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ミステリーリレー小説2021『カガミの呪い』  作者: ミステリーリレー小説2021「ホラー×ミステリー」参加者一同
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第15話 カトルカールと呪詛 (水沢ながる)

「お待たせしました。では、話の続きを」

 そう言いながら、雅楽川は霧音達のところへ戻って来た。音楽に混ざって、どこか遠くの道を通り過ぎる救急車のサイレンの音がノイズのように聞こえた。

「随分たくさんレコードをお持ちなんですね。あなたのご趣味なんですか?」

 霧音は何気なさを装ってそう訊いた。雅楽川は少したじろいだように見えた。

「いえ、これは全て預かり物なんです」

「預かり物?」

「……実はわたし、店主とは名ばかりの雇われ店長のようなものでして。前の店主の方が行方不明になったとかで、その留守を預からせてもらっているのです」

 雅楽川は頭をかいた。行方不明。その言葉に、何か引っかかるものを感じる。

「差し支えなければ、その経緯をお話しいただけますか」

 悠玄の問いに、雅楽川は口を開いた。


 三ヶ月程前。雅楽川広重はそれまで勤めていた会社をリストラされて、路頭に迷っていた。妻子にはとっくに逃げられ、新しい仕事も見つからず、このままでは住んでいるアパートの家賃も払えずに退去させられてしまう。ホームレスまっしぐらだ。

(いっそ、死んだ方がマシか)

 貧すれば、どうしても考えは後ろ向きになる。夜、近くの公園のベンチに一人座り、雅楽川はぐるぐるとマイナス思考を巡らせていた。あるいは少し鬱状態に陥りかけていたのかも知れない。

 希死念慮に突き動かされた雅楽川は、ふらりと近くの木に近づいた。その辺から持ち出して来たバケツを踏み台に、木の枝にベルトをかけて首を吊ろうとする。

 ……これで、楽になれる。一瞬、目の前が真っ暗になった。

 その時。

「ちょーっと待ったぁー!」

 突然誰かが乱入して来た。

「何があったか知りませんが、死んで花実は咲きませんよ! 早まらないで下さい!」

 その人物は、雅楽川にしがみつくようにして彼の自殺を止めようとした。が、体勢が悪いので雅楽川の体を引っ張るような形になってしまい、止めるよりは手助けしているような感じになってしまっている。

「ちょ、待って、待って下さい! 痛い痛い! 苦しいから! 今降りるから!」

 しばらくのドタバタの末、雅楽川とその男はゼイゼイと肩で息をしながらその場にうずくまっていた。

「どこのどなたか存じませんが、死んじゃったらおしまいですから、早まっちゃダメですよ」

「わたしはあなたに殺されかけてたような気もしますが……」

「とにかく、袖すり合うも他生の縁。お悩みを抱えているのでしたら、誰かに話をしたら少しは楽になりますよ。この鷹野橋、金も力もありませんけど、話を聞くくらいのことなら出来ますから」


「……鷹野橋?」

 そこまで聞いて、霧音は思わず口をはさんだ。

「ええ、鷹野橋智也さんという方でして。……お知り合いですか?」

 知っているも何も、今朝霧音の部屋で死んでいた張本人だ。こんなところで、今日初めて会った人物から知った名を聞くとは。

「えーと、オカルト雑誌の編集者の鷹野橋さんですよね?」

「ええ、そうおっしゃってましたね」

 鷹野橋は雅楽川の話を聞くと、いい仕事があると言ってここへ雅楽川を連れて来て、一人の女性に引き合わせたのだという。

「それが、あの子でした。先程は看板少女と言いましたが、歳若いので対外的にそう言っているだけで、実際はあちらの方がオーナーに近いのです」

 何でも彼女は元の店主の親族であり、店主である雨音とかいう人物が行方不明になった後もその帰りを信じていて、店を維持したい。その為に臨時の店主を必要としているという話だった。

 コーヒーは会社勤めをしていた一時期に凝っていたこともあり、喫茶店のマスターならやってやれないこともなさそうな気がしたが、ジャズやレコードについての知識はほとんどない。

