14.いただきますに祈りを込めて
イーティアが料理をだいたい終えた頃、デリストがお城の中から出てくる。
「すまん。もう出来てしまっているのか」
「デリストさん、おかえりです。今できたところやよ~」
何やら大きなクーラーボックスらしきものを抱えながら戻ってきたデリストに、イーティアが笑いかける。
「デリスト、何それ?」
「これか? ふふ……シャルナ。聞いて驚け。ワンダーボックスだ」
どこかドヤ顔で答えるデリストに、聞いた側のシャルナは胡散臭そうに眉を顰めた。
「レアリティ五つ星のギア……そう信じた結果ダメだったの、これで何回目だっけ?」
「まぁ待てシャルナ。お前の言いたいコトは分かる。だが、これはな――」
「あ。デリスト、その話長いわよね? 先にご飯食べたいんだけど」
ウキウキと饒舌気味に、そして嬉しそうな様子で語り出したデリストに対して、シャルナは即座に遮る。
憮然とした顔をするデリストだったのだが、シャルナの圧を感じる笑顔に負けて、大きく嘆息すると、ワンダーボックスと呼ぶ箱を邪魔にならない場所に置いた。
「イーティアちゃんに教えておくとね。デリストはギアマニアなの。
特にレアモノの実物やそれに類するモノと遭遇するとテンション上げて饒舌になる上に語り出すと長い。そうなるとなかなか止まらない。だから語らせる前に黙らせるのがコツ。覚えておきなさい」
いつになくシリアスな様子のシャルナに対して、イーティアは子供らしく「はーい」と元気良く返事を返す。
そのやりとりに、デリストはますまず表情を憮然とさせていくのだが、シャルナは敢えてそれを黙殺した。
デリストとシャルナのやりとりを見ながら、イーティアは「なんというか――これが二人のいつもの光景なんだろうな……」と、笑う。
「ともあれ、ご飯や。はい、デリストさん」
イーティアは馴れた手つきで鍋から器へとスープをよそって、デリストに手渡す。
「こんな森の中で温かい汁物を口にできるとはな」
「ほんとよねぇ……あ、イーティアちゃんあたしの分は?」
「もちろんありますよー」
シャルナの分もよそって手渡し、最後に自分の分もよそった。
それから、焚き火で焼いていた串焼きを手に取り、お皿に乗せてデリストとシャルナにそれぞれ手渡す。
「どっちも味が物足りひんようなら、自分でちょうお塩振ってな?」
二人はうなずき、すぐにスープを口にしようとするが、イーティアが両手を合わせてるのを見て、動きを止める。
前世であったなら、この場でも軽い「いただきます」ですませていたかもしれない。
だが、転生を自覚してから、この瞬間に至るまでの経験はイーティアにとって非常に重かった。
あるいは、前世の最後の影響もあるかもしれない。
食べたくても食べれなかったまま、動けないままに生涯を終えた経験は、食べられるというありがたみを強く感じる要因にもなっている。
ともあれだ。
今世だけでなく、前世も含めて。
食材を採る人、作る人。加工する人、運ぶ人。料理する人。そして食材そのものに、それを育むもの。食に関わる全ての存在に対する感謝が、より大きくより重く胸の奥から湧いてくる。
これまでも、前世であっても、当然感謝はしていたのだが、一方でどこか定番の儀礼という感覚が強かった。
だが、森でサバイバルをし、草花を食べることで命を繋ぎ、自らの手でハネミミウサギを解体したことで生じた想いは、心の底からの感謝を浮かび上がらせる。
だからイーティアは手を合わせた。感謝と鎮魂を込めて。自然と、浮かび上がる言葉を口にする。
「この世の食に関わる全ての存在に感謝を込めて。今、我が命を繋ぐ糧たるこの命をいただきます」
いただきます――食前のその言葉はこの世界にもある。
しかし、その言葉が示す真の意味を、シャルナもデリストも――いや、この世界に生きる人間たちは正しく理解していなかったのかもしれない。
食前の祈りを捧げるイーティアの姿を見て、二人はそう感じた。
だからこそ二人も、一度手にした皿を置いて、両手を合わせて唱和する。
「いただきます」
丁寧な祈りのあとで、それぞれに料理に手を付け始めた。
デリストはスープの入った器を手に取り、口を付ける。
次の瞬間、目を見開いた。
「……ッ!? なんだ……ッ、これはッ……!?」
「うわッ、飲んだコトないスープの味がする……ッ!」
驚愕したような顔のまま、二口三口と口にしているうちに、二人の表情は蕩けていく。
それは完全にこのスープに魅せられた顔だ。
「スープの味も驚くが、この肉もすごいな。柔らかくとろけるような肉が、ハネミミウサギの肉なのか」
