6.歴史を思えば腹が減る
「ちょちょちょ~~ッ!? お嬢ちゃんストップ! ストーップ!!」
「落ち着くんだ。怖がらせたなら悪かった」
大人二人は大慌てで号泣するイーティアをあやしだす。
単純に大人としてやらかしたという部分もあるのだが、同じくらい背後の大きな木から放たれる『次はお前らが串焼きになるか?』という圧が恐いというのもある。
イーティアを泣き止ませていると、泣き方の質が変わってきた。
どうにも、申し訳なさで泣き出したものの、シャルナに抱きしめられてあやされているうちに、人の温もりが恋しくなってしまったようだ。
こうなってはしばらく泣かしておいた方がいい。
特に女性の方は、幼い頃の自分と似たような境遇のイーティアに共感してしまっているところもあった。
二人は、イーティアが泣き止むまでの間に情報の整理をしておこうと話はじめる。
「食い扶持を減らす為に村から追い出されたと言ってわよね」
「ああ。今や世界中で、貧しい国や土地が増えてきているので、各地でそういうことが少なからずあるが……」
とはいえ、食い扶持を減らす為に子供を売ったり捨てたりする村というのは、往々にして村全体が貧しいことが多い。
「食い扶持を減らすようなコトをする家というのは当然、貧乏。そうなると首都の貧乏と比べものにならないくらい、知識や常識に疎い家であるコトも多いのよねぇ。
田舎でなくても、孤児院とか貧民街とか、わりとその傾向にあるけど」
かつての自分のことを思い出しながら、シャルナは僅かに顔を顰める。
「勉強するなら食いつなぐ手段を探した方が良い――としているコトが多いからな」
「そうなると、喰魔王という言葉も知らないのも不思議ではないのよねぇ……。
英雄譚としての物語は、子供からも人気のある絵本にもなってるし、歴史的にも重要な人物なのに、ね」
「家族の考え方によっては、絵本を読むコトに拒絶感を示して破り捨てたりもありえるからな……」
「……少しばかり、申し訳ないコトをしたわねぇ」
この国の首都から一番遠い村。
そんな村で、食い扶持を減らすべく追い出された少女。
彼女が何も知らない無知な少女でいるのも仕方ないことかもしれない。
「急に叱っちゃって悪いコトしちゃったわね……考えてみたら、能力に覚醒するまでは空腹のまま森を彷徨ってたワケでしょ」
「そうだな。自分たちの常識というのがいかに狭いモノなのか思い知らされた気分だ」
お肉の焼き方をレクチャーしに現れたのは、彼女なりのSOSだったのかもしれない。
自分を知っていることを教える見返りとして、助けてもらう――そういう子供なりの魂胆だったのだろう。
「……うう、めっちゃ泣いてもうて、ごめんなさい……」
「いいわよ。お姉さんたちも急に怒ったりしてごめんなさいね」
シャルナに抱きついて泣いていたイーティアは、身体を離しながら首を横に振る。
「泣きながらお二人の話を聞いてて思ったんやけど、私はなんも知らんみたいです。
この世界の常識も、当たり前に知られている英雄譚も……」
「そうみたいね」
「せやから教えてください。私がお姉さんたちに何をしてもうたのか。それが罪であるなら、ちゃんと向き合って罰を受けますんで」
その大人びた物言いに二人は顔を見合わせる。
常識には疎いのに、ヘタな大人よりもしっかりとしたことを口にする。
その奇妙なアンバランスさを不思議に思いながらも、二人は焚き火を囲う場に、少女も交えた。
「なんであれ、自己紹介からはじめましょうか。
お姉さんはシャルナ。シャルナ・アンよ。
こっちのむっつり丘陵口の無愛想イケメンはデリスト・シャーシラム。
二人ともお仕事はギアハンター。よろしくね」
「俺の紹介、もう少しなんとかならんのか」
ウィンクしながら可愛く紹介するシャルナに、むっつりと口の丘陵をより高くしながら、デリストがうめく。
こういうやりとりは日常なので、別に彼も嫌がっているワケではない。諦めている面もゼロではないが。
「わたしはイーティアです。
追い出されてもうたんで、元オークチック村住民のイーティアって名乗った方がええかな?」
「追い出されたのであれば、別に住まいを口にする理由もあるまい」
「せやね。なら、わたしはただのイーティアです」
都心部や大きめの街などの住民は平民であっても家名を持っていることが多いが、田舎だと少ない。
なので、村の外の相手に名乗る時は村名を家名を代わりに添えるのが一般的だ。
とはいえ、イーティアは村を追放されているのだ。家名代わりに村の名前を名乗れなくなっている。
「このベルタの森でサバイバルしてたんなら、イーティアちゃんはベルタの森のイーティア……いっそイーティア・ベルタを名乗ったらどう?」
「おお。ええですね! イーティア・ベルタ! 今度からそう名乗ります!」
言うほど長い時間サバイバルをしていたワケではないのだが、村の名前よりもよっぽど愛着がわきそうだとイーティアは笑う。
「ところで、お二人に聞きたいんやけど」
「なになに? なんでも聞いて! お姉さんのスリーサイズとか?」
「それはそれで知りたい気もするんやけど、そうやのうて、ちょう別のコトでもええです?」
「そっちも聞きたがってるキミの将来に危機感を覚えるが……ともあれ、聞きたいコトはなんだ?」
将来シャルナが二人になりそうで、内心で顔を引きつらせつつ――表はいつも通りだ――デリストが先を促す。
「ギアハンターってどんなお仕事です? 村やと全然聞かなかったお仕事なもんで。
いや、いたかもしれへんですけど、わたしは一切の関わり合いがなかったからか、聞いたことなくて」
イーティアの質問に、シャルナとデリストは顔を見合わせた。
