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ミステリーリレー小説2021『カガミの呪い』  作者: ミステリーリレー小説2021「ホラー×ミステリー」参加者一同
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第23話 えむ街のカガミさん (みのり ナッシング)

 鷹野橋智也こと各務藤吉郎は、救護車両の中で仮死状態から目覚めつつあった。私は……今までなにを……。

「お別れよ、柚菜」

 この声は珠菜か……。可愛い娘たちが殺し合いを始めようとしているのか。パパはそんな娘に育てた覚えは……ありません!

 ところが藤吉郎は五体が仲間割れをしている状態だったので、仕方なく柚菜の身代わりに銃口の前へこめかみを差し出すことにした。鷹野橋ヘッドは空を跳ぶ。

 射出された弾丸は藤吉郎の頭蓋を穿ち、今度こそ、彼の哀れな肉細工を活動停止に追い込むだろう。藤吉郎の脳裏で、M街の自宅での思い出が走馬灯のように駆け巡った。

『おとうさまー』

 遡ること十五とせ、各務家では暖かい日常が繰り広げられていた。願わくばずっとあの暮らしの中で生きていたかった。もっと萌え4コマみたいな日々を垂れ流していたかった!

 そう、彼は編集者ではなく、本当は漫画家になりたかったのだ!




『えむがいのカガミさん』

 作:tou☆kichi




【其の壱】


 ○M街の豪邸

 M街は都心にも関わらず華やかさとは打って変わった、都会らしくない不思議な街。その一角に位置する邸宅では、今日も穏やかな一家団欒が繰り広げられています。

 私は各務かがみ藤吉郎。この豪邸の当主です。美しい妻と中学生のかわいい娘たちに囲まれて――。

「親父、にやけてんのマジきもい」

「な……!?」

 柚菜ゆずなの鋭い一言。続いて長女と次女の言葉のナイフが私を襲いました。

「お父さん、参拝の時間でしょ! サボらないで!」

「……パパ、ちょ、ちょっとお口臭ってるよ……」

 私のライフはもう限界ゼロよ……。


 ○父の扱い

「もう音菜おとなも中学生だし、一人で行けるんじゃ……」

「信じられない! 迷ったらどうするのよ。お父さんっていつもそう。だいたいこの前だって――」

 長女の珠菜たまなはしっかり者ですが、ここ数年当たりがきつくなってきました。中学生も板が付き、ますます妻の秋菜あきなに似てきたようです。

「あは、珠菜ねーさんの言う通りだね! この家の力関係ってこんな感じじゃん?」

 そう言っていつの間に用意したのか、三女の柚菜が取り出したのは細長い紙に書かれた各務家の序列。ほう、どれどれ。末っ子で、何事においても優先される音菜が筆頭なのは良いとして……。

『音菜→かーさん→珠菜ねーさん→あたし→瑛菜えいなねーさん→御神体→→→→親父』

「パパ、無生物より立場低いのかい!?」

 各務家は女系なのです。


 ○めっためた

「てゆーかぁ、親父が語り部やるの自体おこがましいよね」

「柚菜っ!? この話の根幹を揺るがすようなことを言わないで!?」

 三女の柚菜は、昔から遠慮というものを知りません。読者モデルの仕事があるので派手な金髪と両耳のピアスは大目に見ているけれど、パパはせめて、もう少し乙女の嗜みを覚えてほしいと思うのです。例えば次女の瑛菜を見習って――

「そうよ」

 ぼそっと低い声で呟いたのは、他ならぬ瑛菜です。私は背筋がぞくっとするのを感じました。眼鏡の奥で目が光ったのは気のせいでしょうか。

「最近は男キャラ出しただけで殺害予告受けるし、背景に男がいただけでアンケート下がるし……」

「瑛菜ねーさんって、たまに妙に迫力あるよね」


 ☆きゅうけい

「まあ、とりあえず親父はクビってことで」

「そんなぁ」

 というわけで、ここからはわたくし・おとがナレーターを務めさせていただくのです。



 改めまして【其の壱】


 ○四女・音菜

 音はピカピカの中学1年生。今年から、3人のおねえさまと同じ女学校の中等部に通えます。音はこの家では一番年下(柚ねえさまは音の双子のおねえさまですが)。若輩の身ゆえ、たくさん学ばなければなりません。音は、「一生懸命」が座右の銘なのです。

