叙述トリックはここです。
「「叙述トリックって知ってる?」
と、七瀬麻衣子は唐突に僕に言ってきた。
「ええ知ってますよ。読者の思い違いを利用して騙すテクニックのことですよね」
「そう。でさ、新しく書く小説のネタにこれを仕込もうと思っててね」
「へぇー。そうなんですか」
さてと、どうしたものかな。
この難題に、僕は頭を掻いたのだった……
はい、ということでいきなりなんですが、僕の名前は東郷和成と申します。しがない小説家をやっております。
今僕は、同業者である新人小説家の七瀬麻衣子からアドバイスを求められて、どう助言しようか悩んでいたところでした。
“叙述トリックを教えてほしい”、と頼まれたのですが、皆さんは叙述トリックという言葉をご存知でしょうか?
叙述トリックとは、読者の先入観や思い込みを利用し、一部の描写をわざと伏せたり曖昧にぼかしたりすることで、作者が読者に対してミスリードを仕掛けるトリックの一種です。
「でさ、思ったんだけど。“男だと思って読んでいたら女だった”ていうオチあるじゃない。あれって結構使い古されてて最近じゃ誰も手を付けてないから、ぎゃくに新鮮じゃない!?」
と、七瀬はやや興奮気味な声を出した。なぜそんなに興奮しているのだろう。まさかそのアイデアだけで賞が取れると思っているのだろうか……?
僕はやれやれと、軽くため息をついた。
七瀬麻衣子――さらりと肩まで伸ばした黒髪が特徴的な、気の強い人。僕は何度もこの人に振り回されてきた。側から見れば仲のいい男女に見えるかもしれない。しかし僕は、この異性に対して恋愛感情は一度たりとも持ったことはなかった。
「で、君はどう思う?」
と七瀬が意見を求めたので、僕は答えた。
「新鮮ですかね? 僕個人としては、古典的過ぎてオチとしては弱すぎると思いますけど」
王道ではあるものの、やはり今更感は否めない。新人ゆえにそこら辺の知識が乏しいのかもしれない。
そんな新人小説家である七瀬だが、彼は今回、新人作家向けの賞に応募するつもりで意気込んでいる。だからまあ、熱が入るのはわからなくもないのだが……
――ところで、今読んでいて、あれ? って思った方がいるんじゃないだろうか。
そう、七瀬麻衣子の性別は男だ。
麻衣子という名を聞いて、勝手に女だと勘違いしてはいないだろうか。麻衣子は彼のペンネームだ。名前に“子”がついていたり、髪の毛が長いからといって女だろう、と決めつけてはならない。逆に言えば僕を一人称にしている女性だっている。ちなみにそれが“僕”だ。もちろん僕のこの和成もペンネームで、これこそが先ほど説明した叙述トリックいうものだ。
もしすでに騙された読者がいたなら、このあとは注意して読んでもらいたい。
「それは承知の上。で、それプラス何かを組み合わせたいんだけど……」
「何かってなんですか?」
「うん。それを君に考えてほしいんだ」
他人事のように七瀬はそう言った。やれやれ、新人のくせになんとも投げやりなジジイだ。
――おっと、これは失礼。つい汚い言葉を口にしてしまった。しかしこれは彼を罵るため比喩表現などではなく、実際に彼は老人なのだ。彼は今年九十歳を迎える。新人小説家だからといって若いとは限らない。それにしても最近の増毛技術は素晴らしい。
「そうですね……」
ということで僕は使えそうなアイデアを頭の中で探してみた。僕も小説家の端くれ。僕は主に推理小説を書いてる。だから叙述トリックは一応僕の専門だ。
よくあるのは、人物そのものを誤認させるパターンだ。例えば“ななせ”と“まいこ”という名の二人の女子がいるように見せかけて、実際は“ななせまいこ”という名の一人の人物だった、というオチが挙げられる。
叙述トリックは、あくまでも読者が勝手に勘違いするところが主であり、これは嘘を書いて騙してもいいということではない。だから地の文で僕の性別が女だと書いたからには、僕の性別は生物学的に女なのである。これは事実である。
ちなみに“地の文”とはこのセリフではない文章のことであり、ここに書ける内容はいくつかの制約がある。たとえば今読んでもらっているこの地の文は、一人称形式を採用している。この形式は語り手が存在し、その語り手の視点に立って物語が進んでいく。メリットは語り手の心情を細かく描くことができること。デメリットとしては、語り手以外の心理描写が描けないという点が挙げられる。つまりこの場合、僕が感じたり思ったりしたことはいくらでも書けるが、僕以外の人物が何を思ったか、その心理描写は書くことができないのだ。
だから僕は、いま七瀬が何を思ってカフェで一人待っているかは想像するしかできない。
僕はスマホを耳に当てたまま店内に入った。ちりん、とドアベルがかわいらしく鳴った。
