エピローグ:新しい空の下の春
#R15 #サイコスリラー #ヤンデレ #執着 #共依存 #マウンテン・スリラー #因果応報
二〇二七年、四月。
新宿御苑の桜が舞い落ち始め、アスファルトを薄紅色の雪のように覆っていた。朱里は木の下に立ち、シンプルな白いドレスを纏っていた。彼女はもう車椅子には乗っていない。歩みは少し遅く、美しく彫られた木製の杖をついてはいるが、その頭はまっすぐに上げられていた。
カジュアルなジャケットを着た一人の男が彼女に近づく。海斗だ。彼のこめかみには今も小さな傷跡が残っている。それは過去の闘争から得た、勲章のような印だった。彼が朱里の手を握ると、今度は彼女が怯えることはなかった。それどころか、彼女は海斗の肩にそっと頭を預けた。
「準備はいいかい?」海斗が優しく尋ねた。
朱里はうなずいた。今日は区役所に入籍届を出す日だ。過去の暗闇の残滓を消し去るための、簡素な書類。もう「犬神」という名はどこにもない。彼女は今、影山朱里になったのだ。
「海斗くん」朱里は指のシルバーリングを見つめながら囁いた。「昔、私は愛とは所有することや痛みを与えることだと思っていた。でも、あなたと一緒にいて学んだの。愛とは誰かを自由に羽ばたかせ、それでも帰る場所があるということなんだって」
海斗は彼女の額にキスをした。「君はもう、家に帰ってきたんだよ、朱里」
遠く、新宿の交差点にある大型ビジョンに、速報が流れた。「北アルプスの隠れた裂け目から、雪解けと共に犬神江戸と特定される登山者の遺体が発見されました」
朱里はそのニュースを一秒間だけ見つめ、そして視線を逸らした。その知らせは、もう彼女に対して何の力も持っていなかった。彼女は背を向け、海斗と共に歩き出した。幸せそうな群衆の中に紛れ、木造のクローゼットや死を招く山の霧に縛られることのない未来へと向かって。
晴れやかな春の空の下、二人はもう犠牲者でも生存者でもなかった。彼らは、最も長い夜を越えて光を見つけ出した、二つの魂だった。
(完)
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
長い地獄の果てに、朱里と海斗がようやく辿り着いた「春」を描き切ることができました。
標高3000メートルに置き去りにされた孤独と、地上で育まれた希望の対比を感じていただけたでしょうか。
この物語が、皆様の心に少しでも深く刻まれることを願っています。
完結記念に、感想やレビューをいただけますと執筆の励みになります。
また別の物語でお会いしましょう。




