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ミステリーリレー小説2021『カガミの呪い』  作者: ミステリーリレー小説2021「ホラー×ミステリー」参加者一同
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第20話 阿弥陀の来迎と悠玄 (Kan)

 妹の人格となった霧音には、目の前に横たわっている瀕死の若い僧侶が何者なのか分からず、ただ混乱する心から必死にすがりついている。僧侶の肩に手を置き、思い切りよく揺さぶり続けていた。


「お坊さん! 一体……何があったのですか?」


 悠玄は瀕死の身でありながら、霧音に語りかけようとする気持ちから、息も絶え絶え、ようやく口を動かしている。


「霧音さん。どうか……どうか……よくお聞きください……。わたしはあなたのお兄さまと一緒に、カタコンベへと向かう旅を続けていたのです。まことに残念なことに、わたしはここで旅を終えなくてはならなくなりました。一足早い休憩です。あなたのお兄さまは、このレプリカのカタコンベで、自分が何者かを知ったのです。それは自分が各務一族の末裔であるということでした……」


「よ、よく、分かりません……」


 霧音は激しく抵抗するように首を振った。


「心を落ち着かせて、しっかりと思い出すのです。霧音さん、あなたは眠っている間のこともかすかながら覚えているはずだ。お兄さんがご活躍をされている時も、あなたは潜在意識としてわたしとずっと行動を共にしてきたではありませんか。そして実際にあなたは、お兄さまではなく、他ならぬあなた自身としてわたしのそばにいたこともあるのですよ。意識は二つの人格の間を常に彷徨っていました。ただ、お兄様が主たる人格だったというだけです。今まで起こったこと、その一つ一つを思い出すのです……」


「わたし、分かりません。だって、気がついたらわたしここにいて……」


「あなたは確かに、ずっとわたしの傍にいました。この悠玄のそばに……」


 霧音は必死にかぶりを振る。悠玄の悲しげな微笑みは不思議と胸を打った。


「よく聞くのですよ。もうわたしには未来がありません。いいですか。各務一族の呪われた因習も、あなたの代で終わり……あなたの反抗心なのか問題意識なのか分かりませんが……つまりあなたが邸宅を燃え上がらせたことで、忌まわしきカタコンベや儀礼は永久に封印されるはずだったのです。ところが今また、その封印を解こうとするものがいる。その黒幕があなたのお母様である秋菜さんであることがたった今、分かったところなのです。それだけでなく、彼女のまわりにはカガ一族を補佐する一族がいるのです。それはいわば、各務一族の総本家の儀礼を代々司ってきた神官たちの一族だと言えるでしょう。これがタチが悪い……。彼らはある意味ではカガ一族よりも宗教的にも政治的にも実権を握ってきた人々なのです。卑弥呼よりも昔から蛇信仰によって強大な呪力を振りかざしてきたカガ一族は、カタコンベの封印という形で、呪力そのものを封じ込められている状態にあります。それでも、カガ一族とそれを取り巻く組織は存続し、儀式も続けられてきたわけです。それがカガ一族を補佐する一族です。しかし、彼らはカガ一族本家の血がなければ何もすることはできません。そして、カタコンベの封印を解くには、あなたとあなたの妹である音菜さんの血と記憶がどうしても必要だったのです。そもそも、わたしがあなたを守護しようとしていたのは、あなたを彼らの手に渡させないためです。いいですか。カタコンベの封印を解く鍵は他ならぬあなたとあなたの妹さんにあったのです。それなのになぜわたしは、あなたのそばにいながら、あなたがカタコンベに行こうとするのを止めようとしなかったのか、疑問に思われるでしょうね。残念ながらカタコンべの封印の呪力はもう限界に達しているのです。結界の呪力は、末法世界であるこの世において、急激に低下し続けております。それに代わって、因縁が、業が、自然の摂理が、カタコンベの封印を解き放とうとしていて、その時がまさに今なのだとしたら、我々はそれに抗ってはならない。我々もそのことは分かっているのです。しかし、我々がそばにいることで、コントロールすることはできると思うんです。そうすれば、最悪の事態を避けることもできる。だからわたしはあなたに付き添っていたのですが、運命にただ抗っていたわけではない。ところが砂時計の落ちてゆく砂を止めることはできないみたいです……。因果応報……。諸行無常……。南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」


「お坊さんのおっしゃること、分かりそうで分からない。でも、確かにわたしの心の中にパズルのピースみたいなものがあって、もう少しで、上手く組み合わさりそうな気がする。でも、これからどうしたら……わたしにはやっぱり分からない……」


 霧音の声をどうしようなく震えている。彼には、悠玄が言っていることの七割はやはり理解出来ないのである。


「お兄さまの記憶とコンタクトを取るのです。そうすればもう少し今までの経緯を思い出せるでしょう。ただ、それはあなた自身の過去に関連がある内容であるため、精神に強いショックを与える可能性があります。実際、今、お兄さまの意識は、呪われた真実を知ってしまったことで、激しく痛めつけられて、その法力や生命力は極端なレベルまで弱まっています。お気をつけください。それとお話ししなければならないことはまだあって……これは四百年もの間、秘密とされてきたことなのですが、カタコンベの封印が解かれたら、恐ろしいことが起こります……。S市のカタコンベには、口にするのも恐ろしいものが眠っているのです。封印が解かれたら、それが動き出します。そして実のところ、S市のカタコンベはすでに封印が解かれつつあるのです」


