「敵らしきもの十隻見ゆ 上空に飛行機あり」
一航艦司令部が壊滅し山口少将のニ航戦司令部が以降の航空戦の指揮を引き継ぎます。
そこに重大な報告電がもたらされます。
午前7:25 第八戦隊阿部弘毅司令官より第二航空戦隊司令官に無電発信
「航空戦ノ指揮ヲトレ」
重巡「利根」に将旗をひるがえしていた、第八戦隊阿部司令官は早朝から実施している索敵及び対潜哨戒の進捗の確認と敵空襲兵力の算定を行っていた。そこに入って来た赤城艦橋大破一航艦司令部壊滅の知らせに、阿部少将以下利根艦橋に居合わせた人達は、真珠湾攻撃以来輝かしい戦果を上げてきた一航艦司令部が始まったばかりの敵攻撃隊により壊滅するなど何かの悪い冗談としか思えなかった。
しかし南雲中将以下の第一航空艦隊司令部が機能を喪失したことが事実だと分かると、阿部司令官は自分が次席指揮官であり作戦指導を行う立場に立たされたが水雷畑の彼には熾烈を極める航空戦の指揮は取りようがなく、総指揮官は継承し第二航空戦隊の山口少将に「航空戦の指揮をとれ」と命じたのであった。
阿部司令官はこの様な場面も当然想定しており、「餅屋は餅屋」「山口の方が飛行機は詳しい」と以前から周囲には話しており、後日現場の状況を知らない人々の憶測で山口少将が処罰や予備役編入など懲罰人事に合わない様最善の策を執ったのだ、よく話にあがる多聞丸の独断専行ではないことを明記しておく。
阿部少将は責任を全て自分が取ってでも山口少将に指揮を託したのだ、そしてこの危機的状況の中でそれを躊躇する程、決断力がない人物ではなかった。
逆に保身からそれを行えなかったら、
それこそ結果はどうあれ一生後悔したことであろう。
午前7:25 第二航空戦隊山口司令より 各空母に発光信号
「われ今より航空戦の指揮をとる 直援機を上げ被害の局限に努めよ」
午前7:28利根四号機より入電
「敵ラシキモノ十隻見ユ 上空ニ飛行機アリ」「ミッドウェー島ヨリノ方位10度距離240浬針路150度速力20以上」
この重大な報告電は発進が遅れた四号索敵線の利根四号機からもたらされた。
この時甘利一飛曹を機長とする利根四号機は計画された索敵線とは大きく違う場所で艦隊を発見する。
なぜ利根四号機が計画線から逸脱して索敵飛行していたのか、それが発進が遅れた為の処置なのか機位測定装置等機材の故障なのか甘利機長の独断なのか諸説あるが現在でも明確には解明されていない。
しかしこの僥倖により第一航空艦隊は敵機動部隊がいるという事実を本来の索敵線を飛行して発見するよりはるかに早い時間に得たのだ、その意味では
甘利機は大殊勲の働きを示したのだ。
利根四号機の機上からは水平線上彼方に輪型陣を組んだ艦隊と上空には飛行機が望見されるが、果たして最大関心事の空母がいるのかいないのかは不明である。
艦隊に接近して敵空母の有無を確認したいが敵はこちらを電波探知機で捉えておりいつ敵戦闘機が出現し撃墜されるかもしれない状況のなか迂闊に近づくことは自殺行為であり、発見直後の甘利機長は一度敵艦隊からの避退行動を操縦員の鴨池一飛に指示している。
そして敵艦隊発見に上気した甘利一飛曹は敵艦隊上空に飛行機がいるということは敵空母部隊に違いないと緊急電を打電させるべく電信員の内山一飛曹に「敵空母発見」を打電するよう命じた。しかし内山一飛曹から出撃前の武田飛行長の訓示で、先月の珊瑚海海戦の際、味方索敵機が米タンカーを空母と誤認し攻撃隊を出撃させその後の海戦でどれだけ味方艦隊が不利な状況に追い込まれたかとの話を受けたのを持ち出され、はっきり敵空母が確認できていない状況では珊瑚海と同じ過ちを犯す可能性があり「敵空母発見」はまずくはないでしょうか?
