第36話:祭りの日 朝
今回から祭りの日シリーズが始まります。
エピソードの時間帯はサブタイトルに書いてある通りとなります。
それではどうぞ。
※ ※ ※ 都 路地裏 ※ ※ ※
「すまんな。心当たりがない。」
「そうか。」
騎士は落胆のため息をついた。
徹夜で都中の酒場や娼館に聞き込みをしたが収穫は0だ。
最後の頼みとして情報屋に片っ端から当たり、気が付いたらもう朝だ。
「どんな場所にも潜入出来て、どんな宝箱の鍵も開けられる凄腕の泥棒を探しているってだけじゃな。そもそも何を盗まれたんだよ?」
「それは極秘事項だ。」
盗まれた謎の欠片が入ったケース。
突然、捜索の命が下った上に現物を見た事も無い。
目撃されることなく教会に潜入し、宝箱を鮮やかにピッキングしたことぐらいしか明らかなことはない。これだけの情報で見つけるなんて不可能に近い。
「なあ騎士さん。こんな朝早くに協力したんだから、俺の方も手伝ってくれよ。こいつの目撃情報だけで伯爵がたんまり金をくれるんだ。少しでもいいから手がかりをくれ。」
情報屋は一枚の人相書きを騎士に見せた。
人相書きには騎士の魂に刻まれた彼の美しさが見事に再現されていた。
絵に少し自信があるだけのチンピラの腕前を数段階ランクアップさせるほどに便利屋は美しい。
「“踊る花畑”のアマンダに猛アタックをかけててよ。今晩は例のお祭りで大チャンスだろ。欲しがってるネックレスを買ってやりたいんだ。」
「そいつを捕らえるのは俺たち騎士団の役目だ!お前らはどうでもいいゴシップでも追ってろ!」
人相書きを見た途端、騎士は声を荒げた。
意外な反応に情報屋は呆気にとられた。
「いいか。ネックレスを買ってやったところで、お前はネックレスを運ぶ犬でしかない。いい加減に目を覚ますことだな。」
「ああ!てめえがどれだけ偉いんだ!?腐れ騎士が!」
悪し様に罵り合いながら騎士は路地裏から立ち去った。
情報屋も己の職業はまだしも、恋心まで侮辱されては怒り心頭である。
「クソ、クソ、クソ!お高くとまりやがって!」
情報屋は路地裏で1人、壁を相手に鬱憤をはらす。
騎士のいきなりの激昂に何度も壁を蹴ろうとむかっ腹が収まらない。
ひとしきり壁を蹴り、怒りと疲れで息を荒げながら情報屋は冷静さを取り戻した。そして先ほどの騎士の行動を振り返るのだった。
人相書きを見せた時の反応、騎士達が求める曖昧な情報、連中の焦り。
「なんか臭うな…。」
※ ※ ※ 教会 ※ ※ ※
「司祭様。魔術の資料をお持ちしました。」
まだ早朝。朝が早いマデリーンの仕事部屋に、大量の書物を抱えてロレインは入った。
重すぎて指が千切れそうなほどだ。
「お父様を助けるのに役立つはずです。」
マデリーンの机に書物を置いて彼女は一息つく。
慣れない肉体労働が終わって息を切らすのだった。
「司祭様、どうされたのですか?」
部屋に入ってからマデリーンはずっと沈黙を貫いている。
その表情は厳しさと憐れみの両方が刻まれている。
マデリーンは渋々といった挙動で1つの書物を手に取った。
「一つの肉体が複数の魂を有した際の対応。」
ようやく口にしたのは本のタイトルだ。
その本を置くと次の書物のタイトルを読み上げた。
「多数の虫や小動物を使った儀式及び呪術大全集。奥底に眠った意識の呼び覚まし方。」
マデリーンは淡々とタイトルを読み上げていく。
そして全ての本のタイトルを読み上げて机の上に置いた。
「ロレイン。睡眠はとりましたか?食事は?」
「は、はい。司祭様の技でぐっすりと。ちゃんとお肉もお野菜も食べています!」
ロレインは嘘をついた。
この本だって徹夜で調べたのだ。統身道で丸一日寝ていたから元気が有り余っているからというのもあるが。
するとマデリーンは“一つの肉体が複数の魂を有した時の対処”をロレインに見せた。
「この本ですが、既にあなたはバルマンに届けています。」
「へ?」
ロレインは思わず、間抜けな声を漏らす。
マデリーンは机の積み上げた書物に手を乗せた。
「これら全てあなたが読んで、あなたの手でバルマンに渡した書物です。バルマンは既に目を通し、図書館に返却しています。あなたはそれを再び持ってきたのです。」
「そ、そんな…。」
ロレインは自身の間抜けさに声を失った。
不眠不休で頑張ったという自負がこんな事を招くとは。
「ロレイン。あなたはこの都の魔術に関する書物をこの数日でほぼ網羅してくれました。同じ書物を届けに来てしまったのはその努力の証です。あなたは少し休んで…。」
「休むなんてそんな!でしたら私も例の欠片の捜索を手伝…。」
机を叩く音が響いた。
