10.言わないコトも優しさです
「さて、下まで降りてきましたけど、次はどこ行きます?」
イーティアが訊ねると、デリストが周辺を見回しながら答える。
「これだけの規模の遺跡だ。軽く探索するだけでも数ヶ月はかかる。建物の中なら雨風をしのげるだろうが――似たような建物が多いからな……」
「そうねぇ……理想としては拠点たる目印として分かりやすい建物があればいいんだけど」
同じように周囲を見回すシャルナ。
とはいえ、ここは前世でいうところの東京――特に新宿や渋谷辺りのように、高層ビルやマンションなどが多い。
見回したところで、何かが見えてくるわけではない。
「とりあえずなんだが――あちらに向かいたい」
方角を確認するように周囲を見てから、デリストが指を差す。
「何かあるの?」
「上から見た時に、城らしきモノがあった。飽食時代の貴族の住まいの可能性が高い」
「みんな似たような四角い建物の町の中で、ちゃんとした城となると、分かりやすくもあるわね」
そんなワケで、三人は今の場所からやや北上した隅の方へと向かっていく。
クレーターの底にあり円形をしているこの町全体で見た場合、北東の端とも言える場所。城の背面は崖が壁のようにそそり立っている。
「それにしても、なんで貴族の住まいがこんな端っこなのかしら?」
「さぁな。それに周囲に建物も少ないな。何か意味があったのか?」
「確かにねぇ……もしかしてだけど、この町って建物がひしめいてるじゃない? だから逆に自然溢れる土地っていうのが贅沢だったんじゃないかしら」
「なるほど。広い庭も持っている土地のようだしな」
デリストとシャルナのやりとりを見ながら、イーティアは内心で口角を大きく引きつらせていた。
(二人は庭のオブジェ程度にしか見とらんかったけど、門くぐった正面にあったんは看板やな……)
見たことのない文字で描かれていたが、なぜかイーティアにはそれが読めた。読めたからこそ、思わず顔を引きつらせてしまったと言えるかもしれない。
(表面は、表面だけは平静を保つんや自分! あくまでここは1000年前の建物や!)
『HOTEL ラブ・クピト』――看板には大きくそう書いてあった。
そして、店名の下には料金が書かれている。
宿泊:(掠れてて読めない)00レプレ
休憩:2時間~(掠れてて読めない)7350レプレ~
共用大浴場、食堂もございます。大浴場、食堂だけの利用もOK。
娯楽玩具、大人の(掠れてて読めない)メニティも大充実!
※カップルでのご利用以外にも、休憩利用、女子会利(掠れてて読めない)腹利用、食事だけでも大歓迎☆是非ご利用ください
ついでに、別の看板に目を向ければ――
大好評! 当店 食堂名物
ガラナウナギのかば焼き
(掠れていて読めない)スネークのブランデー漬けフリット
魔白檀のチップを使った燻製各種
ルーム(掠れてて読めない)の注文も可能です
――そんな内容のことも書いてあった。
(どう見ても1000年前のラブホやないかいッ!!)