「おーい、こっちだ」
七瀬が手を振っているのが見えたので、僕は通話の終了ボタンを押した。そう、さっきまで僕たちは電話で会話していたのだった。僕は一度も面と向かって会話しているとは言ってないし、そのような叙述もしていない。
多くの小説で、電話中のセリフや、台詞の中に台詞を入れる時には、二重カッコ『』を用いているようだが、通常のカッコを使用してもなんら問題はない。だから責めないでほしい。
他にも小説にはいくつかのそうしたほうがいい基本的なルールがある。例えば、セリフの最後には句点「。」をつけない、というものがある。だが別につけてもいいのだ。例えばこんな風に――
「お待たせしましたね。」
「遅いじゃん。俺三十分くらい待ってたぞ。」
七瀬は少し口を尖らせ、むくれる。
「いや、せいぜい三分くらいですよ。時計がくるってるんじゃないですか?」
僕は自分の腕時計を彼に見せた。
「あ、ほんとだ。」
――と、こんな具合にである。
むしろ昔は句点をつけるほうが正しいとされていた。古本を読んでみるといい。そうなっているはずだ。ただ最近はつけないのが良いとされている。それは鍵カッコがあればそれが文の最後だとわかるからだ。僕もこれには賛成だ。句点を打つ手間が省けるし、現に今までのセリフにはついていなかっただろう。
そしてそんな会話をしたところで、七瀬はおもむろに立ち上がり、先ほどまで座っていた椅子を壁のそばまで持っていくと、壁にかけてあった時計を外してねじを回し始めた。
おい、何をしているんだ、勝手に店の壁にかけられている時計を弄って、この男ぼけてるんじゃないか?……と普通なら思うだろう。
しかし、ここまで読んだ読者なら七瀬がぼけてこんな行動をとったとは思わないはずだ。彼は今年九十を迎える身であり、痴呆を疑うのはもっともだがそうではない。
実は、このカフェは七瀬の娘が経営している開店前のカフェだったのだ。だからこの行動はおかしくない。だれもここが、赤の他人が経営している開店中のカフェだ、とは言っていないのだ。だからいま我々意外に客、というか人がいない。
「それにしても、こんな時間に呼び出さないでくださいよ」
時計を直し終えた七瀬を見て、僕は不満たっぷりの声で言ってやった。すると七瀬は、
「こんな時間とはなんだ。若いんだからシャキッとしろ」
と、理不尽に憤慨してきた。ていうか、若いとかどうかは関係ない。
ちなみに時間帯についても全く言及しなかったが、読者の皆は今が何時であると想像しているであろうか?
普通に考えれば、昼あるいは夕方を想像するだろう。深夜や早朝に我々が会話しているなんて思う人はまずいない。だがこれも勝手な先入観だ。補足すると、今は深夜の二時である。なんでこんな時間に呼びだしたのだろうと疑問に思うだろう。それは僕の方が知りたい。時計もそうだが、七瀬の体内時計も狂ってるようだ。
そして僕は、先ほどまで七瀬がいたテーブルについた。七瀬も椅子を引きずって元の席に戻った。
「なんか飲むか?」
「あ、じゃあホットココアいただけますか」
「ん。ちょっと待ってろ」
そうして七瀬は再び席を立つと、厨房の中へと消えていった。
待っている間、僕は彼に頼まれたアイデアについて考えてみることにした。正直言うと僕は叙述トリックが嫌いだ。本格ミステリーだと思って読んでいたのに叙述トリックオチだった時の虚脱感は尋常じゃない。
しかしその性質上、叙述トリックが含まれていますとは事前に伝えることができない。伝えてしまうと、その面白さが激減しまうからだ。だがもし僕がそのオチを採用するなら事前に書いておこうと思う。僕の作品から被害者を生みたくはない。
しばらくして七瀬が戻ってきた。彼は僕の前にホットココアが入ったマグを置いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
僕はすっかり冷えた手をマグで温めた。
一方の七瀬は、コーヒーを淹れたようだった。目の覚める香りが漂ってくる。
「それで、なんかアイデアはあるか」
七瀬はコーヒーをひとくち飲んでから聞いてきた。
「そうですねえ……」
先ほどから考えてはいるが、思いつくのはどれもありふれたものばかり。前述した通り、人物を誤認させるパターンは王道だが……
「七瀬さんはなんかアイデアないんですか?」
思いつかず僕が振ると、七瀬はむっとした顔をした。
「なあ、その七瀬さんって呼び方やめないか? 孫と祖父の関係だろ」
「あ、はい……」
そう、これも人物を誤認させるパターンの一つだ。
七瀬麻衣子――本名、七瀬吾郎はれっきとした祖父であり、僕は彼の孫だ。ちゃんと血もつながっている。
