やられたら
アドリアーナは王族相手に手荒い真似をしてしまったことを激しく後悔していた。不敬罪に問われてもしょうがない。
(ごめんなさい。でもこれはラファエロ様に被害が及ばないようにする為でもあるから許してほしい)
目の前には、ただでさえ問題が散在している。一通り心の中でラファエロに謝ると、目の前の問題に集中しようと気持ちを切り替える。
その後、最初に登校したのは重前髪の委員長、フラビオだった。ずぶ濡れにさせてしまい申し訳なかった。水を跳ね返す魔素材のコートを手渡した。もちろん二度と起こらないのが一番良いが、約束できない今、その対策をするのがアドリアーナのできることだった。
フラビオは、要らないというジェスチャーをしながら、モゴモゴ言っているようだが聞こえない。
その後一緒に登校してきたのはアイリスとジゼル。アイリスには魔昆虫の好物である北方ナスを手渡す。ジゼルには、ぬいぐるみの破れた部分とできる限り同じ布を探した。
すると、ルカが珍しく登校してきた。
「聞いたよ。うちの店に貼られてたり撒き散らされたポスターの掃除をしに来た女の子がいたって」
アドリアーナは深々と頭を下げる。
「みんな、私のせいで迷惑をかけてしまって本当に申し訳なかった」
「なんであんたが謝るの?」
最初に反応したのはジゼルだ。負傷中のぬいぐるみ、ピヨコとアルルを左脇に抱えながら、右手は仁王立ちだ。
「あのね、ここのクラスの人間は嫌がらせなんか慣れてるの。こんなのやるのは単細胞な奴らだから、無視して放っておけばすぐ飽きてやめるわけ」
横でフラビオが小刻みに頷いている。アイリスは下を向いている。
アドリアーナはジゼルの方に向き直して言う。
「優しい言葉、ありがとう。でも、それ間違ってると思う」
「はぁ?」
アドリアーナは、問題は学校の隠蔽体質にあると思った。なぜ被害者が我慢しなければならないのか。ちゃんと問題は問題としてあからさまにすべきだ。
「学校が動かないなら、私が犯人を『ぎゃふん』と言わせるし、みんなが胸をはって歩ける学校を作る」
いつの間にかオールバックのカイルが、アドリアーナの横で腕組みして立っている。
「喧嘩を売られたら、買うって心意気はいいぜ。で、どうするんだ?」
アドリアーナは「ご心配なく」と手で制する。アドリアーナが作った問題だ。自分で解決したかった。
◇ ◇ ◇
翌朝、X組の教室に来たアドリアーナは、頭からスカートまで全身が白い粉に覆われていた。
教室に着くなり、アイリスとフラビオが心配して駆け寄ってくる。アドリアーナは何も言えなかった。
そのすぐ後、教室のドアをバンっと開く。カイルがいつもの後ろの席にどかっと座り足を組む。
「無謀。犯人を直接問い詰めるバカがいるか」
「見てたのか……」と答える声が小さくなる。
カイルの言うように、アドリアーナは昨日すでに行動に出ていた。クラスメイトへのヒアリングから、犯人と思われる令嬢2名を特定。彼女たちを中庭まで呼び出し問い詰めたのだ。すると二人は顔を赤くし、酷い形相でアドリアーナを罵倒した。昨日はそこで終わったが続きは今日だった。
今朝学校に登校するなり、校舎の2階から白い粉を落とされた。おそらく小麦粉なので害はないと思われるが、惨めな格好には間違いない。すれ違う学生からは、驚き、冷笑、哀れの目を向けられた。
(いじめられるってこう言うことか)
みんなの憧れの「王子様」アドリアーナは当然いじめられたこともなかった。虐められた娘たちを助けたことはある。だた自分がその立場になった時、想像とは違う辛さがあった。
顔の見えない人間からの攻撃は、精神に堪えるのだと知った。グーパンチで殴られる方がよっぽど痛くない。