「お坊さんのおっしゃること、よく分からないです。恐ろしいものって何ですか。わたしには、もう何がなんだか……」


「思い出すのです。わたしとあなたはずっとそばにいた。それと……霧音さん、わたしはあなたにずっと黙っていたことがあります。そもそも、あなたは覚えていないかもしれませんが……、わたしはたまたま通りがかったお坊さんではありません。わたしはカタコンベを封印した一族の末裔なのです。あなた方、各務一族とは陰と陽の関係にあります。すみませんね。わたしたちの方を陽にしてしまって……。カタコンベを封印されたのは、天海僧正といって……。織田信長の焼き討ちによって荒廃した比叡山を復興した天台宗の高僧です。天海僧正はあの乱世に、弾圧され殺害された多くの僧侶の浮かばれぬ魂と、そこに生じたさまざまな悪しき呪力をカタコンベの内側に封じ込めたのです。その封印は古代における卑弥呼の封印を越えるほどの完璧な封印で、四百年は持続すると言われていました。実はわたしも南光坊天海僧正の末裔なのです……」


 高校時代、日本史をもっと勉強しておけばよかった、と霧音は若干後悔した。


 しかし、それでも滋賀県の坂本市に比叡山という霊山があって、延暦寺という天台宗の寺があり、戦国武将の織田信長が焼き討ちをしたことは何故かうろ覚えに知っていた。それと関係がある話なのだろう。


「すみません。だんだん目の前が暗くなってきました……。わたしは一旦、三途の川まで行きます。そこで奪衣婆に事情を話して必ず戻ってきますから……なんで泣いているのですか。ここは笑うところですよ? しばらくの間、あなたを守護する存在がいなくなるのは心配ですが、必ず仏となって、あの世からあなたを守り続けます」


 目の前のお坊さんは、なんだか訳がわからないことを言っているのに、霧音はなんだか泣けてきてしまった。霧音には、お兄様の時の記憶はないが、お兄様は今も潜在意識として潜んでいるのだろう。弱ってゆくお坊さんに複雑な感情が入り混じって、ただただ涙がこぼれ落ちてくるのだった。


「霧音さん。どうか……これをお持ちください。わたしに代わって、あなたをお守りすることでしょう」


 悠玄が震える手で袂から出したそれは美しい輝く粟田口(あわたぐち)の短刀だった。霧音は震えながらそれを受け取る。悠玄は天井を見上げながら、弱り切っている口元をかすかに動かして掠れた声で話し続けていた。


「あなたを一目見た時からあなたをお守りしたいと思っていました。それはわたしの果たさねばならぬ役目以上の行き過ぎた気持ちでした。僧侶という身でありながら、この気持ちが煩悩だなんて信じたくなかった……」


「お坊さん、死に際になんてことを……」


 霧音は驚いて、正気にさせるためにまた頬を打とうと思ったが、悠玄の頬に一滴の涙が伝っているのを見て、思わず手を止めた。


「わたしは冥土に旅立ちますが……あなたの気持ちをほんの少しでもわたしのものにしたかった……それが己の自我というもの。醜きわたくしの心というもの。しかし、今、旅立てば、わたしはわたしではなくなり、すなわちわたしは空であるわたしをあらためて知るのです……」


「気弱になるんじゃない! お坊さん!」


 霧音はお坊さんの頬を思い切り叩いた。悠玄はぐえっと叫び声を上げて、横になると軽く血反吐を吐いた。そして再び仰向けになる。目はずっと遠くを見ている。


「ああ、誰かがわたしのために経文を唱えているのですね……」


 霧音は驚いてあたりを見廻した。そんな声は聞こえてこない。


「ああ、すごい……。阿弥陀だ。阿弥陀の来迎だ。美しく煌めきながら瑞雲に乗った天人を数多たずさえて、阿弥陀如来が今まさに天からわたしのもとに降りてきていらっしゃるのだ。美しい。とても美しい眺めですよ。この世のものとは思えないほどにね。霧音さん、わたしはここまでです。ここでわたしは旅の荷物を下ろします。刹那のお付き合いでしたが、あなたのおそばにいれたこと、悠玄の一生のうち、もっとも幸せなひとときでした。一期に一会の出会いに感謝を……。霧音さん……、これからもお元気でお過ごしくださいませ……」


 霧音は、その言葉にはっとして涙が止まった。悠玄が遺体は、今、色も薄くなって、半透明になると、そのまま何も見えなくなってしまった。消えてしまったのだ。霧音は地面を叩いて、大声で叫んだ。それは泣き声とも苦痛の叫びともつかぬものだった。


(そうだ。わたしはこの人とずっと一緒にいたんだ。わたしはそのことを覚えていないけれど、心の底でそのことを知っている……)


 その時、カタコンベの階段を降りてくる足音が聞こえてきた。霧音は、泣き腫らした面を上げると、あまりの恐怖に腰が抜けてしまい、足を引きずり、壁側にどうにか逃れながら叫んだ。


「誰っ! やめてっ! こっちに来ないでっ!」


 もし、それが恐ろしいものであった場合は、この粟田口の短刀で相手を殺すか、それも叶わぬならば、自分も喉を切って死のうと霧音は思った。しかし、短刀を握る手はどうしようもなく震えていたのである……。

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