好ましい行いではないが、こうでもしないと今のロレインは耳を傾けないだろう。
「いい加減になさい。伯爵令嬢たる自分の身を危険に晒すのですか?そもそも極秘にしていたことが裏目に出て、欠片の追跡は絶望的です。とにかく、あなたが今出来ることはなにも無いのです。」
「は、はい…。」
すっかり意気消沈してしまったロレイン。
ここぞとばかりにマデリーンは不自然に思われないように別の話題に誘導するのだった。
「でしたら都の恩人が、この都に来た目的を叶えて差し上げてはいかがでしょうか?今日はお祭りですから観光日和ですしね。。」
※ ※ ※ 教会前 ※ ※ ※
「ということであなたの観光ガイドを務めることになったわ。便利屋。」
「それじゃよろしく。」
便利屋がこの都に来た目的は観光のため。ロレインの依頼を受けたのは観光資金を稼ぐため。彼の目的を叶えることも立派な仕事。
そう話すとロレインは便利屋の観光ガイドをあっさり承諾してくれた。
マデリーンもこの結果には意外だった。
「じゃあ、本日の計画を話すわ。午前から夕方までは都の観光。そして夕方からはお祭りに参加するわ。休憩なしで行くから、へばらないでね。」
「盛りだくさんで楽しみだ。」
なんとも贅沢な計画。
伯爵令嬢直々のガイドによる都の観光で、メインイベントはお祭りである。
「いい?決して顔を出さないでね。あなたの顔が白日の下に晒されたら、砂糖に群がる蟻みたいに注目を集めることになるんだから。」
「分かってるさ。」
便利屋にきっちりとフードを被ることを促す。
彼はそんなうっかりをするような者ではないが念のため。
「いい?テラスでの食事はダメだからね。イベントがあっても壇上に上がったりとかもダメよ。」
「OK、OK。」
こうしてロレイン観光ガイドによる都の観光ツアーが始まるのであった。
※ ※ ※ ??? ※ ※ ※
「止めて、父上!あそこはいやだ!」
「すまない、ティモシー。だが掟は守らねば。我々は領民の手本となるべき領主なんだ。」
泣き叫ぶ我が子を父親が引きずっている。過ちを犯した息子に罰を与えねばならないのだ。
身なりから判断するなら親子は貴族だろう。
「お願い、お願いだから!もうスープをこぼさないから!」
少年の犯した過ち。
それは夕食のスープをこぼした事のようだ。食事のマナーの乱れは貴族にとって大罪だ。
「一回でも例外を作れば、人は掟を守らなくなる。私もこんなことはしたくない。」
父はその部屋のドアを開けた。絶望する少年の視界にある人物が目に入った。
この屋敷で最も自分に優しく接してくれる人が。
「フィリップ、助けて!助けてー!」
使用人は泣き叫ぶ少年を見つめるだけだ。
主の子育てに異を唱えることなどできない。
「いやだー!」
父親は息子を真っ暗な部屋に放り込む。
息子の叫びをいくら聞いても表情一つ変えることはなかった。
「出してー!父さーん!母さーん!助けてー!」
※ ※ ※ 実験部屋 ※ ※ ※
「ぬおああっ!?」
夢に響く悲鳴に耐え兼ねて、バルマンは飛び起きた。
起きても苦痛は続き、頭が飛び散りそうなほどの激痛に苛まれている。
「何故ティモシーやフィリップ、それに先代が…!?」
歴史を教えていた幼いティモシー、出会った頃そのままの若い時のフィリップ。
そして今は亡きアリアンナ家先代。
20年以上前の彼らの姿が今の夢にはあった。まるで昔に戻ったかのようた。
ティモシーの虐待は知っていたが、バルマン自身が立ち会ったわけではない。
なのに今の夢はあまりにも明確かつ鮮明で、自身が体験したとしか思えない記憶そのものだ。
「いつからこんな夢を見ておる…?確か儀式が成功してから…。」
考えを巡らそうとした時、ふと汗だくの自分の掌を見てバルマンは震えおののいた。
己の掌に禍々しい模様が浮かんでいた。袖をまくればその模様は腕にも、脇にも及んでいる。
「なんじゃ!この模様は…ん!?」
バルマンの混乱を差し止めたのは悲鳴だ。あまりにも凄まじい悲鳴が耳をつんざく。
悲鳴を上げていたのは元ネズミの魔物だ。のたうち回り、叫び声を上げ続けている。
訳も分からずバルマンが暴れる檻の中の魔物の様子を見ていると、大きく口を開いて痙攣を始めた。
「ごぼええええええ!」
魔物は内臓もろとも吐き出すほどの勢いで盛大な嘔吐を行ったのだ。
大量の吐瀉物が檻から溢れ、床に広がっていく。
バルマンがその悪臭に吐き気を感じて、口元を抑えて汚れていく床を見回した。
「ん、あれは…?まさか…!?」
悪臭と粘液による不快感すら忘れ、バルマンは吐瀉物に混じって床に転がったものを取り上げて確認した。それは先日、盗まれた謎の金属片が入ったケースだった。




