第16章:静寂の頂(フィナーレ)
#R15 #サイコスリラー #ヤンデレ #執着 #共依存 #マウンテン・スリラー #因果応報
大キレットの山頂に吹く風は、数千の亡霊が啜り泣くように咆哮していた。この高度では、酸素は贅沢品であり、温もりはただの神話に過ぎない。
僕はかつて海斗を突き落としたその場所で、凍てついた鋭い岩の上に横たわっていた。体はもう何も感じない。僕の神経はすでに低体温症に屈していた。崖の縁に立つ朱里の姿が見える。嵐に髪をなびかせる彼女は、あまりにも神々しく、そして自由に見えた。
「さようなら、江戸兄ちゃん」彼女の声は優しく、風に運ばれてきた。「私をここまで連れてきてくれてありがとう。この場所で、私は犬神の名を捨てる。この場所で、私はあなたの妹であることをやめるわ」
海斗が一歩前へ出て、朱里の首元に厚手のマフラーを巻いた。それは僕がかつて引き裂いた、あの佐藤の青いマフラーだった。どうやってか、彼はそれを見つけ出したらしい。海斗は最後にもう一度だけ僕を見た。その瞳に怒りはなく、ただ、耐え難いほどの侮蔑を含んだ同情だけがあった。
「この山が血の婚礼の証人になると、君は言ったな」海斗は冷酷に告げた。「その通りだ。だが、君の花嫁は朱里じゃない。お前の花嫁は、この静寂だ」
二人は背を向けた。海斗は朱里の華奢な肩を抱き寄せ、安全な下山道へと彼女を導いていく。遠くに見える山小屋の灯火に向かって。彼らは去っていった。ロープも、コンパスも、そして声さえも持たない僕を置き去りにして。
僕は叫ぼうとした。彼女の名前を呼ぼうとした。しかし、口から出たのはただの白い吐息だけだった。彼らが白い霧に飲み込まれ、ゆっくりと消えていくのを僕は見つめていた。
僕の世界は今、本当に僕が愛した「暗いクローゼット」になった。しかし今回、そこには抱きしめるべき朱里はいない。僕は永遠の闇の中でたった一人、アルプスの冷たい星々に見下ろされながら、心臓が鼓動を止める時を待っている。