「あんた、ほんとバカなのね。そんな古典的な嫌がらせに引っかかって」
ジゼルが呆れた顔で目の前に立っている。仁王立ちをしてタオルをこちらに突き出しているので、貸してくれると言う意味だろう。
「ありがとう」と呟くアドリアーナ。ただあまりにバカ、バカ言われてちょっとムッとしてきた。
(だって、悪知恵は発達させてないんだからしょうがない)
ジゼルは、こめかみをピクピクさせ、遠くを睨みつけて続ける。
「あいつら、あんなみたいなのが一番嫌なのよ。反抗してくる人間が」
昨日、忠告してくれていた話と通じる。「だから嵐は、そっと通り過ぎるのを待つのが賢い」のだと。
「ほんっと腹立つわ」
「ごめん」
「あんたじゃなくて」
すると、ずっと静かだったアイリスが何かを決めた顔で声を上げる。
「よ、弱い生き物いじめするのは悪い奴らです! 魔昆虫は言葉が喋れないから、私が何もしないと彼らは虐められっぱなしになる」
アイリスは両手を握りしめて続ける。
「ジゼル、フラビオ君、戦いましょう?」
ジゼルがアイリスをしばらく見つめて無言になる。そして、大きなため息を吐いてこちらを向く。
「アドリアーナ、あんたじゃなくて、ピヨコとアルルの為なんだからね」
前髪で表情の見えないフラビオも、頷いている。カイルはなんだか誇らしげに口元をニヤリとする。
ジゼルは周りを見渡し、さらに大きなため息を吐く。
「あぁ、もう!なんでうちのクラスは甘ちゃんばっかりなの。本当しょうもない」
(みんなを心配させるなんて情けない。中等部の私なら、これ位のことは一人でなんとかできた)
クラスメイトの優しさのありがたさと、自分の情けなさが混ざった複雑な気持ちになった。でも、もどかしさは一旦胸にしまって、次の行動を考えることにした。
「いじめを駆逐しよう」、そう言ってアドリアーナはジゼルと握手をした。
◇ ◇ ◇
犯人グループはあっさりと特定できた。昨日アドリアーナが問いただしたのは、ほんの一部だったと言うことも。
実は、カイルだけ嫌がらせがなかったのを不思議に思い、当日の行動で変なことがなかったか改めて確認した。すると、彼の愛馬の散歩コースにニンニクを置いている女子が2名いたという。声をかけたらそれだけでびっくりして逃げてしまったらしい。馬はニンニクを食べると体調を崩すので、嫌がらせ目的だった可能性がある。
しかも、カイルはそのうちの一人が落としたイニシャル入りハンカチを拾っていた。
首謀はテレサ・スナイダーという侯爵家の三女とその友人4名の令嬢。アドリアーナはテレサに見覚えがあった。個人授業の初日に、ラファエロといるところを邪魔してしまった令嬢だった。この5人は、ラファエロの非公式ファンクラブを主宰しており、アドリアーナが個人授業と選挙を通じてラファエロと親しげにしていると判断したらしいのだ。
ここまできたら、本気の嫌がらせというのを見せてあげよう、そう誓うアドリアーナだった。
◇ ◇ ◇
「きゃーーーー」
「ごめんなさいごめんなさい。私たちがやりました」
「二度とやらないので、呪わないでください。おえええ」
3年X組は「黒魔術師と契約しており、いじめると呪われる」という噂を流した。呪いを解除するには、放課後誰もいない教室に来て、少年像の足にキスをしないといけない、というものだ。
まず、アイリスに訓練された小さな魔昆虫たちが羽音を連動させ、至近距離の人しか聞こえない周波数で令嬢に近付き、眠れなくする。
睡眠不足になったところで、痛々しい姿のぬいぐるみ、ピヨコとアルルを令嬢の自室の窓の外から時折覗かせる。さらに翌朝には魔昆虫を集団で、空に髑髏マークを作らせる。
疑心暗鬼になり、他のいじめ仲間と教室にやってくるタイミングで、フラビオの魔法で石像が動く幻影を見せる。