「それ、ハネミミウサギの内臓やよ。キチンと処理して、じっくり煮込んであるから、スープに味が溶け出してるし、逆に味も染みこんどる。それに食べやすい柔らかさになっとるやろ?」
「これが内臓なのか。すごいな」
「言われなかったら、内臓だなんて思わないわよねぇ……美味しすぎてあたしまでとろとろに溶けちゃいそう」
「スープも内臓も……この味、全身に染み渡っていくかのようだ」
「食べてるだけで何か身体が内側から作り替えられてくみたい。気持ちいいまであるわ~」
「一口だけで高い満足感と充実感を覚えるのに、身体がもっと飲めと求めてくるみたいだな」
「ほんとよねぇ……こんなの味わっちゃったら、もう元の生活に戻れる気がしないわ」
「昨日の串焼きの比じゃないからな。咎食――なるほど、禁忌にしたくなるという理由も分かるというものだ」
「でももうあたしたちは咎食でないと満足できない身体になっちゃったでしょう?」
「昨日の串焼きの時点でならまだ引き返せる余地はあったが、このスープはだめだな。もう引き返す気も失せた」
恍惚な顔をしながら語りあう二人を見るに、どうやら咎食へと完堕ちしてしまったようである。
そんなやりとりを聞きながら、イーティアはあながち間違ってないかもなぁ……などと思ったりする。
実際、二人には栄養が足りてなかったのだ。
そこに、ちゃんと補給されるスープを胃におさめていくのだから、そう感じるのも不思議ではない。
ともあれ、美味しいと言ってくれることは純粋に嬉しい。
イーティアは笑いながら、自分もスープに口を付ける。
じっくり煮込んだホルモンからしみ出した脂の甘みと旨味。
臭みはなく、シャルナの言うとおりトロトロになっていて、嚙み切りづらさもない。
鑑定にあった通り、仄かに感じるベルコーンの持つトウモロコシのような甘みが、良いコクを生み出してくれている。
塩気を加えるのに、塩ではなく携帯食料である雑穀バーを一緒に入れて煮込んだのも成功だ。
軽い塩気と穀物の香ばしさと風味が、スープ全体の味わいの段階を上げてくれている。
加えて一緒に煮込んで柔らかくなった雑穀は、ぷちぷちもちもちとした食感になっていて、食べていて楽しい。
もちろん、雑穀はスープと脂をしっかり吸ってくれている。噛みしめればじんわりとスープもしみ出してくる。
(塩気は薄いけど、旨味やコクがすごいからめっちゃ美味しい……。
やっぱ美味しいご飯は元気でるなぁ~……こういうのが食べたかったんよ)
イーティアとしては、まだまだ完成度は高いとはいえない。
満足いく一品を作るには材料も環境も足りてないモノが多すぎる。
だが、今の手持ちと環境で出来るものとしては、かなり良いモノができたと思う。
「串焼きのお肉も美味しいわ~!」
「同じように焼いた肉なのに、歯ごたえも味わいも、昨日食べた鎧甲牛の肉とは全然違うんだな」
「柔らかいけど弾力があって……ほんのりと甘くて、あたしブルよりこっちの方が好きかも」
「ブルもブルで食べ応えがあって良かったが、こっちの弾力はあるのに柔らかい歯触りも悪くない」
「こういうご飯食べちゃうと、本当にもう元の食生活には戻れないって実感するわ……」
「ふっ、戻る気もないクセに」
「デリストだってそうでしょ?」
「否定はしない」
やはり作ったモノを嬉しそうに食べて貰えるのは良いことだ。
さて、自分も串焼きを食べよう――そう思って、確保して皿に置いておいたお肉に手を伸ばし――
「あれ?」
――皿に、串焼き肉がなかった。
食べた覚えはないし、デリストやシャルナが取ったとも思えない。
「わたしのお肉、どこいったんや……?」
まだ焚き火で焼いているモノもあるので、それをとればいいのだが――
「ん?」
「デリスト、どうかした?」
「……イーティア、俺の方へ来い」
急に真剣な顔をしてデリストがそう告げる。
イーティアを見ているようで、見ていない。むしろイーティアの背後の方へと意識を向けているように見えた。
背後が気になるところだが、イーティアは素直に従ってデリストの方へと移動する。
それを見ながら、シャルナもすぐに動けるように警戒しつつ、デリストの視線の先へと自分の視線を向けた。
「黒い……毛玉? なんか串焼き肉を勝手に食べてるけど」
「餓獣の類いか……敵意がないのなら助かるが……」
イーティアも二人が見ているモノを確認する。
「あれは……」
そこにいたのは、黒い毛玉のようにも見える小さな影。
艶やかな黒を基調として、赤いラインというか模様のあるその生き物は――
「……小さいし、まだ子供、なんやろか?」
――翼で器用に串を持ちながら、美味しそうにお肉を頬張っている、小柄なフクロウだった。




