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ミステリーリレー小説2021『カガミの呪い』  作者: ミステリーリレー小説2021「ホラー×ミステリー」参加者一同
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第21話 イン・ザ・レイン (水沢ながる)

「霧音? 霧音か?」

 足音の主は、聞き知った声で呼びかけて来た。それを聞いて、霧音は構えていた短刀を思わず下ろしていた。

「伯父……さん?」

 霧音の前に姿を現したのは、確かに志乃河創一郎その人だった。身内の登場に、霧音は安堵した。

「霧音……無事か」

 創一郎は霧音の手を取り、立ち上がらせた。異様な体験ばかりの今日、やっと落ち着けた気がする。少しふらつきながらも、霧音は地面を踏みしめた。

「悠玄君は……」

 辺りを見回していた創一郎の目が、霧音の持つ粟田口の短刀に止まった。それで彼は、全てを察したようだった。

「……そうか。彼は逝ったか……」

「伯父さん、あのお坊さんを知っているのね」

 思わず、霧音は思った言葉を口にしていた。創一郎が悠玄というあの若い僧を知っているということは、創一郎も彼の仲間なのだろうか。

 そう思うと、よく知っている筈の伯父も知らない人物に思えて来る。いや、悠玄の言うことが本当であれば、創一郎は実は自分の伯父ですらないことになる。

「伯父さん。あなたは何者なの? 作家で、ストレンジテイルのマスターというだけの人ではないんでしょう?」

「それは……」

 創一郎は少しだけ口ごもった。

「それは我々も聞きたいところですな」

 不意に、入口の方から違う声が聞こえた。見ると、見知らぬ中年の男と若い男のコンビが入り込んで来ている。前橋と小田切の二人だった。前橋は鋭い眼で霧音達を見据えているが、小田切は辺りの空間の異様さに圧倒されているようだった。

「あなたは?」

「ああ失礼、我々はこういう者です」

 前橋達は警察手帳を見せた。

「前橋と申します」

「小田切です。あなた方は志乃河創一郎さんと、志乃河霧音さんに間違いありませんね」

「……警察に話すことはありません」

 創一郎は霧音をかばうように立ちふさがり、刑事達に向かって言い放った。だが前橋は臆することはなかった。

「そうは行きませんや。あなた方が何を守っているのかは知りませんが、この一件の影響は広がりつつある。市民の生活を守る立場としては、見逃す事は出来ない。……特に、そちらの」

 前橋の視線が霧音の方を向いた。霧音はびくりとして創一郎の陰に隠れようとした。

「志乃河霧音さん――いや、各務霧人さんが何らかの重要な役割を担っているようだとすれば」

 各務。それは、悠玄からも聞いた名前だ。霧音の中に、おぼろげな記憶がよみがえる。各務家。父。母。妹達。妹……いや、自分? 霧音の中で何かが混乱した。

「そこまでつかんでいたのか……」

 創一郎が小さく呟いた。

「だが、今の霧音に何を訊いても答えられませんよ。『霧音』になった時点で、全ての記憶は封じられている」

「それはどうでしょう。封じているだけなら、解き放つことも可能だと思いますが」

 解き放つ。その一言が霧音の記憶を揺さぶった。あるいは、精神の奥深く沈んだお兄様が反応したのかも知れない。

「封印が……解かれようとしている」

「霧音?」

「お坊さんが……言ってた。カタコンベの封印を解こうとしている人達がいるって。――それはわたしの母親、秋菜という人だって」

「何だと!」

 創一郎の顔色が変わった。

「生きていたのか……秋菜」

「どうやら、詳しく話を聞く必要がありそうですな」

 各務秋菜がこの一連の事件を陰で操り、さらに何事かを企んでいるとすれば、事が更に大きくなる可能性がある。今でさえ、警察署を初めとした各所に混乱を生んでいるのだ。

 霧音は、ここで気がついてからのこと、悠玄が今際の際に語っていたことを覚えている限り話した。その話には、霧音自身も自覚してはいなかったが、お兄様の人格であった時の話も少しばかり含まれていた。二人の記憶は共有されつつあるようだった。

 各務=カガ一族のこと。S市にある真のカタコンベに、何かが封じられていること。秋菜とその一派が、封印を解いて何がしかの儀式を行おうとしていること。カタコンベを封じたのは天海僧正であり、その子孫が封印をコントロールしようとしていたこと。

 小野寺の足元に小石が落ちて来たのは、霧音がここで起きたことを語り終わるのとほぼ同時だった。創一郎と前橋は、目ざとくそれを察知した。

「まずい。脱出するぞ、霧音!」

 創一郎が叫んだ。それが合図のように、カタコンベ全体がぐらりと揺らいだ。四人は慌ててもと来た道を戻り、外へと逃げ出した。その間にもカタコンベの天井が、壁が、地面がひび割れ、ガラガラと音を立てて崩れて行く。ほうほうの体で脱出した四人の目の前で、レプリカのカタコンベは崩れ去り、地中に埋まって行った。

