質問会
立候補を決めてから怒涛の2週間だった。アドリアーナは早速紹介してもらった貿易商と打ち合わせ重ね内容を詰めた。さらにカトリーナと手分けをして、各クラスに周って短いスピーチを行い、目玉の国際文化祭り企画のポスターを貼った。
投票日の3日前というタイミングで公開質問会が行われることになっている。投票日の前に学生の疑問に答えるためだ。
舞台の左にはアドリアーナとカトリーナ、右には対立候補のソフィーとドミニクという男子学生が座っている。
アドリアーナにとっては久々の学生の前に立つ武者震いを感じる機会だった。
(さあ、これが私の舞台だ。渾身の企画、喜んでもらえるはず)
「質問のある方は挙手ください」
パラパラと手が上がる。
「ソフィー様は一昨年から毎年チャリティ活動の企画をなさっていたので芯が通ってらっしゃいますわ」
「チャリティ活動で将来の支援先を見つけられるのもいいと思います。貴族の当然の義務とはいえ、共感している活動を支援したいですから」
「チャリティ・ガラはソフィー様が企画したらすごく素敵な会になりそうですわ。新しいカップルも登場したりしそうですね。ふふふ」
ソフィーへの質問のみ。質問というよりは単なる褒め言葉だ。そして、アドリアーナ陣営への質問はない。
公開質問会が終わって解散した直後、初等部・中等部時代の後輩・パトリシアが寄ってきた。
「アドリアーナ様、カトリーナ様、ごきげんよう。改めまして、学校へお戻りになったこと、本当に嬉しく思います」
中等部では生徒会を一緒にやっていたこともある、気の置けない中だ。アドリアーナは彼女を見て懐かしい気持ちになった。
「ありがとう。私もまた君のような可愛い後輩の顔が見られて嬉しいよ」
パトリシアの顔がぱぁっと明るく、いや赤らめている。
「で、ちなみに公約についてどう思った?」
「はい。率直な意見をお伝えしたく。国際交流は大事だと思います。ただ私たちには婚約者探しや家の仕事があって、正直……あまり関係ないと感じてしまいました。申し上げづらいのですが、お伝えしておいた方が良いかと思い。でも、もちろん応援しています。頑張ってくださいませ! アドリアーナ様はアドリアーナ様のままで永遠に!」
それを告げると、膝を軽く曲げてお辞儀をして後輩は小走りに去っていった。
◇ ◇ ◇
カトリーナとアドリアーナは誰もいなくなった会場でぼんやり座っていた。カトリーナが呟く。
「さっきのパトリシアの話だけど、私も何人かから似たような話を聞いたよ。飲食・芸術のお祭自体は面白そうだけど、今はそれどころじゃないんだって。婚約とか卒業後の仕事とか、みんな小さくまとまってるよね!ほんとつまんない」
カトリーナはアドリアーナ同様、爵位の高い侯爵家の人間だ。縁談は勝手にやってくるので、そこまで困ることがないからか婚約者探しに焦る様子がない。
「そういえば、カトリーナは婚約者探しをしなくていいのか?」
「もういるよ。マッシモ侯爵家の長男ペドロ」
(!!!!)
「ごめん、言ってなかったね。夏は彼の北の領地を見るのも兼ねて行っていたの」
沈黙。
カトリーナがアドリアーナを見ている。そしてアドリアーナもカトリーナを見ている。
「アドリ?」
「……そうか。そうなのか。おめでとう!」
「ありがとう。いずれにせよ私たち二人の感覚は他の学生とずれちゃってるよね。ごめん、私が気づいてあげるべきだった」
「いや、なんというか。思ったより15歳からの2年間は人を成長させるんだと思った」
(みんな前に進んでいるんだ。わたしは? わたしはどこに向かってる?)
「アドリアーナ、私がもう少しみんなの興味持ってもらえるように改善案考えてくるから、一晩ちょうだい」
そう言ってカトリーナが帰るのを見送ると、アドリアーナは会場に一人残された。
(みんなが喜ぶ企画すら考えられない。何ができるんだろう? 私は何がやりたいんだろう?)
学校内に貼っていた古い公約ポスターを剥がして回った。
◇ ◇ ◇
その後、ひさびさの個人授業に向かった。図書館の前まで来たものの、どうにも入る気になれない。入り口の柱にもたれてうなだれていた。
(助けてもらったラファエロ様にも合わせる顔がない)
「入らないのか?」
顔をあげると、目の前にはいつにも増してキラキラした顔をした第二王子がいた。
「今日は公開質問会があったと聞いたが? アドバイザーへの報告がないな」
機嫌よく揶揄うその姿が、余計にアドリアーナの気持ちを沈め、顔を見ることができない。
「はい。それが……ラファエロ様、貿易商の方のご紹介までいただいて感謝しきれません。ただ独りよがりな気がしてきました。私がいなかった間に、学院のみんなはずっと前に進んでいたようです。婚約とか仕事とか。面白いだけじゃ、ダメだったみたいです」
「珍しく弱気だな」
「2年いなかった人間がいきなり学校に現れて提案しても、誰なんだって話で、誰の心にも響くわけない。そりゃそうだ。ははは。なんでだろう。何にもうまくいかなくなっちゃいましたよ……」
心で思っていたことが言葉について出てしまう。ラファエロにはこの間も思い切り感情をぶつけてしまったから、もう取り繕うこともできない。
ようやくまた顔を上げると、呆れ顔のラファエロが一歩近くに立っていた。
「『自分に期待しろ』と、勇ましくふっかけてきたのは誰だったか」
(その通りだ。情けない。これ位でへこむなんて私らしくない。頑張らないといけないのに)
その時思いがけず、ラファエロの右手がゆっくりアドリアーナの頭に触れ、頭をポンポンとなでた。不意打ちの優しい手つきに、アドリアーナの中の何かが壊れた。感情のグラスがいっぱいになって溢れ出る。思えば、意識が戻ってからずっと必死に2年分を追いつこうと頑張り緊張してピリピリしていた。
「うー、ずみ゙ま゙せん゙」
「違う。俺が言いたいのは……俺は、お前に期待している。だからお前ももっと自分に期待しろ」
アドリアーナは何も返せなかった。ラファエロは続ける。
「……一人ぐらい、夢見たいな理想の世界を語る人間がいてもいいだろう」




