7.咎喰?それなら私は喰魔王!
「それは、世界に咎食を広めるというコトか?」
デリストが難しい顔をして訊ねてくる。
それに対してイーティアは「それや」と指を差した。
「さっきも言うてましたけど、咎食いうんはなんなんです?」
イーティアが訊ねると、デリストとシャルナはそういえば――と顔を見合わせる。
言動が大人っぽく頭の回転も速いが、常識には疎い少女だったのだと、改めて認識したような気分だ。
「さっきの歴史の話と繋がってくるんだけどね?
美食時代とか飽食時代とか呼ばれる1000年ほど前の時代。美味しい料理を求めるあまりに欲を肥大化させすぎた結果、喰魔王を降臨させてしまった――という話はしたわよね?
喰魔王を討伐して、世界が平和になったあと、世界中で贅沢は控えようって方向になったのよ」
「ふむふむ」
真面目な顔でイーティアは相づちを打ちながら、続きを促す。
寝物語を求めてくるかのようなイーティアの様子に、少しばかり母性を刺激されているのを自覚しながら、シャルナが続ける。
「――それ以降、贅沢をせず暮らしていく為の試行錯誤が繰り返されて、現代では定められたレシピ以外の料理の作成は禁じられたの。
正律食って言ってね。手順はもちろん、材料のサイズ、調味料の量、使って良い器具、食べるべき量などもそれを遵守すべしってね」
「身分階級や環境、職場などに応じて多少の差異は認められているが、原則レシピのアレンジは禁止だ。応用できる余地を残しているとまた喰魔王が降臨するような贅沢を初めてしまうかもしれないから、とな」
「国ごとに罰則の程度の違いはあれど、基本的にはどこも同じような法律を作っているから、喰魔王の降臨はやっぱ結構大事だったんでしょうね」
「…………」
途中からイーティアは露骨に眉を顰めだした。
嫌悪感を通り越した、侮蔑を思わせる表情だ。
そのことに、シャルナとデリストは少し怖さを感じつつ、話を続ける。
「その上で、大美食時代に食べられていたような度を超した美食を口にするコト……あるいは、それを口にした人のコトを咎食と呼ぶの。現代の大罪の一つとなってるのよ。
ひとたび口にすれば普段の食事は口にできなくなり、咎食を求めずには居られなくなるから」
なるほど――とイーティアは一つうなずいてから、嫌悪感を隠さず、昔話を唾棄するような笑顔を浮かべた。
「アホくさ」
「イーティアちゃん?」
「なんや、人間は贅沢で滅びかけたあとは、今度は質素倹約で滅びに向かう気なんか? しかも喰魔王も降臨せえへんうちに、勝手に滅びるのが明白やん。それをアホ言わんで何をアホ言うんや」
地球人としての前世を持っているからこそ、イーティアはこの世界の現代人を愚かしいと断言する。
歴史を聞けば事情は理解できる。けれど、理解した上でなおアホだとイーティアは言う。
「話を聞く限り、食事の質が悪すぎて人類全体が肉体の劣化に、思考力の低下までもが見られとるやないか」
恐らくこの世界の人類全員、栄養不足だ。
イーティアが普段食べていた食事こそが、定められた料理とやらだとするのであれば、あまりにも量が少なすぎる。
「……一つ確認したいんやけど、体調が悪い人用の病人食とかはあるん?」
「病人食?」
シャルナが首を傾げた。それだけで理解できることもある。
いつから今のような厳しいルールになったのかは知らないが、定められたレシピ以外作れないのは、体調などに合わせた料理を作れないことを意味するようだ。
しかも調味料の使用量まで定められているのであれば、糖尿病の人向け、高血圧の人向け――そんな感じで味付けだけを調整することすら罪に問われる可能性があるということである。
「環境による差異っちゅうんは、暑い土地と寒い土地とか、土地柄採取できる食材が違うからとか、そういう話なん?」
「ああ。その認識で合っている。あとは――先ほども言ったが、身分差によるものだな」
咎食を口にした人がそれを求めずにいられなくなるのは、何も美味しかったからだけではないだろう。身体に足りてない栄養が入ってきたことで、萎えていた本能がそれを求めるために目覚めたようなものだ。
つまり中毒症状とかではなく、無意識に抑え込んでいた生きるための欲望が活性化した結果にすぎない。
