「敵機動部隊発見」
利根四号機の索敵情報に疑問を抱いた山口司令官が放った,後続の索敵機が驚くべき情報をもたらします。
午前8:10 筑摩一号機より入電
「敵機動部隊発見 空母一ヲミトム ミッドウェー島ヨリノ方位10度距離210浬針路250度速力22」
利根四号機が敵艦隊を発見、山口司令官がこれを敵機動部隊と判断し出撃準備が早急に進められていく中、
驚くべく暗号電がもたらされたのだ。
飛龍電信室に筑摩一号機からの電文が届けられたとき、通信士の広瀬少尉は敵空母がやはり出て来たかと
いう思いと一隻だけで我が艦隊に向かってくるはずがない、まだどこかにいるにちがいないと思いながら、
艦橋に通じる伝声管に大声で文章を読み上げた。
読み始めてから自分でもその声が緊張のあまり上ずっているのが認識できたが、
それ以上に艦橋でこの報告を受けた航空参謀の橋口少佐が先程の報告電で通信を罵倒していた時とは全く違い、全身全霊で聞き耳を立てているのがよくわかり一瞬にして艦橋が凍りつくほどの緊張感に包まれていく
のが伝声管越にもよく分かった。
それは敵艦隊発見を打電後も敵艦に触接して逐次敵情を報告してくる利根四号機からではなく、最初の利根四号機の報告位置に疑問を抱いた二航戦司令部から、急遽触接する様指示を受け現場海域に向かっていた五号索敵線の筑摩一号機からであった。
筑摩一号機は利根四号機に触接する様指示を受け現場海域に向け約40分が経過したころ報告位置とは違うが輪形陣を構成した敵機動部隊を発見した。
筑摩一号機が発見したのはフレッチャー少将が指揮する第17機動部隊であり空母ヨークタウンを中心に輪形陣を組み艦載機の発艦作業準備中であった。
じつはこの発見は偶然の賜物で当初利根四号機が発見し艦隊に打電したのは、後述するもう一部隊のスプルーアンス少将が指揮する空母エンタープライズとホーネットから成る第16機動部隊であったのだ。
しかし利根四号機はここで索敵機としては致命的ミスをしてしまうのだ、それはこの敵艦隊の位置を間違えるという大失策を犯してしまうのだ。
なんと利根四号機は実際の第16機動部隊の位置よりも約60浬も北側の地点を緊急電で発信していたのだ。
なぜ索敵機がその様なミスを犯したのか諸説あるが、ありえないことが起こるのが戦場なのだ。
本来発見出来ないはずの敵空母を発見した日本軍の幸運を今度は米軍にもその位置を間違えさせるという形で戦いの神は采配したのだ。
だが気まぐれな神はここで再度日本軍に幸運をもたらしたのだ。
この時米軍は危険分散の処置として空母部隊を二群に分けて運用しており、そのもう一方の空母ヨークタウンを中心とした第17機動部隊が、利根四号機が間違えて報告した地点付近におり北方の索敵線から急遽南下してきた筑摩一号機に発見されてしまうのだ。
午前8:15 二式艦偵機一番機より入電
「敵機動部隊発見 空母二隻を伴う 攻撃隊発艦 貴隊に向かう ミッドウェー島ヨリノ方位10度距離200浬針路250度速力25節」
さらに当初利根四号機が発見したスプルーアンス少将が指揮する空母エンタープライズとホーネットから成る第16機動部隊も発見されようやく日本機動部隊は敵機動部隊の全貌をとらえたのだ。
当初利根四号機の触接命令を受けた二式艦偵機長の太田一飛曹はやはり利根四号機の報告位置は索敵計画線からいくらなんでも離れすぎているし利根四号機がなぜ索敵計画線から大きく逸脱したのか不明であり、敵に遭遇する可能性は低いと考えていた。
同じ時刻に発進した松本一飛曹の二式艦偵二号機が最初の計画線での想定発信地点に向かっており、
たぶんあいつらが当たりくじだと思い戦勝報告会での敵空母発見の殊勲を想像し羨ましく思っていた。
しかし発艦後30分が経過した頃(零式水上偵察機の二倍の巡航速度230浬)反航する敵艦載機の編隊を右前方に発見する、太田機長は機転を利かした判断で迷わずこの編隊の飛来方向に針路を修正し索敵を行い第16機動部隊の発見へとつなげたのだ。この発見こそ真の殊勲であった。
午前8:15 飛龍艦橋二航戦司令部
相次いで入電する敵機動部隊発見の報に飛龍艦橋は凍りついた。
報告電から彼我の位置関係を頭の中で素早く描くと敵までおよそ150浬位となる。
「敵は空母を三隻も出してきていたか、しかも敵は間近ではないか!」思わず加来艦長が叫ぶ。
二式艦偵機からの「攻撃隊発艦 貴隊に向かう」が二航戦幹部にのしかかる。
先手必勝の空母機動部隊戦において最も恐れていた先手を米軍にとられたのだ米空母三隻からの攻撃隊は
約120機あまりと想定され今来襲されれば勝敗は決してしまう。
鎧袖一触のはずの戦いがいつ攻守が逆転してしまったのか?
その答えを知る前に一航艦はその高い代償を払わなければならなかった。
戦争には必ず相手がいて敵も必ず勝つことを命題に向かって来るという基本的なことが
ないがしろにされ敵は自分達が考えた通りに動くという慢心からの大きな油断であった。
敵(機動部隊)は始めからこちらの位置を知り我は知らず、攻めているのは我々ではなく相手であり主導権も敵にあることにこの時ようやく気付いたのだ。
敵の主目標はミッドウェー島の防衛ではあるが、米太平洋艦隊司令長官ニミッツ大将から日本軍を迎撃・撃退せよとの命令を受けたスプルーアンス少将とフレッチャー少将はこの機会にナグモタスクホース撃滅を誓ってカウンターアタックを狙っていたのだ。
北米大陸開拓者の子孫達は決して軟弱な国民ではなくフロンティアスピリッツを持った攻撃精神旺盛な獰猛な相手であった。
いっぽういまや一航艦の救世主となった山口司令官は「やはり敵機動部隊はてぐすね引いて待っていたのだ」といたって冷静にしかし「ならば後の先を取り返り討ちにするまでだ!」
我らとて絶対に負けられんと気炎を上げたのであった。
すぐさま二航戦司令部では三隻の敵空母についての攻撃序列を策定、まず第二次攻撃隊で我が機動部隊に近い方(スプルーアンス少将が指揮する空母エンタープライズとホーネットから成る第16機動部隊)を撃破し、その後第三次攻撃隊でもう一隊(フレッチャー少将が指揮する空母ヨークタウンを中心とした第17機動部隊)を撃破以降反復攻撃を行うとされた。
前月に行われた珊瑚海戦同様、お互いの艦載機による殴り合いが始まるのだ。
また二航戦司令部ではこの至近の敵機動部隊からの攻撃がいまだにないのはどうしたことか議論となっていた、朝からの哨戒機や来襲中の敵機から敵機動部隊には我が部隊の位置が伝達されていないのか、攻撃隊の航法に問題があり我々にたどり着けないのか様々な憶測がでるが結論には至らず首を傾げるばかりであった。
次回は空母対空母の戦いです。