「音菜は本当に賢いわね~。同じ中1でも誰かさんとは大違い」

「鬼の珠菜ねーさんも末っ子にはデレデレだ」

「なんですって」

 あわわ、大変です。2人はよくけんかをします。どうしよう、このままねえさまたちが嫌い同士になっちゃったら……。

「えぐっ、ぐすん」

「あらあ、音菜ったら泣いてるの?」

「参ったなあ……ごめんよ、けんかやめるからさあ」

 音は目汁を拭いながらほっとしました。やはりこういう時は目薬に限ります。


 ○長女・珠菜

「しゃあない、お父さんは使い物にならないから、音菜。私が一緒に行くわ」

「ありがとうございます」

 ひどいよう、と書斎から父さまの声が聞こえた気がしましたが、しっかり者の珠ねえさまは無視しました。二人で地下へと向かいます。

 各務家の長女・珠ねえさま。中等部の生徒会長を務めています。ベリーショートの黒髪が麗しい、自慢のおねえさまです。凜と背筋を伸ばして歩くお姿は憧れます。

「なあに? 私の顔になにか付いてた?」

「い、いえ。これは失礼しました……」

「ふふ、音菜ってたまに瑛菜みたいになるんだから」

 音は顔を赤らめたまま俯いてしまいます。珠ねえさまはそれはもう、珠玉のごとき美しさで、音などは見つめられるともう固まってしまうのでした。


 ○次女・瑛菜

 各務家には地下のカタコンベの入り口があります。その洞窟の奥に、御神体が祀られているのです。

「いけない、生徒会の用事があるんだった……あ、ちょうど良いところに瑛菜。手伝ってあげて」

「う、うん……分かった」

 瑛ねえさまは珠ねえさまの双子の妹。長く伸ばした烏の濡れ羽色の髪はとても美しいのですが、背筋を曲げているので勿体ないとも思うのです。「瑛」も宝石を表す漢字ですが、「えい菜」と揶揄する不届き者もいるとか。失礼なことです。

 瑛ねえさまは博学多才、萬に精通していらっしゃるので、音は疑問に思ったことを訊いてみました。

「瑛ねえさま、どうして我が家では御神体があるのですか? クラスのみんなは不思議がりますよ」

 一瞬、ねえさまの表情に影が差した気がしました。いけないことを言ってしまったかと思い、音は背筋が冷えたのでした。


 ○御神体

「え? 他の家はないの?」

「え」

 瑛ねえさまは予想外の答えを口にしました。きょとんとした瞳が音を捉えます。そして、見る間に瞳が濁っていきます。

「そっか……。わ、私、友達とかできたことないから……疑問にも思わなかった。

 音菜は……中学のお友達とそういう話もするんだね……。お豆腐メンタルの私とは違って……じ、自慢の妹だわ……」

 御神体のある地下へと続く廊下がにわかに暗くなっていく気がしました。ねえさま、なんだかすみません。


 ○三女・柚菜

「うっわ暗っ! 照明壊れてんの? 日食が始まったの? あ、瑛菜ねーさんが落ち込んでるだけか。アハハッ」

 追い打ちをかけるようなことを言って現れたのはウェーブの柚子色の髪がまぶしい柚ねえさまです。私……恥の多い人生を……などとうわごとを発し始めた瑛ねえさまに代わり、柚ねえさまが手伝ってくださることになりました。