「私の身体がこんな鶏ガラみたいなんも、村が喰うに困ってるんも、全部そのクソッタレなルールのせいやないか」
怒りを滲ませながら立ち上がる。
その時、イーティアはシャルナとデリストを視た。
意識してなかったのだが、鑑定かなにかのスキルが勝手に発動していたのだ。
それによって、不思議なモノが見えた。
シャルナであれば胸や太もも。デリストであれば二の腕やふくらはぎなど。
人体の肉付きや脂肪付きの良い部分に、栄養とは違う何らかのエネルギーのようなものが渦巻いているのが見えたのだ。
恐らく二人に限らず、ギアハンターなどの肉体を酷使する仕事をする人たちは、何らかのエネルギーを体内に蓄えているのだろう。
それはきっと、足りない栄養を補うための、この世界の人々なりの進化だったのだと思われる。
逆に言えば、そういう方向に進化しなければ、人間が存続できない世界になってきているということかもしれない。
食事だけでは、力仕事や戦いを日常とする人たちの肉体を維持できない世界になりかけている――ということではないだろうか。
「咎食? 大いに結構や。わたしはそう呼ばれても構わへん。わたしはそんなルール無視して好き勝手食べて生かせてもらうわッ!」
二人は驚いたように、イーティアを見ている。
この世界にとっては定められたレシピで、粗食を続けることは常識なのだろう。
だが、イーティアからすればアホくさい常識だ。そんなもの蹴っ飛ばしてしまえと思うほどに。
この世界には、地球にはなかった美味しいモノが溢れている。ベルコーンやグミドラシルを見ればそう思える。
だからこそ、それを食べないなんて勿体ない。
……とまぁ、イーティア的には前世の記憶ベースに色々と考えた末の結論である。
だが、この世界の常識をベースに思考するシャルナとデリストはそうもいかない。
イーティアの語る内容は、まるで神の視点からによるもののようではないか。
あるいは――
「イーティアちゃん。貴女ってもしかして本当に喰魔王サマだったりする?」
「ん? なんでそう思うんです?」
「いやなんか……そういう視点の語り方というかなんというか……」
「シャルナの言うコトも分かる。実際、俺も似たようなモノを感じた」
「さよか」
二人に魔王認定されてしまった。
確かに、地球人視点でこの世界の問題を論じてしまえば、そう見られてもしかたないかもしれない……と、イーティアはこっそりと納得する。
「せやけど、喰魔王か……」
口に出してみると、そう悪くないことのように思えてくる。
口伝されている喰魔王の伝承が本当に正しいかどうか――国や研究機関が、再度検証するキッカケになるかもしれない。
「ええかもしれへんな」
「え? 何が?」
「君は何を言っている?」
戸惑う二人に、イーティアは不敵に笑う。
「二人の期待に応えてそう名乗るコトにしようかと思ってな」
「イーティアちゃん、本気?」
「正気の沙汰とは思えん。自覚はあるか?」
美味しいモノを食べたい。
美味しいモノを振る舞って咎食を増やしたい。
その為には、現代のルールが邪魔すぎる。
なら、それを無視して問題のない存在になればいい。
左手に右手の拳を打ち付けて、イーティアは気合いを入れながら不敵に笑う。
ちょっとばかり魔王を意識した悪役スマイルだ。うまく出来てないので、ただ笑っているだけでしかないが。
「よっしゃ! 今日この場より、わたしは――我は喰魔王や! 今代の喰魔王イーティア・ベルタを名乗ったる! その目的は、本能的な飢えと渇きに目を瞑り、正しき欲望を忘却し、想像を失したコトで勝手に死滅しそうな人類を嘲笑い、世界中の咎食を広め、咎食へと堕ちた人類だけを救うコト!」
朗々と告げるイーティアの姿は、不思議なカリスマがあった。
まるで本当に彼女が喰魔王であるかのような錯覚。
あるいは、彼女なら人の身でありながら本当に喰魔王に至れるのではないかという感覚。
彼女であれは咎食たる様々な美食を自分たちに振る舞ってくれることだろう。
その姿、その有り様、その存在感を纏うイーティアに対して、二人は思わず見蕩れたようなあるいは唖然としたような、なんとも言えない顔をして聞いていた。
