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セイクリッド・カース  作者: 気高虚郎
最終章:選ぶ者
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第67話:聖域

※ ※ ※ 聖域 ※ ※ ※


この白い空間は彼の世界。

バルベリスは塵より小さな精霊として生を受けた。

眼も、耳も、鼻も、舌も、指もなかったゆえこの見渡す限り真っ白で、無音無味無臭で何も存在しないこの精神空間は彼にとって聖域なのだ。

しかしその聖域に似つかわしくない者が歩いている。

ボロ布を纏った、片足を引きずって歩く不潔な男。まるで物乞いだ。


「ネズミ…。」


物乞いは足元で蠢く小さき存在を興味深そうに見つめた。

大量のノミが体毛に潜んでいそうな汚いネズミだ。


「お前もあの方に選ばれたのか?」


物乞いが話しかけるとネズミに不思議な事が起こった。

ネズミの体にひびが入りだした。まるで粗末に扱われた陶器のように。

ひび割れたネズミは苦しそうにのたうち回ると、ひびは体全体を覆うように広がっていく。

ネズミはけたたましい悲鳴を上げ、ついには破片をまき散らして砕け散った。


「あ…、あ…。」


衝撃の光景に男が言葉を失っていると違う鳴き声が上から聞こえた。

見上げるとスズメ、ハト、カモ、アヒル。多様な鳥達が頭上を飛んでいる。

威嚇するような声を上げ、まるで争っているかのようだ。

すると一羽のスズメが落ちてくる。物乞いのそばに落ちたスズメは落とした皿のような音を立てて砕けた。


「ひいいいいいいぃっ!」


落下は終わらない。先ほどまで飛んでいた鳥達が次々と落ちてくる。

鳴り続ける落下音と飛び散る破片を、男は目と耳を閉じて堪えた。


「いやだ、やだ…。」


音が鳴り止み、目を開けた物乞いは絶望を目にした。引きずっていた脚にひびが入ってる。

ひびはその面積を広げて胴体にまで及んでいる。

このままではネズミや鳥たちと同じ末路を辿るだろう。


「あ…、あなたは!?」


救いを求めて周囲を見回した男はある不気味なものを見ると縋りつくように手を伸ばした。

それは宙に浮く右半分だけの顔だった。


「“潜みし者”よ、あなたは仰ったはず!我が魂は永劫、あなたと共に歩み続けると!あの誓いはなんだったのですか!?」


彼は約束してくれた。依り代となれば彼の魂と一つになれると。

死後の世界にもいかず、輪廻の輪に乗ることもなく、消滅することもなく、栄光の一部になると。


「くだらん人生しか生きれなかった小物が。誓いは対等な者同士で成立する。思い上がるな。」


顔からの無慈悲な返答。

物乞いはどん底に叩き落され、ついにひび割れた脚は砕けた。


「そんな…。」


脚を失った男はそのまま白い地面に倒れると全身が砕け散るのであった。

かつての神に救いを求めながら。


「 “潜みし者”か。久しい呼び名だ。」


半分だけの顔はその呼び名に込められた記憶を掘り起こした。

3000年以上前、草原に育まれた文明での名だ。

王族、神官。誰に潜んでいるのかと恐れられたからそう呼ばれた。

あの男は正体が発覚した時に逃亡する際の依り代となってもらい、その後は流れ着いた街で物乞いとなった、そんなところか。

しかしこんな顔半分の姿なのに正体に気づくとは。よほど崇拝していたのだろう。


「ネズミは憶えてるぞ。疫病が流行った時代にネズミになって戯れに村々を滅ぼしたんだ。鳥なら何度でもなった。空を自由に飛びたくてな。」


物乞い、ネズミ、鳥。

どれもバルベリスの依り代となり、その魂を取り込んだ生き物ばかり。

また連中とお目にかかる日が来るとは。

長大で奇特な生涯ゆえか、準備が不十分だったからか、満月の魔力か。

原因は多々あるが蟲毒の儀式は実に興味深い結果をもたらしてくれた。


「消滅する依り代達をみて過去に想いをはせる。悪くないな。」


分裂した意識、魂の残滓、記憶の反響。正しい表現は定かではないが、確かな事はこれまでの生涯で得てきた無数の依り代達の精神が聖域に現れて砕けていくこと。

ティモシー・アリアンナの精神に打ち負けているのだ。

精神世界ゆえ血肉が飛び散りはしないがこれはこれで面白い余興だ。


「下等な動物や、つまらん人生を送った奴から消えていくな。」


小動物や凡人ほど早く消える傾向にあるようだ。

弱肉強食が目に見えて分かる。まさに蟲毒。


「“甘き夢”よ!あなたはどこにおられるのだ!?」


片方しかない目を凝らすと向こうでは2000年前のドワーフの皇帝ウォルフラッグが、片腕が砕けながらも耐え忍んでいる。


「“羽ばたく奇跡”よ!何故、共にいてくださらない…!?」


向こうではエルフの賢者ペルイアスが砕けた脚を見て泣きっ面を晒している。

2人とも歴史に名を残す大人物だというのにここまで追い詰めるとはティモシー・アリアンナもなかなかの精神力だ。


