第13章:北海道からの残響
#R15 #サイコスリラー #ヤンデレ #執着 #共依存 #マウンテン・スリラー #因果応報
眠れない。あの廊下で朱里が「立っていた」のを目撃してから三日が経った。あれは疲労のせいだ、あるいは焚き続けている香の香りに当てられた幻覚なのだと自分に言い聞かせ続けている。だが、壁の赤い口紅は現実だった。僕は自分の手の皮が剥けるまで、それを擦り落としたのだ。
今朝は、いつも以上に雪が激しく降っている。僕は広間に座り、タブレットでニュースを見ることで思考を集中させようとしていた。外の世界がまだ正常に動いているという確信が必要だったのだ。
しかし、ある見出しが僕の心臓を停止させた。
「旭リハビリ施設で流血事件:吹雪の中、危険な患者が脱走」
画面をスクロールする指が震える。事件は昨夜起きた。三人の看護師が、足の腱を切り裂かれた状態で発見されたという――殺さずに無力化する方法を知り尽くした者による、精密な切開跡。監視カメラは、薄い病衣と盗んだ靴だけで吹雪の中を駆け抜ける男のシルエットを捉えていた。
患者番号:302。影山海斗。
「あり得ない……」僕は喘いだ。「マイナス三十度の極寒の中、人間が生き延びられるはずがない」
突然、台所の方から小さな笑い声が聞こえた。僕は驚愕し、タブレットを落としそうになった。朱里がそこに、車椅子に座って背を向けていた。彼女は、僕が鍵をかけた引き出しにしまっておいたはずの包丁で、リンゴを切っていた。
「彼が来るんでしょう、江戸兄ちゃん?」彼女の声はひどく澄んでいて、屋敷の静寂を切り裂いた。
「誰が来るというんだ? 馬鹿なことを言うな!」僕は彼女に歩み寄り、その手から包丁を奪い取った。
朱里が僕を振り返った。彼女の瞳はもう空虚ではなかった。そこには、その場で彼女を絞め殺したくなるような、勝利の輝きが宿っていた。「影山の血。あなたが言ったのよ、彼の血は死ぬために流れるんじゃないって。今、その血が秋田に向かっているわ。彼は『妹』を迎えに来る」
「黙れ! 最寄りの駅に着く前に、凍死するのがオチだ!」僕は叫んだが、自分の声が確信を欠いているのが分かった。
僕はすぐに玄関へ走り、すべての鋼鉄の閂がかかっているかを確認した。屋敷の周囲に設置した監視カメラのモニターをチェックする。画面はただ白一色――舞い上がる雪がレンズを覆い尽くしていた。僕は孤立した。正体を疑い始めた女と、死を拒絶した男の亡霊と共に、完全なる孤立の中に放り込まれたのだ。
広間に戻ると、朱里はもう車椅子にはいなかった。座面の上には、一枚の引き裂かれたオレンジ色の布だけが残されていた。
それは、槍ヶ岳で突き落とした際に海斗が着ていた登山用ジャケットに酷似していた。
「朱里! 出てこい!」僕は古い屋敷の暗い廊下に向かって叫んだ。
返答はない。ただ外で風が咆哮する音と、二階から響く重い足音だけが聞こえてきた。ドスッ……ドスッ……ドスッ……。重い登山靴を履いた男が歩くような足音だ。
僕は手の中の包丁を強く握りしめた。海斗が本当に、これほど早くここまで辿り着いたのか? それとも、朱里が人生で最高の芝居を演じているだけなのか?
「ここでルールを作るのは僕だ!」僕は影に向かって叫んだ。「この屋敷の支配者は僕なんだ!」
だが、初めて、僕が精巧に組み立てたナラティブ(物語)が軋み始めた。僕はまるで、今すぐ翼を折られようとしているスズメのような気分だった。僕は……恐怖を感じていた。




