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かくれんぼの夢(夏のホラー2021参加作品)

 その夢は幼い頃から何度も見続けていた。いまだにわたしはその夢を見る。家の中でわたしが誰かとかくれんぼをする。そんな夢だ。


 それはいつもわたしの部屋から始まる。真夜中の月明かりだけが頼りの、薄暗い部屋の真ん中で、彼は決まってわたしにこう言うのだ。


「かくれんぼしよう」


 四、五歳くらいの黒髪が長くいつもワインレッドのシャツ、オフホワイトのズボンを履いていた男の子。彼がどこの誰なのか、わたしは知らなかった。


「僕が隠れるから、君は10数えたら僕を探してね」


 そう一方的に伝えられて、彼は扉を開けて飛び出していく。わたしは毎回、彼に言われるがまま、その場で十数えて探しに行く。


「もういいかい」

                                                                                                                                                                                                                    ……もーいいよ。


 どこからともなく聞こえるその声が始まりの合図だった。

 トイレの中、テーブルの下、カーテンの裏側、クローゼットの中。

 あらゆる場所に目を通す。このとき家の外には出ることができなかった。玄関も窓も、鍵を外しているにもかかわらず開けることは叶わなかった。

 そしていつも見つけられずに夜が明ける。気がつけばわたしはベッドの上で目を覚ましている。この夢だけは起きたあとも鮮明に思い出せた。


 いつからこの夢を見始めたかは定かではない。物心つく頃にはこの奇妙な一連の夢をわたしは見ていた。あるときわたしは彼に、彼の正体について聞いてみたことがあった。だが彼は答えてくれなかった。


「これは僕と君の遊びなんだ。君が僕を見つければ君の勝ち。君が勝てば僕が誰だかわかるよ」

「もしも、わたしが負けたら?」

「そのときはまた遊んでね」


 わたしは負け続けた。くる日もくる日も家の中で彼を探しまわった。時に鍋の中を、小さな引き出しを、壁と箪笥(たんす)の隙間を。そんな場所にいるはずがないと理解しながらも、それでも探せる場所は探し尽くしてしまっていたので、とにかく彼を見つけようとした。

 父と母にも、この話は何度もした。


「ママ、パパ聞いて。あのね、たまにだけどね、ほのたん同じ夢を見るの」

「えっと……どんな夢かな?」

「あのね、お家の中でね、わたしと同じくらいのことね、かくれんぼするの」

「お家の中で?」

「そう。見つけて! てお願いしてくるの」

「どんな子なのかな?」

「赤い服着ててね、髪が長いの」

「知らないわよそんな男の子」

「夜にねかくれんぼしようっていつも言ってくるの」

「……ほのたんは見つけたの?」

「まだだけど……」

「そっか……見つけちゃダメよ」

「えーどうして?」

「どうしても」

「なんでー?」

「ダメって言ったらダメなの」

「なんで? いつも探してー! ってほのたんのベッドのところで言ってくるの」

「穂乃果よく聞きなさい。絶対にその子を探してはダメよ。いい。絶対だからね」

「なんでぇ?」

「ダメなの」

「なんでなんで」

「――ダメって言ってんだろぉ!」


 母がわたしの肩を掴んで鬼の形相で睨んだ。その顔がただただ怖くて、わたしはそれ以来両親に夢の話をすることはなかった。


 それから一年が過ぎ、二年が経ち、三年、四年と月日は重ねられていく。夢の中のわたしは現実世界と同じく身体も心も成長していった。だが、彼だけは相変わらず、初めて会った時の子供の姿のままだった。


 そんな夢を何年も繰り返し見続けたある日、わたしはついに彼を見つけた。どうしてそこを調べようと思ったのかは覚えていない。おそらくは直感に近いものだと思う。台所に長年敷いてあったキッチンマットをそれとはなしに剥がしてみると、そこには床下収納が隠されていた。恐る恐る扉を持ち上げる。


「みつかっちゃった」


 中で(うずくま)る彼は、顔を上げニタァっと不気味に嗤った。



 その夢を見た日の朝、わたしは興奮して起き上がった。ベッドから下りてすぐに台所へと向かった。階段をバタバタと、廊下を走り、真っ先にあの場所目掛けて進んでゆく。

 母が朝食の準備をしていた。


「おはよう穂乃果」

「お母さんどいて」

「どうしたのよいったい」

「そこの床にいるのよ」

「いるって、何が」

「だから、えっとあれよ!」

「……あれって何よ」

「あの子よッ!」


 そうわたしが声を荒げた瞬間、母がわたしの両肩をグッと掴んだ。何が起きたのかすぐにはわからなかった。母は中腰になり目線を合わせ、静かにゆっくりと言った。

「あなたぁ…………見つけたのね」

 普段聞かない、ねっとりとした絡みつく声。

 その時、母から植え付けられたあの時の恐怖が脳裏にフラッシュバックした。

「この下にいるというのね」

 いつのまにか母の手はわたしの肩から離れていた。だが有無を言わせぬ眼光がわたしを捉えて離さなかった。わたしはただ小さく頷くことしかできなかった。怖かった。

「……そう」

 母の瞳から光が失われていくのが手に取るようにわかった。正気のない目で見下ろされ、わたしは力が入らず、その場に尻餅をついた。母は包丁を手に取った。

「言ったわよね。探しちゃダメだって」

「……いや」

「言ったわよね」

「やめて」

「探しちゃダメだって」

「やめて!!」























 いまだにわたしはあの夢を見続けている。結局あの男の子は誰だったのだろう。わたしの中にはいくつもの不可解な点が残されていた。母は何か事情を知っているようだ。それにしても夢の中でどうして床下にある収納を見つけられたのだろうか。わたしは夢を見て初めてその存在を知り得た。普通ならばありえないことだ。とすると……不思議でたまらないが、あれは夢ではなかった、とでもいうのだろうか……。






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