第13話 影✕零=闇 (にのい・しち)
前橋篤郎警部は特別公安課の倉敷と別れた後、警察署へ戻った。
署内では鷹野橋殺害事件で捜査本部が設置され、本庁の刑事が引っ切りなしに出入りしていた。
前橋を含む所轄の捜査員は捜査本部の後方支援に回る。
彼は日頃仕事する大部屋のデスクでラップトップとにらめっこする、部下に声をかける。
「どうだ?」
「今、DBマップで周辺情報を検索してます。見つかるのは思ったより早いかもしれません」
DBマップ。データベースマップシステムを省略した名称で検索マップから地域情報、防犯カメラ位置、過去の事件履歴などがひと目で網羅でき、閲覧したデータをネットを介して警察全体と共有できる。
このシステムは開発途上の際、5年も未解決だった事件を1週間で解決へ導き、一躍事件捜査の柱となった。
画面を覗きこむ前橋警部は部下がクリックする画面が、次々とズームアップするのを見てボヤく。
「科学捜査様々だな。コレじゃ俺達刑事は必要ねぇだろ? 帰って正月休みの続きだな」
部下の刑事は上司を気遣ってか、あるいは横に上司がいると作業がやり辛いのか解らないが、前橋に休息を促す。
「主任。これから長チョウバになりますから、一服しといた方が良いですよ?」
長丁場と捜査本部の隠語、帳場をかけての言葉遊びなのだろう。
前橋警部は口角を上げた後に部下の肩を軽く叩いて気遣いに答えた。
署内の休憩室にあるコーヒーメーカーの黒い液体を紙コップへ移し、簡易な椅子に腰掛けテーブルに肘を置く。
彼は湯気が立つブラックコーヒーを一口運び喉を熱と苦味で焦がすと、井戸の底に見えるコップの黒い液体へ吸い込まれるように目を止め、過去を振り返る。
前橋が特別公安課に在席していたのは、もう数十年も昔のこと。
近代における大国と第三世界の戦争。
万国の金融を統制していた、一大証券の崩壊がもたらした恐慌。
亡国より生まれた虐殺の聖者。
大戦の傷跡を忘れさせた21世紀を迎えても、世界情勢は度々、不安定な様相を見せていた。
人の社会が混沌に満ちる時、決まって陰謀論が浮上するが、それはあながち間違いではない。
当時、彼が秘密裏に専従捜査を行っていたのは主に秘密結社。
海外だとフリーメイソンやらイルミナティと言われるが、日本ではそれに類似する影の集団。
カガ一族、裏天皇家、黒龍会、八咫烏、財団X……呼び名は風でなびく旗が裏表を見せるように変わった。
古くは幕府や軍事政権下で創られ、新政権と対立した際に敗北し、身を隠して生き残った残党だ。
残党は時に事件やテロを起こして、都市伝説として世間へ広まり存在感を浸透させる。
闇は時としてブラックホールのように、同種の闇を引きつけて取り込み成長するが、社会ではその闇が度々垣間見えた時代がある。
学生運動が激化して武装集団が作られ、宗教団体がカルトになりテロリストへ変貌。
そこへ社会に不満を持った暴力集団や元特殊部隊などが、力と思想を求めて組していく。
更には科学界から認められず知識と好奇心を持て余しまた学者は、倫理観や道徳という束縛を気にせず新たな科学を開拓する場所を求めて、危険な思想を持つ集団と融和。
影の集団はそれらを泥から作った無限の兵士のようにコントロールしていた。
いつか現政権を打開し国家を転覆させ、理想の世界を築き上げようと画策しているのだ。
当時の前橋篤郎の密命は、その闇が拡大する前の片鱗を叩くことにあった。
特別公安課の成り立ちは明治時代まで遡る
。
国家神道の名のもとに日本の宗教は宗派を問わず、国の統制下に置かれた。
独立した官庁だった神社は当時の国内事務をまとめる、内務省の神寺局となり時を経て神社局に改名。
大正十一年(1922)には治安維持法が改正されて秘密結社を禁止する要項が加わると、警察機構は内務省保安局を設置して特高警察の元締め、保安課第四係を作る。
いわゆる公安警察の始祖だ。