そこでルカとカイルが登場。カイルが睨みを利かせる中、契約ごとに慣れているルカが淡々と念書の条件を伝える。
今後決して嫌がらせを行わないこと。破ったら、今後トレンド最先端のドレスと宝石は決して手に入れないようにルカの実家の商会から手を回すこと。それは令嬢には社会的な死をも意味すること。そして、この事を学校に自ら報告する事。念書にサインさせる。
◇ ◇ ◇
「かんぱーい!」
令嬢たちが先生と話に行ったところを確認までして、教室に戻り、みんなとオレンジジュースで乾杯する。
「まさかお前がこんなに魔力が強いとはな」
そうカイルに評されたのは重前髪の委員長、フラビオだ。昔、左右色の違うオッドアイを気味悪がられイジメにあった時に、魔力を暴走させてしまった。それ以来、誤発動のきっかけになる言葉を発しないように口を閉ざし、イジメのきっかけとなった目を隠すようになったという。
アドリアーナはその話を聞いて、その当時のフラビオ少年の気持ちを思うととても悲しくなったと同時に伝えたかった。
「フラビオ、私は君の目はとても美しいと思うよ。いつかこのクラスでは君がそのままの姿でいられる場所になったら嬉しい」
「そうよ、委員長、なかなかやるじゃない。友達になってあげてもいいわ」
ジゼルが小さめのぬいぐるみを差し出している。だがすぐアイリスに耳打ちされて、嬉しそうにキャッキャと話し始める。
「結局、俺たちが一番地味な役だったな。何だかんだで、最後の念書はルカの金の力がものを言ったようなものだし」
オールバックのカイルがボヤく。アドリアーナは笑う。
「カイルは居るだけで威圧感あるからいいんだよ。お陰でみんなが安心して動けた」
少し嬉しそうに照れるカイル。
「あとカイルの街のお仲間にはたくさん助けらたね」
ぬいぐるみを夜中に窓際に登場させるのが、実は一番大変だった。カイルのストリート仲間にお願いし、釣りの得意な子を招集。夜中に令嬢の屋敷の窓を目掛けて、大型の釣竿でぬいぐるみをぶらんぶらんさせていたのだ。
「むしろ俺はぬいぐるみを置くために、犯人の妹とか侍女を篭絡しようと言うお前が怖かったぞ。俺の仲間が役に立ってよかったよ」
篭絡とは聞こえが悪い。協力依頼をしようとしただけだ。二人は目が合って、思い出して笑った。
カイルのことを「グレている」と思っていたが、今となっては偏った見方だったと思う。しょっちゅう喧嘩をしているが、それはストリート仲間を大事にして絶対にお互いに助け合うという信頼関係を結んでいるからだ。
「1年生まで天才騎士候補生で敵なしだったカイルが、今ではストリート・キングって面白いよね〜」
ルカが会話に参加する。
グレたきっかけは、姉が政略結婚で嫌々他国に嫁いだこと。その姉のために抗議し、騎士候補生を辞めると言って両親と大喧嘩したらしい。それ以来、騎士や貴族のやり方が嫌になり平民とつるんでいたら、今度はいろんな人から勝負をふっかけられて勝ち続けて、仲間が増えてしまったのだという。
そんな、貴族文化を嫌うカイルだが、でもX組のみんなについては、「貴族らしくない」から気に入っているのだそうだ。
「騎士の話は昔の話だ。ダサいからやめてくれ」
カイルは少しバツの悪そうな顔になってそう言うと、ふっと屈託のない笑顔で「でも今回は面白かった」とアドリアーナに言う。
「喧嘩を売るだけじゃなくて、本気で変えようとするからさ。すごいよ、アドリアーナは。俺も騎士文化、貴族文化の悪いところを、正面から変えに行っても良かったのかもなーって思った」
(本当にすごいのは、自分を捨てて前に進めるカイルだけど)
カイルの笑顔が眩しく感じた。




