15.気づくと仲良くなっていて
「フクロウ……?」
小型のフクロウというよりも、フクロウの子供というような風体のその子は、翼で器用に串を掴み、刺さった肉をくちばしで引き千切って、はぐはぐと食べている。
怪しいは怪しいのだが、ようやくごちそうにありつけたとでも言いたいような喜びの気配を見ると、何とも雑に扱いづらい。
イーティアは恐る恐る近づいて声を掛けた。
「あー……なんや、自分。もしかせんでも、お腹が空いとるんか?」
「ホホーウ」
可愛く鳴いてうなずく黒いフクロウを見て、イーティアは自分の分の串をもう一つ目の前に置いてあげた。
すると、そのフクロウはまん丸で可愛い黄色の目を見開いてから、まるで人間のように一礼する。
その様子を見ていた、シャルナがイーティアに訊ねた。
「イーティアちゃん、いいの?」
「お腹空くのは辛いもんなぁ……この子が良い子か悪い子かどうかは、この子のお腹が落ち着いてから考えればええ」
それはイーティアの偽らざる本音だ。
悪人も善人も。勇者も魔王も。天使も悪魔も。
空腹で辛い思いをしているのであれば、まずはご飯を食べさせてあげてからだ。
満腹は無理でも、元気がでるくらい食べてもらった上で、そいつの善し悪しについて考えればいい。
それが、今現在のイーティアの中に湧いた無自覚のポリシーだ。
「まぁイーティアちゃんがそれでいいならいいんだけど」
そんなイーティアの本気を感じたのだろう。
それ以上は何も言うまいと、シャルナは大人しく退いた。
一方でフクロウは、二つ目の串を嬉しそうにはぐはぐしている。
その様子がとても可愛くて、イーティアはフクロウに手を伸ばした。
「あー……フクロウさん、ちょう撫でてもええ?」
「ホーウ」
訊ねると、フクロウは食べる動きを止めて、どうぞとばかりにイーティアの方へと身体ごと頭を傾けた。
「おお! じゃあ、ちょう失礼して……」
恐る恐るフクロウの頭に手を乗せて、後ろへ向かってゆっくりと撫でる。
「おおー! ふんわりほわほわしてて何とも言えない撫で心地……!」
丁寧に優しく撫でていると、フクロウも気持ちよさそうに目を細める。
もっともっと――と、ばかりに頭をイーティアへ向けるフクロウ。それに対して、イーティアも「ほわほわやぁ……」と口にしながら、嬉しそうに撫でている。
そんな幼女と仔フクロウの戯れる平和な光景を見ながら、シャルナは少し難しそうな顔をしていた。
「デリスト、あのフクロウ。人の言葉を理解してるように見えない?」
「同感だ。言語だけでなく、人の行動の意味すら理解しているように思える」
元々フクロウやフクロウ型の餓獣は頭がいいと聞くが、これほどの個体はそうそういないだろう。
「悪意や敵意はなさそうだ。本当に腹が減って、肉を奪いに来ただけ……か」
「そうねぇ……警戒はしちゃうけど、だからといって何の理由もなく、今のあの二人を引き離すの無理よね?」
「お互い楽しそうに戯れているしな……」
「あのフクロウ……このまま居着いちゃったりして」
「十分ありえる。まぁ小型のフクロウ一が匹程度増えたところで負担は少ないとは思うが」
「まぁね」
苦笑しながら、シャルナはスープを口にする。
すると苦笑はすぐさま蕩け落ちて、見る者を一発で落としてしまいそうな艶やかで恍惚とした吐息を漏らした。
「はぁ……ほんと、おいし。
なんか美味しいモノ食べてるせいか、余裕というか寛大になれてる気もするわ」
「それは否定できないな。昨日、ボア肉を食べる前の俺なら、フクロウを切り捨てていた気もする」
デリストは串に刺さった肉を歯で抑えながら、串をスライドさせ、口の中に含んでからうなずく。
「そうねぇ、あたしもイーティアちゃんと会う前なら問答無用で撃ってた可能性あるわねぇ」
スープをスプーンですくって、底に沈む雑穀たちを口に運ぶ。
このぷちぷちとした食感は新鮮だ。
ガリゴリに焼き固めてあるか、ドロドロになるまで煮込まれているかしか知らないので、こんなふうに嫌ではない芯の残り方をしている不思議な食感が楽しい。
「ご飯って、美味しいだけじゃなくて楽しいって教えてもらっちゃったから、ほんともう逃げられない気がするわ」
嬉しそうに咀嚼して飲み込み、今度は串の肉をがぶっと口にして、串を抜く。
「お酒欲しくなるぅ~」
そんな楽しそうなシャルナに優しげな視線を向けながら、デリストはもう一口、串肉をかじる。
「しかし、美味しいモノを食べると寛容になる、か……。
