1.おなかがすいたら思い出す
喰魔教団の始まりは、一人の少女が口減らしで村から捨てられたことだった。
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「おなか、すいたな……」
森の中。
おおよそ森の中を歩くのには適していない素朴な服の少女――イーティアが、お腹を押さえながらふらふらと歩いている。
十歳のはずなのに、そうは見えないほどに身体は小さく、四肢は枯れ枝のように細い。
だが身なりを整え、やつれた顔や、やせこけた頬や身体が健全に戻れば美少女であるのは間違いないだろう。
とはいえ今は、容姿など意味をもたない場所で、その弱々しい身体を賢明に動かして、命を繋ぐべく彷徨っていた。
「なんで……ご飯をいっぱい食べたら、ダメなのかな……」
イーティアはこの森の近くにあるオークチック村に住んでいた。
オークチック村は、領地の外れの辺境にある人口も少ない寒村だ。
食料の自給率も低く、国や領地から回される食料も後回しになるような土地柄、住民は常に餓えている。
それでも細々とやっていくだけの財政はかろうじてあった。
しかし、そうは言っても限度がある。
「毎日のご飯の量だと、全然……足りないのに……」
特に、イーティアのような大食らい扱いされるような子供は、邪魔となるのだ。
我慢できずに大量の食料を消費する燃費の悪い子供は不要。
村の食料を食い尽くすかもしれない悪食悪童は、村に置いておくわけにはいかない。
この村を守るため――そんな大義名分で、イーティアは魔の森へと捨てられた。
簡単に言ってしまえば、口減らしである。
「……なにか、たべたい……な」
森の中を彷徨ったところで、何もない。
そもそも、イーティアの知識に、自分で食料を調達するという手段がない。
だから、どれだけ森の恵に囲まれていようと、それが食料だと認識できないのだ。
狩りの仕方を知らない。
仮に狩れたとしても動物や餓獣の解体、捌いて食べる手段など知る由もない。
それ以前に、森の中を無防備にフラフラ歩き回っているにもかかわらず、肉食の動物や餓獣に襲われていないのは奇跡だ。
だけど、今のイーティアにとってそれはなんの慰めにもならない。
歩き疲れてへとへとで、お腹が減ってふらふらだ。
「あ……!」
だから、こうやって足を取られて転んでしまえば――
「もう、うごけない、……」
――立ち上がることなどできなくなってしまう。
心はすでに泣いている。
目も涙が零れだしてもおかしくないほどに滲んでいる。
けれど、もはや涙が流れるほどの水分も足りていないのか、滲むだけだった。
倒れたイーティアの目の前には、黄色い粒のような花をつけた野草がある。
ここはそれの群生地帯なのだろう。花畑のようになっている。
倒れたまま横を見れば、その黄色い粒がいっぱい溢れていて、とても綺麗な光景だった。
空腹と疲労で追い詰められていなければ、とても感動したかもしれない。
けれど、今はそれも何の意味もない。
「きれい。だけど、おなかはへったまま。とうもろこしみたいな、お花なのに……」
とうもろこし。
そう口にした自分に違和感を覚えた。
「とうもろこし……って、なに?」
自分の知らない単語だ。だけど、まるで最初から知っていたように口から漏れ出た。
「しらないけど、わたししってる? 黄色いつぶつぶいっぱいのやつ。ゆでたりやいたりするとおいしい……茹でる? 焼く?」
聞いたことのない言葉ばかりが口から漏れる。
だけど、それが何を示しているのか、どういう動作であるのかがハッキリと分かる。
「……宇食 舞美……わたしの名前? いや、わたしはイーティア、オークチック村のイーティア……あれ? うん、わたしはイーティアで、マミは昔の名前……昔、ちがう……前世や」
そこからは芋づる式だった。
イーティアという少女の中に、宇食 舞美という人間の記憶が外付けで追加されたような感覚。
外付けの記憶と今の記憶が接続されると同時に、マミとしての記憶が大量に流れ込んでくる。
ベースがイーティアであり、あくまでもマミは外付けの記憶に近い形なのだが、それでも十歳という年齢ながらに自我の幼いイーティアへの影響は強く出た。
「あー……なんや、喋り方がめっちゃ前世っぽくなってしまったな……」
それにしても、こんな死にかけのタイミングで思い出す必要はあっただろうか。
前世の記憶があったにしても、ここから起死回生を計るなんてことは――
そこまで考えて、イーティアはふと目の前の黄色い花を見る。
「なんや? ベルコーン草?」
すると、視界に植物の解説が現れた。
まるで前世で読んでいた漫画やゲームなどに出てきたようなウィンドウと呼ばれるソレを思わせる。
「急になんや? いわゆる鑑定とかそういう系の能力なんかな? あ。食べれるんやな、この花……って、食べれるんかッ、この花ッ!」
能力がどうこうとか、前世がどうこうとかいう以前に、その情報に小さくガッツポーズを取った。
この能力が何であるかは今は問題ではない。
今この瞬間に重要なのは、この能力を用いて、森の中で生きていけるかどうかだ。
「そのまま、口に出来るんはありがたい……!」
身体に活力が戻る。
まだ食べていないのに、食べられるモノが目の前にあるというだけで、こんなにも元気になれるんだな……と、イーティアは笑う。
「とうもろこしの粒を思わせる花が、すずなりに咲く可愛らしい野草。
その花は、そのままでも食べられるが、茹でたり焼いたりしても美味しい」
書いてある解説を音読し、しっかりと確信を持って、イーティアは手を伸ばした。
ぷつり――と、一粒だけ採取して、恐る恐る口に運ぶ。
シャクリと音を立てて花が潰れる。
溢れ出るのは、甘い花汁だ。
口の中に甘い汁が広がるのと同時に、眦にもう尽きてしまったと思っていた涙が零れてくる。
「前世で食べた……採れたての生とうもろこしの味や……」
空腹であることを差し置いても前世のとうもろこしよりも美味しいかもしれない。
その小さな粒を、大事に噛みしめるように味わうようにゆっくりと咀嚼して、嚥下する。
甘やかな風味をただよわせながら、喉の奥を落ちていく。
胃の中へとゆっくりと落ちていくその感触すらもしっかりと感じてから、イーティアは顔を上げた。
「このちっこいんでお腹いっぱいは無理やけど、でも……元気にはなれる」
いくら群生しているとはいえ、限度がある。
それに、食べ尽くしてしまうのは、この花どころかこの森にもあまり良くないだろう。
それでも、多少食べて栄養になってくれれば、また森を歩く気力も湧いてくる。
だから、イーティアはこの花畑で、少しばかり食事をすることにした。
「……全部は食べへん。せやけど、ここに咲き誇るその命を少しだけ……」
両手を合わせて、この出会いと、これから口にする命への感謝を込めて――
「――いただきます」
準備が出来次第、もう一話投稿します٩( 'ω' )و