よもや、郊外にある謎の城型ラブホテルを異世界で見るとは思わなかった。
それに看板に書かれている名物料理……味も良かったのかもしれないが、どう考えても味とは別の意味で求められていたとしか思えない。
(いやアカン……いまのわたしは十歳や……。前世の記憶のせいやいうても、イケナイ想像はよくないなー……)
あまりにも衝撃的な城の正体に呆然としていると、シャルナが心配そうに声を掛けてきた。
「イーティアちゃん、大丈夫? なんか顔も赤いし、疲れて熱とか出してない?」
「あー……いえ、平気です。心配掛けてすみません」
「あまり無理はするなよ。俺たちでも多少疲れる道程だ。馴れてない君はかなりシンドかっただろう?」
「まぁ、疲れてるんは間違いないですけど……まだまだ大丈夫ですよ?」
二人に心配掛けまいとイーティアは笑って、敷地内を見回す。
それから、あたかも鑑定能力を使った風に告げる。
「どうやらここは、飽食時代の人たちから見て、昔のお城を再現したホテル……宿屋のようですね」
色んな意味で大人向けのホテルであることを伏せてそう言えば、シャルナとグラストは驚いたような不思議そうな顔をした。
「え? そうなのッ!?」
「なんでわざわざ古い城を模す? 町同様の四角い建物ではダメだったのか?」
「たぶん、お城いうんが飽食時代の人たちからすると、物語とか昔話とかにしか出てこない憧れの建物やったから……とかとちゃいますかね」
イーティア的にはうまくそれっぽいことを口にできたつもりだったのだが、二人はますます眉間に皺を寄せてしまった。
「ますます分からん。泊まって身体を休められれば良いのに、こんな広い庭に、豪華な城など、無用の長物ではないのか?」
「そうよねぇ……雨風しのげて清潔なベッドで寝るのに、こんなお城である必要あるのかしら?」
二人の言葉に、イーティアはこの場が1000年前のラブホテルであるかがどうでも良くなるくらいの違和感を覚える。
(贅沢な美食はあかん……いうだけやないな、これ。
鑑定結果ベースの質問ってノリで、なんや聞いてみた方がええな?)
確か看板に大浴場や名物料理があると書いてあった。そこを基点に聞いてみるべきだろう。
「なんやココには大浴場とか、名物料理が食べれる食堂とかもあったようですけど……そういうんは二人とも何とも思わへんです?」
「大浴場? なんだそれは?」
「それに食堂があったって別にどこで何食べても同じでしょう?」
二人のリアクションが薄い。
だが、シャルナの方の反応の意味にイーティアはすぐに気がついた。
「ああ! せや! お二人とも、今の時代の基準で考えたらダメですよ?」
「え?」
「飽食時代って色んな美味しいモノが食べられてた時代なんですよね?
せやったら色んなお店や料理人が、自分だけの味、世界で一番美味しい料理の為に切磋琢磨しておったってコトやないですか」
「あ、そっか。食堂ごとに料理の味どころか、そもそも出てくる料理が違うのね!」
「そういうコトです。だからこそ、名物料理というのは一つのアピールポイントなんですよ」
「なるほどー!」
シャルナの方はそれで納得してくれたようだが、デリストの顔は渋い。
「イーティア、大浴場というのはなんだか分かるか?」
「えーっと……宿に泊まってる人が使える共用の大きなお風呂みたいですよ?」
「風呂……だと? 湯を贅沢に使って水浴びするあれか?」
「たぶんそれであってると思いますけど」
「飽食時代は食だけでなく生活すら贅沢だったのだな」
ますます難しい顔をするデリストの額を、シャルナが指先で弾く。
「何をする?」
「デリスト、考え方が違うのよ。恐らくだけど、この宿屋は贅沢をする為の宿屋なのよ」
「贅沢をする為? 誰もそれを怒らないのか?」
「それも考え方が違うの。いいかしらデリスト。1000年前――飽食時代や、大美食時代と呼ばれるその時代では、別に贅沢しても怒られないのよ」
「言葉の上では言っているコトは分かるが……」
「あるいは、そもそも美味しいモノを食べるコトはもちろん、お風呂だって別に贅沢品じゃなかったかもしれないわ」
「……だとしたら、現代を生きる俺たちに贅沢を推奨するようなこの遺跡を、国は破壊しに来るだろうな」
「それは困っちゃうわね。でも、平民は贅沢を覚えてはいけない。貴族は必要な贅沢だけを行えって考え方が覆るのは、世界が滅びかねないって話だしね。あり得るわ」
二人のやりとりを聞いていたイーティアは、天に唾を吐くかのような顔をしてうめく。
(なんや、この世界の問題……食事事情だけやなくない?
贅沢禁止のせいで、発展や進化が停滞しとる――ならええほうで、もしかせんでも退化しはじめたりしてへん?)
しょーもない理由で詰みかかっとる世界やないかい――と、二人に気づかれないように毒づくのだった。




