選挙
翌日のランチタイム。一人カフェテリアで食事をしていると、カトリーナが隣に座る。手には「次のリーダー求む」と書かれたポスターを持っている。
「アドリ!立候補しておいたからね」
貴族学院では年に1回、生徒会長を選ぶ選挙を行う。アドリアーナを会長、カトリーヌを副会長・代表推薦者として立候補名簿に名前を登録したのだという。
「そうか。ありがとう!」
(ちょうど良かった!)
王立アカデミー入学には生徒会など課外活動は必須だ。アドリアーナの場合は2年分の活動期間をロスしている分、生徒会長として学院に意味ある変化をもたらして、アカデミー入学を一歩でも近づけたい。
でも、それだけじゃない。それ以上にアドリアーナは生徒会長の仕事が大好きだ。とりわけ、みんなが喜ぶ企画を考え、楽しんでいる顔を見る。それがこの役割の醍醐味だし、自分の得意なことだと思う。
(みんなの為に何ができるかを考えよう)
学生一人ひとりの顔を思い浮かべた。その中に、昨日の傷ついた顔をした第二王子がいた。
ラファエロに言った内容は今も正しいと思うので謝れない。でも、言いすぎてしまったことは後悔していた。
(あんなに国のことを考えてるのに、なんで自分が前に出ることを拒否するんだろう? 『外国に洗脳されている』と言われているのを気にしているのか? そんなのおかしい)
「カトリーナ、公約を思いついた」
◇ ◇ ◇
(なぜアドリアーナ嬢が俺の馬車の前に?)
ラファエロは一昨日の一件以来、アドリアーナと言葉を交わしていない。
アストリア王国では人との衝突を避けてきたので、こういう微妙な時にどういう顔をして会えばわからず、しばし躊躇した。
スタスタとラファエロの方に向かってきて仁王立ちになったアドリアーナ。まっすぐな目と有無を言わせぬ圧力で言う。
「ご相談があります」
ブルーノとラファエロ、カトリーナとアドリアーナは学校の植物園に移動し、テーブルに向き合って座る。
「ラファエロ様、先日の行きすぎた発言謝罪します。申し訳ありませんでした」
ラファエロは、深々と頭を下げるアドリアーノに驚かされた。
「あれは……私の態度が原因だ。君は頭を下げる必要はない」
まっすぐ謝られるとラファエロも素直になりやすい。そして、必要だったのはこんなに簡単なものだったとは拍子抜けした。姿勢を直したアドリアーナは言葉を続ける。
「ありがとうございます。そこで相談です。生徒会会長選に一緒に立候補していただけませんか?」
(話が急すぎる。謝っていたばかりじゃないのか?)
「それは……できない。仮にも王族の私が出れば、投票を強要することになる。学生が公約で選ぶべき選挙だ。それでは意味がないだろう」
なぜかアドリアーナは笑みを浮かべる。
「ラファエロ様らしい思慮ですね。ではあきらめます。その代わり、私たちの選挙公約にアドバイスだけいただけますか?」
(何が、「その代わり」なのだろう? 選挙に付き合わされるよりマシなことは間違いないが)
ラファエロが返事をする前に、アドリアーナの友人というカトリーナが企画書を出し、アドリアーナによる公約プレゼンが始まった。
これからさまざまなポジションにつく貴族学院の学生には国際理解が必要だ。だが昨今は国内情勢に目を向けるものが多い。国際文化交流祭を開き、他国の理解を深めよう、という趣旨の公約だった。これに対し、外国生活の長いラファエロとブルーノに意見をもらいということだった。
全て聞き終えたラファエロは口を開く。
「君は他の立候補が誰か知っているか?」
アドリアーナは首を横に振っているが、その横のカトリーナ嬢が頷いている。
「ソフィーナ様ですよね」
「そうだ、彼女は王太子である私の兄の婚約者でもある。兄は会長時代に多様なチャリティ活動の推進をしていた。ノブレス・オブリージュを体現する人だからな。彼女はそれを引き継いでチャリティイベントを増やすのが公約らしい」
「素晴らしいですね」
「つまり王太子の政策を引き継ぐ、王太子の婚約者が君のライバル。現実的に言って勝ち目はない」
アドリアーナは全く動じない様子だ。
「重要ではありません。いえ、国際交流イベントは重要なんですが、勝ち目がどう、というのは関係ないです。アイディアを掲げれば興味を持つ人が現れます。それに最終的には会長でなくても自主イベントでやれる。もちろん公式イベントにしたいので頑張りますよ☆」
隣でカトリーナが嬉しそうにこの発言をメモしている。書記なのだろうか。全く空気を無視したこの行動にラファエロはふと笑ってしまった。
「ふはは。わかった。そこまで腹が座っているならアドバイスしよう」
ラファエロは少し考えてから意見を述べる。
「どうせやるなら、もっと大ごとな祭にした方が良い。食べ物、アート、大衆芸術、文学、音楽、なんでもいいから、見たくなるものを含めるべきだ。『国際交流』なんて頭でっかちに歴史を語られても面白くないからな。さらに大規模でもきっちりイベントが実行できるところまで詰めて本気度を見せれば、興味を持って投票する変わり者が出てくるかもしれない。私が贔屓にしている貿易商を紹介しよう。助けになってくれるだろう」
言い終わると、聞いていたアドリアーナがなぜか誇らしげににっこり笑って言う。
「やはりラファエロ様は私の見込んだ通りの方です」
ラファエロは臍の上がざわッとしたのを感じた。
◇ ◇ ◇
ラファエロはブルーノと馬車で王宮に帰っていた。
「変わった令嬢だな」
「ええ。殿下が積極的にご自身で動くのも」
「そうか? 助けを求められたら助けるタイプだぞ。求められたら」
「知ってます。だからこそ気をつけてください」
ブルーノは笑顔を返す。