 柚ねえさまは音より30分早くこの世に生を受けたおねえさまです。読者モデルの仕事をなさっていて、いつもキラキラしています。憧れてしまいます。

「音も、柚ねえさまみたいにキラキラ輝けますか?」

「余裕っしょ! カガミの令嬢なんだからねー」

「……! うれしい。じゃあ音も髪を染めてお姫様みたいに――」

「それは珠菜ねーさんに殺されちゃうから諦めてね」

 あたしのためを思うなら、と柚ねえさまは苦笑いしたのでした。


 ○カガミさん

「とうちゃーく」

 入り組んだ地下回廊を歩いて、音たちは目的地にたどり着きました。お家の敷地の中心、その地下洞窟深くに位置する、20畳ほどの座敷。奥の祭壇には各務家の「御神体」が飾られています。

 御神体は巫女装束の人形で、音と同じくらいの背格好です。精巧に作られていて、なぜか音とそっくりの顔つきです。

 音たちはひざまずき、祝詞を唱えました。


「各務の娘写し 生き人形

 はらへたまへ きよめたまへ

 まもりたまへ さきはへたまへ

 かしこみかしこみももーす」


「うむ、ご苦労である!」

 高い声が音の鼓膜を揺らしました。それはおかっぱ頭の少女の人形のものでした。

「ふふ」

「え、音菜、今笑った?」

「すみません、柚ねーさま」

 音はカガミさんに目くばせします。各務家の御神体は、音とお話ができるのです!


 ○人語を解す傀儡

 柚ねえさまは音が吹き出したのを見咎めました。

「だめだよ音菜―。いちおう御神体なんだから、不気味でも我慢しなさいよね。ふふ」

「なにをー! 誰が不気味じゃ」

 というかお主も笑っとるやないかー、と変なイントネーションで御神体カガミさんがプンスカと地団駄を踏み鳴らしても、柚ねえさまは気づいていないようです。そう、カガミさんは話せるし動けますが、音にしか認識できないようなのです。おとうさまやおかあさま、他のねえさまたちにとっても、ただの人形のようにしか見えないのです。