 それで、コレクションの中のいくつかをピックアップし、それだけをローテーションでかけているのだという。

「その、女性の名前は……?」

「それが、はっきりと明かしてくれなかったんです。ただ……」


「名前? 別に何でもいいでしょう。そんなもの、ただの記号に過ぎませんわ」

「でも、呼び名でもないと不便でしょう」

「そうですね。なら、こう呼んで下さい」


 彼女は名乗った。

 quatreカトル quartカール、と。


「カトルカール……」

「はい。それも少し長いんで、中の二文字を取ってルカさんと呼んでいました。雇われている身で何ですが、わたしは本当にルカさんの本名も住んでいる場所も知らないんです」

 霧音は少し考えた。カトルカール、通称ルカと名乗る女性の手がかりは途切れたように見える。やはりカタコンベへ向かうしかない。

「そうそう、あなた方、鷹野橋さんの知り合いなんですよね。鷹野橋さん、今朝、何だかおかしなメールを送って来ていまして。見ていただけませんか」

 スマホのアドレスを交換して、メールを転送してもらう。送られて来たそれは、果たしてかなり異様な内容だった(「第11話 鷹野橋智也の日常」を参照)。

「もしも霧音さんという方が現れたら、自分から来たメールを見せるように言われてたんです。あなたが霧音さんでいいんですよね?」

 他にいくつか来ていたメールを全て転送してもらって、念の為に保存しておく。鷹野橋が以前からルカのことを知っていたなら、他にも手がかりがあるかも知れない。

 霧音と悠玄がメールをチェックしている間、雅楽川は皿やコーヒーカップを片付けようとした。


 が。


 ガシャン。

 雅楽川の手から皿が離れ、床に落ちて割れた。

「ぐ……るるるぁぁぁー!」

 奇妙な声と共に、上を向いた雅楽川の目から、口から、鼻から、体中の穴という穴から、黒いガスのようなものが吹き出した。

「な、何!?」

「これは……!」

 雅楽川の首に、締められたような跡があるのが見えた。雅楽川は半ば黒い靄に覆われたようになりながら、ふらふらと霧音達の方へ歩み寄って来た。

(知っている)

 その黒い靄を、霧音は知っていた。いつも街で見ている、黒い良くない「何か」。それと同じものだ。

「これは……瘴気……!」

 悠玄が呟いた。

「瘴気?」

「人の悪念悪想の塊のようなものです。何らかの呪詛が行われたのでしょう。恐らくこの者はずっと前に死んでいて、仮初の命を与えられてここにいるのです」

 そう言うと悠玄は霧音を庇うように立ち、印を結んだ。

オン 阿謨伽アボキャ 尾盧左曩ベイロシャノウ 摩訶母捺囉マカボダラ 麼抳マニ 鉢納麼ハンドマ 入嚩攞ジンバラ 鉢囉韈哆野ハラバリタヤ ウン!」

 悠玄の全身から光が放たれた、ように見えた。その光に照らされ、黒い瘴気が散らされて行く。

 雅楽川だったものが、どう、と倒れた。開きっぱなしの口から、赤黒い百足のような虫がずるりと這い出す。悠玄は迷わずそれを踏み潰した。

「蠱術か……」

 悠玄は霧音を振り返った。

「あのメールが本当なら、待ち受けているものは一筋縄では行きません。命の危険もあるでしょう。それでも、行かれますか? ……カタコンベへ」

「行きます。行かねばならないのです」

 霧音は迷わなかった。全てはそこにあるに違いない、そう確信していた。

「わかりました。では、行きましょう」

 再び、遠くで何かのサイレンの音が聞こえた。


 悠玄の運転するバイクの後部で、霧音はルカという女性のことを考えていた。正確には彼女の名乗った名前のことを。

 カトルカールというのは、焼き菓子の名前だ。パウンドケーキのフランス名である。

 パウンドケーキは、小麦粉・砂糖・バター・卵という四つの材料を同量ずつ使う。材料をそれぞれ1パウンドずつ使うので、英語ではパウンドケーキと言う。同じものでも、フランスではそれぞれの材料を四分の一ずつ集めて作る、というやり方となる。


 quatre quart。

 その意味は、「四分の四」である。

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