もしかしたら、先ほど食べた肉の旨さにやられて、自分たちは彼女に魂ごと心を奪われてしまっている可能性すらある。
どちらにしろ、二人は自覚した。
あの串焼き肉を食べた時点で、自分たちは喰魔王イーティアに魂を囚われて、堕落してしまったのだろう――と。
あるいは禁忌の領域へと、ズブズブと堕落していく運命が定まったというべきか。
イーティアは突然の宣言に驚いている二人に、彼女はイタズラっぽく笑う。
「……って言うんはどうやろか?」
「どうって……」
「君は本気か?」
「半分くらいは」
「結構な本気度ね……」
イーティアの本気についていけてない二人。
そんな二人に、イーティアは素朴な疑問をぶつける。
「ところで、お二人に聞きたいんやけど」
「なにかしら?」
「……これから喰魔王になるにあたって、なにから手を付けて、何をすればええと思います?」
「なんとものんきな喰魔王もいたものだな」
カッコ良く宣言したあとに、なんともしまらない質問をしてきたイーティアに、二人は苦笑を浮かべた。
同時に妙な緊張感や空気が霧散していく。
「ところでイーティアちゃん。あたしもグラストも咎食になっちゃったけど、救ってくれるの?」
「もちろんです! なんなら、もっと美味しいモノをいっぱい食べさせたげるよー!」
即答するイーティア。
その言動に含まれる本気を感じ取ったシャルナは、自分の中の考えを固めて腹を括った。
「どうやって?」
シャルナに問われて、イーティアは少し考える。
「んー……まずは拠点やな。お料理できて、寝泊まりできるとこがええなぁ……」
「ふふ。ならそこからね。喰魔王として名乗りを上げるのは準備をしてからでいいんじゃないかしら?」
「せやね……って、シャルナさん手伝ってくれるん?」
「ええ。咎食になっちゃったしね。あと、イーティアちゃんのいうこのままだと人類が滅びるって言葉が気になっちゃって」
「まったく。お前がそう言い出したなら、俺も付き合わざるをえないじゃないか」
呆れたような声で、けれども覚悟を決めたような顔でデリストがそう言った。
「ええんですか?」
今さっき出会ったばかりの二人だ。
それなのに、イーティアに付き合おうとしてくれている。
「わたしが知らなかったとはいえ迂闊だったから、二人を咎食にしてもうたのに……」
「気にしすぎよ。元々、今の食事ルールには思うところがあったの」
「そうだな。ギアハンターなんかの旅人は、大なり小なり人目の付かないところで、レシピ外の料理や食事を口にするコトが多いから余計にな」
言われてみれば、イーティアが二人の元へ飛び出したキッカケは、美味しそうなお肉を雑に焼こうとしていたからだ。
レシピは知らずとも、ギアハンターなどの旅人は、旅先でああやって食事を摂っていたというのであれば、グラストの言いたいことも分かる。
「さて、言い出しっぺはイーティアちゃんよ?」
「そうだぞ。咎食に堕ちた俺たちを救ってくれよ?」
二人揃って茶目っ気のある顔をしてそう告げてくる。
だから、イーティアは嬉しそうにうなずいた。
「もちろんや。大船に乗ったつもりで任せておき!」
根拠も何もなく、ただ自信たっぷりに胸を張る。
けれども、二人にはそれで十分だった。
「なら提案だ。拠点はこのベルタの森につくりたいと思う。
この森はいくつかの国に跨がり存在しているし、中央付近は中立地帯になっている。
その中央付近。森の深奥には未開遺跡群、かつて天使が降臨した町とも呼ばれる都市跡――遺喰樹都キュイジューヌがある。
個人的にはそこに拠点を作れればと思う。美食時代の中心都市だった場所と目されている遺跡だ。
ギア同様わざわざ掘り返す必要もないからと放置されているが――咎食を増やすのが目的の喰魔王の拠点としては悪くないと思わないか?」
デリストの提案に、シャルナがうなずく。
「確かに、未発掘未解明のギアも多そうね。飽食時代のギアなら、お料理用の道具とかもいろいろありそうだし」
二人は説明にイーティアは嬉しそうに笑う。
「それなら、目的地はその遺跡や! 二人とも今後ともよろしゅうな!」
この三人の出会いこそが、将来――喰魔教団が生まれるに至る、最初の出会いだった。