 ☆きゅうけい

 これは音とカガミさんの、不思議なお話――。




【其の弍】


 ○カガミさんの日常

「――かしこみかしこみももーす」

 各務家の御神体は、音にだけ意思を伝えることができます。彼女は自らを「カガミ」と呼ぶよう音に命じました。今日も2人だけでお話をします。

「カガミさんは普段、どんなことをしているのですか?」

「ずっとカタコンベにおる! お主ら4姉妹が学校に行っている間は上に出ても仕方がないからの」

 どうせ藤吉郎しかおらんし、とカガミさんは口をとがらせました。

 今日みたいな休日は、カガミさんはしばしば家の中を歩き回って音と遊んでくれます。ねえさまたちとの会話を横で聞くこともあります。

「ねえさまたちが家庭科の宿題でお菓子作りをしているんですよ」

「うむ、案内せい」

 音たちは手を繋いでお台所へ向かいました。


 ○数えるほどで

 3人のおねえさまは話に花を咲かせているところでした。ちょうど待ち時間のようです。

「ねえさま。首尾は上々ですか」

「おうよ音菜。あとちょっとで完成だからねー」

 柚ねえさまの言葉に、珠ねえさまは眉をひそめました。

「せっかちね。さっき冷やし始めたばかりじゃない」

「ふん、珠菜ねーさんったら、あたしの完璧な体内時計にケチをつけるっての。もう数えるほどで――」

「あと3分……」

 キッチンタイマーを確認した瑛ねえさまの控えめな声で、しばらく場が静まりかえりました。

「――ひゃくななじゅう! ひゃくろくじゅうきゅーう!」

「柚菜は意固地じゃな」


 ○瑛菜よ、すまぬ……

 無事にお菓子は出来上がり、優雅なお茶会が始まりました。

「むむー、妾を差し置いて楽しそうじゃの。けしからん、『瑛菜、余興をせよ』」

「ねー音菜、今から瑛菜ねーさんが一発ギャグしてくれるわよ」

「え」

 カガミさんは不思議な力で人を操ることができるのです。しかも命令は音以外には認識されず、自然な流れで実行されます。

 さて、瑛ねえさまは普段に増してモジモジと身体をくねらせました。くどいくらいに勿体をつけてから、

「助詞、助動詞……挙動不審」

 ぼそりと呟きました。

「――た、大変! 瑛菜が、お誕生日会で演し物した時のトラウマで倒れたわ!」

 瑛ねえさま、強く生きて。


 ○イイこと

「珠ねえさまは、最近良いことありましたか」

「なによ急に」

「宿題なのです。家族から聞き取り調査をするようにと」

「私はないわね。模試の成績もまだまだだし」

「あるじゃん、とっても『良い(イー)』判定の模試結果が」

 珠ねえさまは柚ねえさまに怒りのヘッドロックを極め始めました。

「ああ、イイ……」

「いかん音菜、止めさせるのじゃ! おぬしの姉が変態になってしまう!」

「大変です!」


 ○手遅れ

 そうこうしているうちに瑛ねえさまが回復を遂げたようです。

「瑛ねえさまは?」

「わ、私は……パソコンで、自分の名前とか名字が一発で変換できるようになったの」

「それは良いことですね」

 瑛ねえさまは恍惚の表情を浮かべました。

「でしょ……ペットを調教できたみたいで気持ちいい……ふふ」

 黒髪を揺らしてうふふと笑う様には、さすがに不気味さを禁じえなかったのです。

「すでに変態はおったようじゃな」


 ☆実録! カガミさんは見た

「妾は目撃しまったのじゃ……しっかり者と思っておった珠菜の部屋一面に、音菜の隠し撮り写真が貼ってあったのを……」

「わあ、音は愛されているのですね!」

「偏愛じゃぞ?」


 ○秋菜おかあさま

「ただいまー。疲れたわあ」

「おかえりなさい、おかあさま」

 夜になって、秋菜おかあさまが仕事から帰ってこられました。スーツを着こなしてバリバリ働くおかあさまは、音の憧れです。そこへ専業主夫のおとうさまが現れました。

「秋菜~お疲れ様っ。お風呂にするかい? ご飯を食べるかい? それとも、わ・た・」

「音菜にする~」

 おかあさまはおとうさまを張り倒すと、音をぎゅっと抱きしめました。

「おかあさま、くすぐったいのです」

「癒やされるわあ。食べちゃいたい」

 髪を撫でてくれる柔らかい手が、音は大好きなのです。


 ○御神体ロマンス

「お主の両親は仲が悪いのう」

「カガミさん、そんなことはありません。ほら」

 音は胸を張って証拠を示しました。おとうさまは足蹴にされてもめげず、むしろ嬉しそうに息を荒げています。

「誇りの欠片も無いものを誇らしげに見せびらかすでない。やはり各務かがみの守り神としては見過ごせんな。家庭の危機じゃ」

「そんな! カガミさんの力でなんとかなりませんか!?」

「まだ間に合う。妾の力を持ってすれば、お主に妹か弟を授けるくらい容易いことじゃ」

 数秒後、音の顔は真っ赤になってしまいました。


 ○罰ゲームはラップ

「にーらめっこしましょ、笑うと負けよ、あっぷっぶふぉ!」

「はい瑛菜の勝ちー、柚菜の負けー。YOU LOSE縮めてユ・ズ、yeah…」

 瑛ねえさまは最強です。誰もかないません

「瑛菜ねーさんは笑いのツボが常人とはちげーな、しかもめちゃくちゃ変顔えーな」

「攻守において隙なしですね」

「音菜もやってみなさいyo、大人は酒やって皆さん酔う」

「がんばれ〜、音菜〜!」

 良い感じにほろ酔いのおかあさまの黄色い声援で、音は勇気が沸いてきました。

「分かりました、おかあさま。ウラギリモノに死を! ラップ? のんのん、変顔製造機はスクラップにしてやります! ねえさまがたの仇は音が討ちまふっホォ!」

 瑛ねえさまは最強death(デース)! だあれも敵いmachine(マセーン)