との意見があり甘利一飛曹も考え直し、空母の文字を削り上空に飛行機ありと打電させたのであった。
戦場上空での心理状態を考えるとこの時点での利根四号機に落ち度はなく、むしろ珊瑚海海戦での戦訓が活かされた貴重な例でありこれをどう判断するかは艦隊司令部の役目であり航空戦指揮官として山口少将の判断が試される番であった。
そしてこの運命の暗号電は敵B17、TBD、SB2等の五月雨攻撃が激しさを増し防空戦と回避運動が繰り返されるなか一航艦各艦で受信され当然空母「飛龍」の前部電信室でも受信された。
「全然違うじゃないか!何でそんなところを飛んでいるんだ!空母がいるのかいないのかまったくわからん!そんな報告の仕方があるか!」伝声菅に向かって激しく叫んでいるのは二航戦航空参謀の橋口少佐で向こうは通信参謀の安井少佐か班長と思われた。それを聞いた飛龍艦長の加来大佐が割り込んで来る「どうした航空?」「どうしたもありません利根四号機が敵艦隊の発見を発信してきましたがその発見位置が索敵飛行計画の経過時間から割り出した地点とあまりにも掛け離れておるのです。」本来であれば発進後二時間半程なのでちょうど最大進出線に到達した辺りの「ミッドウェー島よりの方位50度距離200浬」位のはずが報告電はその半分位の距離のさらにだいぶ左に逸れたところなのですと電信票を見せる。
淀みなく話す彼の言葉にはそんな事に気付け無い通信への見下した不遜な態度とそれに気付いた優越感が混じり鼻につく。
「航空参謀 第八戦隊に確認させたのか?まず事実確認が先だろう!」「上空に飛行機ありとはどう意味か考えたのか?」と一喝すると「いいえまだであります」と顔を紅潮させ伝声菅に向かって何か話始めた。
どうしてこいつはいちいち自分の手柄の様に話すんだ?
確かに通信の報告の上げ方も如何なものだが、部署を預かる長どうし円滑に物を進められないのか、少なくとも今は作戦中であり自分の方が偉いと自慢気に話している時ではないだろう。
味方を罵る前に敵がいることを忘れていてはどんなに優秀でもそれまでだ。
しかし振り返ると自分も昔はそうだったなと、この作戦が終わったらまた話をしてやらんといかんなと思い直し「山口司令官!」と加来艦長が呼ぶが、話すまでもなく山口少将は一部始終を横で聞いておりこの短い断片的な会話から状況を瞬時にしかも的確にこの敵艦隊は機動部隊だと見抜いたのだ。
「利根四号機の隣線は誰の機か?至急触接させよ!」
続いて「本来の計画到達点と利根四号機が現在報告してきた地点を至急索敵させよ」と命じた。
午前7:40 第二航空戦隊山口司令より 各戦隊に発光信号
「敵は空母を伴なう可能性大なり艦艇攻撃準備そのまま」
「二式艦偵・艦水偵に利根四号機の敵情触接」
「隣線の三番索敵線の利根一号機及び五番索敵線の筑摩一号機は利根四号機に触接して艦種および位置知らせよ」
三番索敵線の利根一号機は利根四号機の四番索敵線の南の隣線であり東進しているところであった、利根四号機の飛行計画から逆算した敵発見電の発信位置に最も近く100浬約60分ほどで触接できると見積もられた。
また五番索敵線の筑摩一号機は利根四号機の四番索敵線の北側の隣線でありこちらも最大進出線に向かって東進しているところであったが急遽、利根四号機が報告してきた地点を至急索敵せよとの命令を受けた。
優秀な部下でも欠点はあるものだが、それを自分で自覚し直そうと努力をしている者は良いが、それを長所と勘違いしている者も少なくない。
それを指摘し自覚させることも上司の大事な仕事である




