9.高いとこから降りました
オレンジのグミドラシルの木にごちそうさまと挨拶したら、何やら枝が一つ落ちてきた。なんとなく矢印の形をしているようにも見える枝だ。
「どうしたん、これ? 持っていけばええんか?」
ざわざわとグミドラシルの枝々が揺れた。どうやら肯定らしい。
「なんだか分からないけど、わざわざくれたんだから貰っときましょうか」
「オレンジなりの導かもしれんな」
デリストの言葉を肯定するように、グミドラシルが揺れた。
それから、昨日のグレープと同じように葉っぱや小さな枝が落ちて矢印を作っていく。
「この方角に向かって森を進んでいけばいいんやね」
「獣道にもなってなさそうだな」
「まぁ今更でしょ」
三人はグミドラシルにお礼を言うと、示された場所から森へと踏み込んでいく。
やがてオレンジの作ってくれた、枝葉の道導べもなくなってしまう。
それでも三人は、できる限り真っ直ぐ歩いていると、ややしてイーティアの手の中にあるグミドラシルの枝が震えだした。
「なんや?」
すると、なにやら方角を示す。
「デリストさん、シャルナさん。これ……」
「道案内してくれるなんて、親切な枝ね」
「迷わずに済むのはありがたいな」
「原理不明だけどね~」
「色々思うところがあるのにすんなり受け入れてしまった自分に驚いている……」
「グミドラシルの木。なんやほんと謎の木ですな~」
雑談しつつも枝の案内に従って歩いていると、やがて大木が目の前に現れる。
地面に近い表面は苔むして緑色。
太い根っこが複雑に絡み合い、トンネルを作り出している。
そのトンネルを覗き込むと、下へと向かう階段になっていた。
「木はともかく、階段は明らかな人工物だな」
「昔からあったのか、この1000年で木に飲み込まれたのか……自然ってすごいわねぇ」
「なんやワクワクするな~」
言葉通りにテンションをあげているイーティアを見て、デリストとシャルナは笑う。
「森の中のサバイバルに怖じけずに、出来るコトを選び取って生き延びる。そして未知なる者にワクワクする好奇心がある――か」
「料理に興味がなかったなら、良いハンターになりそうよね」
「そうだな」
キラキラした目をして階段を見ているイーティアを見ながら、すっかり保護者のような気分になっていることに気づく。
でもそれも悪くないか――と、二人は笑い合って、イーティアの肩を叩く。
「さぁ、気をつけて降りるぞ」
「苔で滑るかもだし足元注意よ、イーティアちゃん」
「はーい! っていいながら転んだらウケとれます?」
「ケガするようなウケの取り方はしちゃダメよ~」
「無駄なコトに身体を張ろうとするんじゃあない」
お喋りしながら、三人は苔むした階段を降りていく。
道幅は思ったよりも広く、壁の左右には手すりがついているし、中央は坂になっている。
(なんとも前世を思い出す作りの階段やね……)
不思議な明かりに照らされた階段を降りていくと、広い地下道のような場所にでた。
左右に伸びているのだが、右の方はとても明るい。
「まずは明るい方でいいわよね?」
「ああ」
「お二人の判断に従いますよ~」
三人は地下道の中を進んでいく。
やがてその地下道を抜けきると――大きく視界が開けた。
薄暗い中を進んでいた三人は目を細めて、明るさに慣れるまで顔を顰める。
徐々に目が明かりに慣れていくと、やがて目の前に大きな町がその姿を露わにしていった。
地下道から出た先は、町の上空とも言える場所だ。
眼下に広がっているのは、イーティアにとっては前世の東京を思わせる町並みである。
苔むしたり、草木に覆われたり飲み込まれたり。
あるいは倒壊している建物があったり、明らかに何かの巣のようになっている建物などもあるのだが、ここが大都市だった町なのは間違いないだろう。
「こんなにしっかりと、町の遺跡が残ってるだなんて……」
「これまで聞いていた報告と比べても大きすぎる……」
町の周囲は大木や崖に囲われていて、その大木や崖から生える木々や枝々に生い茂る葉が天井のようになって揺れている。
それらの隙間から漏れる木漏れ日がスポットライトのように町を照らしていて、とても幻想的だった。
恐らくは上空から見ても、森の一部にしか見えないことだろう。
「もしかしたら、ここが本当のキュイジューヌで……今まで報告を受けてたのは、キュイジューヌから見ると町外れとか、郊外にあたる部分だったのかしら?」
「その可能性は高い。しかし、こうやって見ると飽食時代の文明や文化は、今と大違いだったのがよく分かる」
「ところでどうやって町に降りるの?」
「確かにな。飛び降りるわけにはいくまい」
そんなやりとりをしている二人を余所に、イーティアは自分の居る場所を見回す。
(うーん……ここは町の端っ子にある、高層ビルみたいな建物の屋上って感じやね。
屋上が地上行きのトンネルと繋がっとった……となると、軌道エレベータやないけど、そういう感じの役割のあったビルなんかな?