祖父に対し名前で呼んでいたのは、僕が生まれる前に祖父母が離婚していたからだ。彼と初めて会ったのは約一年前。友人から自身の祖父を亡くした話を聞かされ、自分の祖父について詳しく知ろうと思ったのがきっかけだった。
だから一年前に会ったその時まで祖父と面識を持ったことがなく、当然ながら遊んでもらったことも、お年玉をもらったこともない。
「わかったよ。敬語もやめる。――で、お爺ちゃんの方はなんかアイデアないの?」
「いやいや、思いつかないから相談してるんだろ。若いんだからその柔軟な頭で考えてくれないか」
「若くないって。お爺ちゃんからしたらみんな若者かもしれないけど、僕ももう五十だよ」
そう、七瀬のことを心の中でジジイと罵っていた僕だったが、僕自身もババアだった。
孫というフレーズはどこか若者を連想させやすい。
「実は動物だった、っていうオチはどう?」
僕は、今し方思い出したアイデアを彼にぶつけた。以前読んだ本の中に、“人間同士の会話だと思ったら実は犬だった”という叙述トリックの話があったのを思い出したのだ。このオチだと話の内容はかなり限定されてしまうが、一つの候補として提案してみる。
「うーん……。それも面白いっちゃ面白いんだけど、動物のオスメスの描写を書き分けるのはかなり難しいよな……」
「確かに……」
七瀬は腕を組んで唸った。あまり感触はよろしくなかったようだ。――あ、言っておくが僕も彼もれっきとした日本人だ。
ところで先ほどから七瀬が書く話の内容については全く触れていなかったのに気づかれただろうか。これは叙述トリックの性質上、先にオチを決めておかないと内容が書けないからだ。オチに合わせて話を考えるのである。なので我々は内容後回しでオチを捻り出している。
「感情の叙述トリックってのもあるよ。例えば地の文で “誰々が笑った” って書くじゃん。笑うのって面白おかしくて笑うのが普通だけど、実は泣き笑いってオチ。他にも泣いているのは悲しいからじゃなくて、嬉し泣きとかさ。どう?」
「うーん……。いまいち」
ぐっ……このジジイめ。否定ばかりしてくる。
苛立ちを鎮めるため、僕はホットココアで一息ついた。
窓に目を向けると、冷たい夜風が窓をカタカタと揺らしていた。
「それにしても寒いね」
吐く息が僅かに白んでいた。今日は特に冷える。
「そうだなぁ……あ、ていうか今年ももう終わりか……」
ふと七瀬が顔を上げて、しみじみとつぶやいた。彼の視線の先にはカレンダーがあった。
「そうだね……」
僕は同意した。歳を取ると一日があっという間に過ぎていく。
「毎年なにかひとつはやってやろうって思うんだけど、気づくとあっという間に終わってるんだよなぁ」
不満げにそう言って、七瀬はコーヒーを啜った。
「計画を立てないで漠然と過ごすからダメなんだよ。“一年の計は元旦にあり”って諺があるでしょ。僕はちゃんと計画を立てたよ」
笑ってそう言ってやると、七瀬が年甲斐もなく悔しそうに僕を見てきた。まったく、自分が何もしなかったからってそんな目で見ないでよね。
そしてそれがちょっとむかついたから、僕は彼に言ってやった。
「実はさ……僕が書いた小説が、江戸川乱歩賞の最終選考まで残ったんだ」
「え、なんだって!」
七瀬は目玉が飛び出しそうになるくらい驚いた。
「嘘だろ!」
「そう、嘘だよ。やーい引っかかった」
「な……それは午前中までだろ!」
七瀬は眉間に皺を寄せて、プルプルと震えていた。
さて、もうお気づきだろう。
そう、実は今日は( いや、日付が変わってるから昨日だが )エイプリル・フールだったのだ。
つまり昨日は四月一日。
これは日時を誤認させる叙述トリックだ。
さっき七瀬が言った、
「今年ももう終わりか……」
という台詞は、
「今年( のエイプリル・フール )ももう終わりか……」
という意味で言われていたのだった。
一部の描写をわざと伏せることによって創り出されるトリックだ。
寒いからと言って、季節が冬だとは限らない。四月は一般的に春とされ、ぽかぽかとした陽気を連想させがちだが、寒い日だって当然ある。
加えて今が真夜中であり、僕が還暦の身でもあるからだ。寒さには敏感なのだ。特に今年の三月は例年に比べても寒いらしい。
さて、還暦という言葉が出てきたからそれと関連して一つ言っておく。“初老”は四十代の人間を指す言葉なのをご存知だろうか。これを六十代や七十代だと思って間違って使っている人は多い。
これもトリックの一つとして使えそうだ。