「このカタコンベと、S市のカタコンベはシンクロしている。S市のカタコンベの封印が一部解かれたんだろう。その影響が、こちらにも表れたんだ」

 創一郎の説明を、霧音は肩で息をしながら聞いていた。前橋と小野寺は聞いているのかわからない。彼らの眼は、違うところを向いていた。

 外は雨だった。土砂降りの雨の中に、傘を差した男が一人、立っていた。それは、彼らも知る顔だ。

 倉敷だった。

「志乃河流陰陽道当主、志乃河創一郎さん。特別公安課は、改めてあなたに協力を要請します。――カタコンベの封印解除に伴う災い及び混乱を祓い、出来る限り抑制する為のお力添えを願います」

「……承知しました」

 創一郎は重々しく答えた。

「それから、志乃河霧音さんと――」

 倉敷から投げられた視線に、思わず霧音は体を震わせる。

「前橋警部。あなた方にも協力をお願いします」

「どうせ、こちらに拒否権はねぇんだろ」

 前橋は毒づいた。

「まあ、乗りかかった船だ。……知り合いも関わってるようだしな」


「伯父さんって、陰陽師だったの?」

 S市に向かう中、霧音はそっと伯父に訊いた。雨の中、一同は五人乗りの乗用車に乗ってカタコンベのある地へと向かっていた。ハンドルを握るのは小田切で、助手席に前橋、後部座席に創一郎、霧音、倉敷の三人。

「うちは代々陰陽師の家系だったんだよ。今はもう、まともに陰陽の秘術を使えるのは俺くらいのものだがな」

「そうだったんだ……」

「昔カタコンベを封じたのは、天海僧正一人じゃなかったんだ。僧である天海僧正と、陰陽師である志乃河家の先祖、そして神職である雨音家の神官。三種類の呪術・宗教者が力を合わせ、カタコンベは封じられた」

 逆に言えば、それだけの人間が力を合わせないと封じられなかったということではないのか。

「それから、天海僧正の家系の者、俺達志乃河家の者、雨音家の者はカタコンベの封印を見張る役割を担うことになった。だが……」

「雨音家の子孫は、寝返った」

 言葉を続けたのは、倉敷だった。

「彼らは権力や財力を欲し、カタコンベの奥に眠る力に魅せられたんです。それで、力を得る為に各務家に近づいた」

「各務家に……?」

「雨音家の者達は徐々に各務家に近づいていたようです。そしてついに、各務家に入り込みました。……当主の妻として」

「えっ、それって……」

「そうです。あなたの実の母親、各務秋菜です」

 その一言は、霧音に新たな衝撃を与えた。実の母親は裏切者だった。そして、自分はさらにその母親を裏切っていることになる。これは何かの因果なのか。

 抜けた雨音家の代わりには、分家である巫女の家系の者がついたと言う。だが、こちらも今や神力を降ろせる程の巫女は少なくなっている。その上、当代の役目を果たす巫女とは、現在連絡が取れなくなっていると創一郎は語った。

 霧音は粟田口の短刀にそっと触れた。前橋達が来た時、咄嗟に服の中に隠したのだ。鍛えられた鋼の重みと硬さは、この世で唯一霧音を守ってくれるもののように思えた。


「キャパオーバーだって顔をしてるな」

 前橋は横でハンドルを握っている小田切にそう声をかけた。

「そりゃそうですよ。猟奇事件かと思えば死体が動き出したり、死んだ筈の人間が生きていたり、天海なんて歴史上の人物の名前が出て来たり、しまいには封印とか因縁とか呪術とか、情報量が多すぎですよ」

 小田切の答えに、前橋は内心苦笑した。

 特別公安課に情報を流している者達でさえ、その活動内容までは知らされていない。いや、知らないからこそ特別公安課のエスとなり得るのだ。まともな常識を持つ者なら、こんな怪しげな事案にはまず首を突っ込まないし、理解の外にあるだろう。

「ま、世の中色んなことがあるんだよ。たまに信じられねえこともな」

 そう、世の中色々なことが起こっている。通常では考えられない事件も。そんな事件を一般の目に触れさせると、世の秩序が乱れてしまう。それを防ぐ為にも、こんなことは闇に葬るのが一番だ。

(それにしても……)

 前橋は後部座席の霧音をちらりと窺った。

(……何か、引っかかるな)

 霧音という人格は、霧人が自らを守る為に生み出した人格だと思っていた。或いは、秋菜達が彼を破滅させる為に植え付けた人格か、それとも創一郎達が霧人を匿う為に作り上げたものか。

 だが、実際に霧音と顔を合わせてみて、前橋は何となしに違和感を感じていた。

 以前特別公安課の捜査官をしていた頃に、前橋はこういう多重人格の持ち主を何度か見たことがある。過去のトラウマから別の人格を作り上げた者や、洗脳されて別の人格を植え付けられた者などだ。

 大抵そういった者達の人格は、どこか不安定な部分が見え隠れするものだ。だが、霧音の人格にはそういった不安定さが少ないように感じる。

 それは前橋が、警察官として、また特別公安課の人間として長いこと培って来た直感のようなものだ。向き合った人間の本質を、研ぎ澄まされた感覚で捉えているのだ。その直感が、霧音はどこかが違うと告げているのだ。

(志乃河霧音という存在には、まだ何かあるということか……?)


 様々な考えや思いを乗せたまま、雨の中車は走り続けていた。

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