3年X組
選挙は当日夕方に結果が出た。ソフィーの圧勝に終わった。
それでも、いや、だからこそ、ラファエロはアドリアーナに言葉をかけたかった。当日は捕まえられなかったため、月曜夕方の個人授業に向かった。だが彼女は現れなかった。
アドリアーナから手紙が届いたのは水曜。
家庭の都合でしばらく個人授業には出られない。学校でも他のクラスとは違うスケジュールなのでなかなか会う機会がない。直接ラファエロに礼を言えないことを詫びる内容だった。
ならばとラファエロも手紙で返信しようと思った。「『君は頑張った。お疲れさま』というのはなんだか偉そうだ」、などと何度も書き直しているうちに、捨てた手紙が部屋の片隅に山のように積み上がっていた。
手紙は会話よりも自分と向き合う作業だ。書き直しを繰り返すうちに想いの濃度が高くなりすぎ、「会いたいから今すぐ王宮に来い」と書きそうになってしまう。だが、それはいくらなんでも行き過ぎだろうと自嘲する。
だから、授業前に彼女のクラスに行き一言話すだけのつもりだった。
金曜の朝、最上階の教室に着くとアドリアーナが一人で席に座っている。こちらに気づくと、驚いている。
労いの言葉とスピーチの感想を伝えようと息を吸い口を開けた。
「やあ、アドリア……」
その瞬間、こちらをまっすぐ見つめるアドリアーナの顔がぐんと近づく。ラファエロは肩を掴まれ壁際まで押されている。
予想だにしない彼女の動きに鼓動が早くなるのを感じる。
「ラファエロ様、お手紙に書いた通りです。お引き取りください!ありがとうございました!」
廊下の外まで押し出されてしまった。
(な、何なんだよ、あいつ……!)
怒りとも恥ずかしさとも悔しさとも嬉しさとも、何とも言い切れない、ぐちゃぐちゃな気持ちでいっぱいになる。しばらく呆然と立ち尽くした。
◇ ◇ ◇
ことの発端は月曜日だった。
選挙は残念な結果だったが、アドリアーナは不思議と清々しい気持ちでいた。
スピーチの内容や国際文化祭りに共感してくれた人が、スピーチの後に声をかけてくれた。この学校でなんの実績もない自分の言葉を信じてくれた人がいたこと、そして国際交流が彼らの心に響いたという事実もアドリアーナにとっては嬉しかった。
(やれることはやった)
しかし選挙が終わると早速日常が待っている。それはつまり、通常クラスの授業だ。そこから成績トップを目指さなければ王立アカデミー、そして外交官への道は断たれる。
深呼吸をしてクラスのドアを開けると、いつもと雰囲気が違った。
いつもは、ぬいぐるみ作りに集中している、ジゼルが泣いている。大きく肩で呼吸しているのに呼応して、二つ結びにした髪が揺れている。
「ピヨコ! アルル!」
見るとジゼルの作ったウサギのぬいぐるみが切り裂かれ、中の綿が抉り出されている。その横には、魔昆虫マニアのアイリスが立って、ジゼルを心配そうに見つめている。
「私の魔昆虫の虫箱にも、あの子達が絶対に嫌がるきゅうりが入れられてた。みんな怯えてた」
すると、重前髪のクラス委員長が全身ずぶ濡れの無言で入ってくる。何も言わずいつもの2列目左の席に座る。
(どうなってる?)
今度は後ろのドアから青年が入ってくる。
面倒そうに髪をかき上げながら入ってきたと思ったら、好奇心に満ちた目でクラスを観察する。
「わー、なに? うちのクラス、狙われてる?」
この2週間でまだ1回しか来ていないルカだ。
「ますます学校来るの嫌になるんだけどー」
やたら刺繍の細かく入ったシャツを着た自分自身を両手で抱きしめ、怖がるポーズをとる。彼は男爵家の次男で、実家の商売の調子がすこぶる良いらしく羽ぶりが良い。重い重圧も将来の心配もなく学校はとりあえず卒業だけすれば良いのだ、と以前、重前髪の委員長が教えてくれた。
今度はガシャんとドアを思い切り叩きつける音がする。
「おい、どういうことだ。どこのグループが抗争仕掛けてきた」
両サイドのこめかみの血管を浮き上がらせた治安の悪いオールバックのカイルがやってくる。
すると、ルカがカイルに話しかける。
「カイル。君さ、どこの誰に喧嘩売ったの?」
「うるさい。誰とも喧嘩なんかしてないし、俺以外のやつにコソコソ危害を加えるなんて、俺の相手にしてはやることが小さすぎる」
「まあ確かに」
(なるほど、誰かがうちのクラスを標的にしたと)
ルカはずぶ濡れの重前髪の委員長の席に行くと、何かをピラっと持ち上げる。意地悪そうに目を細めたと思ったらアドリアーナの方に振り向いてニコッとする。
「これ、アドリアーナちゃんの選挙ポスターだよね」
「確かにその通りです」
腕を組んで顔をこちらに近づける。
「これは、あれだな。色んな意味で君が目立っちゃのが原因だな」
「え?そんな」
するとルカが、アイリスとジゼルの方を指差す。ジゼルの席にも同じポスターが置いてある。
さらに、ルカも自分のポケットから同じく公約にバツがつけられているポスターを取り出す。そこにはさらに「アドリアーナ・ロッシーニに関わるな」、「ラファエロ殿下をたぶらかすビッチ」とある。
「これはうちの店の前にばら撒かれてた」
(私のせいで、みんなに嫌がらせが?)
あまりのショックに顔がこわばり、声が出てこない。
「おい、テメェいい加減なこと言うなよ」
オールバックのカイルが、切れながらルカに顔を近づける。二人の鼻が1cmほどの差にまで近寄った時、ドアがまた開くが振り向く元気もない。頭がショックと怒りで朦朧とする。
「はい、3年X組のみなさん、席についてください。担任のフランシス先生はお怪我のためしばらくお休みになりましたので……」
(フランシス先生が怪我?)
びっくりしてその後を聞きそびれていた。顔を教壇に向けると、そこには見知った先生が立っていた。
「臨時で授業を受け持つことになりました。ダミアン・ヘンドリッヒと申します」
◇ ◇ ◇
その日の放課後、アドリアーナは臨時担任ヘンドリッヒに呼び出された。「しばらくの間、登校およびラファエロ殿下との接触を控えることが望ましい」と、学校からの連絡事項が伝えられた。犯人を刺激しないように、という意図だという。
ラファエロとの接触を避けるのは賢明だが、学校を休むのはいじめっ子の思う壺で納得できない。交渉の結果、数日間休むことで落ち着いた。
ようやく登校を許されたのが今日、金曜日だ。ラファエロはもちろんのこと、クラスメイト以外の学生との接触を避け、時間をずらして登下校をするという条件だ。
他の学生より1時間早く登校したアドリアーナは、みんなが来るのを待った。自分のせいでみんなに迷惑をかけたことを謝りたかった。
なのに、最初に入ってきたのはあの第二王子だった。
(一番来ちゃダメな人がなぜここに! 私の登校許可が取り消される!)