「順調のようだな。我が儀式を逆に利用しようとは大したものだ。」


視界を下げると指が宙に現れた。

指から手、そして腕が出現し始めている。足もだ。

顔しか無かったゆえに確認できずにいたが間違いない。

これはティモシー・アリアンナの姿だ。この姿が戻っているということは儀式が進み、魂が融合しているということ。


「独りぼっちのティモシーよ、私たちに勝てると思うのか?この聖域をどこまで破壊できるか見物だな。」


轟音が響く。

上を見上げると白い空に巨大な亀裂が入り始めている。

見下ろせば地面にも亀裂だ。その亀裂は世界の果てにまで走っている。

儀式の影響が、聖域にまで及んでいるようだ。


「私の依り代たちよ。せいぜい足掻いて生き延びるがいい。」


彼は神話や世界の歴史に関わり続け、多くの偉人や英雄を依り代としてその魂を喰らってきた。バルベリスの魂は1つでもあり、100でもあり、10000でもある。まだまだ先は長い。

依り代たちの主はのんびりと悲鳴止まぬ地獄を眺めるのだった。




※※ ※ 都  教会 ※ ※ ※




避難が進み、都からは人が去っていく。

当然、それは教会も同じ。しかし老人達が信者席に座っていた。

この都に多大なる貢献をしてきた2人が。


「避難は順調のようじゃな。」


「そのようです。」


バルマンは昏睡状態から起きたばかりで衰弱している。

マデリーンは問題が起こった際に対応せねばならない。

分かりやすく、最も心が落ち着く場所で待機しているのだ。

呼びに来る者がいないということは避難が滞りなく進んでいるということだ。


「アリアンナ邸の方は順調でしょうか…。」


敬虔な信徒であるマデリーンは一生に一度のお願いなどしたことはない。

だが許されるならそれを使って作戦の成功を神に頼みたい。


「出来ることは全てした。出来んかったことなど何もないわい。きっとな。」


予定変更があったとはいえ準備はほぼ終わっていた。

むしろここまで整えることが出来たので神の計らいは十分だったといえよう。


「ロレインも頑張ってくれましたし、便利屋様もおります。きっと奪い取った儀式は成功するでしょう。しかしティモシーの心が、バルベリスに打ち勝てるかどうか…。あの子は昔から脆いところがありましたから。」


マデリーンは幼少の頃からティモシーを知ってる。

父親からの虐待、母親の蒸発。酷い家庭で育った者の心は脆い。

ティモシーも例外ではない。アビーに出会っていなければどうなっていたか。


「マデリーンよ。おぬし、気づいておらんのか?ティモシーの強さを。あの子はわしに “僕のお爺さんが酷い事をしてごめんなさい”と言ってくれたのじゃ。責を負う必要などない先祖の罪を代わりに謝ってくれた…、あんなに強い者をわしは知らん。」


ティモシーの顧問になることをバルマンは苦々しく思っていた。

自分の人生を台無しにしたアリアンナ家から援助を受けるだけでも屈辱なのに、さらにはその跡継ぎに自分の知恵を授けるのだから。

しかし会ってみればそこにいたのは血筋に苦しむただの子供。

そのうち先生と生徒となっており、わだかまりが生まれないよう自分の過去も黙っていた。

しかしアビーから聞いたのだろう。バルマンがアリアンナ家によって人生を狂わされたことを。

ティモシーは勇気を振り絞り、アリアンナ家を代表してバルマンに謝罪をしてくれたのだ。

当時はまだ10代前半。なんて強い心の持ち主なのだろう。


「それに比べてバルベリスはどうじゃ。救い主とはいえ人間1人の言葉で、心を穿たれて自分を見失ったんじゃ。そんなチンケな奴にティモシーが負ける訳がないわい。」


バルベリスが最後の足掻きをしようとした時、救い主ソルゼにこの言葉をかけられた。

“何もあなたの心に残らなかったのか”と。

奴は死の間際だというのに想い返す記憶がない自分の生涯の空虚さに耐えきれず、発狂したのだ。なんと脆い心だ。


「それは神話通りならです。あの話だって色んな解釈があるのですよ。神話を鵜呑みにするなどあなたらしくありませんよ。」


「う…。」


その通りだ。

考古学者たるバルマンなら神話など疑ってかかってなんぼ。

なのにこんな考えをするなど成功を願うばかり、贔屓目になっていたようだ。


「マデリーンもらしくないのう。司祭たるおぬしが神話に疑いを抱くとは。」


「う…。」


これまたその通り。

マデリーンはこの神話を引用して幾度も説教をしてきたというのに疑うなど民衆に示しがつかない。

緊迫した状況からかお互いにらしくない。


「議論はやめじゃ。ここは間をとって成功を祈るとしよう。」


「そうしましょう。」


司祭と考古学者。信じる存在が違えど、祈ることは同じ。

2人は目を閉じ、手を合わせてティモシーの勝利を祈るのだった。


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