「敵大型爆撃機発見」
第一航空艦隊(南雲機動部隊)はミッドウェーからの波状攻撃にさらされます。
午前7:13 旗艦赤城艦橋に敵機突入 第一航空艦隊司令部機能喪失
午前7:14 飛龍より 赤城に発光信号
「被害状況知らせ」「司令部無事なりや」
山口司令官が直ぐに命じ、防空指揮所の60㎝探照灯で発光信号が送られるが返答はない。
旗艦「赤城」艦橋に敵機突入の報告に飛龍艦橋の二航戦司令部は騒然となった。「飛龍」も来襲した敵雷撃機への対空射撃と攻撃回避の操艦中に見張りが「敵機赤城艦橋に体当たり!」「赤城艦橋炎上ー」と悲痛な絶叫をあげたのだ。
山口司令官以下一斉に赤城に視線を向けるが艦橋付近から真黒い爆煙が立ち昇り周辺が炎上しているのが見えるが火災煙によりそれ以上の詳細状況はつかめない、炎上中の飛行甲板に零式艦上戦闘機が見えるがその内一機は右舷舷側ポケットに尾翼を高くして前のめりにへたり込んでいてその周りを走り廻る乗り組員の姿が見える。
「飛龍」は雷撃回避の為左への緊急回頭を始めており、右への回頭を継続している「赤城」からは次第に距離を開けつつあった。
米軍の攻撃はまだ始まったばかりでありこれから激しさを増していくのだ。いきなりわずか四機のB26A雷撃隊が第一航空艦隊司令部を全滅させるという予想外の戦果を上げ残存機が一航艦からの攻撃圏外へ離脱したころ、今度はそれと入れ替わる様に高空5000mに後続のミッドウェーからのB17重爆撃機5個小隊十五機が襲来していた。
あいにくの団雲が広がり視界は良くなかったが第五小隊長のカール・E・ウォーテル大尉を皮切りに雲の切れ目から南雲機動部隊を発見し各小隊ごとに爆撃準備入った。
空母飛龍艦橋上部防空指揮所
「艦尾方向 高度7000m、距離5000m 敵大型爆撃機発見」「赤城」の被害状況確認に躍起になっている幹部をよそに艦隊の中でも腕利きの吉田見張士の張りのある声に一斉に上空に目が向けられる。
見張士が以降敵機の動向を逐一報告してくる「敵機十機本艦に向かう模様」
高空を飛来する重爆は手に余るのか、迎撃する零戦の姿はないようだ。
「撃ち方はじめ!」と同じく防空指揮所で高角砲の射撃指揮を執っていた砲術長の境少佐が叫ぶ。
と同時に両舷に装備された12門の八九式高角砲がその太く長い砲身を中天に向け重い射撃音を響かせながら連続射撃を開始した。
約10秒ほどで目標付近で自動調停された信管が作動し爆発、その爆風と弾片にてB17撃墜を期待するが全く効果がないようだ。敵重爆は3個小隊九機で編隊は崩れる気配を見せないまま飛龍への爆撃針路に悠然と侵入してくる。
航海長の長少佐が間髪をいれず「取り舵いっぱい! いそげー」と伝声菅に怒鳴る。
操舵室からの復唱が聞える、間もなく「敵機爆弾投下!」艦橋上方から吉田見張士の絶叫が響く。
艦がようやく左に回頭し始めると、高空から耳をつんざく様な金切音が飛龍を包みこみ全員一斉に床に伏せ直撃の衝撃に備え身体をこわばらせる。
瞬間500ポンド爆弾がわずかな時間差で右舷海面に連続して落下爆発、鼓膜が破れるくらいの強烈な爆裂音と水中爆発のくぐもった振動を腹に響かせながら途方もなく大きな白と灰色が混じった水柱を噴き上げた。
そんな中「もどーせ、面舵あてー」と長航海長の落ち着いた声が艦橋内に響き安堵の表情が広がっていく、直撃を回避した「飛龍」はようやく崩れ始めた水柱の滝の様な中に乗り入れていく。
飛行甲板は洗い流され、大粒の飛沫と靄がききらきらと空中で乱反射してとても戦闘中とは思えない幻想的な光景が広がる。
辺りは一瞬のうちに静まりそしてまた両舷の高角砲が射撃を再開した。
どの敵機を狙っているのか良くわからないが、新式の九四式高射装置が装備され対空射撃の精度は向上しているはずだが回避運動する艦上から高空を高速で移動する目標への命中は至難の技のようだ。
「それにしても当たらんな、有効弾もありゃせんぞ!」加来艦長が連続射撃を続ける連装高角砲を見ながら誰ともなく呟いた。
八九式高角砲と九四式高射装置の組み合わせは日本海軍艦艇の対空戦闘の定番中の定番ですが海軍の攻撃偏重の思想のなか高角砲は防御兵器的な見方をされたのか、積極的に改良や運用の改善等が行われた様には感じません。個々の性能自体は決して低いわけではなく技術的にも運用面的にももう少しなんとか出来た様に感じます。しかしそうならなかったのは防御兵器的な思想が根底にあったとはいえ、兵器開発の決定権を持つ人達が近い将来の対空火器についてそれ相応の知識や開発の方向性を見いだせ無かったからなのでしょう。
その為皆が認める実現不可能な夢の様な目標性能を目指し紆余曲折を繰り返し、最後は妥協の産物だが今の物よりはずっと良いと自己満足に浸っていたのでしょう。前戦の将兵がそんな兵器開発の実態を知れば「何故俺たちの意見を聞いてくれないんだ、少しの改良ですごく良くなるのに」ときっと嘆いたにちがいありません。残念ながら開発者は自分の頭の中で必死に妄想と戦っていてそこに現実が入り込む余地はないのです。