銃口を向けられても主催者は感心なく顔を背けて、隕石の塊を愛おしく見つめた。
「これをずっと探していた……強力過ぎてウィルスには治療法なんて存在しない。核兵器のように自然を汚すことなく生命の数を調節し支配する、まさに終末兵器」
彼は向き直り一同を歓迎するように両手を広げて言い放つ。
「さぁ、ここから感動のフィナーレだ!」