最近、数を減らしているとはいえ、決してマイナーではない仕事だ。
それすらも、この辺りでは失伝しかかっているのか――と、言葉にせずとも二人とも驚いていた。
「まぁザックリいうと、世界中に残る先史文明の遺産――遺失技術品を探し回って発掘するお仕事ね。
根無し草であちこち旅して回っている人が多いのもあって、旅の何でも屋とか便利屋みたいな扱いをされてるところもあるけど」
「とはいえ、最近は1000年ほど前の飽食時代のギアは、金にならなくなってきてな。飽食であったコトが前提の道具が多く、専門の研究施設以外だと、この時代にそぐわないモノばかり故に管理・維持するのも無駄だと買い取りを拒否される。
それどころか、その場で破壊されたり、処分手数料を取られるコトも増えてきているのもあって、ギアハンターの数も減っている」
非常に残念そうな顔で、デリストは説明を口にする。
ギアに対しての思い入れは人一倍あるデリストからすると、壊されてしまうのは不本意な面はあるのだ。
一方で、そんなデリストの解説に対してのイーティアの反応は、非常に理知的だった。
「そら、稼げへんどころか赤字になるコトも多い言うんなら、そうなるやろなぁ……」
やはりだ――と、デリストは訝しむ。
イーティアは常識に疎いのに、頭の回転が異様に早いというべきか。
下手な大人よりも、理解力が高い。
そのアンバランスさを警戒するべきかどうか――と、考えていると、シャルナがさりげなくデリストの肩を叩く。
普段はおちゃらけているシャルナだが、その内面はデリストよりもよっぽど冷静で冷徹だ。
その彼女が大丈夫だと思う――と笑いかけてくる。そのことに、デリストは小さく息を吐いた。
(そうだな。気にしすぎても仕方ないか……)
デリストがそう思った矢先――
「しかしなぁ、もったいない言うか先史文明への敬意や歴史的探究心が足りとらんなぁ……」
――イーティアはそんなことを口にした。
「えーっと、イーティアちゃん? あのね、先史文明――特に飽食時代とか美食時代と呼ばれる頃に、人間たちが贅沢をしすぎたコトで喰魔王サマが降臨したっていう歴史があるのよ。
絵本とかだとアッサリ倒されたりしてるけど、実際に降臨した喰魔王は世界中の人間の数を一気に減らす原因になったとか」
「ほうほう。それがどうかしたんです?」
「人間たちの贅沢に対する際限のない欲が、喰魔王を降臨させた。だから人々は贅沢をするのをやめたの。だから、贅沢の為のギアなんて必要ないんじゃないの……っていう考え方なワケよ」
「その事実と、先史文明に敬意を持つコトって両立できへんのです?」
「え?」
サラっと返してくるイーティアに、シャルナは目を瞬かせる。
動きの止まった彼女に対して、イーティアはすかさず訊ねた。
「そもそも、その喰魔王いうんは、本当に人間の欲望が原因で降臨したん?
それを証明する文書とか、研究結果とか、なんらかの情報が保存されたモノとかあるんです?」
「そう伝わってる。それ以上のコトは必要か?」
デリストの問いに、イーティアは力強くうなずいた。
「めっちゃ必要やないですか。喰魔王の恐ろしさは全部が口伝なんですよね?
せやったら、口伝が間違っている可能性がある。複数の口伝があるならともかく、ほとんど一種類しか伝わってへんのやったら、それが間違ってた場合……かなり危険とちゃいます?」
「あ……そうか。だからイーティアちゃんは本当に欲望で降臨したのかって聞いてきたのね」
「二人ともどういうコトだ?」
首を傾げるデリストに、シャルナが答える。
「口伝が間違っていた場合、喰魔王の降臨理由が不明になるでしょ?
今の人間の暮らし方が1000年の間になんの問題が無かったからといって、未来も問題が起きないとは限らないワケよ」
「仮に飽食時代のギアが、喰魔王を抑える役割があった――という事実があった場合、この時代はどうなると思います?」
「二人の言いたいコトは分かった……だが、それは俺たちでどうにか出来る問題ではないな」
彼女たちの言いたいことを理解し、重く受け止めたデリスとが苦々しくうめく。
すると、彼女たちは軽い調子で肯定した。
「ま、そうよね」
「そこは否定せえへんです」
二人ともあっさり引いたので、デリストの口がますます丘陵のようになっていく。
「そうむくれないの。ようするにそういう考え方があるって話よ。
ただ、現状みたいに邪魔とか管理費の無駄とかでギアを壊していると、取り返しのつかないコトになるかもね……みたいな?」
「あくまで考え方の話です。同じ過ちを繰り返さへんいうんは大事ですけど、そもそもの過ちは、本当に贅沢しとったコトなんやろか……みたいな?」
そっくりの表情でそう口にする二人に、デリストは小さく嘆息する。
将来がどうこうならずとも、すでにシャルナが二人になったような気分だ。
デリストがぐったりした気分でいると、イーティアが希望に満ちた顔をしはじめた。
「なんであれ、お話しししてるうちに、今後のわたしのやるべきコトが決まりました」
「なになに? イーティアちゃん、何するの?」
興味津々なシャルナに、イーティはやる気に満ちた笑みを浮かべる。
「美味しいご飯を食べまくります! そして美味しいご飯を作る! さらに美味しいご飯をみんなに食べてもらいたい! なんやったら美味しいご飯を食べれる町を作るのもやぶさかやあらへん!」
グッと拳を握りながら、イーティアはそんな宣言をするのだった。
本日はここまで٩( 'ω' )و
明日以降は、先行している別サイトの投稿に追いつくまでは毎日更新の予定です。
追いつきましたら、以降は両方のサイトで更新タイミングを揃えたいと思います。




