第37話:祭りの日 朝~昼
※ ※ ※ 忘却の一時 ※ ※ ※
「さすが我が都が誇る“忘却の一時”ですね。味にますます磨きがかかっております。」
「いえいえ。お嬢様にそのような言葉を賜るとは恐縮でございます。」
都でも1,2を争う高級レストラン“忘却の一時”、そのVIPルームでロレインはスープに舌鼓を打っていた。
店名の通り、ロレインが現在大事件の渦中にあることを忘却の彼方に吹き飛ばしてしまうような絶品だ。
「しかし、お連れ様は一体何者で…。」
「気になさらないで。」
気にするなという方が無理な話だ
前菜、スープ、サラダ、メインディッシュ、デザート。
あらゆる料理をお行儀よく食べつくして皿の山を築く、見目麗しきゲストなのだから。
「この方の食欲にはシェフ達も消耗しきっております…。」
このスペシャルゲストの存在を隠すために食事はVIPルームで、接客はオーナーだけ。
シェフたちは大量の客相手に全速力で料理をしてたと信じている。
自分たちの苦労がまさかたった一人の客の腹に消えているとは夢にも思わないだろう。
「それじゃあ、行きましょうか。」
「もう行くのか?ロレインはスープしか口にしてないだろ。」
ロレインと便利屋は席を立った。
なにせ都の観光ツアーで今日は忙しいのだから。
「いいの。これから都の5大レストランを全店巡るんでしょ。あなたのお腹を基準に考えないで。」
「へぇっ!?」
オーナーは耳を疑った。
観光ツアーの手始めは美食。
便利屋の呪いゆえの食欲なしでは、成しえないスケジュールである。
「ありがとうございました。すごくおいしかったです。」
「は、はあ…。」
※ ※ ※ 川の上 船上 ※ ※ ※
食事が終わった後はボートに乗る優雅なツアーだ。
船上から眺める都の風景はこれまた違う魅力が詰まっている。
「見て、あの鐘楼。火事で焼け落ちたのをお父様とお母様が出資して修復したのよ。鐘にはお父様とお母さまの名が刻まれているの。あの鐘は都中の人々にお昼ご飯の時間を教えてくれるの。」
心地よく揺れるボートの上で、満腹の腹をさすりながら彼女が指差す建物に便利屋は目をやった。
美しくそびえ立つ鐘楼だ。その姿は偉大で都の人々を優しく見守っているかのようだ。
「それでね、それでね。あの天使像は…。もうさっきからどうしたの?カラスなんか見て。」
便利屋は先ほどから川の上でけたたましく鳴くカラスたちが気になっていた。
異常なまでに群がっていて、不気味なオーラをまき散らしているカラスたちを。
「ああ。あのカラスたちを見てると胸騒ぎがしたんだ。それで天使像の話って?」
「あの天使像のモデルはお母さまなのよ。アリアンナ家に安寧をもたらした天使だからってソワン様が掘ってくださったの。」
川岸の公園に建ったハープを弾く天使像。
慈愛に満ちた表情で美しい。石にこれだけの表情を彫り込めるとはさすがは希代の芸術家、ソワン・デ・デュデルジャン。
先々代が行った魔術師狩りと暴政でアリアンナ家に失望し、ソワンは荒れる都を去った。
しかしその後の復興、そしてティモシーとアビーの夫婦愛に感激した彼はこの天使像を作ったのだ。
「もっと近くで見たいな。船頭さん、あの天使像の所に船をつけてください。」
「お任せあれ。」
老いた船頭の優しい声が響くと、揺りかごのような心地よい揺れを保ちながら船が行先を変えた。
「便利屋様。間違ってもフードを取ったりしないくだされよ。もう一度、その美貌を目にすればこの老いぼれの目が潰れてしまいますわい。」
彼はこの道50年のベテランだ。幾人もの観光客の乗る船を漕いできた。
技術、信頼。この特殊な観光ツアーにおいてどれをとっても彼に勝る漕ぎ手はいない。
「わしは50年前、地獄と化した都を生き延びました。今になって中州が亡霊に支配され、世界の終わりも近いと思っておりました。しかし、あなたが起こしてくださった奇跡に救われました。」
この船頭もまた魔術師狩りが横行した都を生きた者だ。
彼は親友を見捨てたのだ、自分と家族が生き延びる為に。ゆえに眠れぬ夜を長年、過ごしていた。死んだ方が楽じゃないか、何度そう思ったか分からない。
「都中に聖歌が鳴り響いた時は心が洗われましたわい。ほんの少しかもしれませんがわしの心も楽になった気がします。その奇跡の真実を知ることが出来、さらにはその立役者がわしの船に乗ってくれるとは光栄の至りです。どうかあなたが救ったこの都を存分に堪能してください。」
「ええ、そうさせてもらいます。」
どこか照れくさい。
身を隠さねばいけない事情があるとはいえ、便利屋は英雄として称賛されてはいない。
だからこそこの船頭が都の民を代表して、送ってくれた感謝が心に響く。
彼の願い通り、今日は一日楽しむとしよう。
※ ※ ※ 橋の上 ※ ※ ※
「ああ、早く夕方にならないかなぁ。」
騎士団と幽霊の激闘があった橋の上で1人の若者が川の上にいまだ建設中の巨大な組み木を眺めていた。
奇跡が起こり、祭りの開催が急に決まり、そして今夜。
意中の子を誘うことにも成功した。今夜が待ち遠しい。
「しっかしうるいさなぁ。なんなんだ、あのカラスは。」
そのワクワクも背後でわめき散らすカラスのせいで台無しだ。
橋の近くの水面の上で、大量のカラスが渦巻くように飛び回っている。
まるで何かを待っているかのようだ。
「死体でも浮かんでいるのか?でもそんなの…、ん?」
若者の視界に異様な老人が入った。
何日も着替えていないようなみすぼらしい老人だ。
体には不気味な模様が浮かんでいて、目には生気が宿っていない。
覚束ない足取りで、歩くのがやっとで今にも倒れそうだ。
「大丈夫ですか、お爺さん?」
老人は若者の言葉には目もくれずに歩いていたかと思うと手すりに倒れ込むようにもたれた。そして懐に手をやって、何かを取り出した。
「か…、か…。」
老人は奇声を上げてカラスが飛び回る川の方を向くと、震えながらゆっくりと投げるフォームを取っていった。その何かをよく見ると手持ちのケースのようだ。
「ああああ、あああああ…!」
老人はそのフォームのまま固まり、痙攣を始めた。
まるで操られているかのようで、そして同時に抵抗しているかのようだった。
「別れた奥さんとの想い出の品ですか?捨てるなんて勿体ないですよ。」
若者の助言も虚しく、老人は川にそのケースを投げた。
ケースは見事な弧を描き、カラスたちが飛び回る渦へと飛び込んでいった。
「あ~あ、やっちゃった…。そこまで嫌なら踏みとどまった方が良かったんじゃ…、ってお爺さん!?」
若者の嫌な予感が当たった。
老人はそれを川に捨てたその直後に倒れ込んでしまった。
「大丈夫ですか!?」
若者が老人の体を揺らせど一向に反応がない。
更なる嫌な予感がした若者は、老人の首筋に手を当てた。
「そんな…、脈がない!誰か医者を!」
若者が叫んで人々が集まる中、カラス達は川に捨てられたケースを持って飛び去った。
えらい事になってきました。次回をお待ちください。
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