 ○授業参観

「そういえば最近の授業参観って、我が子が頑張っている姿を見せるために、答えが分かっていない子にも手を挙げさせるんですって」

「でもかーさん、先生はどうやって答えが分かる子を見分けるの?」

「答えが分かる子には右手、分からない子には左手を挙げさせるのよ」

 なるほど、音は感心してしまいました。

「でもかーさん、そのうち親に気付かれるんじゃないの?」

「そう。だから瑛菜のクラスの担任ったら、答えが分かる人は変顔するように言ったのよ」

「それ、担任は無事だったの?」

「無事じゃないわよ。吹き出しながら答えを促したんだけど、瑛菜ったら変顔解除するの忘れてたみたいでさ。なに言ってるか分からなくて、今度こそみんな大爆笑。だって『ふがふがふが!』って」

「あはははは!」




【其の参】


 ○健康診断

「やっば、遅刻遅刻~」

「こら柚菜、身体に悪いですよ」

 柚ねえさまは朝食を抜いて出て行こうとします。秋菜かあさまが咎めますが、柚ねえさまは意に介しません。

「かーさん、今日は身体測定があるのよ。通知表は年3回更新されるけど、これは1年残るんだからね!」

「まずい、私も遅刻だ~」

「親父はずっと家にいるじゃん。ていうか朝食は?」

「今日は人間ドックの日なんだよ」

「どっく? とやらは分かりませんが、さすがおとうさま! 幾つになっても乙女の心を忘れない、音は敬服しました」

「こんな乙女がいてたまるか」

 カガミさんはつれないのです。


 ○氷菓がおいしい季節です

「うわー、めっちゃ体重増えてた! やっぱあたしもダイエットしなきゃ。アイスは2日に1回だけにする! 音菜、今日は何日?」

「26日です」

「じゃあ偶数日にしよう」

「そんなことで成功するのかの」

 カガミさんがぼそりと呟きました。

「でもそれだと月末は2日空くことになってしまいますよ?」

 31日の次は1日ですから。

 しばらく柚ねえさまは苦悶の表情を浮かべ、冷蔵庫に手を伸ばしました。

「やっぱ奇数日だけにする! 明日から」

「意志薄弱じゃな」


 ○五臓六腑も知っています

「そんなことで痩せようなんて、片腹痛いわ!」

「うわあ、酔っ払いが出よった」

 カガミさんは臭いに顔を顰めました。でも音はおかあさまが心配だったので、鼻をつまみながら質問しました。

「おかあさま、肝臓の具合が良ろしくないのですか……?」

「音菜、よく臓器の場所なんて覚えているわね」

 珠菜ねえさまは苦笑いしました。

「うふふ……。音菜、本当に肝臓が傷むとね、片腹じゃなくて肩が痛くなるのよ……」

「……」

 おかあさまの迫真の表情に、音もカガミさんも、返す言葉がなかったのです。


 ☆大解剖! カガミさんはここがスゴイ!