イーティアが言っていた、世界が滅びかねないの理由の一つくらいはそれかもな」
「もぐもぐ……どういうコト?」
「ただの想像だけの話だぞ?」
デリスとはそう前置きしてからスープの具を口にいれる。
それを飲み込んでから、話をはじめた。
「不寛容による諍いは、ただの一般人同士による個人間であればケンカ程度で済むワケだが……。
これが領主同士や国王同士などになったら? もっというと領地と領地、国と国。それらが互いに度を超した不寛容になったら?」
「戦争一直線……ね」
彼の語る想像の先を想像して、シャルナは顔を顰めた。
ほわほわふわふわフクロウと戯れているイーティアを横目に、二人は声のトーンを落として少しシリアスな声で話を続ける。
「それだけじゃないぞ。不寛容というコトは、落とし所をお互いに決められないコトにも繋がりかねん。そうなったら待っているのは相手をとことんまで叩き潰す殲滅戦だ。そうでなければ、お互いの疲弊しすぎによる交渉ナシの自然休戦しかない」
「しかも、あくまで自然休戦だからどっちかが回復したら即座に再開する、と。ゾッとしないわねぇ……」
デリストの想像は大袈裟なようにも感じる話だ。
だが、ギアハンターとして世界中を渡り歩いていたシャルナからすると、その想像は決して遠いモノではないと感じるところもある。
「飢えの問題もある。イーティアが口減らしされたように、現在はあちこちで食料が不足し始めている。それはこの国だけの問題ではなく、近隣の国も似たようなモノだ」
もちろんそれは定められたレシピ通りの料理しか作ってはならない――という常識前提の食料不足。
イーティアからしてみれば、この国の食料はまったく不足していないように見えるだろう。
だが、デリストやシャルナの中に今なお染みついているこれまでの人生で得た常識は、そう簡単に覆るものではないのだ。
新しい情報や常識を受け入れる寛容さや柔軟さというのもまた、人それぞれである以上、万人が受け入れられるものではない。
「自給がシンドくなれば、余所から貰うしかない。けれどそこで交渉が決裂し、お互いの不寛容が悪さしあえば……デリストのいう戦争が始まりかねない……ってコトよね」
「そういうコトだ。そして交渉決裂の果てに、食料を分けてもらえないなら……と、逆ギレのように隣国の畑を焼き払うとかやってみろ。そうなったらお互いに食料庫を壊し合う戦争になるだろうな。そんな戦争、泥沼になるのが目に見えているだろう?」
「そうね。お隣同士の戦争で終わればいいけど、周辺すら巻き込みだしたら、戦火は世界全土に広がる。そしてその戦争は敵国の食料庫を壊すためのモノ……とかになったら目も当てられないわ」
「全ての国の食料庫を潰し合う戦争。それが終戦したところで、常識を捨てられない人間は生きていく手段を失うだろう」
あくまで想像の上でしかない話だ。
けれども、自分たちが推測できる範囲で分かりやすい滅びのビジョンが見えてしまった。
イーティアの懸念が理解できてしまったとも言える。
「そうでなくとも、遠方への食料供給が細く遅くなってきている以上……反乱みたいなトラブルって、いつ起きてもおかしくない空気があるものねぇ……」
「ああ。俺たちがイーティアと出会えたのは、案外幸運だったのかも知れんな」
「なんとも不思議なお子サマだけど、何か楽しいコトやらかしてくれそうな気配はするしね。しばらくはお付き合いするとしましょうか」
「そんなコトを言っていると縁が溶けてくっついて、気づけば切り離せなくなるんじゃないのか?」
「それならそれでOKよん。デリストだって、そう悪い気はしてないでしょ」
「否定はせんがな」
シャルナとデリストがそんな話をしているうちに、イーティアとフクロウはとても仲良くなったようだ。
自分の膝の上に乗せてスープを分けている。
「んー……くちばしでスープ飲むのは難しそうやし、中の具だけを別の皿に分けて……」
「ホー! ホー!」
それを食べては、フクロウが嬉しそうにパタパタと羽を動かす。
「美味しいか? 良かったな~」
なでなで。
嬉しそうなフクロウを、イーティアが嬉しそうに撫でる。
「美味しい――は、人間もフクロウも変わらないのかしら?」
「どうだろうな。あのフクロウが特別なのは間違いないだろ」
突然の乱入者に多少の騒ぎが起きた夕餉の席は、なんであれ平和に穏やかに幕を閉じたのであった。




