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セイクリッド・カース  作者: 気高虚郎
最終章:選ぶ者
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第66話:たくさんの声

ついに最終章に入りました。

これから物語がクライマックスだと思うと感慨深いです。

ではどうぞ。

※ ※ ※ アリアンナ邸 庭園 ※ ※ ※




声が聞こえる。たくさんの声が。


(あんたにはがっかりだぜ。娘もあのジジイも、死んだ嫁さんもがっかりだろうな。)


これは過去からの声だ。

声の主は最初の生贄、ダフザ。

救えない悪人とはいえ理由は私利私欲。殺すのをためらっていた。

だがダフザはくだらない口論を理由にアリアンナ家の使用人を刺し、ついに限界を迎えた。

魔法陣まで連れてはきたが、最後の一歩を踏み出せずにいたティモシーにダフザはこの言葉を投げつけた。

その侮辱はティモシーの背中を押し、ついにヴィトスを抜いて彼の心臓を貫いた。

ダフザの体はたちまちミイラのように乾いていき、最後には骨だけになった。


「ご存知でしたか?先代は逞しく成長するあなたを誇らしげに語っておられた事を。父君は間違いなくあなたを愛しておられていました。」


この声は忠臣フィリップの声だ。

鬼のように厳しくて一度も褒めてくれなかった父の知られざる真実を今になって知るとは。

母親の事は持ち出さないのだから本当なんだろう。

だが本当でも父は今の自分を愛してくれるのだろうか?

家宝のヴィトスを邪悪な儀式に使った自分を。


「争闘を収めし箱!悲劇を抑えし蓋!睨み、殴り、噛み付き、切り裂き、撃ち抜かん!」


この声は最愛の娘、ロレイン・アリアンナの声だ。必死に儀式の詠唱を唱えている。

悲惨な家庭に育ったティモシーが育てたとは思えないほど純粋で良い娘だ。

得体の知れない賊を雇ってまで父親を救おうとしているのだ。


(騙されるな。お前が長い眠りについたのも、家族に裏切られたのも全ての元凶はあの賊だ。奴は妻の蘇生の阻止では飽き足らず、娘や執事を丸め込んでアリアンナ家衰亡を目論んでいるのだ。私はお前を守ろうとしているのだぞ、耳を傾けよ。)


これは体に巣食う悪魔の声だ。

死に瀕した時、消えゆく意識に呼び掛けて死から救ってくれた。

魔術師狩りで死んだ大魔術師の霊と名乗り、アビーを生き返らせる方法も教えてくれた。

生きる希望をくれた彼の言うことには全て従った。

家畜や獣で許してくれ、と頼んだが生贄は人でなければならないと言われて手を汚した。

ヴィトスだけは駄目だ、と頼んだが最も儀式に適した道具だからと言われて家宝を汚した。

言われてみれば確かに悪魔だ。魔王バルベリスらしい。


「束ねられし知恵と足掻く本能が導く算式よ!」


これはティモシー・アリアンナの声だ。

娘が唱える詠唱を、彼女に続いて一心不乱に唱えている。

そして内に巣食う悪魔に負けるなとの要求も付いてる。なら簡単だ。憎めばいい。

理由など幾らでもある。騙し、人を殺させ、家宝を汚し、使用人には逃げられた。

悪魔は全てを奪った。悪いのは悪魔だけ。そのはずだ


「「彼の者の肉体を魂の坩堝とせよ!」」


二重の詠唱が響く中、ティモシーは自問自答していた。悪魔が悪いのだろうか。

アビーの死で立ち直れずにいる中、ロレインもフィリップも日常に戻った。

彼らは共に悲しみに浸ってくれず、見捨てた。優しい声をかけてくれたのは悪魔だけだ。

そもそもの発端はアビーの死だ。

なら最も悪いのはアビーの運命に死を配した神だ。


「「奇跡と惨禍の螺旋によって箱を高みへと昇華せん!」」


誰が悪い。誰のせいでこうなった。誰を憎めばいい。

何故、自分はこんなことをしている。

騙しているのは悪魔か、ロレインか、あの美しき賊か。

悪いのは神か、悪魔か、自分を見捨てた者たちか。

罪に塗れた自分に救われる価値があるのだろうか。

憎しみの矛先を定められず、ティモシーはただ詠唱を唱えていた。





「なんて邪気だ。」


便利屋は、儀式中の父娘と励ます執事に背を向けて周囲を見張っていた。

儀式中に邪魔が入らないようにする見張り役だがこれではその役は不要だ。

禍々しくてどす黒い邪気が吸い寄せられ、魔法陣を中心にして闇の竜巻のような現象を起こしている。漆黒の風壁に囲まれ、外の様子が全く確認できない。

生贄の儀式は神々しい光を放っていたがあれは神聖な儀式に見せかけるための演出だったのだろう。

空さえも喰らおうとする溢れる闇こそが魔王の儀式の真の姿。


「終わった後の対策を練らなくちゃな。」


これほど派手な儀式であればチンピラ達は総出で駆けつけてくるだろう。

成否に関わらず、儀式後の対応を思案せねば。

終わったら即座にロレインだけでも逃がさねばいけない。


「どうなるか…。」


儀式の様子を確認すると途切れてはいないようだ。

伯爵は寝そべり、ロレインとフィリップは跪いて詠唱と励ましを行っている。

今の彼らにとって、この異様な現象など眼中にはない。

儀式後に迎えるは感動の抱擁か、破局の幕開けか。

終わった後は家族の声などもう無意味だ。残る魂は1つしかないのだから。


最終章の幕開けを読んでいただき、ありがとうございます。

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