形的には都庁と近い感じするな。すぐ近くにもう片方の屋上も見えるし。
……そんで降りてきた階段が人工物やったコトから、元々から谷底やクレーターの底のような場所に広がる町やったんやろね)
そして、その屋上が外と行き来するトンネルと繋がっていたとなると、この建物は政治中枢というよりも、町の入り口そのものなのだろう。
(文明の感じからするに、飛行機とかもあったやろから、ココ以外からの出入りも出来たんやろけど……まぁ徒歩で出入りできる場所って感じやったんかな? 自転車やバイクで行き来もできるんやろうけど……自転車用っぽいスロープあったし)
ここ以外にも、町の崖というか壁際の方には出入り用のスロープやエレベータなどもあるはずだ。
自動車や馬車のような大型の乗り物が行き来できる貨物運搬用の出入り口もなければ、物流の問題も生じるだろうから。
だが、それは今は重要ではない。
「たぶんやけど、降りるならこっちや」
「え? イーティアちゃん?」
「分かるのか?」
「町を見てたら、何となくどういう生活をしてたんかは分かってきたからな~」
そういってトンネルの出口であった屋上にある、小屋のような部分を目指す。
「あの小さい建物か?」
「あれもこの足下の建物の一部ですよ。たぶん中に階段とかあるんやと思います」
近づいてみれば、苔に覆われて分かりづらかったが、確かに扉がある。
それもガラスの扉だ。
イーティアは見た瞬間に自動ドアだっただろうと予想がついたが、それを口にするのはさすがに不自然にすぎるだろう。
なので何となく扉の上と下を見て理解したような言葉を選んだ。
「本当は簡単に左右に開くんやろうけど……」
「まぁこれだけ汚れたり、苔がついたりしてたらねぇ……」
イーティアと一緒に、自動ドアのレールを見ながらシャルナは仕方なさげに笑う。
「動かないならやむを得まい。もったいないが割るぞ」
「飛び散らせないようにね」
「そんな乱暴者ではないつもりだがな」
そう口にして、デリストは右側だけ割った。
「ここまでしっかりしたガラスだ。左側だけでもあとで回収したいところだが……」
「そこはあとで考えるとしましょ」
自動ドアをくぐれば正面にエレベーターが四基ほどある。
いわゆる広めのエレベーターホールというところだが、当然ながらエレベーターは動いてなさそうだ。
「何かしらこの扉?」
「こんな小さな部屋をわざわざ四つも?」
「たぶんやけど、輸送用とか移動用の部屋なんとちゃう?
中に入ると、部屋が上下に移動して階を移動するようなモンやったんやと思う」
「それも鑑定能力で?」
「……まぁそんな感じです」
なるほど、最初から鑑定能力によるものだと答えておけばよかったかもしれない。
「もちろんそれが動かなくなってしもうた場合の緊急手段として、階段とかもあるはずやから……うん。その部屋の裏側に階段あるな」
「飽食時代の遺跡をこれほど簡単に進んでいけるのは新鮮だな」
「イーティアちゃんの鑑定能力がすごすぎるわ」
鑑定能力を一切使わず、ほぼ前世の知識だけで進んでいるので、なんとなく申し訳なくなる賞賛である。
とはいえ、口にする気もないので、イーティアは二人を促して階段を降りていく。
そうして――
「よくよく考えたら、あんな高いところにおったんや。降りるんも大変よな……」
「さすがに延々と階段を降りるのはキツかったな」
「足がパンパンになっちゃいそうだわ……」
「デリストさん、途中から抱っこしてくれてありがとな」
「気にするな。キミの体力などを思えば仕方あるまい」
途中で抱っこされるのはありがたかったが、恥ずかしくもあった。
あと、抱き方が完全に子供を抱くパパのそれだったというのもあって、抱かれている間は何とも言えない気分のままイーティアは顔を赤くしていた。
それはさておき。
高層の建物から徒歩で階段を降りるのは、さすがにデリストとシャルナもシンドかったようだ。
降りきった頃には、みんな疲れてぐったりしているのも仕方がないことだろう。