それにしてもここまでの文で多くの叙述トリックが登場した。(いや、叙述トリックと言えるだろうか?)あなたはいくつ騙されただろうか? そしてもううんざりしていることだろう。僕が叙述トリックが嫌いな理由の一つもそこにある。つまり描写しなければ何でもありになってしまう点だ。現に今だって西暦何年なのか、そもそもここが日本であるかすら描写していない。我々が日本人であることは先ほど書いたが、だからと言って舞台が日本だとは限らない。
だがそこはいちいち気にしないだろう。登場人物のほとんどが日本人なら舞台も日本だと思うはずだ。
しかしそれこそが先入観であり、作家はそれを利用してくる。
「ねえ、お爺ちゃん。叙述トリックをオチに使うのやめない?」
この際、僕はやめることを提案した。叙述トリックはかなりの技量を求められる。
「うーん……。そう、するかな」
腕を組んで熟考していた七瀬はアイデアが思いつかなかったのだろう、あっさりと諦めてくれた。
僕はほっと胸をなでおろす。
――しかしこのジジイは、今度はこんなことを言ってきたのだ。
「じゃあさ、代わりに密室トリック考えてよ」
「……」
僕は呆れてものも言えなかった。」
◆◆◆
ここまで読み終えて、僕は一息ついた。
「どう、面白かった?」
妻の反応をうかがう。彼女はいくぶん眉をひそめて、ひと言つぶやいた。
「うーん……詰め込み過ぎじゃない?」
予想された指摘だ。僕は妻に補足する。
「わざとやってるんだよ。これは叙述トリックを知りたい人向け――特に小説を書き始めた人に向けて書いたからね。たくさんの例があったほうがわかりやすくなっていいだろ」
「そういうことね」
通常、一つの作品に叙述トリックを入れる場合、多くても二つぐらいがちょうどいい。あまり入れすぎると読者は身構えてしまうから、オチが読めてしまい面白くなくなってしまう。
今回は逆に詰め込めるだけ詰め込んでみたのだが⋯⋯
ということで僕、東郷一成( 男 )は出来上がったばかりの原稿の感想を聞きたくて、妻の東郷麻衣子――旧姓、七瀬麻衣子に朗読していたのだった。
「ていうか、なんで私たち孫と祖父になってるのよ」
「そこはまあ小説の醍醐味というか、結局小説の中なら何でもありだろ?」
それこそ叙述トリックは、小説ならではの手法だ。他の媒体では、そう上手くいかない。性別を誤認させるトリックも実写化した場合、もはや誤認させるのは不可能と言っても過言ではない。
「素人の私が言うのもなんだけど、登場人物が自分の出てる小説を解説してるっておかしくない?」
「それはいわゆるメタ発言ってやつだね。これは普通の小説なら絶対にやらないことだ。これを行った途端、ストーリーへの没入感が損なわれ、読者からの反感を買いかねない。だが今回は別さ。それに作品によっては、特にギャグ調の話なんかではそれが面白かったりするから一概にダメだとは言えない」
メタ発言を登場人物にさせるのは注意が必要だ。メタ発言するということは、自身が虚構の存在だと認めることになってしまう。これといった理由がない限りやらない方が無難である。
「でもなんか可哀想。自分が架空の存在だって気付いちゃってるのって」
妻は悲しそうな目をして語った。
「そうかなあ。逆に自身が架空の存在なのにそれに気づけてない方が悲しくない?」
「そうね……」
そのとき妻は悲しそうに私を見つめてきた。意見が対立したとき、たまにこの顔を見せる。何かとても哀れな生き物を見つめるようなその眼。
「それで、他になんか感想ある?」
僕は彼女からの視線をそらして、あらためて聞いた。
――しかしまさか、彼女がこんな発言をするとは思ってもみなかった。つまりあの目はそういう意味だったのだろう。
いや、ほんと、でもまさか……ね?
「ひとつだけ気になったところがあるわ」
「ん……どこ?」
「多分うっかりミスだとは思うけど、あなたが読んでくれたお話の最後にね――句点がついてたわよ」
【解説】
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さて、今回の話は前半と後半に分かれていす。まず前半は、二人の男女の話かと思いきや、実はとある小説家の男性が妻に向けて話していた“長セリフ”だった、と言うオチです。よく見ると一番初めの鉤括弧が二つ重なっています。
そして後半はその夫婦の会話なのですが、妻は前半の夫のセリフの最後に句点がついていることを指摘しました。しかしそれは読者の視点に立たなければできないことで、登場人物であるはずの彼女自身には出来ない発言なのです。いわゆるメタ発言です。
つまり彼女自身は自身が虚構の存在であることを自覚してしまっていた、と言うオチでした。いかがだったでしょう。今回思いついたものを詰め込めるだけ詰め込んでみましたが楽しんでもらえたでしょうか。
書いていて思ったのですが、叙述トリックって難しいですね。