古来より神社は世間に言えない儀式や秘事がある。
それ故、保安課第四係を同じ省の神社局へお目付け役にあてがった。
同時に警察は神道の霊的な力を得ることになるのだが……。
第二次世界大戦で日本が敗戦した後、GHQが来日。
国内の制度と組織は改革され内務省は解体、神社局もなくなり神社は国家と距離を置く存在となる。
だが、霊的な力は当時の治安組織にとっては捨てがたい産物だ。
その力を社会に隠して利用していた。
組織改変に連なって戦時中の警察機構だった内務省警保局が消滅し治安は危ぶまれる声が上がった。
その後、昭和ニ十七年(1952)に条約で日本が米国の手を離れると、新警察法が制定され治安維持機構が再編成、警察庁が誕生した。
この時に国内の過激派集団を取り締まる為に警察が監視組織を結成。
当時拠点だった寮から名前をあやかり『サクラ』と呼称。
公安部の前進組織ではあるものの、その活動は半世紀過ぎても謎の部分が多い。
サクラの分派となる機関は宗教運動の時代背景もあり、霊的な力の援助が必要とされた。
時代は違えど前橋警部自身、常識を疑う光景は現実、霊験、共に目の当たりにして来た。
サクラは内偵する対象に合わせて改名と再編成を繰り返してたが、過激派集団への違法捜査か明るみになると解体され、警察庁警備局企画課に吸収される。
それは公安部を『ゼロ』からスタートさせる隠れみの過ぎなかった。
その際、別に再編成され同じ警察の監視から消えた機関こそが現在の『特別公安課』の姿だった。
特別公安課と秘密結社は現在でも人知れず静かな戦争を繰り広げている。
まるで現代に蘇った源氏と平家の国取り合戦さながらだ。
そんな冷戦に前橋は身を置いていたのだ。
休憩室でコーヒーを飲み干すと前橋警部は仕切り直して、大部屋へ戻った。
ほどなくして捜査に進展があった。
DBマップから割り当てた防犯カメラから志乃河霧音と思しき人物が、協力者らしき人間とバイクで公道を走り抜ける姿が記録されていた。
都心の至る所へ設置されたNシステム(初動捜査支援システム)でカメラに映る件の人物を、映像によるリレー方式で追って行くと、M街方面へ向かっていることが予想出来た。
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同署内にて殺害された鷹野橋の検視が行われていた。
無機質な作業台に乗せられたバラバラの遺体は、体の部位の大まかな位置で並べられ、出頭する五十代の検視官はマスクと制帽の間から鋭い眼光を放ち遺体と向き合う。
彼は検視に立ち会う数名の本部捜査員へ解説した。
「切断面はかなりの力が加わり切断され、断面の一部が溶解しているように見える」
班長の捜査員がマスク越しに質問した。
「溶解? 硫酸のような激薬で溶かしたということですか?」
「いや、この変色は……昔、山奥の川で起きた事故なんだが、コレと似た物を見たな。川の事故から助かった人間の足が壊死して切断するも、壊死は全身へ広がり意識不明のまま死亡した」
「壊死? 原因はなんですか?」
「バクテリアだよ。バクテリアが人間を食い殺したんだ」
奇妙なことに切り離された鷹野橋の胴体からヒュー、と隙間風のような音が聞こえ、その場にいる者は思わず息を呑んだ。
死体が呼吸した?
すると検視官がすぐに見解を述べる。
「ご遺体の臓器に溜まったガスが漏れ出た音だ。珍しくはないよ」
悪臭が広がり室内で立ち会う捜査員がむせ返ると、次第に目の痛みや皮膚の痒みを訴え始めた。
そして立ち会う人達は悶え苦しみ、皮膚が赤く焼けた水膨れのような病状を見せる。
同様の症状を発症した検視官は、”珍しいこと”が起きてしまったと慌てて、内線の受話器を取り室内の外にいる職員へ通達。
「今すぐ署内を封鎖しろぉ! ウィルス、もしくは何らかの科学物質が蔓延した可能性がある!」