「まるで生きているかのような肌触りに加え、温もりも再現! 実は上の三姉妹は隠れて妾を抱きにくるほどじゃ! 音菜には内緒じゃぞ?」


 ○教習

 今日は学校をお休みして家族でお出かけです。おとうさまは運転ができないのでおかあさまがハンドルを握ります。すると性格が変わります。

「ちっ、また教習車かよ。邪魔だなあ」

「まあまあ、母さん……」

 なだめるおとうさまはえらいのです。

「でもよぉ。天下の往来使って金儲けしてるのよ?」

「すごい発想」

「ははは、でもさ、誰もが通った道なんだから」

 おかあさまの憤慨は収まりません。

「みんなが通行する道だから邪魔なのよ」

『いやそういうことじゃないわ!』

 いつもなら鋭いツッコミを入れるはずのカガミさんは、今日はお留守番です。


 ○季語は秋刀魚

「おとうさまとおかあさまは、どのようにして知り合ったのですか?」

「あれは運命的な出会いだったわ……」


 ――10数年前。藤吉郎は芸術家を目指す苦学生だった。彼は美しいクラスメートに見惚れた。

「あの、秋菜さん。今度お茶でもしませんか」

「すみません、失礼ですが、どちらさんま?」

「傷つくことを俳句風に言わないでくれるかな」

「あらごめんなさいね。じゃあさようなら」

「いや短歌風に去ろうとさないで」

「は! 私としたことが、字足らずね」

「君に足りていないのは優しさだよ」


 ○馴れ初め

「まあそんなこんなでお付き合いすることになって。初デートは宮島だったのよ。広島の生牡蠣はたまらなかったわあ」

「いいなあ」

「でもおとうさんだけ当たっちゃってね」

「あら」

「帰りのフェリーで、そりゃあもう法隆寺の鐘みたいな音ずっと響かせてんの。恥ずかしかったなあ」

「牡蠣食えば、腹が鳴るなり」

「大惨事じゃん」


 ☆きゅうけい

 かーん、かーん、かーん……。

 その時、本当に鐘の音が聞こえてきました。不安を沸き起こさせる響き。非常事態を知らせるそれは、

「火事だ」

 音たちがやってきた方角から、黒い煙が立ち上るのが見えたのです。




【其の肆】


 ○燃えた我が家

「おかあさま! 車を停めてください!」

 秋菜おかあさまは何も言わずブレーキを踏みました。ねえさまたちも黙っています。不気味なまでの沈黙に耐えかねて、そして言い表せぬ焦燥感に胸を焦がされ、音は後部座席から飛び出しました。

 家へ。音たちのお家に戻らないと! だって、あそこには。

 すでに屋敷は火に包まれていましたが、音は躊躇せず足を踏み入れました。助けなきゃ……!

「カガミさーん!」


 ○珠菜

 外見に反して、家の中はまだ火の手は控えめでした。地下通路へ急いでいると、前方を塞ぐ人影が見えました。

「どうして……珠菜ねえさま?」

 憧れの麗人によく似たソレは、手足をピーンと伸ばし、口から涎を垂らしていました。

「音菜、早くカタコンベに行きましょう!」

 壊れたテープのように繰り返すたびに飛沫が音の顔を濡らしました。たまらず、音は逃げ出しました。


 ○瑛菜

 迂回した先に、変顔が現れました。福笑いみたいに、パーツがバラバラに付いていました。

「ひっ」

「怖がらないで。私は瑛菜よ」

 憧れの賢人によく似たソレは、言葉を発するたびに目鼻唇が別個の生物のようにモゾモゾと這い回りました。

「こっちへおいでえぇ」

「や、やだぁ」

 音は駆け出しました。ひどいよう、と書斎から狂ったように叫ぶおとうさまの声が聞こえてきましたが、無視しました。


 ○柚菜

「うっわ暗っ。停電? 日食? あ、ピアスにしたからか」

 憧れの佳人によく似たソレは、ぽっかりと空いた眼窩をこちらに向けました。両耳の下に垂れ下がっているのは、白い球体でした。

「もうやめて……」

「その声は音菜! みぃつけた――」

 飛びかかってきたソレは、次の瞬間脳天を撃ち抜かれました。

「まったく、ろくでもない人形たちね」

 拳銃を片手に現れたのは、秋菜おかあさまでした。もう片方の手は、いやいやをするカガミさんの髪を鷲づかみにしていました。




 改めまして【其の屍】


「あーあ、せっかく巻き込まれないようにお出かけしたのに……」

「逃げるのじゃ、音菜! こやつは鬼じゃ!」

「どうして」

 音はおかあさまを見上げました。頭が混乱していました。どうしてカガミが見えているの? 手に持っているのは拳銃? おかあさまは、この事態を知っていたの……?

