仁王立ち
敵空襲下での敵艦隊発見の知らせとミッドウェーからの帰還機も重なり一航艦は混沌の坩堝に呑み込まれていきます。
午前7:43 第一航空艦隊上空
断続的に続く空襲の中また艦隊後方の戦艦「霧島」が主砲・高角砲による対空射撃を始めたのを見張りが伝えてくる断雲が所々にありはっきりと敵機を視認出来ないが大艇か重爆の様だ。
一航艦各艦では対空戦闘と回避運動が再開される中、いつの間にか攻守が逆転している事に気づき始め、
先ほどまでの楽観論は消えこのままでは「赤城」の二の舞三の舞いになると不安が漂い始めていた。
そしてさらに状況を複雑にする要因であるミッドウェイ島攻撃隊が帰還し始め空襲下の艦隊を遠巻きにする機影がちらほら見え始めた。
戦争では色々なことが同時に起こりその対処を誤ればその責任は将兵が死をもって払わされるのだ。
今や一航艦は混沌の坩堝に呑み込まれ様としていた。
午前7:55 飛龍艦橋内 第二航空戦隊司令部
敵雷撃機の執拗な攻撃を巧みな操艦で右に左に回避し続ける「飛龍」艦橋内では
二航戦幹部が山口司令の次の命令を待っていた。
山口司令は腕組みをして仁王立ちで前方を見据え、見えない敵に全身から目に見える程の闘志を放っていた。この時彼に与えられた使命は不明確な敵艦隊の位置と兵力に対してこの空襲下に攻撃隊を発進させ捕捉撃滅し空中待機中のミッドウェイ島攻撃隊を無事収容するという、ひとつの間違いが取り返しのつかない結果を生む命令を出すことであった。
その重圧が重く圧し掛かる中、ようやく口を開いた最初の言葉は
「攻撃隊を先に出す その後ミッドウェーからの帰還機を収容せよ」であった。
隣に居た加来艦長はそれでこそと満面の笑みを浮かべ、すぐさま飛行長に燃料弾薬補給に降着する零戦を攻撃隊に加えるべく指示を出すと共に第二次攻撃隊の発艦準備予令を発した。
そして山口少将に向き直ると「司令 第二次攻撃隊全機発進完了まで
この「飛龍」に敵弾は絶対当てさせませんからどうぞご安心下さい。」と言い切ったのだ。
それに対して山口は「よろしく頼む!」と一言答礼しただけであった。
短いやり取りであったが周りに居た人々にはそれで十分だった、
二人は周囲が混乱に飲み込まれ様としている中でも絶対にこの戦いに勝つことを疑っておらず
その勝利に命を掛けているのだ。
そしてその根底には二人以外には入れない互いへの熱い信頼を見たのだ、
「この司令官、艦長に勝たせずして俺たちは何を成すのか」
その場に居合わせた全員の熱い気持ちが溢れる闘志となり不安が漂い始めていた
将兵の士気を一気に天上高く突き上げたのだ。
当時艦橋伝令としてたまたまその場に居合せた、近藤一水はまるで映画の一場面の様だったと振り返り、
「こんなにも人の気持ちを変えられるものなのか、人の上に立つ人とはこう人達なんだ
俺もこの人達と戦って共に勝ちたい!そしていつか俺もこの人の様になりたい。」とあの時の興奮を今でも鮮明に憶えていると涙ぐんだ。
「決断」とは不確定要素が多く方向性が見えないなかで何をどうするのかを決めることであり戦場指揮官の最大の職務である。
決断することに時間を掛ければ判断する材料が増え精度が上がるかも知れない、しかし逆に好機を逸するかも知れないし致命傷を受ける可能性もある。
どんなに優秀な指揮官でも結果はわからないし戦場に絶対はない、
そんな中指揮官は多くの不を背負いながら最後は自分の直感を信じ決断を下す。
あとは目指した結果になる様に全軍を率いて戦うのだ。




