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ミステリーリレー小説2021『カガミの呪い』  作者: ミステリーリレー小説2021「ホラー×ミステリー」参加者一同
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第22話 共同戦線と決裂 (真波馨)

 雨粒が車窓に叩きつけ、その音が五人を乗せた車の中に大きく響いている。誰もが沈黙を貫き、各々が思考の渦にはまり込んでいるようだった。

 ステアリングを操る小田切刑事は、精悍な顔を前に向けたまま唇を真一文字に結んでいる。助手席に座る前橋警部は、頬杖をついて窓の外に視線を向けていた。一方後部座席では、志乃河創一郎は両膝の上に手を置き、視線を助手席の背もたれに固定させている。倉敷は唇を指でなぞりながら、眉間に小皺を寄せていた。その二人に挟まれた霧音はというと、両手をぎゅっと握りしめて体を強張らせた状態だ。この警察車両を外から見た者がいるとすれば、麗しい少女が何かとんでもない事態を起こして警察に連行されているのかと感じただろう。

「――ひとつ、私から提案があるのですが」

 車が赤信号で一時停止したとき、おもむろに沈黙を破ったのは特別公安課の倉敷だった。

「これから我々が向かう先には、誰もが予想できないほどの邪悪な存在が待ち受けています。そして、その邪悪で強大な存在と我々は対峙しなければなりません」

 バックミラーの小田切と、後部座席の霧音の視線がちらと倉敷に向けられる。

「そこで今最も重要なのは、我々が揺るぎない協力体勢を作り上げておくことです。もちろん、今回の件に関して五人それぞれが異なった考えを有していることは理解の上ですし、立場も違います。誰かの意見に共感する必要も、仲良しこよしになる必要もありません。ただ、ここから先は我々全員が同じ方向に目を向けて動かなければ、カタコンベの災いを防ぐことは難しいでしょう。誰かひとりでも方向転換をしてしまえば、協力体勢は崩壊しそれは同時に首都崩壊さえも招く恐れがある」

 雨宮一族がカタコンベを封印する組織から寝返り、各務家を崩壊させたように――と、倉敷の口調は先を続けたがっているようでもあった。だが、彼はそこで言葉を切って周囲の反応を窺った。最初に口を開いたのは、助手席の前橋警部である。

「警察側からすれば、首都崩壊なんて言葉を持ち出されたら嫌とは云えねえな。残念ながらこの一件は、俺たちの力だけじゃとてもじゃないが収拾がつけられない。敵が人間ならこっちで何とでもしてやるが、残念なことに人外の存在が絡んでいる事実をこの目で見ちまったからな」

 上司の言葉に、運転席の小田切が僅かに顔をしかめる。ゾンビのような雅楽川の遺体、屍と化したにも関わらず起き上がった監察医が脳裏に蘇ったのかもしれない。

「力が及ばない点については、こちら側も同じですよ」倉敷が小さく頷く。「だからこそ、この五人で共同戦線を張る必要があるのです。そしてそのためには、全員が一定の共通理解を有していることが大前提。警察という組織に属しているあなた方ならおわかりいただけるはずです」

 あなた方、というところで倉敷は前方の刑事二人を交互に見る。バックミラー越しに小田切の頭が小さく動いた。助手席からは、ふんと鼻を鳴らす音。その反応を肯定の意と受け取ったらしい倉敷は、そのまま後部座席の二人に視線を転じる。

「志乃河創一郎さん。カタコンベの災厄を封じたい気持ちは、あなたが誰よりも強いはず。そして、幸いなことにその点は我々と共通している。あなたの理解と協力がなければ、カタコンベに潜む禍根を断ち切ることは限りなく不可能です。無論」

 ちら、と霧音を一瞥する倉敷。「志乃河霧音さん。あなたも同様ですよ」

 陰陽師の男は険しい表情で倉敷を見据えていたが、ふっと吐息をもらすと頭を少し傾け霧音と目を合わせる。

「霧音。本来ならばお前をここまで巻き込むはずじゃなかった。だが、こうなってしまった以上何を云っても後の祭りだな。S市のカタコンベは今や、首都を崩落させる可能性を秘めたパンドラの箱だ。その箱に手をかけようとしている者がいる。私たちは、その箱をなんとしてでも封じなければならない。そのためには、お前の力が不可欠なんだ。それは判ってくれるね」

『ストレンジテイル』で霧音を世話していたときの優しい伯父の顔で、創一郎は少女に語りかける。

「正直、この先に私たちを待ち受ける奴らはこれまでにないほどの凶悪な力を持っているだろう。あるいは、私たちの力でどこまでお前を守れるか……だが、少なくとも私は自身の身を投げ打ってでもお前をカタコンベの呪力の餌食にはさせないつもりだ」

 霧音は俯いた。震える拳をゆっくり開き、開いた手を胸に当て深呼吸する。

「大丈夫かい、霧音」

 創一郎が少女の顔を覗きこむ。うんと云いかけたとき、胸に宛がっていた手をふとコートの中に入れてみた。咄嗟に隠した、粟田口の短刀の柄が指先に触れる。

「悠玄さん……」

 自らの危険を顧みず、霧音をM街のカタコンベへと導いてくれた僧侶。今際に少女への秘めた想いを打ち明け、この世を去ってもなお身守り続けると告げてくれた青年――長い息を吐き出し、霧音は顔を上げて『ストレンジテイル』の店主をしっかりと見返した。

