最終スピーチ
アドリアーナは、最終スピーチの舞台に立っている。
学院の中庭には、舞台とそれを取り囲むように学生用の席が用意されている。中庭はすべての教室から見えるので、そこから覗いている者もいる。
(3日前はこの場に立つのを辞めようかとも思っていたのに、不思議だな)
カトリーナは公開質問会の翌日、令嬢と思えない目の下のくまを作り企画書を持ってきた。国際文化祭りの夜に、各国の音楽を流す夜会を開催するというものだ。婚約者探しをしている学生にも喜ばれる内容にするためだという。しかしその企画を説明したあとで、「でもね、こういう小手先の修正じゃないと思ったの」とカトリーナは言う。最終スピーチを変えるべきという主張だった。
カトリーナの分析はこうだった。
パトリシアが「関係ない」と言っていたのがキーである、と。これまではイベントがいかに面白いかを伝えていたが、なぜみんなに「関係がある」のかを伝えられていなかった。
そこから二人でスピーチを考え、今日に至る。
何よりアドリアーナには、カトリーナが必死になってくれたのが嬉しかった。
(一人は、私を信じて企画に乗ってくれる人がいる。……いや、二人か)
拍手が起こる。ソフィーのスピーチが終わったのだ。次はアドリアーナの番だ。
アドリアーナは中庭に臨時で設置された舞台に上がる。聴衆を見渡し、語り始める。
「先日の質問会の後、文化祭りはすぐ役に立たないから『関係ない』という指摘をもらいました。私とカトリーナ嬢はその後、どうすれば皆さんの役に立てる企画になるか、この3日間ずっと考えました」
アドリアーナが一番前の席を陣取っていたパトリシアに目をやると、彼女の表情が硬くなっていた。
「でも、正直に言います。多分、すぐ役立つことはないと思います。皆さんが商人になるのでない限り」
一息、間を置いた。
「ただ、意味はあるかもしれない。そう思って今日はそれだけ伝えたくてこの場にきました」
アドリアーナは思い出話を始める。
「子どもの頃、私の父は外国から帰るたびに見たことのないものを持って帰ってきてくれました。おもちゃ、本、お菓子、服、それを見て、まだ知らない世界やそこに住む人の想像をするのが楽しかった。私たちが子どもの頃に流行った海賊ピピンのゲームを覚えていますか? あのゲーム、樽をナイフで刺して海賊を飛ばしますよね?他国では豚の尻尾に火をつけて飛ばすんですよ」
少し笑いが漏れる。
「気づいたことがあります。同じ音楽を奏でるのに、こんなに違う楽器を作るんだと。同じお茶を淹れるのに、こんなに違うやり方があるんだと。でもどちらも美しい音を奏で、美味しいお茶になる」
「この学院で学ぶ私たちは、いずれ領地を持ち、人を率いるリーダーになります。違うものを知っている人間は、選択肢が増えます。あの国ではこうしていた、あの方法もある、と。同じ問題に直面した時、知っている人間と知らない人間では、出せる答えが違う。お伝えしたように、すぐ役に立つとは思いません。特にゲームのキャラクターが海賊の代わりに豚なんて知っていても何にも役立たないと宣言できます」
一人一人の目を見て伝える。
「でも言えることは、違う文化を知っているリーダーは強いということです。民を、土地を、豊かに導く判断ができると思うのです」
「最高に面白いイベントにする準備はできています。楽しんでください。その好奇心が、いつかこの国を前に進めると思うので」
一瞬、間があった。アドリアーナには10秒くらいにも感じたが、実際はほんの1秒だろう。そしてどっと拍手が起きた。パトリシアが立ち上がり、見た事のない素早さの拍手をしている。他にも何人か立ち上がり拍手をしてくれた。
◇ ◇ ◇
3階にある3年生の教室はガラんとしている。多くの学生は中庭でソフィーを近くから応援しているからだ。そしてラファエロは一人、教室の窓から中庭を眺めていた。
二度目の拍手が一際大きく聞こえる。ラファエロは鼓動が早くなるのを感じ、窓に背を向けた。周りには誰もいないのだが、自分がどんな顔をしているのかわからずそれを誰にも見られたくなかった。
「はーーーーーーっ」
(なぜ彼女の言葉はこんなに自分を揺さぶるのか)
―違う文化を知っているリーダーは強いということです。民を、土地を、豊かに導く判断ができると思うのです―
これは、この学院の学生皆に向けた言葉だ。だが、ラファエロには自分ひとりに向けられた言葉のように感じる。むしろ、そう思いたいだけかもしれないと思い、頭を振る。
また中庭を見ると、視線はまたアドリアーナを探してしまう。
そこには、3日前、自信をなくし自分の前で涙を見せた令嬢の姿はない。
ラファエロはアドリアーナの頭をぽんぽんと撫でていたことを思い出し、急に恥ずかしくなった。
舞台を降りたアドリアーナには、一人二人と学生たちが近づいて来る。それを見た彼女の顔にも笑顔が弾ける。あのスピーチに心を動かされたものが他にもいたのだろう。知らず知らず拳に力が入り、息をするのを忘れていた。
「ラファ、こんなところにいたの」
ラファエロは意外な声に振り向くと、声の主にお辞儀をする。
「兄上。いらしてたんですね」
「そりゃそうだよ。僕の婚約者がスピーチするところだもの。彼女には秘密で学校に潜入してたんだ」
王太子らしからぬ屈託のない笑顔で、子どものようにVサインをするジュリアン。
「でも彼女も面白いねぇ。あのロッシーニ家の眠り姫」
「ええ、変わり者ですよ。一緒に個人授業受けていますが、理想論が多くて」
ラファエロは、そう言いながらもつい顔が綻ぶことに自分でも気づき真面目な顔に戻す。ジュリアンはそれに気づいたのか相変わらずニコニコしている。
「いいじゃない。しかも一生懸命なところがグッとくる」
「……」
ジュリアンは窓から下にいるアドリアーナを眺めているようだ。
「一度話してみたいな」と言うと、ジュリアンは唇に触れた指先を階下に向けた。
「……兄上とは話が合わないと思います」
「そう?」
ラファエロにウィンクをした後、ひらひら手を振るジュリアン。それだけ言って出て行った。
文化圏の違うところで5年も離れて暮らしていたせいか、ラファエロは兄のジェスチャーの意味を掴みかねることがある。
(なんだったんだ)
無意識に中庭に足を向けていた。




