外交論
学校初日が終わった。個人授業のため王立図書館に向かう途中、クラスメイトのことを思い出していた。
(重前髪のクラス委員は、勉強はやる気ありそうだった。しかしそれ以外の2名、オールバックとぬいぐるみさんは全く授業に参加する気がなさそうだ。さらに他に数名いるらしいけど、来てもいなかった)
クラスメイトだけではない。先生が1時間で切り上げようとした時は一瞬絶望しかけた。だが、ここで諦めたら自分の未来はないと思い手を挙げて、今日からフルスピードでの授業お願いした。
「ちっ」という声がどこからともなく聞こえたが、アドリアーナは無視した。彼女は自分なりの「王子様」の役割を果たすため、外交官、そして王立アカデミーを目指さねばならないのだ。
(止まっている場合ではない)
図書館の教室に到着する。今日は、「ゼフィールの外交戦略:分析と提案」というテーマのプレゼンとディスカッションだ。
第二王子に外交についてプレゼンする機会なんて中々あるものではない。とりわけ午前中のクラスのやる気の無さを見た後だけに、おのずと気持ちが高まる。
アドリアーナの提案はこうだ。
他国との貿易を促進するため関税を下げるべきとの意見だ。これは商売のことだけでない。結果、商売を通じて他国との関係が強くなれば、武力による他国からの攻撃も減るのではないかという仮説を立てた。文化・商売の関係が太くなればなるほど、相手国への理解が進み、武力による関係性悪化のデメリットも増えるから、と。
プレゼンが終わると、珍しくラファエロがスッと口を開いた。
「アドリアーナ嬢、素晴らしいプレゼンテーションをありがとう。あなたらしい考えだと思う。だがあえて質問する」
ラファエロはアドリアーナの目を見て続ける。
「関税を下げてより安い農作物が他国から入ってきた時に、我が国の農民の仕事がなくなることについて、どうお考えだろう? さらに、圧倒的に強い国家が相手だった場合、文化・商売の関係が強くなるほど、武力で併合して帝国下においてしまおうという考えになる可能性もないだろうか? 君はそれをどう防ぐ?」
アドリアーナはラファエロの矢継ぎ早な発言に一瞬圧倒された。アドリアーナも全く考えていなかった訳ではない。ただ、ラファエロが自分から質問してくると思わなかった。しかもナイフのような鋭さで2点指摘された。
(やはり、こういう人が国の政策をリードするべきなんだろう)
考えながら言葉を紡ぎ出す。
「前者に関しては、まさにその可能性はあると思います。でもそれは関税で解決することではない。他国でなぜ安く作れるのか、技術の問題なのであればそれを研究し競争力をつけるのが大事だと考えます。後者に関しては、正直答えを持ち合わせていません……。ラファエロ様はどうお考えなのですか?」
自分でも質問返しはずるいと思ったが、本心から彼の意見を聞いてみたかった。
「技術力・競争力に関しては、調査や研究は当然行うべきだと思う。一方で、それでダメでも守らないといけない作物や職業もあると思う。さらに武力による併合のリスクには、自国の軍事力と軍事同盟が不可欠だ。正直言って、文化と経済交流だけでなんとかなると思っている君の提案は、理想論だしナイーブすぎる」
吐き捨てるように言ったラファエロの最後の言葉は冷たく、ピシャリと議論を終わらせる力を持っていた。
沈黙。
(そりゃあ、理想論なのはわかってる。でもそんな嫌悪感出して蔑まなくてもいいのに)
ラファエロはパッと視線をそらし、一言加える。
「……なんてな。まあ、どうせ俺が考えてもしょうがない。今の発言は流してくれ」
(は? どうせ?)
「所詮、外国に洗脳されている第二王子の戯言だから」
(はあああ? 所詮?)
空気が悪くなったのを感じたのか、議論を遮るように先生が立ち上がりかけた。その前にアドリアーナはラファエロを見つめ返した。ここで終わりたくなかった。
「ラファエロ様、撤回してください。それは王子の言うべき言葉ではない。あなたはいつも答えを持っています。聞かれればいつも意見がある。なのに自分からは発言しない。提言しない。いつも、評論家目線です。『どうせ』って、誰かの言葉じゃなくて自分の言葉だ。他の誰でもない、自分が自分に期待していない。それが一番もったいない。自分への裏切りです」
言いたいことを言って部屋を出てしまった。そのまま待っていた馬車に乗り込み、家へ向かう。
ラファエロは何かとても言いたそうな、でも傷ついた顔をしていた。だが今日のアドリアーナは言わずにおられなかった。
能力も地位も全て持っていて、目指せばなんだってできる立場にいる。国を良くできる。なのに自分の能力を活かそうとしない、求めないラファエロに我慢ができなかった。悔しかった。
(最悪だ。当たってしまった)
感情をそのままぶつけてしまい、ラファエロに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
◇ ◇ ◇
ラファエロは自室に戻って天井を見ていた。
(令嬢に対して、あの態度は明らかにおかしいだろう)
アドリアーナはこの1ヶ月で一気に知識や考えを深め、自分の頭で考えて意見を述べた。拙い点はあるが素晴らしい。なぜあんなにイライラしてしまったのだろうかと自問する。
その答えはラファエロにはわかっている。
あまりに正論で理想論だったからだ。そして、それを語っていいのは国のトップなんだ。そう思っている自分がいる。ラファエロはトップになる人間ではない。なるのは兄の第一王子だ。
なのにあの令嬢は、そのビジョンを軽々と口にした。まるで誰でも言っていいことのように。そして畳み掛けるように言った。お前なら実現できる立場にある、と。
――自分が期待していないだけ――
彼女の言葉はナイフのようにグサグサと刺さる。
「はーーーっ」
ブルーノが紅茶を持ってくる。
「殿下がこんなに大きなため息をつくところは、久々に見ました。良いディスカッションだったということでしょうか」
「笑うな。ただの授業とはいえ、令嬢の言葉に結構傷ついた。『自分に期待しないのは自分への裏切り』だそうだ。結構頑張ってるつもりなんだが」
(人質で5年も他国に送られていた第二王子だぞ。『外国に洗脳されている』なんて噂もある男だぞ。そんな俺が国のあるべき姿を語ってはいけない。あくまで兄の理想を実現するために支える。それが俺の役割だ。あんな言葉で揺さぶられているようでは、まずい)
「令嬢の言葉で簡単に傷付かないでください。心配になります」
ブルーノは紅茶をテーブルに静かに置く。
「ただ……私も期待していますよ。殿下」
ラファエロはまた深いため息が出そうなところをなんとか我慢した。