「伯父さん。私は大丈夫だよ。正直、まだ自分の中でいろいろと整理できていないけれど……それでも、カタコンベの封印を解けばとんでもない事態が起きること、そしてその鍵を握っているのが私の存在であることくらいは、ちゃんと判ってる」

 短刀の柄を力強く握りしめ、少女はきっぱりと告げた。

「私は、S市のカタコンベに行くよ。そこで私のすべてと決着をつけたいの。そしてカタコンベの災いは絶対に防いでやる。向こうの思うようにはさせない」

 その決意表明が、五人の結束を固めたようだった。倉敷は僅かに口角を持ち上げると、

「決まりみたいですね。では、決着の地を訪れる前に作戦会議を開きましょう。まずは情報共有からです」



 同時刻。都内の一角、人気のないパーキングスペースに停められた救護車両の中では、因縁の再会が果たされていた。運転席に座りながらも体を後部座席に向けた女は、右手に拳銃を握りしめている。その銃口の先には、金髪で派手な身なりをした一見すると性別不詳の人物が、悠然と腰かけていた。運転席の女は迷彩柄の服を着込んでいるため、自衛隊員が凶悪な犯罪者を銃で説き伏せようとしている構図に見えなくもない。

「珠菜ねーさん。いい加減、その物騒な物は仕舞ってよ。あたしは珠菜ねーさんを傷つけたくないんだ。これでも一応、血の繋がった姉妹ってことになってんだからね。ここにはおとーさんもいるんだし」

 金髪の人物は、隣のバラバラ遺体を見下ろす。とても生きているようには見えない屍に「おとーさん」などと呼びかける様子は異様だが、当人はいたって冷静な口調だ。

「それに、感動的な家族の再会に血みどろの絵面なんて相応しくないでしょ。ね、()()ねーさんもそう思わない?」

 助手席で、華奢な肩がぴくりと動く。「珠菜ねーさん」こと北野環稀(きたのたまき)は、運転席から後部座席に向かって「黙りなさい」と恫喝の声を発した。

「あなたが志乃河の側の者だと判った時点で、健全な解決は望めないのよ。残念だったわね、柚菜――いえ、今のあなたは須藤ユズルね。それとも『楪』と呼んだほうがいいのかしら」

 銃の引き金に手をかけたまま、環稀は吐き捨てる。何やら呼称の多い金髪の人物は、ひょいと肩を竦めてみせた。

「今のあたしたちは、各務の人間として再会しているんだ。せっかくなら各務の名で呼び合おうよ、珠菜ねーさんに瑛菜ねーさん――それとも、八辻栄子に慣れちゃったかな」

 助手席の女が、後部座席を振り返った。細い黒のリボンで長い髪をひとつに束ねた八辻栄子――もとい各務瑛菜は、金髪の人物に忌々しい視線を投じる。その唇が微かに動き、「ウラギリモノ」と呟いたのを各務柚菜は見逃さなかった。

「裏切り者ってのはひどいなあ。そもそも、あたしは誰の味方でもないんだよ。ただ各務家に関わった以上、起きたことに対してはケジメをつけておきたいんだ」

「そのケジメが、私たちの目的を邪魔しているのだと理解できていないようね」

 各務珠菜は、銃口越しに金髪の妹を睨み据える。その声色は「いつでも引き金を引けるのよ」と暗に脅しているようでもあった。

「カタコンベを封印し、首都(まち)を守りたいなんて結局は建前なのよ。あの場所には、神をも凌駕するほどの力が眠っている。あそこを解放すれば、首都どころか日本という一国さえ思いのままに支配できるのに。それを知っていながらカタコンベの魔力を封じるなんて……結局、自信がないだけでしょ? 自分たちには、そんな力を操り制御できるほど能力が備わっていないと。でもね、それは宝の持ち腐れよ。もともとこの国はとうの昔に腐敗しているのだから、カタコンベの力を借りることで腐りきった国を再建すればいいだけのこと」

「それは、かーさんの受け売りでしょ。珠菜ねーさんは洗脳されているだけなんだよ。カタコンベを解放したところで、国を変えるなんてことはできっこないのに」

「黙りなさい!」

 ガチャ、と拳銃を持ちなおす音。銃口と柚菜との距離が縮まった。金髪の女は大袈裟に肩をそびやかしてみせる。

「各務の屋敷にいたときから、私はあなたが気に食わなかったのよ。表面では姉妹を演じていても、決して相容れることはないと感じていたわ」

「そりゃ残念。あたしは、あたしなりにねーさんたちと仲良くしたいつもりだったけど」

「どの口がほざいているんだか」

 唾を吐くように云ってから、珠菜の白く繊細な指先が引き金を撫でる。

「あなたをカタコンベまで人質として連れていくつもりだったけど、気が変わったわ。あなたがいても、私たちの目的達成を阻む障害になるだけ。悪いけれど、ここで退場してもらう」

 迷彩服の女の鋭い視線と銃の先が、標的(ターゲット)にぴたりと狙いを定める。

「お別れよ、柚菜」

 破裂音が車内に轟いたのと、白いエプロンが宙を舞ったのとは同じタイミングだった。

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