 おかあさまはカガミさんを銃で殴りつけます。すぐにカガミさんはぐったりと喋らなくなりました。

「安心して。こいつらは街から集めてきた身代わりよ。あなたの『姉たち』はまだ車に乗っているわ」

「でも、人を殺めるなんて」

「あはは! こいつらはただの人形よ。本物のあなたとは違うの。可愛い音菜……」

 おかあさまが頭を撫でてくれて、音は身体の力が抜けました。優しい手つきが、音はとっても大好きなのです。


「M街は紛い者の街。擬態した傀儡人形の兵士が、来たるべき決戦の時に蜂起する。すべては大いなる目的のために」

「音菜、あなたは選ばれた子。カガの血を引く巫女。儀式の末にあなたは完成される」

「儀式には血を分けた贄が必要。あなたの兄がそうよ」

「幼い頃から少女の人形として育てる……周りの人間もそう接する。本人すらも自らが人形と思い込むように」

「我が儘なお兄ちゃんね。自分がなんでもできると思い込んで。周りが合わせていただけなのに」


 おかあさまの言葉は子守歌のように気持ちよく、内容が頭に入ってきました。そうか。音は選ばれた子供……。


「騙されるでない、音菜!」


 カガミさんの大音声で我に返ります。そうだ、カガミさんを助けに来たんだ。

「最期まで騒々しい息子ね。時間よ。贄の血を捧げることで、依り代と一体化させる」

 おかあさまは銃口をカガミさんに向けました。

 音のやるべきことは、依り代なんかになることではありません。音にとっての大いなる目的は、もう決まったことなのでした。

 放たれた銃弾は、カガミさんを突き飛ばした音の頭蓋を穿ち、血肉を床に散りばめたのでした。


「音菜―!」


 カガミさん――いや、各務家の長男・霧人の絶叫が屋敷に響き渡った。

「うそ……計画が……いや。()()()()()()()()()。性別は違えど、こいつも音菜と同じカガの血を引く子……」

 秋菜は巫女装束の息子の顎を鷲づかみにすると、無理矢理に口を開かせた。贄の血肉を摂取させるために。

「藤吉郎! さっさと手伝いなさい! こいつを依り代にするわよ――」

 次の一手を進める秋菜の声は、しかし霧人には届いていなかった。彼は慟哭し、血を分けた妹の死を悼んでいた。まだ温もりを宿す頬には、透き通った本物の涙が一筋。


『大丈夫。音がそばにいますよ。お兄さま』




 ――あの日藤吉郎は誓った。もう二度と、娘を犠牲にはしない。

 これで楽になれる。瞼を閉じた刹那、彼に光が差した。

 ()()()()()()()()()()のだ。

「ちょーっと待ったぁー!」

 射線上に乱入した白い影。銃弾はシルクの生地に触れた瞬間消失した。手品か、奇蹟か。突如車内に姿を現したのは、丸眼鏡に無精ひげの店主。

「ずっと見ていましたが、死んで花実は咲きませんよ! 早まらないで下さい!」

「まさか、君は」

 藤吉郎は目を見開いた。その頭部を柚菜がキャッチし、抱きかかえる。助手席の瑛菜も、引き金に指をかけた珠菜自身も、突然の闖入者に驚愕していた。

 その人物こそは。

「雅楽川さん……!」

「これで借りは返しましたよ、鷹野橋さん」

 後部座席に突如として出現した雅楽川はますます輝きを増した。

「うお、まぶしい」

「おかしい! お前はゾンビになったはずよっ!」

 珠菜の叫びも、彼の前ではむなしく響いた。黒いエプロンが似合っていた姿は、今は白を基調とした衣装に包まれている。

「いいえ、私は転生したのです……聖天使・ウタエルへと!」

「聖天使ウタエル」

「みなさん、仲間割れをしている場合ではありません。萌え4コマを描いている時でもありません。ついに封印が解かれようとしている」

 その時、4人と1天使の乗った救護車両を叩く音がした。窓に次々と手形が張り付く。ひ、と瑛菜が身をよじった。

 外には無数の黒く変色した人間のなれの果てが群がっていた。

「計画通り、M街の住人マガイモノ全てがゾンビと化し、首都は阿鼻叫喚の地獄絵図です!」

「なんだってぇ!?」

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