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第2章:上高地の最後の晩餐

#R15 #サイコスリラー #ヤンデレ #執着 #共依存 #マウンテン・スリラー #因果応報

旅館「翠晶園」は、まるで時の流れを拒んでいるかのような古い建物である。朽ちた木の匂いと安っぽい線香の香りが、狭い廊下に充満している。外では秋の雨が降り始め、紅葉した楓の葉を濡らしていた。その色は、まるでぱっくりと開いた生々しい傷口のようであった。


この離れには、二人しかいない。フロントから最も遠い、突き当たりの部屋が予約されていた。


「食べなさい、朱里ちゃん。明日の登山には体力が必要だよ」


一人がしゃぶしゃぶのボウルを差し出しながら言った。


朱里は畳の上に正座し、箸を持つ手を震わせていた。彼女は部屋の隅に置かれたザックを何度もチラチラと見ている。何を探しているのかは分かっている。さっき電車を乗り換える時に、ポケットから消えたスマートフォンのことだろう。


「江戸さん……本当にスマホが見つからないの。あずさの中に落としたのかも。駅員さんに届けなきゃ……」


彼女の声は掠れ、隠しきれないパニックに満ちていた。


江戸は酒をゆっくりと啜り、喉を通る熱い感触を楽しんだ。「スマホなんて、二人の時間の邪魔になるだけだよ。これは運命が、私だけに集中しなさいと言っているんだ。それに、スケジュールもルートも全部ガイドブックに書き込んである。一緒にいれば安全だよ」


彼は立ち上がり、畳の上を音もなく歩いて彼女に近づいた。真後ろに座り、漆黒の髪を撫でる。彼女の肩が強張った。


「どうして震えているんだい? 自分の兄が怖いのかい?」彼は囁いた。


「い……いえ。ただ、寒いの」彼女は嘘をついた。


彼は彼女の背中に体を密着させ、その香りを深く吸い込んだ。「さっき、スマートウォッチの充電が切れる前に通知を見たよ。『佐藤』という人物からのメッセージだ。どうして電話に出ないのかと訊いていたね」


朱里の動きが完全に止まった。部屋の空気が凍りついたかのようだった。


「佐藤とは誰だい、朱里? 押し入れの奥に隠してあったあの青いマフラーをくれた相手かな?」


彼は抱擁を強め、彼女の首に腕を回した。閉じ込められていると実感させるには十分な強さで。


「彼……彼はただの同僚よ、江戸さん! お願い、またそんなこと……」朱里がすすり泣きを始めた。


「嘘をつくのは嫌いだ。私たちは同じ血を分けているんだ、朱里。君の鼓動も、考えていることも手に取るように分かる。見知らぬ誰かの元へ行き、家を捨てるつもりかい? 私を捨てるのかい?」


彼はテーブルの上にあった果物ナイフを取り上げ、朱里の顔の前で弄んだ。刃に反射した光が、彼女の濡れた瞳の中でぎらついた。


「明日、あの山の上には佐藤もいない。警察もいない。他の誰もいない。あるのは君のための清めの儀式だけだ」


彼は言葉とは対照的に、優しく彼女のこめかみに触れた。


「君がすべてを忘れるのを手伝ってあげるよ。また素直な妹に戻るんだ。もし、そうしないなら……」


彼は言葉を切り、彼女の想像力に空白を埋めさせた。そして、赤いリンゴの破片にナイフを突き刺し、彼女の口元に差し出した。


「口を開けて。食べなさい」


涙を流しながら、朱里は口を開けてそのリンゴを噛み砕いた。この密室で、そして明日登る山の影の下で、自分の声は何の力も持たないことを彼女は悟っていた。


その夜、部屋のドアは外から施錠され、鍵は隠された。隣で眠っていると、彼女が胎児のように丸まり、逃げるように身を縮めているのが伝わってきた。


暗闇の中で彼は微笑む。明日、地図に載っていないルートへ足を踏み入れた時、彼女は気づくことになる。この旅館が、彼女が踏みしめる「最後の一番安全な場所」だったということに。

「最後までお読みいただきありがとうございます。次回の更新は明日、22:00を予定しております。また明日お会いしましょう!」

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