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湖面の月  作者: 山田ビリー
月に狼
34/38

11.

ルナの着替えという至福の時間も終わり、俺としてはメイド姿のルナを堪能、いや慰めるため側にいたかったのだが、それは叶わなかった。

「選手交代!」

と格好付けてルナの前に登場したディアナ様が(彼女はこの登場シーンのためだけに隠れていた。そういう人だ。)、俺を強制的に護衛として連行したためだ。

確かにそもそも俺の職務はディアナ様の護衛なので、従うしかないのだった。


独房には誰もいない。ディアナ様と俺は、遠慮なく鉄格子の中に入る。エドゥアルト殿下はこのまま朝まで戻ってこないのだろうか。

声を潜めてディアナ様に話し掛ける。

「そういえばディアナ様は、細身で口元に黒子のある騎士を知っていますか?」

首を傾げるディアナ様に重ねて説明する。

「マルセルが言うには、その男がルナの居場所を教えてきたそうです。ですがルナを拐ったのもそいつだと。俺、そいつのことシモーネ様の所で見た気がするんですが。」

「細身なら、ネーブルの騎士じゃなさそうね。シモーネさんの指示でバカ殿下の所に潜り込んでるんじゃない?」

やっぱりディアナ様もそう思いますか。

「問題は、何のためにってことよね。」

「ディディエ殿下を王にするためでは?」

その為にエドゥアルト殿下と手を組んだと考えるのが妥当な気がするんですが。

「でもシモーネさんが、ディディエお兄さまに王位を継がせたいと思っているとは思えないわ。だって、ディディエお兄さまに王弟の心得を説いたのはシモーネさんよ。ディディエお兄さまがフェビアンお兄さまに妙に遠慮するのは、シモーネさんの影響だと思うの。」

今度は俺が首を傾げる番だった。ディアナ様が丁寧に説明する。

「シモーネさんは元々侯爵家の出で、叔父様の婚約者だったのよ。」

叔父様?

「ステファン司祭の事よ。愛し合っていたらしいけど……。」

「王弟殿下を捨てて陛下の愛人に?」

「叔父様が結婚できなくなったのよ。政変で失脚して神籍に入ったから。」

政変。失脚。まるで今のネーブルのようだ。

だがディディエ殿下を王に据える気が無いのなら、ネーブルの内紛に介入して、シモーネ様に何の得があるのかさっぱりわからない。

「いずれにせよ、そのシモーネさんの配下の騎士が、ルナの居場所を教えてきたなら、こっちの味方ってことでいいんじゃない。上手くやれって発破かけられてる気がするわ。案外、一連の全部がシモーネさんの掌の上だったりしてね。」

シモーネ様はそんな方だったのか……。怖っ。一見たおやかに見えるが、女性は見掛けによらないんだな。


ディアナ様と情報交換したところで、気になっていた事を聞くことにした。

「ところでディアナ様は、ルナをご存じだったんですか?」

フェビアン殿下もディディエ殿下も、ルナの存在しか知らなかったようなのに。

ディアナ様は、器用に片眉を上げて答えた。

「実は初対面じゃないのよ。と言っても、会ったのはすごく小さい頃に一度きりだし、向こうは私が王女だって知らない筈だから。」

そうして聞いたディアナ様の話では、ディアナ様は幼少期にデュナン公爵家に滞在の折、当時の当主に連れられて紅糸紬村に行ったことがあるそうだ。

「私、村では身分を伝えなかったから。そこでルナと会って、仲良くなったのよ。年齢差が外見に反映する年頃だったから、端からみたら、姉妹みたいだったんじゃないかしら。」

まぁすぐに帰っちゃったけどね、とディアナ様は肩を竦めた。

「後で公爵には、ルナのことは誰にも言っちゃいけないって言われたの。でも、時々想像してたわ。もしも私とルナが逆だったらって。あの村に居たのは私だったかもしれないんだ、ってね。まぁ蚕は苦手だから、私にはあの村での生活は出来ないんだけど。」

だけど、とディアナ様は続けた。

「もしも私とルナが逆だったら、私はセントと結婚できないし、貴方とルナも身分違いね。私達はこれでよかったんだわ。」

そう言ってディアナ様は、心底嬉しそうに笑った。

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